カラオケ万歳!

はじめに

上の写真は、私の最近の歌仲間と楽しく歌っている様子を写した写真です。写っている仲間以外に、これを写している幹事役の仲間と、退職後、兵庫県の実家に帰って年に1~2度しか会えなくなった仲間の一人がいます

この黒いバーはメディアプレーヤーですをクリックすると音楽が流れ、また同じ場所をクリックすれば途中で止められます。ここでは「旅愁」が入っています。この旅愁という歌はネット情報によれば、原曲は米国の John P. Ordway による“Dreaming of Home and Mother”(家と母を夢見て)という楽曲で、日本で当時唯一の音楽の学校であった東京音楽学校出身の犬童球渓が1907年(日露戦争が終わって2年目)に、この楽曲を日本語に訳した翻訳唱歌です。同年、「中等教育唱歌集」で取り上げられて以来、日本人に広く親しまれてきたこの歌は、2007年(つまり歌われ始めて100年)に日本の歌百選の1曲に選ばれています。歌の命は永遠ということでしょうか、私は小学校時代にこの曲を教わりましたが、今でも私の「心の歌」の一つです
以下、沢山の曲が挿入されていますが、お好きな方だけ挿入曲を聴きながら読んでください

以下、「音楽」という括りで語るような、大それたことをする積りはなく、カラオケ好きの老人の大風呂敷ということでお許し願えれば幸いです!

わが人生の歌がたり
五木寛之「わが人生の歌がたり
五木寛之「わが人生の歌がたり

上の写真は、私の好きな作家の一人である五木寛之が、「月刊ラジオ深夜便」で2005年8月号~2007年1月号まで執筆したものを纏めたもので、同シリーズ三部作の第一部です。九州の貧しい農家で生まれ、教師であった父母と一緒に朝鮮に渡って少年時代(愛国少年!)を過ごし、悲惨な引揚体験(母の死)を経て、東京での苦学(早稲田大学)時代までの間、記憶に残る歌をキーにして自身の人生と世相を綴ったエッセーです
彼の人生は、満州生まれの私の人生に重なる部分が多いために彼の作品に心が引かれるのかもしれません。以下は、私がこの本を読みながら勝手に妄想!した内容です

わが人生の歌がたり_歌のリスト
わが人生の歌がたり_歌のリスト

第一章 はじめて聴いた歌;
五木寛之が初めて聴いた歌は、遠い記憶の底にある朝鮮の民謡と日本人がいない朝鮮の地で教員として奮闘していた父母の歌だったそうです
寂しい」、「わびしい」、「悲しい」というネガティブなフレーズが沢山出てくる「影を慕いて」が大ヒットしたのは1932年のことですが、

この年は3年前の米国発の大恐慌(暗黒の木曜日)が日本にも波及して、日本は大不況の真っ只中にありました。また、1931年には東北地方・北海道地方が冷害により大凶作にみまわれました。この結果、上野駅には東北の農村から身売りしてくる娘さんたちが列をなして降りてくるような悲惨な時代でした。こうした大衆の苦しみに刺激されて海軍将校を中心とした五・一五事件などテロ事件が相次ぎ、大正デモクラシーという古き良き時代が終わって退廃的な雰囲気が漂う時代でもありました。私が一年に一度はカラオケで歌う「侍ニッポン」は、

郡司次郎正が1931年に、この時代を幕末の退廃的な世相に映して描いた同名の大衆小説を題材にしたものです

第二章 戦時下の流行歌;
1931年柳条湖事件を発端として満州事変がはじまり、1932年には日本の傀儡政権である満州国が成立しました。1937年の盧溝橋事件から日中戦争(日華事変)が始まり、更に1941年には太平洋が始まり、1945年の敗戦に至るまで15年間も日本は戦争に明け暮れていました
この戦時下にあって、軍主導の勇ましい軍歌が流行る中で、苦しい戦争を戦っていた兵卒は、望郷の想い祖国に残した家族・兄弟への想い傷ついた、あるいは戦死した戦友への想い異国の丘の歌詞)を好んで歌ったといいます

湖畔の宿_カラオケ
湖畔の宿_カラオケ

上の写真はカラオケの「湖畔の宿」の最初の場面です。この歌は、その物悲しい旋律、歌詞で軍から発禁処分を受けたものの、高峰三枝子さんが特攻隊の慰問に行くと、いつもこの歌をリクエストされ、隊員は涙を流しながら聞き入っていたそうです

戦時中に大ヒットした「麦と兵隊」は、奉天(現在の瀋陽)で満州航空に勤めていた父が好きだった歌のようで、私の小学校時代、父が風呂に入るとよく歌っていたのを思い出します

第三章 極限の悲しみの歌;

玉音放送」には、戦時中の体験から十人十色の感慨があると思いますが、戦争直後の激動期に想いを馳せるには必須のものと思いましたので、この音源をいれました。神谷町に勤務していた頃、月一度くらいは昼休みに愛宕山のNHK博物館に行き、この玉音放送や当時流行の歌を聞いていました。五木寛之は本書の中で「人は悲しい時に明るい歌で元気付けられるというよりは、“わかるよ、おれもそうなんだよ。本当に生きていることは大変だね”という言葉の方に心は支えられる」と書いていますがサーカスの唄」もそんな歌だったのでしょう

直接敵と殺し合う軍人にとっても戦争は悲惨であり、特攻隊の悲劇も沢山ありましたが、戦争の本当の被害者は普通一般の人々であり、彼らは戦争が終わった瞬間から、生き残るため、祖国に帰るための戦争が始まったと本書に書かれています。この泣きたくなるような理不尽な運命の渦中にあって心に響いた歌が「雨に咲く花」でした

この体験は朝鮮からの引揚者だけでなく、満州から引き揚げてきた私たちの家族、親戚も同じ状況でした(生い立ちの記(生誕・抑留・引揚・困窮生活)母方親族の戦争体験

第四章 脱出を支えた歌;
五木寛之の家族は平壌に住んでいた為、ソ連軍の占領下となり終戦になってもすぐには帰国が叶いませんでした。この間に母親が亡くなり、父親も茫然自失の状態で中学生の彼が一家を支えていました。この間に大人に混じってやけくその酒盛りで一緒に歌って覚えた歌が「国境の町」でした

漸く帰国が叶い引揚船の中で船員たちが歌ってくれたのが「リンゴの唄」、内地を目の前にして不安でいるときに「こういう明るい世界がまっているんだよ」と不安を吹き払ってくれた応援歌のようだったそうです

第五章 貧しい日本で生まれた歌;
戦争は終わったものの経済はどん底の状態で、全ての人が貧しかったと言えますが、中でも女性には大変厳しい時代でした。戦争未亡人や普通の娘さんが、生活の為にしかたなく街に立って客を引くことも珍しくなかった時代でした。私たち家族と同じ旧満州の奉天(今の瀋陽)から引き揚げてきた22歳の看護婦さんが、不運が続くなかで上野の地下道で暮らすようになり、生きていくためにやむを得ず身を売ることになった、という新聞記事に、作詞家の清水みのるさんが衝撃を受け書いたのが「星の流れに」という歌です

この歌の中にでてくる「こんな女に誰がした」という歌詞が有名で、映画「肉体の門」の中で歌われて大ヒットしました
また、引揚者は、どこか外地の香りがするエキゾティックな歌に、かつて見た朝鮮や満州、上海疎開地の風景を連想して、心惹かれたようです。そういう背景があってディックミネが歌った「夜霧のブルース」は大ヒットしました

昭和20年代から30年代にかけてNHKラジオ第一放送がラジオ歌謡というオリジナルな歌を放送しました。その中からヒット曲が出て、時代を映し出す歌の数々が生まれました。中でも長く歌い続けられている歌に「さくら貝の歌」があります

第六章 東京の苦学生の歌;
五木寛之は、高校卒業後ロシア文学を学びたくて早稲田大学を受験、合格したあと最初の難関は入学金と前期授業料合わせて6万7千円の納入でした。何とか父親が恩給証紙を抵当に入れて工面しても貰ったものの、住む場所がなく、取り敢えず近くの穴八幡という神社の床下に野宿しました。その後、学徒援護会の斡旋で住み込みのアルバイト(業界新聞の配達)の職を得て働きながら勉学に励むことが出来るようになりました。当時の早稲田大学では、地方の貧乏学生が集まり、大学の裏には角帽をかぶった学生が靴磨きをしており、一般の人の他に、教職員や金持ちの学生が靴を磨かせていました
その頃は町のどこからも音楽が聞こえてくる時代で、特に印象的な歌は、美空ひばりの「リンゴ追分」でした

この時代、学生にとってはデモが日常生活の一部になっていました。GHQの占領が終わった1952年のメーデーの日(5月1日)に血のメーデー事件と呼ばれる激しい騒乱事件が発生しました。また翌年には、石川県の内灘砂丘の米軍試射場に反対する「内灘事件」が発生し、ここに住民だけでなく、各地の労働組合学生音楽や演劇の人も参加する闘争に発展しました。これはその後長く続いた基地反対闘争のきっかけなりました

内灘事件
内灘事件

この頃を象徴する歌としては「君の名は」があります。この時代。数寄屋橋はまだ本当に水に流れの上に掛かっていました

この歌は菊田一夫が書いた脚本の代表作で、1952年にラジオドラマで放送され、多大な人気を獲得しました。ただ、この歌の最初の部分に空襲警報が挿入されていることでも分かるように、最初の半年間は人々の戦争体験を主題に描いていたため、あまり人気は出ませんでした。その後、真知子と春樹の恋愛のドラマに変わっていくと爆発的な人気を呼び、「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」といわれるほどであったといいます
残念なことに、現代の若者たちにとっては、2016年8月に公開された新海誠監督の同名のアニメ映画(菊田一夫のドラマとは全く関係ありません)の方が圧倒的に有名です!

その後、五木寛之は学費が払えず大学を中退し、作詞家及び小説家として生計を立てることになりますが、ネットで調べると作詞して販売された歌は数十曲に及び、中でも自身の小説のために作詞を担当した「愛の水中花」、「織枝の唄(青春の門)」、「青年は荒野をめざす」が大ヒットしました

私の人生の歌がたり

私も、大胆過ぎるとは思いますが、五木寛之に倣って自分の人生の歌がたりを試みてみたくなりました。別に歌が上手い訳でもなく、音楽の造詣が深い訳でもないのですが、一時期をのぞいて歌は私の人生にとって非常に大切なものであったことは確かです
1.小学生時代;
五木寛之の歌がたり第六章が1952年で終わっていますが、私の小学生時代はこの1952年、米軍の占領が終わった時に始まっています。就学前の音楽や歌の記憶は全くないので丁度いいタイミングなのかもしれません

私の小学校時代の音楽の授業は大変楽しいものでした。何しろオルガンで伴奏をしてくれる先生のもとで、大きな声を出して歌っていればいいのですから楽しい訳です。ちょうどこの時代は、親も学校の先生もみな反戦の意識が高く、自分より不幸な人達に対する同情の念が強かったせいだと思いますが「とんがり帽子」の少年少女の元気な歌声が心に残っています

この歌は、1947年~1950年までNHKラジオで放送されたラジオドラマ「鐘の鳴る丘」で使われていました。空襲により家も親も失った戦災孤児たちが街にあふれていた時代、復員してきた主人公が孤児たちと知り合い、やがて信州の山里で共同生活を始め、明るく強く生きていくさまを描いています
また、戦後生まれの童謡の中では最もヒットした「みかんの花咲く丘」も戦災孤児を扱った曲と思われます

三番の歌詞の最後に、丘の上に登って遠くの島を見ながら「優しい母さん思われる」という部分ではいつも涙がでてしまいます。恐らく、心臓弁膜症を患いながら私を背負って満州からの長い長い引揚の道のりを歩いた私の母の面影を思い出してしまうからかもしれません

今では、どこの小学校でも校歌がありますが、私の通った小学校では六年生の時に初めて校歌ができました。今回ネットで探したところ、何と見つけ出すことが出来ました。ただ、歌詞がちょっと変えられていたのには吃驚しました

この校歌が秋の運動会の始まる前にお披露目された時、私が作詞者、作曲者にたいして生徒を代表して感謝の言葉を述べました。兄と違ってヤンチャだった私は、小学校時代これが唯一の晴れの舞台だったので、父が写真を撮ってくれた様です;

運動会_校歌発表会
運動会_校歌発表会

2.中学生時代;
私が通った学芸大学付属小金井中学校では、大原某という先進的な音楽の授業?を行う先生がいました。この中学の校歌は確かこの先生が作曲したと記憶しています。ネットで探し出すのに苦労したものの何とか見つけ出すことが出来ましたが、3番まである歌詞のうち一番だけしか入っていませんでした

楽しみにしていた最初の音楽の時間で戸惑ったことは、歌を歌詞で歌わず、階名(ドレミ、、)で歌わされたことでした。私の出身の町立小学校でそんな教育は一切受けておらず、楽譜を見ても曲に合わせたスピードでは階名を読めませんでした。さらに翌週の授業では皆の前で暗記した階名で歌わされるという地獄が待っていました。お陰で?今でも中学校で学んだ歌は全て階名で歌うことができます
また、当時の中学としては珍しかったと思いますが、一クラス全員分のオルガンが音楽室に用意されており、教科書としてメトードローズピアノ教則本が与えられて自習を強要!されました。ピアノを小さい頃から習っていた裕福な生徒や、音楽の才能があってすぐ上達する生徒が多かったなかで、才能が無い上に貧しかった私の家にはピアノやオルガンの類はないので練習ができず、また小学校時代に彫刻刀で手のひらを切り、左手の小指が自由に動かなかった私にとって、毎学期末に行われる全員の前でピアノを弾くテストは正に地獄でした。そんな訳で、この時期に生涯癒すことのできない音楽に対するコンプレックスが定着してしまいました

ただ、兄は高校時代の音楽教育が良かったせいか、クラッシック音楽が好きでレコードを買ってよく聞いていました。その時に影響を受けたのだと思いますが、ベートーベンやその時代の音楽家の音楽には、何の造詣もありませんが、未だに聞くのは大好きです

その頃、日本航空が初めてジェット機を導入するにあたって、父がエンジン整備の勉強をするためにアメリカに長期間出張しました。その時の土産に、当時珍しかったゼニス社製の5球スーパーラジオ(5つの真空管を使ったSuperheterodyne 方式のラジオ受信機で雑音が少ない;済みません!この頃の私は既に“電気少年”だったので電気製品については細部に拘ります)を買ってきてくれ、毎日これでラジオを聴きながら夕食を取っていました。この頃のNHKラジオドラマの「一丁目一番地(1957年~1964年)」のテーマ曲をネットで見つけだしました。聴いてみると、その頃の自宅の夕食風景や隣近所の人たちの顔が鮮やかに蘇ってきました

3.高校時代;
高校に入ってまず驚いたことは、フォークダンスが必修?であると言うことです。男女が手を繋いでダンスをするなどは生まれて初めての事だったので、胸が高鳴ったのを思い出します。まず覚えるのは最もポピュラーな「コロブチカ」です

高校では音楽は必修科目ではなく選択科目になっていました。と言っても、他の選択肢は美術だったので、【美術のコンプレックス】>【音楽のコンプレックス】ということで、音楽をいやいやながら選択しました。
音楽の先生が最初に登場した時は、余りのカッコよさに魂消ました。何といってもイケメンの上に二期会の現役の歌手です。この先生に最初に教わった歌は「いつかある日」でした

この歌のメロディーは実に単純です。しかしこの歌の歌詞は、私にとって心打つものでした。ひょっとして歌は歌詞が“主”で、メロディーは“従”なんではないか、そんな些細なことから歌うことに対するコンプレックスは多少和らいでいった様な気がします

今回このブログを書いている最中に昔の音楽の教科書が懐かしくなり、探し始めました。小学校、中学の教科書は見つからなかったものの、ボロボロになった高校の教科書を見つけ出しました(表紙なし)。老化している紙が破れないようにページをめくっていくと、わら半紙にガリ版刷りの校歌の楽譜が出てきました。たしかこれも練習した様な気がします

高校音楽教科書の1ページ目とガリ版刷りの「校歌」
高校音楽教科書の1ページ目とガリ版刷りの「校歌

また、苦労して歌えるようになった「海に来れ」のページでは、上手く歌えない部分を自宅で必死に練習したことを懐かしく思い出しました

海に来れ
海に来れ

歌を歌うのが少し好きになったところで、当時流行っていたギターを弾ければ好きな歌を弾き語りできるな、と一念発起し、親に安いギターを買ってもらいました。左手の小指が使えないので、弦を逆に張り替え、右手でフレットを押さえることにして練習を始めましたが、数か月の練習で投げ出してしまいました。またしても楽器コンプレックス悪化させるだけに終わりました

音楽を選択したグループは、上級生の卒業式で「ハレルヤ」を歌うことになっていました。これは本格的なクラシック音楽なのでそう簡単にはマスターできません。また、音楽を選択した“沢山の男”は大半がバスかバリトンのパートしか声が出せず、テノールとソプラノは音楽の“手練れ”が少人数で担当していました。特にソプラノは卒業後芸大を出てプロの歌手となった女性一人が頑張っていて、ソプラノの音量に負けてしまう大勢のバス、バリトンに対して「もっと声を出して、、」と先生に言われ続けたことを思い出しました。数ヶ月の練習を経て、なんとか卒業式で歌うことができました

このハレルヤという合唱曲は、ヘンデル作曲のオラトリオ「メサイア」の44番です。音楽を選択した私の友人の中で、才能に恵まれた人たちは「メサイア」全曲を歌いたいと、ほぼ老年!になってから本格的な練習を始め、数年前に目出度く公演を行いました、大したもんです!

4.大学時代;
一年浪人した後、大学に行きましたが、浪人中は、オールナイト・ニッポンなどの深夜放送を聞きながらの勉強でした。1坪を半分に区切って妹と勉強部屋をシェアしていましたが、そこに自作の真空管アンプとリンゴ箱を使って作ったスピーカーを持ち込んで、流行り始めたビートルズの「 I Should Have Known Better」などを聞いていました

目出度く入学した後、バレーボール部に入部しましたが、ここで最初の洗礼はコンパ(今の飲み会)で歌う「ああ玉杯に花受けて

と、試合の応援などで使われる応援歌「ただ一つ」の練習です

これらの歌はいずれもアカペラで大声で歌わねばなりませんので、高校時代に学んだ歌唱法?とは全く別物です
大学に入ってから最初にやることは、ダンス部が主催するダンス講習会に通ってダンスパーティーに必要な、ジルバ、ワルツ、ルンバ、他、を覚えることです。当時、男性主体の大学や、女子大学の学生は、ダンスパーティーを通じて異性の友達を作ることが、ごく自然に行われていました。この頃のダンスパーティーではスイングジャズがよくかかっていましたが、私はビリーボーン楽団の「波路はるかに」が大好きでした

60年安保が終わっても、左翼の活動家の人々は、どうにかして若者を仲間に加えたいと思っており、一方、地方から出てきた真面目な若者は、人との繋がりの少ない都会生活で疎外感を感じる人も多くいました。こうした状況下で店に来た皆が歌の上手いリーダーと一緒に歌う歌声喫茶がはやり、東京の繁華街には当時沢山の歌声喫茶がありました。ここで歌われる歌は外国の民謡、学校で習ってきた唱歌、左翼の人が好む反戦歌、スタンダードとなった歌謡曲などでした。私たち学生も、コンパが終わった後、時折こうした歌声喫茶に寄って何曲も何曲も歌い続けたことを思い出します

また我々の世代は、親はもとより、教えを受けた教員の大半が戦争の惨禍を経験しており、社会や家庭内には反戦の気分が横溢していました。私の様ないい加減な学生でも朝日ジャーナルの購読は当たり前であり、ベトナム戦争には学生は概ね全員が反対していました。ベ平連もこうした政情の中で登場致しました
東大では1968年1月、医学部の学生がインターン制度に代わる登録医制度に反対して無期限ストに突入しました。その後、6月には東大全共闘が結成されると共に各学部、学科単位でバリケード封鎖が連鎖的に行われてゆきました。他大学の全共闘との連携、政治デモへの参加の過程で歌われた歌は、正に革命の歌でした。今でも、当時の高揚した気分の中で屡々歌われた「インターナショナル」、「国際学連の歌」、「ワルシャワ労働者の歌」を聴くと何故か気持ちが自然に高ぶります

この三つの歌をお聞きになるだけでも感じられると思いますが(実際に大勢で歌ってみるともっと迫力がでます)、革命歌というのは人を酔わせて死をも恐れぬ勇気を生み出す効果を狙っています
戦時中の日本の軍歌もそういう効果を狙っていたと思いますが、ネット上で30曲程の日本の軍歌を聞き比べてみたところ、上記革命歌3曲が「侵略者に対する反撃」がテーマであり極めて本能的で好戦的であるのに対し、日本の軍歌は、「天皇や国に対する忠誠」、「“八紘一宇”という作られた正義への挑戦」、「戦友への想い」などがテーマとなっており、敢えて言えば理想主義的で抒情的であるような気がします。これは国が発展登場にあった明治期の武士道が底流にあったのかもしれません

5.サラリーマン時代~現在;
1971年に大学院・修士課程を卒業して日本航空のサラリーマンになりました。DC-8型機の導入で後れを取り、太平洋路線のシェアを米国の航空会社に奪われて苦しんだ経験を活かし、1969年に初飛行したばかりの超大型機B747型機の導入を積極的に行った結果、1971年は本格的な海外旅行時代の幕開けの年となりました
折しも1967年、日本航空がスポンサーとなってFM東海で始まった深夜放送の「ジェットストリーム」は1970年からエフエム東京に引き継がれ、城達也の魅力的な声は、バックに流れる「Mr.Lonely」の甘い調べと相俟って多くの若い人に愛され、後の海外旅行ブームに繋がった様に思います

1978年には、国際線を全面的に成田空港に移転するという大事業があり、その一環で羽田に集約されていた整備基地を、成田と羽田に分割するプロジェクトを私が担当することとなりました。また、成田整備基地に於いては新しい勤務シフトを導入するというプロジェクトの担当にもなりました。歌どころではない忙しい日々が続きましたが、5月20日漸く開港の日を迎えることができました。その日から成田勤務が始まりましたが、未だ成田空港周辺は反対派の取り締まりの為に機動隊員が要所で検問を行っており、物々しい雰囲気でした。一方、成田駅周辺の繁華街の夜は寺町であるため閑散としていました。こうした中で我々単身赴任者が夜遊び!をするところは、畑の真ん中に散在する深夜スナックでした。必ずカラオケがあり、流行っていた歌の一つが「北国の春」でした

成田空港と自宅では130キロ程の距離がありますが、単身赴任とは言いながら、金曜日に自宅に帰って、月曜日早朝に自宅を出て出勤する、所謂「金帰月来」が可能でした。この長時間のドライブ中、当時流行っていた歌をテープやラジオでたっぷり楽しむことができました。その頃よく登場していた歌手は、ピンクレディーキャンディーズさだまさしアリス、、、でしょうか、中でもアリスの堀内孝雄が歌っていた「君のひとみは10000ボルト」は8ビートの難しい曲ですが、妙に記憶に残っています

1980年には、たのきんトリオ松田聖子中森明菜長渕剛、、、などの歌手が頑張っていましたが、バブル景気のさ中、松田聖子の初々しい「青いサンゴ礁」が大ヒットしていました

1980年代半ば以降は、日本航空にとっては歌どころではない辛い日々が続きました。勿論これは1985年8月12日の御巣鷹山墜落事故によるものです。1989年、社会の底辺ではバブル景気崩壊が忍び寄りつつ、何となく不穏な雰囲気が漂う時期にあたりますが、長渕剛の「トンボ」のヒットが強く印象に残っています。この歌詞に溢れる何ともやるせない鬱屈した気分が、若者の共感を呼んだのではないかと思います

1990年には、経営企画室に異動し、バブル景気の中で大量に購入契約を結んだB747-400を始めとする大型航空機のダウンサイジング(小さな飛行機に代替してゆくこと)するためにボーイング社と交渉していました。当時、日本航空の本社は旧東京ビルにあり、昼休みには東京駅周辺の多くの食事処でバラエティーに富んだ昼食を取っていましたが、なんと!時には昼休みのたった1時間4人で昼食を取りながらカラオケやったこともありました。東京ビルには車で通勤することはできず、運転しながらヒット曲を聴く機会が無くなったこともあり、10代~20代の人達が支えているヒット曲にはとんと疎くなっていました。ただ、当時日本航空のCMソングとなっていた米米CLUBの「浪漫飛行」は、時折カラオケで練習した記憶があります

一応 B737-400の導入でダウンサイジング計画完了のめどを付けた後、日本アジア航空台北支社勤務を命ぜられ、赴任しました。この時は完全な!単身赴任で、夜は夕食を取った後はカラオケスナックに入り浸る毎日でした。台湾では10年~20年前の日本の唄を別に何の違和感もなく歌うことが出来ました。中国語の歌は、テレサテンが歌っていて聞き覚えがあった「月亮代表我的心」と沖縄出身の歌手喜納昌吉の作詞・作曲によるヒット曲「」の替え歌である「花心」くらいで、中国語の発音が難しくあまり覚えることが出来ませんでした

台湾からの帰任後、私の経営企画室時代の最後の仕事であったB737-400の導入後、予想されていたことではありましたが、この航空機の投入路線が全て大幅な赤字になっていたことから、新しいLCCを設立してこの路線を黒字化させるプロジェクトを担当することになりました。1996年4月には社名をJAL Expressと命名し、この会社の実質的な本社を大阪(伊丹)として、同年7月には大阪=鹿児島、大阪=宮崎の2路線の運航を開始しました。2年半の大阪勤務を終えて、1998年には整備部門の効率化の為に整備カンパニー設立の為のプロジェクトを担当し、2000年4月に発足させることが出来ました。そんな訳でこの10年間は、偶にしか好きなカラオケができない忙しい毎日を過ごしました

2000年以降、成田、羽田での勤務を経て2002年には日本航空を退社、その後、某原子力関係の独法の監事や某大学の特任教授などを歴任した後、2016年以降は息子の会社の監査役という閑職のみとなり、ブログ発行や読書など、そこそこ充実した日々を送っています。そうした生活の中で、夕方、時間ができると後述する“一人カラオケ装置”を使って数十曲は歌い込み、冒頭の写真にあるカラオケ仲間との月一回の歌比べ!に備えています
尚、2000年以降、現在までの歌については新しすぎて“歌がたり”に馴染むような歌は少なく、また歌をキーにして振り返る私の歴史についても、取り立てて語る価値のあることもありませんので、割愛することにします

老人とカラオケ、その効用?

昨今、繁華街に限らず普通の町にもカラオケボックスがあります。日中空いている時間帯であれば1時間数百円の単位で利用でき、年金生活の老人が度々通っても経済的な負担は大したことはありません。現に私の様な老人が独りで利用する姿を見ることもも珍しくありません
現在のカラオケボックスは、通信カラオケといってネット経由で古い歌から最新の歌まで数えきれない程の歌が登録されており、老人が歌選びに困ることはありません。また、音程から音量、エコーの程度まで自分好みに合わせた細かい調整が可能になっています。以下に老人とカラオケ、その効用につて考察をしてみようと思います

1.カラオケで老人の健康を向上させる
老人が長生きをしたいという願望(周りの人がそれを望んでいるかどうかは疑問!?)を抱いていることは間違い無いことです。しかし、ただ生きていればいいという訳ではなく、健康で楽しい老後でなければ意味がありませんね
肉体的な健康を保つ;
肉体的な健康を保つためにジムに通う人が多くいますが、若いうちはジムで筋肉を鍛えることによって好きなスポーツが楽しくなるという意味で効用は大きいのですが、腰や膝を痛めた人にとって早く歩く程度まで回復させるのがせいぜいではないでしょうか。老人が充実した日常生活を送るために最も大事な臓器は心臓と肺であることは論を待ちません。心臓に疾患を抱えていたり、弱ってくれば強い運動は控えなければなりません。しかし、肺の機能はカラオケで十分に鍛え続けることが可能です。正しい発声法をマスター(私はボイストレーニングしているワイフに教わっています!)して歌うことによって肺の機能を強化することが可能です
また、自分でも最近実感していますが、口の奥を大きく開けて発声することで、喉周りの筋肉が鍛えられ、老人特有の嚥下障害によって食事の時にむせることが少なくなりました

② 精神的な健康を保つ;
会社を退職したあと一番大きな変化は、人とのコミュニケーションの機会が極端に減ることです。昔はリタイア後も、大家族制の中で子供や孫とのコミュニケーションが沢山ありましたし、またご近所づきあいが継続されることでコミュニケーションが一気に失われることはありませんでした。しかしサラリーマンが退職した場合、一気にコミュニケーションの機会が減るケースが多いようです。夫婦の会話を増やすことである程度のコミュニケーションを確保することは可能ですが、限界はあります。昨今、独居老人が殆ど会話の無い生活を続けている内に、誰にも知られずに孤独死するケースが時々報道されています
カラオケは独りで歌っていても会話と同じ効果が期待できます。自分が歌う(⇔話す)、自分の唄を聴く(⇔話を聴く)という行為は、正に脳細胞の機能から考えると、人とコミュニケーションを取っていることとあまり変わらないのではないでしょうか。勿論、冒頭の写真の様に仲間と一緒にカラオケをすればもっと効果が大きいことは確かです

2.カラオケで若々しい情操を維持、開発?する
カラオケには色々な歌が収められています。それぞれの歌を歌うことによって、歌の世界の中に自分を没入させていくことができます
① 歌いながら泣く;
歌詞の世界に入り込むと自然に涙が出てくる歌があります。私の場合、前節でも述べた様に「とんがり帽子」、「ミカンの花咲く丘」、「長崎の鐘」などは戦争の惨禍を想い必ず泣いてしまいます。また、子供に先立たれた親の悲しみが直に心を揺さぶる「七里ガ浜の哀歌」も途中から号泣してしまいます。勿論、みっともないので独りカラオケの時のみ歌います

② 歌いながら幼い頃の美しい心に帰る;
主に童謡や唱歌を歌っている時は童心に帰ることができます。私が好きな歌は、「美しき天然」、「里の秋」、「冬の星座」、「早春賦」、「冬景色」、などなど数限りなくあります
③ 歌いながら妄想に耽る;
純愛、悲恋、未練、など男女の恋愛に絡む歌はどうしても妄想に耽りながら歌うことになります。私がカラオケをご一緒している方々もこの種の歌が好きなようです。私が好きな歌は、「哀愁列車」、「悲しみ本線日本海」、「雨」、「夢の途中」、「愛人」、「昔の名前で出ています」、「みちずれ」、「恋歌綴り」、「エメラルドの伝説」、「リバーサイドホテル」、など沢山持ち歌がありますが、最近覚えた「抱擁」は若干いかがわしさが漂い、酔うとつい歌ってしまいます

④ 歌手の心情に心を寄せる;
ニューミュージック系の歌手の歌にも、屈折した複雑な心情が読み取れて好きな歌が沢山あります。「また君に恋してる」、「檸檬」、「無縁坂」、「悪女」、「竹とんぼ」、「何も言えなくて・・・夏」、「百万本のバラ」、中でもNHK朝ドラのテーマ曲になった「花束を君に」は、宇多田ヒカルが自殺した母(歌手の藤圭子)を偲び、何もできなかった自分を嘆く心情がヒシヒシと伝わってきます

絶唱して心の憂さを晴らす;
声を潰さない程度のできるだけ大きな声で歌うと憂さが晴れる歌は、当然のことながら絶唱型の歌手の歌った歌が対象になります。例えば私の場合、「五月のバラ」、「乾杯」、「Diamonds」、「涙をふいて」、「座・ロンリーハーツ親爺バンド」、「好きになった人」、「加賀の女」などが気持ちよく歌えます
⑥ 感動した映画やテレビドラマの挿入歌を歌ってストーリーや好きな俳優を思い出す;
映画が大好きで洋画を中心に若い頃よく見ましたが、自分で歌える歌はそれほど多くはありません。自分のカラオケのレパートリーに入れている易しい歌は、「Red River Valley」、「My Rifle、My Pony and Me」、「High Noon」、「ゴッドファーザー愛のテーマ」、「ロシアより愛をこめて」、など。日本のドラマでは「はぐれ刑事純情派」の挿入歌「かくれんぼ」が好きです。日本映画では、渡部恒彦と夏目雅子主演の映画「時代屋の女房」のバックに流れる「Again」が大好きです。主演の二人が亡くなってしまったこともあり、時々思い出しながらしみじみと歌っています

カラオケの裏にある文化

カラオケで歌われている歌は、宗教音楽やオペラのアリア、クラッシックの歌曲の様な難しい歌ではないために、軽く扱われがちですが、それぞれの民族が持っている文化が背景にあります。もう少し誇りをもって?歌うために少し調べてみました

1.カラオケの歌詞に隠された文化;
カラオケの歌詞の特徴を語る前に、幾つかの基礎知識をレビューしておきたいと思いますす。まず、
音節
発音の中心になる要素を一つの単位としたものです。「母音」あるいは「子音+母音」、「子音+母音+子音」といった組み合わせがあります。「っ」「ん」「-」はその前に来る文字とセットで現れるものなので、音節分けの際には独立して1音節となることはありません。因みに、「すっぱい」は、「すっ」「ぱ」「い」が正しい分け方であり、3音節の単語ということになります
詩の形式
① 定型詩とは:一定のリズムで改行する詩
② 自由詩とは:作者の気分で改行し、決まったリズムが無い詩
③ 散文詩とは:詩なのに改行しない

カラオケで歌われる歌の歌詞を分析すると、一般に、古い歌、童謡、唱歌、演歌、歌謡曲、などは定型詩が非常に多いことが分かります。一方、最近の歌唱力のある歌手が歌うポピュラーなどのジャンルの曲は自由詩が多いように思います。歌は一般に1番~X番まで繰り返すことが多いので、散文詩は多くないと思いますが、今流行りのヒップホップというリズムで歌うラップというジャンルは散文詩と言えるかもしれません。ただ、ラップは米国から輸入されたものだからでしょうか「韻を踏む」要素はある程度重視されるそうです(⇔かっこよく聞こえる or 訴求力がある

定型詩は古い時代から世界の各地に存在し、「韻を踏む」ことを一つのルールにして詩に一定のリズムを与えることが行われていました
A. 漢詩について;
私が台湾に駐在していた時、現地採用の台湾人の社員は、我々が高校時代にほんのちょっと学んだ漢詩を、実に美しく朗読するのに吃驚しました。これは漢詩のルールである規則的に韻を踏むことによってまるで歌うよう聞こえるせいだと思われます。例えば、杜甫の有名な五言律詩;
國破山河在 城春草木(sh-in)
感時花濺涙 恨別鳥驚(sh-in)
烽火連三月 家書抵萬(k-in)
白頭掻更短 渾欲不勝(sh-in)
この詩の場合、2句目、4句目、6句目、8句目で韻を踏んでいます。もともと、詩と歌とは不可分の関係にあったことが背景にあるのでは、と想像しています

B. 英詩について;
詳しい知識はありませんが、私が好きで、時々カラオケで歌っている「青春の光と影」の挿入歌「Both Sides Now」でも、韻を踏んでいる部分はとにかく心地よいのですぐに気が付きます
Rows and flows of angel hair
And ice cream castles in the air
And feather canyons everywhere
I’ve looked at clouds that way
But now they only block the sun
They rain and snow on everyone
So many things I would have done
But clouds got in my way
I’ve looked at clouds from both sides now
From up and down and still somehow
It’s cloud’s illusions I recall
I really don’t know clouds at all

日本の定型詩では万葉集の昔から「短歌」の形式として、5つの音節と7つの音節の組み合わせが使われています。これが平安時代末期の後白河上皇が愛した「今様」に引き継がれ、更に江戸時代の「連歌」、「俳句」に繋がっています。こうした伝統を踏まえたと思いますが、上田敏はカール・ブッセの詩を翻訳するにあたって以下の様に7・5調(7音節+5音節)を使っています(上田敏訳詩集「海潮音」から);
やまのあなたの 空遠く
幸い住むと 人の言ふ
ああ、われひとと尋めゆきて
涙さしぐみ かえりきぬ
やまのあなたの なお遠く
幸い住むと 人の言ふ
大変覚えやすく、リズムがいいと感じると思います

こうした観点から私の好きな歌を調べてみたところ、古い歌の多くは、7・5調、7・7調、5・7調の歌詞が非常に多いことが分かりました
完全な7・5調の歌詞:「緑の地平線」、「女心の唄」、「みちずれ」、「君は心の妻だから」、「美しき天然」、「椰子の実」、「夏の思い出」、「とんがり帽子」、「花」、「宵待ち草」、「もみじ」、「ミカンの花咲く丘」、「惜別の唄」、「人を恋うる歌」、「古城」、「武田節」、「あゝ新選組」、その他
完全な7・7調の歌詞:「異国の丘」、「ラバウル小唄」、「戦友」、「同期の桜」、「兄弟仁義」、「唐獅子牡丹」、「夜霧に第二国道」、
完全な5・7調の歌詞:「麦と兵隊」、「舟歌」、「潮来笠」、

ポピュラー音楽の分野では、上記とは別の規則的な音節数で繰り返し改行するタイプの歌詞と、全く規則的な繰り返しの無い自由詩のタイプが多いことが分かりました。老人にとって定型詩は比較的歌いやすいのですが、自由詩はやや歌うのが難しいのが本音だと思います。ただ自由詩でも歌詞が素晴らしいものはチャレンジしている人が多いと思います

2.カラオケのメロディーに隠された文化;
現在、我々が学校で学ぶ音階は、中世の西洋で発明?された、“ド”から1オクターブ上の“ド”まで12個の半音で区切る「12音階」と言われるものです。現在ピアノなど普通に使われる楽器は、この12音階が表現できるようになっています
しかし、日本でいえば沖縄の音楽がちょっと違うなと感じるのは、沖縄の伝統的な音楽が「ド、ミ、ファ、ソ、シ」の五つの音階のみが使われているためだと言うことです。また、スコットランド民謡は「ド、レ、ミ、ソ、ラ」の五つの音階で出来ているそうです。これらはペンタトニック・スケール(ペンタは5を意味します)と総称するそうです
この他に、日本の古い音楽には、「ラ、シ、ド、ミ、ファ」のマイナー・ペンタトニック・スケールが使われているそうです

こうした知識を豊富に持っている息子に、私の好きな歌の傾向を判定して貰ったところ、スコットランド民謡のマイナー版となる「ラ、ド、レ、ミ、ソ」というマイナー・ペンタトニック・スケールの歌が多いそうです。考えてみれば、私の好きな小学校唱歌は、明治期にスコットランド民謡や、アイルランド民謡から採ったものが多く腑に落ちる感じがします。尚、息子の話では、北アフリカや東アフリカの民族の伝統的な音楽もマイナー・ペンタトニック・スケールなのだそうです
スコットランド、アイルランド、ウェールズは英国と言ってもイングランド(ゲルマン系アングロサクソン人)に征服された国です。原住民はケルト人なので、日本人の音楽に対する感性は北アフリカ・東アフリカの民族、ケルト民族に近いのかもしれません。老人はこうした逸話が大好きです!

おまけ:自宅における一人カラオケセットの構築

カラオケボックスに通うだけではマスターできない難しい歌を練習する為と、ちょっとした時間を見つけてカラオケを楽しむために、以下の様なセットを準備し、主として YouTube で流布しているカラオケを見つけ出して歌っています。ただ、著作権の問題があるので、比較的新しい人気ミュージシャンのカラオケ版は、誰かが見つけ次第消去している様で、発見してもすぐに消えてしまいます。しかし、我々老人の好きな歌は90%以上がネットで発見できるはずです

YouTube-画面
YouTube-画面

YouTubeで発見して繰り返し歌いたい場合は、ご自身の使っているサイト閲覧ソフトの「ブックマーク」に登録しておけば、いつでも呼び出せます。またブックマークに登録した歌が多くなったら、上の写真の右側に表示されているようにフォルダーでブックマークした歌を整理しておけば便利です

カラオケ用4点セット
カラオケ用4点セット

YouTubeを閲覧するにはパソコンは必須です。それ以外は中古品を利用すれば数千円で調達可能です
パソコン以外の必要な機器類は;
① アンプ:持っている人が多いと思いますが、無くても中古屋ではピンキリですが、安いもので十分なので数千円で買えます
② ヘッドホン:同居している人、隣近所に迷惑を掛けないために必須アイテムです。中古品が非常に安く出回っています(高級品は不要)。アンプの“ヘッドホン出力”端子につなぐ
③ ラインミキサー必須アイテムです。これも中古品が非常に安く出回っています(高級品は不要)。“入力”端子にマイクとパソコンの音声出力を繋ぎ、“出力”端子をアンプの“AUX”端子に繋ぎます
④ カラオケ用エコー付きマイク(電池式):必須アイテム。これも中古品が非常に安く出回っています(高級品は不要)

存分にお楽しみください!

おわりに

全く音楽の才能に恵まれなかった私がこのブログを書くに当って、様々な疑問が発生しました。相談する相手は私の子供3人です。この子たちには、不思議なことに多少神の恵みがあったようで、長い間培った音楽の知識を披露してくれました。この子供達への感謝の気持ちを込めて3人の音楽の経歴と宣伝を少しさせて頂きます

長女については高校終了まで、とある合唱の団体に所属し、海外公演なども行っていました。現在ワイフが北欧の国々に人脈を持ち、エストニア関連の仕事(無給!)ができているのもそのお陰といえます。社会人になってからゴスペルの団体に所属して頑張っていましたが、子供ができてからちょっとお休みをしているようです
長男は、高校時代に相当ギターの練習をしていたようで、今でも長男が使っていた部屋には沢山の音楽関係の本と、ギターなどの楽器が何台も置いてあります。最近、映像関連の忙しい仕事の傍ら、自身が作詞・作曲・演奏(シンセサイザー)した曲「Kentaro Arai 1441」をリリースしました。このアルバムの中で、私が一番気に入っているのは「マグカップ」です

次男も高校時代に自宅のピアノで独学をしていた様で、私が海外駐在から帰任した時に、突如二階から「幻想即興曲」が流れてきた時は本当に吃驚しました。現在はIT関連事業を興して忙しい仕事をする傍ら、依頼があると作曲なども行っている様です。また土日には複数のバンド仲間と活動を行っています。昨年、神谷町の光明寺で、自身が中心のバンド(Saara Band)がいけばな作家の今井蒼泉氏と、ジョイントでライブ演奏を行ったものを YouTube にアップロードしてありますのでご興味のある方はご覧になってください。ただ非常に長い(40分以上)演奏です:「Saara Band × Sosen Imai live performance at Komyoji Temple

以上

乗員計画(パイロット、CA/客室乗務員)

はじめに

乗員計画とは、エアラインの事業計画の根幹をなす路線便数計画(どの路線に、どの型式の航空機を、どれだけの便数を飛ばすか、という計画)に基づき、パイロットや CA(Cabin Attendant/客室乗務員)の必要数を計算し、それを満たす人数を用意する計画ということができます

乗員計画は、経営側の立場に立てば、エアラインの貴重な人的資源であるパイロットや CA を、規制が要求する各種の制限事項を守りつつ、最も効率よく運航路線に配置することと言うことができます。一方、パイロットや CA の側の立場に立てば、自身の労働条件(労働時間、賃金等の収入、その他)の基本になる計画であるということもできます。また視点を変えて、乗員計画がパイロットや CA の労働密度に直接関係することから、それがひいては安全運航」にも関連することとも考えられ、経営者、パイロット、飛行機を利用されるお客様全てにとっても適切な計画を求められているという、エアラインビジネスにとって極めて重要な計画であると言えます

乗務割

乗務割については、前回発行のブログ「パイロットの養成」の中で、エアラインに乗務割の基準を定めることを法律で義務付けている(航空法第68条、及び航空法施行規則第214条)と書きました。実は、乗員計画の基礎となるルールの大切な部分は全てこの乗務割」の基準に含まれています。このルールは一般の人にはやや難解であると思われますので、以下にできるだけ分かり易くその説明を行いたいと思います

1.定義:勤務時間、乗務時間、他
パイロットや CA の業務は、一般の労働者と違って特殊な労働環境で働くため、以下の様な厳密な区分とその定義が定められています(以下、見出しの写真を見ながら読んでください);
① 勤務時間とは:乗務の為に出勤して業務が始まる時刻(例えばフライト前のブリーフィングが始まる時刻)から、業務が終了する時刻(例えばフライト後のデブリーフィングが終了する時刻)までの時間
② 乗務時間とは:ブロックアウト時刻(航空機がスポットを出る時刻/タイムテーブル上の出発時刻)からブロックイン時刻(航空機がスポットで停止する時刻/タイムテーブル上の到着時刻)までの時間
 就業時間:会社業務に従事する時間。上記の勤務時間には不測の事態に備えるため自宅で待機(スタンバイ)し、乗務に備える時間が含まれていません
④ 休養時間:全ての会社業務から開放される時間
⑤ 休養施設:自宅、ホテル、等
⑥ 仮眠設備乗務中交替で仰臥して休息が取れる設備(Crew Bunk、客室内の仕切られた客席、など)

B787_Crew Bunk(左:パイロット用;右:CA用)
B787_Crew Bunk(左:パイロット用;右:CA用)

⑦ 地上輸送時間:空港と予め指定された休養施設との間の輸送時間(実際にかかる時間でなく、別に定める時間)で、勤務時間、休養時間には含めない

2、パイロットの編成数と乗務割
大型旅客機に乗り組む乗務員は、長い間パイロット二人(機長と副操縦士)に加え、航空機関士(Flight Engineer)が乗り組んでいました。航空機関士は、エンジン状態の監視やその調整を行うこと、及び搭載している燃料のマネージメント(航空機の燃料は幾つかの燃料タンクに分けて搭載されており、これを原則として内側のタンクから消費していく必要があります)を行うことが主たる任務になっていました。ところが、1989年になって操縦室が大幅に近代化された(Glass Cockpit/操縦室内の計器が液晶画面に統一されたためにこの様に名付けられました)B747-400が登場し、航空機関士が行っていた任務の大半を二人のパイロットに分散させることが出来るようになりました。これ以降開発された大型旅客機はほぼ全てこの Glass Cockpit が装備されており、原則として二人のパイロットだけで運航が行われています。勿論、B747-400以前に開発されている旅客機も未だに運航されており、これらの航空機を区別する為に航空機関士が乗り組む必要のある航空機を「3MAN機」、航空機関士が乗り組む必要のない航空機を「2MAN機」と呼んでいます
① シングル編成;2MAN機/機長1名+副操縦士1名;3MAN機/機長1名+副操縦士1名+航空機関士1名

航空機の性能が向上するとともに、お客様にとっての利便性向上の観点から長距離路線においても中継地を経由しない直行路線が増えてきました。こうした長距離路線における長時間の勤務に対応する為に、乗務中の適切な休息が可能となるように以下の編成が設定されています
② マルチ編成:2MAN機/シングル編成+機長(又は副操縦士)1名;3MAN機/シングル編成+機長(又は副操縦士)1名+航空機関士1名
③ ダブル編成:2MAN機/シングル編成の倍;3MAN機/シングル編成の倍

<パイロットの乗務割基準
運航規程審査要領、および同細則に定められている具体的な審査基準は以下の通りです。各エアラインは運航規程に以下を下回る基準を設定することはできません
国内運航
① 連続する24時間の乗務時間が8時間を超えないこと。また乗務時間が8時間を越えた場合は、勤務終了後、乗務時間を勘案した適切な休養を与えること
1暦月100時間を超えないこと
3暦月270時間を超えないこと
1暦年1000時間を越えないこと
⑤ 連続する7日間のうち1暦日以上の休養を与えること

国際運航(国内運航と違って路線によっては時差があります)
編成により乗務時間の制限が異なります
 シングル編成:連続する24時間の乗務時間が12時間以下
㋺ マルチ編成:連続する24時間の乗務時間が12時間を超える場合。この場合、航空機内に適切な仮眠設備を設けること
㋩ ダブル編成基準はなく航空会社に任されている
乗務時間が上記制限時間を越えた場合は、勤務終了後、乗務時間を勘案した適切な休養を与えること
上記以外の乗務時間の制限は国内線の②~⑤と同じです

米国においても日本と同様の基準があります。詳しく知りたい方はをパイロットの務割に関わる米国の基準をご覧になってみて下さい。日本の基準に比べると詳細、且つ複雑な基準になっていますが、これは航空輸送に係る長い歴史及び ALPAと呼ばれる交渉力の強い産別組合の存在の故であると考えられます

3.CA の編成数と乗務割
CA の一番大切な任務は、非常時に於いてお客様を機外に安全に脱出させることです。これを受けて運航規程審査要領には、CA の編成数について以下のルールが定められています;
① 非常時の指揮統括者として「専任客室乗務員」の配置が必要
② 非常脱出時の誘導の為に必要とされる最低編成数は、旅客50名に対して1名以上の配置が必要

CAには、お客様に対する飲食のサービスを提供する任務もあります。サービスの程度によりますが;
③ 一般に短距離路線では上記①、②で決まる編成とし、長距離路線では、飲食のサービスの内容、回数、飛行途中での休憩の必要性、などを勘案して編成人数を増やします

CAの乗務割
運航規程審査要領には、CAの乗務割について以下が定められています;
乗務時間1暦月100時間を超えて予定しないこと(3歴月、1年の別の制限は無い)
休養時間連続する7日間のうち1暦日(外国においては連続する24時間)以上の休養を与えること

4.勤務協定
パイロットや CA は当然のことながら労働者であり、労働基準法で保障された以下の権利があります(詳しくは労働基準法の関連する条文を参照してください);
団結権の補償 ⇒ パイロットもCAも組合を作って労働条件について会社側と交渉する権利とストライキを行う権利が保障されています
労働条件の基準 ⇒ 労働時間(1日時間以内)、休日(1週間に1日以上)、時間外手当の支給、など

一方、パイロットや CA は、上述の通り、航空法により乗務時間の制限、休養時間の確保などが義務付けられています。従って、基本的には両方の基準を満たすように乗務割の基準を定め乗務計画を行うことになります
一般に LCC や立ち上げたばかりのエアラインは労働基準法と航空法の基準に近い厳しい乗務割で乗員計画を行いますが、歴史のある大手のエアラインは労使交渉の結果、これよりやや緩い乗務割基準で乗員計画を立てているのが実情であると考えられます
参考:勤務協定の例

乗員計画シミュレーション_前提条件

乗員計画がどの様に立てられているかを理解していただくために、パイロットと CA の乗員計画シミュレーションを行ってみたいと思います

シミュレーション行う際の順序としては、路線便数計画を決める乗務割基準を決める③便ごとに必要となる編成数から、その路線で必要となる乗員の組数を乗務割基準(勤務基準)を基に計算する、④路線毎に必要となる組数から余裕(パイロットの場合は機種別になります)があれば計算しておく、⑤技量審査(パイロットの6Month Check Flight、など)、非常救難訓練健康診断、などの実行可能性を確認する

1.国内線路線便数計画
JXエア(仮称)の国内線路線便数計画に基づく発着ダイヤを以下と致します(実はシミュレーションを行うために、大分前の、とある航空会社の発着時刻表を拝借しました)。尚、機種はB737-800とします;

JXエアの国内線ダイア
JXエアの国内線ダイヤ

上記の発着時刻表で空港名がアルファベット3文字で書かれていますが、具体的な空港名は空港コードをご覧になってください

この発着ダイアは、実は航空機の運用を行っているプロが以下の様なダイアグラムで検証した上で作成されることは、私のブログ航空機の運用をご覧になればお判りになることと思いますが、ここでは逆に発着時刻表から以下のダイヤグラムを作成してみました;

JXエアのダイアグラム
JXエアのダイアグラム

ここでパイロット、CA は羽田を基地として乗務し、交代は羽田で行うことを原則とすれば、航空機が羽田に帰って来るタイミングが分かるパターンが乗務計画を検討するのに便利なことがご理解いただけると思います

上記ダイヤグラムを、それぞれの路線を運航する航空機のパターンとして書き換えます(イメージとしては、私のブログ航空機の運用の列車番号でパターンを引き直すということと同じです)。例えば、上記のダイヤグラムを標準作業工程(DGT:航空機の運用を参照してください)を35分として、各空港に到着する便をDGTを守った上で最短時間で出発便に繋げると(下図参照:赤字で1機分のみ表示);

航空機の当て嵌め
航空機の当て嵌め

この作業を全てのダイヤグラムについて実施すると、この路線便数計画を実行するのに必要な全ての航空機のパターンが作成できます(下表参照)。下の航空機のパターンを見ると、この路線便数計画を運航するには19機必要となることも分かります。因みにこの図の最下段にある20機目は予備機として考えています。尚、予備機は乗員計画には関係ありませんが、その必要性について知りたい方は、私のブログ航空機の運用の整備関連の部分ををご覧になってください;

JXエアの航空機のパターン
JXエア国内線の航空機パターン

この機材パターンを使用して国内線のパイロット、CA の乗務計画を行うこととします

2.国際線路線便数計画
国際線路線便数計画に基づく発着時刻表(ブロックタイム、時差を含む)を以下とします(とある航空会社の発着時刻表から一部路線を拝借しました!);

JXエアの国際線ダイヤ
JXエアの国際線ダイヤ

路線に書かれているアルファベットの都市コードは;
TYO/東京、NYC/ニューヨーク、LAX/ロサンゼルス、HNL/ホノルル、BKK/バンコック、DLC/大連、SEL/ソウル
機種コードは以下の通りです;
773/B777-300;767/B767-300ER;772/B777-200、尚、B777-300と同-200とはパイロットの機種限定は同じです
UTCとは:協定世界時(Coordinated Universal Time)のことで、時差によらない時刻表示になるので、時差のある場所を行き来する国際線のブロックタイムなどを計算するときに便利です

これを、国内線の様に機材のパターンで表示すると;

JXエア国際線の航空機のパターン
JXエア国際線の航空機パターン

3.乗務割基準
JXエアの乗務割基準を以下の通りとします;
A. 乗務時間制限
①1暦月100時間を超えないこと
② 3暦月270時間を超えないこと(CAにはこの制限はありません)
③ 1暦年1000時間を越えないこと(CAにはこの制限はありません)
B. 編成による乗務時間の制限
シングル編成:連続する24時間の乗務時間が12時間を超えないこと。但し、国内線では原則1日に8時間を越えないこと
マルチ編成:連続する24時間の乗務時間が12時間を超える場合。この場合、航空機内に適切な仮眠設備を設けること
③ ダブル編成:基準を設けない

C. 休養時間の原則
連続の勤務の前の休養時間は、前の乗務時間により以下を予定する;
① 8時間以下の場合:6時間以上の休養
② 8時間を越え12時間以内の場合:12時間以上の休養
③ 12時間を越える場合:24時間以上の休養
D. 着陸回数の制限一連続の勤務で8回以内
E. 勤務時間の制限月間平均して週40時間を越えないこと

F_1. 勤務時間の開始
① 国内線:ブロックアウト時刻の1時間前
② 国際線:ブロックアウト時刻の1時間30分前
F_2. 勤務時間の終了時刻
① 国内線:ブロックイン時刻の1時間後
② 国際線:ブロックイン時刻の2時間後

G. 地上輸送時間の原則
① 勤務開始・終了の前後30分
② 地上輸送時間:空港と予め指定された休養施設との間の輸送時間(実輸送時間でなく、別に定める時間)で、勤務時間、休養時間には含めない

H. 所定の休日(常日勤者の土曜日、日曜日、祝日に相当します)
① 1週間に1日以上
② 1暦月8日以上
③ 1暦年119日以上
I. 有給休暇
① 年次有給休暇:20日
② 夏休:3日
③ 特別休暇:年間平均1日程度を想定

乗員計画シミュレーション_必要人員の計算

1.乗務員が乗務する路線毎に1組当たりの平均乗務時間、勤務時間を計算する

A.国内線の場合;
国内線の航空機パターン(下図)の右端にあるデータの意味は;
CNX:Connectionの略で、羽田空港以外の空港に到着し、翌日出発する場合の航空機の番号(左端の数字)を表しています
BT:Block Timeの略で、その航空機の一日の乗務時間の合計に相当します
FC:Flight Cicleの略で、その航空機の一日発着回数
まず、乗務時間の制限を勘案して航空機のパターンに、乗務員の交替する所に「」を入れてみると;

JXエアの航空機のパターン_乗員交代のタイミング入り
JXエアの航空機のパターン_乗員交代のタイミング()入り

上表で「」が入った航空機パターンのでは、その路線を別の乗員グループが乗務することを意味します。勿論一日のブロックタイム合計の時間(乗務時間)が短い場合(例えば9番の機材)は「」がありません。これは合計した乗務時間が乗務時間制限を超えないので一組の乗員グループで乗務を完結できるからです。こうして一日に全便を運航するのに必要となる乗員グループを表にまとめると(縦軸は航空機の番号と同じ);

乗務パターン毎の乗務時間・勤務時間_JXエアの航空機のパターン
乗務パターン毎の乗務時間勤務時間_JXエアの航空機のパターン

上表の左側の表の黄色で塗りつぶした部分が、一日で乗務しなければならない乗務の組の名称を表します。この国内線では、A~JJまでの36組が必要になることが分かります。尚、乗務員はいつも同じ乗務パターンを勤務するのではなく、月間、年間の乗務時間や勤務時間が均等となるよう最適な組合せを考えることになりますので、必要な組数を計算するときは平均値が重要な指標になります
上表の右側には乗務時間と勤務時間の合計欄が黄色で塗りつぶしてありますのでこれらの数値から以下の様に平均値を計算します;
合計値から全乗務時間は:104.3時間+75.8時間 =180.1時間/1日
これを一組当たりの平均では:108.1時間  ÷ 36組 = 5.0 時間/1組 
また、同様に全勤務時間は:189.3時間+127.9時間 = 317.3時間/1日
これを一組当たりの平均では 317.3時間  ÷ 36組 = 8.8時間/1組
ということになります

因みに、パイロット、CA の国内線36組の乗務パターンは下表の様になります(表の右側の欄には、基地である羽田空港以外の空港で1日の乗務が終わった場合、翌日はその空港からの乗務を行うこととなり、乗務を通じて基地に戻るまでの乗務パターンの繋がりが分かるようにしてあります);

パイロット、CAの国内線乗務パターン
パイロット、CAの国内線乗務パターン

B.国際線の場合
国際線の乗務パターンは発着時刻表を使って計画します。国際線の場合は乗務時間、勤務時間、休養時間、乗務編成、などのルールが複雑なので、分かり易い路線から説明致します。尚、1往復の乗務が完結する(次の往路便に乗務できる状態)までに要する日数を「x日パターン」と表記しています;
① 東京=ソウル線;

東京=ソウル線の基本乗務パターン
東京=ソウル線の基本乗務パターン

*1往復の乗務時間:4時間55分 ⇒ 4.9時間
* 乗務時間から ⇒ パイロットはシングル編成
*1往復の勤務時間:9時間25分 ⇒ 9.4時間
* 復路到着日から6時間以上の休養時間を取っても翌日から乗務が可能となるので ⇒ 1日パターン

② 東京=大連線;

東京=大連線の基本乗務パターン
東京=大連線の基本乗務パターン

*1往復の乗務時間:6時間10分 ⇒ 6.2時間
* 片道の乗務時間から ⇒ パイロットはシングル編成
*1往復の勤務時間:10時間50分 ⇒ 10.8時間
* 復路到着日から6時間以上の休養時間を取っても翌日から乗務が可能となるので ⇒ 日パターン

③ 東京=バンコック線;

東京=バンコック線の基本乗務パターン
東京=バンコック線の基本乗務パターン

*1往復の乗務時間:12時間50分 ⇒ 12.8時間
* 片道の乗務時間から ⇒ パイロットはシングル編成
*1往復の勤務時間:19時間50分 ⇒ 19.8時間 
* 復路到着日から12時間以上の休養時間を取っても3日目から乗務が可能となるので ⇒ 日パターン

④ 東京=ホノルル線;

東京=ホノルル線の基本乗務パターン
東京=ホノルル線の基本乗務パターン

*1往復の乗務時間:15時間55分 ⇒ 15.9時間
* 片道の乗務時間から ⇒ パイロットはマルチ編成 
*1往復の勤務時間:22時間55分 ⇒ 22.9時間 
* 復路到着日から12時間以上の休養時間を取っても4日目から乗務が可能となるので ⇒ 日パターン

⑤ 東京=ロサンゼルス線;

東京=ロサンゼルス線の基本乗務パターン
東京=ロサンゼルス線の基本乗務パターン

*1往復の乗務時間:21時間20分 ⇒ 21.3時間 
* 片道の乗務時間から ⇒ パイロットはシングル編成
*1往復の勤務時間:28時間20分 ⇒ 28.3時間 
* 復路到着日から12時間以上の休養時間を取っても4日目から乗務が可能となるので ⇒ 3日パターン

⑥ 東京=ニューヨーク線;

東京=ニューヨーク線の基本乗務パターン
東京=ニューヨーク線の基本乗務パターン

*1往復の乗務時間:27時間05分 ⇒ 27.1時間 
* 片道の乗務時間から ⇒ パイロットはシングル編成
*1往復の勤務時間:34時間05分 ⇒ 34.1時間 
* 復路到着日から24時間以上以上の休養時間が確保出来るので1往復で5日間がが必要 ⇒ 5日パターン

これらのパターンは分かり難いようですが、よく見るとパイロットの編成の種類は片道の乗務時間(ブロックタイム)が12時間を超えるか否かで決まり、休養時間(上表の“REST”)は乗務時間によって時間が変わります。また、往路到着した海外の空港から適切な休養を経て復路の乗務を行うこと、基地である東京に戻った後、適切な休養時間を取った上で次の便に乗務できる時刻が表示されていることが読み取れると思います

2.必要人員の計算
計算する際に必要となるルールを整理すると以下の様になります。尚、ここでパイロットや CA の生活が実感できるように月間単位のルールで統一することとします;

ルール_Ⅰ月平均日数30.4日 ⇔ 4年に一度「閏年」が有ることを勘案すると年間日数の平均は365.25日となります。これを12ヶ月で割った日数です 
ルール_Ⅱ( パイロットの月間平均乗務時間制限): 83.3時間 ⇔ 年間乗務時間制限は1000時間ですから、これを12ヶ月で割った数字です
<注> 勿論、夏季繁忙期などは月間乗務時間制限ギリギリの100時間近く乗務するのですが、これを続ければ年間1200時間となってしまうので、繁忙期以外は100時間未満で路線便数計画を立てます

ルール_Ⅲ( CAの乗務時間制限):100時間
ルール_Ⅳ月間の勤務可能な平均日数): 18.5日 ⇔ 年間平均日数から所定の休日(119日)、有給休暇(20日)、夏季休暇(3日)、特別休暇(忌引きなどの平均:1日)を控除したあと12ヶ月で割った日数

A.国内線の必要人員
<パイロットの必要人員>
上記ルールを適用すると、必要となるパイロットの組数は;

国内線のパイロットの編成と必要組数
国内線のパイロットの編成と必要組数

上表を見ると、国内線の場合ルール_Ⅱで月間の乗務回数の限界が来ることが分かります。シングル編成は機長1名と副操縦士1名なので、この路線便数計画を実行するには、機長66名、副操縦士66名のパイロットが必要となります

また、上表から、乗務しなければ勤務できる日数が年間21.6日(12ヶ月x〔D―C〕)確保できることとなり、パイロットの定期審査6Month Check Flight)、健康診断、非常救難訓練なども、追加パイロットを確保しなくてもい実施可能であることが分かります

また、この路線便数計画は19機の航空機とパイロットは66組で運営できることから、航空機1機当たり約3.5組のパイロットで運営できることになります。国内線の中期計画で路線便数が決まっていない場合でも、国内線配置機数が決まっていれば、パイロットの凡その必要数が計算できることになります

< CA の必要人員>
パイロットとの違いは乗務回数の上限が乗務時間制限でなくルール_Ⅳで決まるので必要となる CA の組数は;

国内線のCAの編成と必要組数
国内線のCAの編成と必要組数

B737-800客席数は176席、50席当たり配置するCA は4名(内1名は専任客室乗務員を配置する必要があります。従って、4名x59組=236名のCA(内59名は専任客室乗務員)を配置する必要があります

尚、国内線CAの場合、乗務回数がルール_Ⅳで決まるため、乗務以外の余裕日数は出ないので、非常救難訓練(1回/年)を行うために236人日分の非常救難訓練の為に人員引当が必要になります。これは更に2名(236人日 ÷ 18.5日x12ヶ月)の追加配置が必要になることになります

B.国際線の必要人員
<パイロットの必要人員
国内線とほぼ同じような方法で必要となるパイロットの組数を計算すると;

国際線のパイロットの編成と必要組数
国際線のパイロットの編成と必要組数

上表を見ると、国際線パイロットの場合もルール_Ⅱで月間の乗務回数の限界が来ることが分かります。この路線便数計画を実行するには、機長42名、副操縦士32名のパイロットが必要でありことが分かります

また、上表の「乗務以外の一編成当たりの月間出勤可能日」をご覧になれば、乗務員の定期審査6Month Check Flight)、健康診断、非常救難訓練なども、追加パイロットを確保しなくてもい実施可能であることが分かります

< CA の必要人員>
パイロットの違いは乗務時間制限(月間の基準があるのみ)と編成数だけで、乗務パターンはパイロットと同じなので;

国際線のCAの編成と必要組数
国際線のCAの編成と必要組数

上表を見ると、国際線 CA 場合は、路線によってルール_Ⅱで決まる場合と、ルール_Ⅳで決まる場合があることが分かります。ルール_Ⅳで決まる路線では乗務以外の勤務を行う余裕が無いことに注意する必要があります

上表における編成数の考え方は以下の通りです;
東京=ソウル線:配置機材はB767-300ERで、エグゼキュティブクラス/30席、エコノミークラス/207席、提供サービスは1.0食、免税品販売を行うという前提で編成数は7名内1名は専任客室乗務員を配置)
*東京=大連線:配置機材はB767-300ERで、エグゼキュティブクラス/30席、エコノミークラス/207席、提供サービスは1.0食、免税品販売を行うという前提で編成数は7名内1名は専任客室乗務員を配置)
東京=バンコック線:
配置機材はB777-200ERで、エグゼキュティブクラス/63席、エコノミークラス/239席、提供サービスは1.5食、免税品販売を行うという前提で編成数は10名内1名は専任客室乗務員を配置)
* 東京=ホノルル線:配置機材はB767-300ERで、エグゼキュティブクラス/30席、エコノミー・クラス/207席、提供サービスは1.5食、免税品販売を行うという前提で編成数は8名内1名は専任客室乗務員を配置)
 東京=ロサンゼルス線:配置機材はB777-300ERで、ファーストクラス/9席、エグゼキュティブ・クラス/63席、プレミアムエコノミークラス/44席、エコノミー・クラス/156席、提供サービスは1食、免税品販売を行うという前提で編成数は13名内1名は専任客室乗務員を配置)
* 東京=ニューヨーク線:配置機材はB777-300ERで、ファーストクラス/9席、エグゼキュティブ・クラス/63席、プレミアムエコノミークラス/44席、エコノミー・クラス/156席、提供サービスは2.5食、免税品販売を行うという前提で編成数は14名内1名は専任客室乗務員を配置)

従って、上表より305名(内27名は専任客客室乗務員)のCAの配置が必要となります

また、上表の「乗務以外の一編成当たりの月間出勤可能日」をご覧になると、東京=大連線で、一編成当たり月間2.1日東京=バンコック線ロで、同1.3日東京=サンゼルス線で、同1.4日の出勤可能日数がることが分かります。これらの路線の配置人員、及び12ヶ月をかけ合わせれば;
(13人x2.1+39人X1.3人+84人X1.4人)x12ヶ月
2,347人・日
の出勤が可能であり、これは305名の CA が、健康診断、及び非常救難訓練をそれぞれ年間一回、追加人員の配置なしに実施可能であることが分かります

C.その他の必要人員
A 及び B で計算した必要人員は、路線運営で直接必要とされる人員数と、法律で実施が義務付けられている定期審査、健康診断、非常救難訓練の実施ができる人員だけです
しかし、長期、安定的、且つ成長を見込んで路線運営を行うには、以下の様な増員要素を見込んで計画を立てなければなりません;
① 追加的な技術教育
② 機種更新に伴う限定変更の訓練
③ 機長昇格訓練
④ 定年退職、死亡退職、等に伴う欠員引き当て
⑤ 臨時便、チャーター便に対する引き当て
⑦ エアラインによっては、組織運営を円滑に行うための管理を担当するパイロットを置くケースもあります。こうしたパイロットは乗務時間をある程度犠牲にして地上勤務を行う必要が発生しますので、その為の引き当て要員が必要になります

以上

パイロットの養成

はじめに

航空機以外の船舶、鉄道、自動車などの公共交通機関では、危険な状態に陥った時、船長や運転手は停止することに全力を傾ければいいという意味で、そのミッションは比較的シンプルです。一方、航空機の場合は、飛行中に危険が迫ってきても着陸するまでは飛行を停止させるわけにはいきません。正常な飛行ができない状態の航空機を、安全に着陸させなければならないという極めて難しいミッションが課せられていることから、パイロットの技量を維持・向上させ、適正な労働環境を整えることがエアラインビジネスの最重要の経営課題であることはお判りいただけると思います
以下に、これらの具体的な内容についてできるだけ分かり易い説明をしていきたいと思います

パイロットに起因する深刻な事故

100年以上にわたる航空機の歴史の中で、パイロットの技能や労働環境に起因する数多くの事故を経験し、パイロットのミスを防ぐための操縦室の設計やパイロットの訓練に係る規制が強化(詳しくは8_Humanwareに係る信頼性管理を参照してください)されてきましたが、未だにパイロットに起因する深刻な事故をゼロにすることが出来ていません。因みに、21世紀に入ってからも、パイロットに起因する深刻な事故が起きていますので、以下にご紹介いたします;

1.2001年11月12日、 アメリカン航空のエアバス社製の A300B-600は、ニューヨーク州・ケネディー空港離陸直後、近郊の住宅地に墜落・炎上し、乗員・乗客260人全員が死亡、更に地上で巻き添えとなった5人も死亡しました

2001年AA・A300事故
2001年AA・A300事故

事故原因:離陸直後、前方を飛行するボーイング747の後方乱気流に遭遇した。この時操縦していた副操縦士が不必要且つ過度な方向舵操作を行ったため、方向舵に設計荷重を超える空気力がかかり、尾翼が分離脱落し操縦不能となって墜落

2.2006年年8月27日、米国のコムエアー( COMAIR/デルタ航空のローカル線を運航)のボンバルディア社製の CRJ-100は、ケンタッキー州・ブルーグラス空港から離陸滑走を開始したものの、離陸する前に滑走路の終端に至り大破しました。乗員・乗客50人中、49人が死亡しました

コムエアー・CRJ100の事故
コムエアー・CRJ100の事故

事故原因機長と副操縦士が、離陸操作と関係のない会話を交わしていた為、進入する滑走路を間違えて短い滑走路に進入し離陸できずに滑走路の先に突っ込んでしまった

3.2009年6月1日、エールフランスのエアバス社製 A330ー200は、リオデジャネイロ空港離陸後、4時間後に最後の交信を行ったあと消息を絶ちました。翌日大西洋上で残骸の浮遊物を発見し墜落が確認されました。乗員・乗客228人は全員死亡したもの思われます。その後、事故調査の為に墜落したと思われる場所周辺の広大な海域の海底探索を行っていましたが、2011年になって4000メートルの海底にあったフライトレコーダー、コックピット・ボイスレコーダーが回収されました

AF・A330墜落事故
AF・A330型機の墜落事故

事故原因:回収されたフライトレコーダーの解析から、事故は以下の様なシーケンスで起こったことが分かりました;
① 悪天候で飛行中に3本のピトー管(飛行中の航空機の高度、速度を検出する重要な装備品であらゆる航空機に装備されています。高空で高度、速度の情報が得られなくなると操縦が非常に難しくなります)が凍結し機能を果たさなくなった為、自動操縦が自動的にオフとなった

777型機のピトー管_装着位置と原理
777型機のピトー管_装着位置と原理

② 休憩中だった機長に替わって操縦していた副操縦士は手動で操縦を始めると同時に失速警報が鳴り始めた
失速の際は本来“機首下げ”の操作を行うべきところ、この副操縦士は、“機首上げ”の操作を行いつつエンジンの推力を上げた
機長が戻って来て「機首を上げるな」と指示したものの間に合わず完全に失速して海面に激突した

4.2013年7月6日、アシアナ航空のボーイング社製777-300型は、サンフランシスコ国際空港での着陸に失敗。乗客3名死亡 ⇒ 動画:アシアナ航空214便着陸失敗事故

事故原因:この日は天候が良く、風もほとんどありませんでした。ただ、操縦桿を握っていた副操縦士はボーイング777型機の飛行時間はまだ43時間で慣熟訓練中であり、訓練教官役となっていた機長も事故の20日前に教官としての資格を取得したばかりであり、本便が資格取得後初の訓練教官役としての搭乗でした

5.2015年2月4日、復興航空(トランスアジア航空)のATR社製ATR72-600型機は、松山空港離陸直後にエンジントラブルを起こして墜落。乗員・乗客58名中43名死亡 ⇒ 動画:中華民国・復興航空ATR72-600型機墜落

事故原因:離陸直後、第2エンジンがフレームアウト(エンジンの燃焼が停止した状態)していることを示す画面が表示されると共に、主警報装置が鳴り響いた。ところが、パイロットは第1エンジンのスロットルをアイドリング位置まで引き、更にエンジンを停止させてしまった。その後、第1エンジンを再起動したものの操縦を正常に戻せず、左翼端が高速道路の側壁に激突し墜落した

6.2015年3月24日、ジャーマンウィングス(ルフトハンザ航空のLCC子会社)/A320型、フランス南東部の山岳地帯に墜落。乗員・乗客150人全員死亡

ジャーマンウィングスA320型機墜落
ジャーマンウィングスA320型機墜落

事故原因副操縦士の自殺。事故直前、急降下前に機長が操縦室外に出て、戻ったところ、暗証番号(9.11のテロ事件以降、操縦室のドアは常時施錠され客室側から開けられない様になっている)ではドアが開かず、何度ドアを叩いてもインターフォンで呼びかけても操縦席から反応がなく、しまいにはドアを斧で破壊しようとしていた思われる痕跡があった。回収されたコックピット・ボイスレコーダーの音声記録にはドア施錠後から墜落に至るまで会話や発声が一切なかったという

<パイロットの高度な技量により着水して乗員・乗客を全員救助できた事例>
2009年1月15日、ニューヨーク・ラガーディア空港を離陸したエアバス社のA320型機は、離陸直後に大型のカナダガンの群れの遭遇し、二つのエンジンが同時にフレームアウトしてしまった。機長は冷静な判断でハドソン川に着水することを決断し、航空機は全損となったものの乗員・乗客全員(155人)が救助されました
クリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス主演で制作された映画、「ハドソン川の奇跡」は、この事実を基につくられました。尚、こうした鳥衝突に係る種々の問題について詳しいことを知りたい方は「航空機の鳥衝突による安全性について」をご覧になってみて下さい

パイロットの養成について

多くのお客様を乗せて航空機を安全に飛行させることが出来る優秀なパイロットを養成するためには、何等かの法的な規制が必要となることは言うまでもありません。第二次大戦後、大型旅客機が登場し、国境を越えて安全な運航を保証するためのルール作りが必要となりシカゴ条約(詳しくは条約・航空協定の歴史をご覧ください)として結実しました。この中で、パイロットの資格に係る基本的なルールについては、ICAO_Annex 1_Personal Licensingの中で定められています。また、日本に於いては、航空法の中でシカゴ条約のルールが具現化されています

パイロットに安全な運航を行わしめるための航空法の仕組み;
* パイロットの操縦技能に関し国による認定を行うこと
* パイロットの健康状態に関し国による認定を行うこと
機長の役割につき国の基準を定め、エアラインに実行せしめること
* パイロットと地上の運航支援を行う人との間で適切なコミュニケーションを図ることに関し国による認定を行うこと
* パイロットが適切な労働条件のもとで働けるように国の基準を定め、エアラインに実行せしめること
の様に分類することが出来ます。以下にその具体的な内容をご紹介します。尚、下記の説明には航空法や航空施行規則(附則及び付表等を含む)を頻繁に参照していますが、条文の内容を直接ご覧になりたい場合は、必要に応じそれぞれ次のリンクをご覧になってください:(航空法)、(航空法施行規則

また、米国においても実質的に同等の認定の仕組みを持っています。詳しく米国航空法と上記日本の航空法との対応関係を知りたい方はをパイロットに関わる米国の法規制ご覧になってください。また、この資料の中に引用されている「§ xxx」は、米国航空法のセクション番号です。ここに記述されている内容を詳しくご覧になりたい方はCode of Federal Regulationを参照してください

1.パイロットの操縦技能に関する国による認定
A. 操縦技能の認定方法については、航空法第26条、28条、29条、航空法施行規則第42条、43条で以下が定められています;
① 操縦に必要な経験(年齢、資格別の必要飛行経歴
② 操縦に必要な知識レベルの認定(筆記試験の例:定期運送用操縦士の学科試験
③ 操縦技術のレベルの認定(実機、シミュレーターによる実技試験

B. 国が認定する資格の種類は航空法第24条に以下の様に区分されています;
① 自家用操縦士、② 事業用操縦士、③ 準定期運送用操縦士(注)定期運送用操縦士、⑤ 航空機関士、⑥ 他
また、上記以外に航空法第34条で以下の証明の取得を義務付けています;
① 計器飛行証明:計器飛行、計器航法による飛行(計器飛行以外の航空機の位置、及び進路の測定を計器のみによって行うこと)を行う場合に必要となります
操縦教育証明:機長がその業務を遂行しつつ、同乗するパイロットに対して資格取得訓練、限定変更訓練を行う場合に必要となります

(注)準定期運送用操縦士MPL/Multi-crew Pilot License):これまでのパイロット養成ではまず小型機を単独で操縦するための訓練期間を長く行うことになっていました。しかし、最新の大型旅客機を運航するエアラインでは、副操縦士は機長と業務を分担してミッションを行うことが求められるようになりました。2013年、こうした状況に鑑み、航空法24条が改正され標記 MPL の資格が創設されました。MPL 養成訓練では、訓練の初期段階から機長と副操縦士の二人での運航を前提として行なわれますので、従来の訓練方式に比べ訓練期間が約6カ月以上短縮され、しかもより安全な運航を行なえる優れた副操縦士を養成ができるようになりました。尚、MPLの養成は、現在JAL及びANAの航空従事者指定養成施設(後段に説明があります)にのみ認められています。詳しい内容を知りたい方は国土交通省が作成したMPL技能証明制度についてをご覧になってみて下さい

LAL・MPL第一期生初フライト_2017年2月27日
LAL・MPL第一期生(右席)初フライト_2017年2月27日

C. 航空機の種類、等級、型式別の資格の認定については国土交通省令で以下の様に更に細かく区分されています(資格の「限定」とは、自動車の運転免許が自動二輪、普通、大型二種、等々など種類が分かれているのと同じ様な理由です);
① プロペラ機タービン機回転翼機、他、の区分
② 航空機の使用目的による区分
 最大離陸重量による区分

D. その他;
* パイロットが航空運送事業の業務を行う場合に、最近の飛行経験夜間飛行経験などに関し最低限の基準を設けています(航空法第69条 & 国土交通省令で定められています)

2.パイロットの健康状態に関し国による認定を行うこと
パイロットが操縦を行うには航空身体検査証明を取得しなければならないことが航空法第31条、航空法施行規則第61条の二で定められています
A. 航空身体検査証明の種別
第一種定期運送用操縦士準定期運送用操縦士事業用操縦士、航空機関士、他
② 第二種:自家用航空操縦士、他
B. 国が指定した病院において定期的に健康診断を受けること
C. 航空身体検査証明の有効期間は航空法第32条、及び航空法施行規則第61条の三で、原則1年と定められています。但し、60歳以上(加齢乗員ともいいます)の定期運送用操縦士は6ヶ月に一度と定められています
上記 A~C の詳細について知りたい方は、(財)航空医学研究センターのサイト(航空身体検査証明とは)をご覧になってください

D. 健康診断においてチェックすべき項目と、合否の判定基準については、航空法施行規則第61条の二に定められています。具体的な検査項目をご覧になりたい方は、最も厳しい検査内容となっている(第一種航空身体検査証明書の検査基準)をご覧になってください。恐らく、中年以上の方は、この基準を満たす為には健康状態維持に相当努力しなければならないことがわかると思います!
また、米国の規定をご覧になりたい方は(米国の身体検査証明書の検査基準)をご覧になってみて下さい。概ね日本の航空法と考え方は同じなのですが、昨今米国において社会的な問題となっている薬物依存症に係る規定は、極めて具体的に判断基準が明示されていることが分かります

3.機長の役割につき国の基準を定め、エアラインに実行せしめること
航空運送事業の用に供する航空機を操縦するパイロットの内、安全運航に最終責任を負う機長については、航空法第72条において、その知識及び能力の審査を行うこととしています。また、航空法施行規則第163条で、その知識及び能力の具体的な基準を定めています;
機長の知識及び能力の審査
審査の対象:5.7トン以上の航空機、または9.7トン以上の回転翼機(ヘリコプターなど)を使って航空運送事業を行う機長
② 審査は口述審査(所謂“口頭試問”に相当)と実地審査(認定に係る航空機と同じ型式のシミュレーターを使用)で行います;
<運航に係る審査の具体的な内容>
* パイロットが行う航空法第73条の二に基づく飛行前点検(Pre Flight Check)について
* 出発・飛行計画変更に係る運航管理者(Dispatcher)の承認事項について
* 他の乗務員(含むCA/客室乗務員)に対する指揮・監督について
* 安全阻害行為の抑止危難の場合の措置他の安全管理事項について
* 通常状態、及び異常状態での航空機の操作及び措置について

③ 上記審査は、航空法施行規則第164条の二に基づき、年一回実施することになっています。但し“通常状態、及び異常状態での航空機の操作及び措置”については年2回の審査を実施する必要があります ⇒ 6Month Check Flight

4.パイロットと地上の運航支援を行う人との間で適切なコミュニケーションを図ることに関し国による認定を行うこと
① 通信機器の知識、取り扱いに関わる電波法に基づく航空級無線通信士の資格取得を義務付けています
② 外国での運航を行う場合、航空法第33条に基づき、国土交通大臣が行う航空英語能力証明の取得を義務付けています

5.パイロットが適切な労働条件のもとで働けるように国の基準を定め、エアラインに実行せしめること
航空法第68条、及び航空法施行規則第214条に基づき、エアラインに乗務割の基準を定めることを義務付けています
① 運航規程に乗務割の基準を定めることを義務付け運航規程を認可項目としています。運航規程に関する詳しい説明は(2_航空機の安全運航を守る仕組み_全体像)の「4.運用段階、(8)」をご覧になってみてください

② 航空法施行規則第175条で、乗務割の基準には以下の項目が含まれていなければならないとしています;
*乗務時間の制限は、1暦日又は24時間(国際線など時差がある運航を行う場合)、1歴月3ヶ月1暦年当たりそれぞれの限界時間を設定しなければならない。
*疲労により航行の安全を阻害しないような乗務時間その他の労働時間が配分されていること
尚、それぞれの限界時間の具体例(エアラインによって異なる)については、乗員計画(パイロット、CA/客室乗務員)をご覧になってください

X. 外国人パイロットに係る例外措置
昨今、パイロットの絶対数の不足、パイロットに係る諸経費の削減、パイロット養成期間の短縮事業計画の変動に対する迅速な対応、などの目的で外国人パイロットが多く導入さています。彼らの保有している資格は欧米先進国で発行されたものであり、この資格では日本の航空法の下では飛行できないことになります。従って、これを短時間で日本の資格に切り替えるために、以下の様な例外措置を設けています;
国際民間航空条約(ICAO)締約国の政府が発行した資格を有する者は、国内航空法規に関わるものを除く学科試験、及び実地試験の全部又は一部を行わない
② 取得できる日本の資格:技能証明技能証明の限定の変更計器飛行証明航空英語能力証明

国に代わって認可行為の一部を代行する仕組み

これまで説明してきた安全運航に係る重要事項について“国による認可や審査”があるのは、航空行政の公平性、厳格性を保つために必須の事ですが、これらを全て国家によって行うには、必要となる専門性、人件費の効率性設備投資、などの面で実質的に不可能です。そこで、パイロット養成に係る施設(例えば航空機やシミュレーターなど)、訓練に必要となる教官(実技指導を行うパイロット、操縦に必要となる知識に係る訓練を行う地上職の教官)、などを保有している組織(下記参照)を指定し、国による認可行為の一部を委嘱することが出来るようになっています。これを定航空従事者養成施設制度(自動車の運転免許取得の際通った自動車運転教習所を想像すればいいと思います)といいます。この仕組みについて詳しく知りたい方は(2_航空機の安全運航を守る仕組み_全体像)の「規制当局による審査、認可等の合理化」(2)をご覧になってみてください。以下に具体的な「定航空従事者養成施設」を例示します;

1.独立行政法人航空大学校
航空大学校は、航空法施行規則第50条の二で、国に替わって以下の資格を付与することができることになっています。尚、この学校は独立行政法人となっていることから分かるように、1954年に国策で設立され、訓練学生の授業料負担の軽減、エアラインのパイロット養成費用負担の軽減、その他のパイロット・ソースの確保、などの役割を果たしています。現在の募集定員は108名訓練期間は2年間となっています;
自家用操縦士事業用操縦士の技能証明
② 技能証明の限定
計器飛行証明の実地試験
航空英語能力証明に関わる学科試験

2.航空従事者指定養成施設
エアラインのパイロット訓練部門民間のパイロット養成施設大学のパイロット養成コース、などを対象としています。航空法施行規則第50条に当該施設の認可に関わる国のチェック項目は以下の様に具体的に示されています;
① 教育・訓練に必要となる教官(実技指導を行うパイロット、操縦に必要となる知識に係る教官)、及び技能審査員の履歴航空従事者としての資格が適正かどうか
教育・訓練のための施設教育・訓練の内容・方法技能審査の方法が適正かどうか
教官が必要数以上配置されているかどうか
④ 技能審査に必要な技能審査員、訓練に必要となる航空機、シミュレーター、その他の機材、設備を利用できる状態になっているかどうか
訓練・教育施設としての適確な運営の為の制度が定められているかどうか

上記を踏まえたうえで、以下の認可行為を行うことを施設ごとに指定します;
自家用操縦士事業用操縦士準定期運送用操縦士定期運送用操縦士、航空機関士の資格付与
航空機種の限定は、実地試験に使われる航空機の機種で決まります
計器飛行証明の付与

3.指定本邦航空運送事業者、査察運航乗務員
航空法第72条に基づき、国は航空運送事業を行う機長の知識及び能力を審査することになっていますが、「指定本邦航空運送事業者」の認可を得たエアラインについては、エアラインが自社の機長の審査を行う者を指定し、国がその者の適格性について審査を行った上で「査察運航乗務員」として指名し、国が行う審査をその者に代行させることが出来ます
この査察運航乗務員の適格性についての審査は、航空法施行規則第164条、165条に基づき以下の項目のチェックを行うことになっています。審査は年一回行われます;
① 書面審査、口述審査、実地審査
② 組織、訓練体制、訓練方法、訓練施設が適切であること
③ 査察操縦士の審査に関わる権限の独立性が確保されていること(⇔審査される機長の合否判断は、あくまで国土交通大臣に替わって行っている)

4.指定航空英語能力判定航空運送事業者;
航空英語能力証明に関わる試験を行います

エアラインのパイロットになるまで

エアラインのパイロットとして乗務する為には、副操縦士であっても事業用操縦士の資格航空無線通信士の資格、計器証明、(国際線を乗務するのであれば航空英語英語能力証明も必要)を保有していなければなりません。また、機長として乗務する為には、上記の資格と併せ、「定期運送用操縦士」の資格を持っていなければなりません
これらの資格を取得してエアラインパイロットになる為には以下の様な選択肢があります;
1.資格を何も持たないままにエアラインのパイロット要員として入社するケース;
資格取得するまでのコストは全てエアラインが負担し、更に資格を取得するまでの間も相応の賃金が支払われるので人気が高く応募者も多いために、競争環境は非常に高いといえます。尚、一定期間内に資格を取得できなかった場合、エアラインパイロットとしての適格性が無いと判定され、地上職に職変してエアラインにとどまるか、退職するかの選択を迫られます

2.航空大学校に入学し、自家用操縦士、事業用操縦士、航空無線通信士、計器証明、航空英語英語能力証明、などの資格を取得しエアラインに入社するケース;
資格取得するまでのコストは原則国費で賄われますが、入学料、授業料、寮費などの自己負担分は二年間で350万円以上となります(詳しくは2020年度航空大学校募集要領を参照してください)。エアラインにとってパイロットの養成が低コストで済むので、エアラインに採用される可能性は高いものの、その分航空大学校への入学の敷居は非常に高い状況です。エアラインに採用されなかった人は、民間の使用事業(少人数の観光客をターゲットにした遊覧飛行やチャーター飛行)その他の組織でパイロットとして働く道も残されています

3.パイロット・コースを設けている大学に入学し、自家用操縦士、事業用操縦士、航空無線通信士、計器証明、航空英語英語能力証明、などの資格を取得しエアラインに入社するケース;
近年、LCCの隆盛と共にエアライン・パイロットの需要が高まり、パイロットを養成するコースを設ける大学が増加しつつあります。ただ、日本国内で大学単独で資格取得の為の航空機やシミュレーターを購入するには高額な投資が必要となること、国内では飛行訓練のための空港や空域の確保が難しく、更に着陸料、航行援助施設利用料の負担も大きいことから、殆どの大学は、実機訓練を外国の飛行学校に委嘱しているのが実情です。また、学費も2000万円以上掛かると言われており、経済的な面で入学の敷居は高いと言えます
しかし最近は、エアラインとしてもこうしたパイロットソースを通じて優秀なパイロットを確保する必要性から大学との協力関係を築いているケースもあります。因みに現在、桜美林大学の航空コースはJALと東海大学の航空コースはANAと協力関係を持っています
尚、エアラインに採用されなかった人は、航空大学校卒業生と同じように民間の使用事業、その他の組織でパイロットとして働く道も残されています

4.個人で外国の飛行学校、等に入学し必要な資格を取得するケース;
パイロットの資格は学歴には関係ないので、自費で必要な資格を取得することは可能です。このケースでも一般に経済的な理由で外国の飛行学校で資格を取得するケースがほとんどです
<参考>
1996年 JALエクスプレス(1997年設立、2014年JALに統合)を立ち上げたときは、このケースのパイロットも採用しました

5.自衛隊に入隊し、ある程度の年齢になってから自衛隊を退職し、エアラインに入社するケース;
自衛隊が保有する戦闘機や輸送機、その他、数多くの航空機を操縦するパイロットは100%国費で養成されています。また飛行経験自体も通常の業務の遂行のなかで積み上げていくことが可能です。ただ、自衛隊のパイロットの操縦資格は航空法で決めらている民間機の操縦資格とは異なります。また、自衛隊のパイロットの機種ごとの配置数は運用する各種の航空機別に定員が決まっており、その人件費・経費は国費で賄われております。従って、自分の意思だけで自衛隊を退職しエアラインのパイロットになることが出来ないことはご理解いただけると思います
しかし、自衛隊のパイロットは部隊運用上ピラミッド型のシンプルな組織を形成することが必要であると同時に、肉体的に過酷な任務を求められる航空機については高齢になれば任務遂行が困難になるため、定期的な若返りを図っていく必要もあります。こうしたことから、自衛隊とエアラインとの間で「割愛」という制度が設けられており、必要によりエアラインは防衛相と合意の上で自衛隊パイロットを受け入れることを行っています
<参考>
先進国を中心として、大規模な航空戦力を保有している国では、軍のパイロット出身のエアラインパイロットが多いと言われています

機長養成について

安全運航に最終責任を負う機長については、既に述べた様に航空法に基づく重要な任務を遂行する必要があり、大手エアラインでは、法で定められた飛行経験(資格別の必要飛行経歴)、定期運送用操縦士資格の取得(参考:定期運送用操縦士の学科試験)の他に以下の様な要素を加味して機長養成を行っています;
① 機長業務に相応しい人格・識見を有していること
② 機長業務に相応しい操縦技能、知識を有していること
③ “Senioroty”の基準を満たしていること
“Senioroty”の基準とは:入社順、資格取得順、などで機長になる機会を与えること。一般に労働組合などとの間で労務上の問題を起こさないようにするための基準であり、法に基づく厳格な基準ではありません

機長養成をエアライン自ら行うことは法的には義務付けられていませんが(⇔航空会社設立時などでは機長資格を持った人を採用します)、路線運営には必ず一定数の機長が必要(具体例ついては、乗員計画(パイロット、CA/客室乗務員)をご覧になってください)であり、長期的な事業計画の伸び、及び機種更新の計画に合わせて新しい型式の航空機の機長も確保しなければならないことから、大手のエアラインでは副操縦士から機長への昇格、機長の「限定」変更(操縦する機種の変更)などを長期的な視野で行っています

副操縦士が機長養成コースに入ると、シミュレーター訓練や座学の他に、教官となる機長と定期便に同乗して訓練(“路線訓練”といいます;副操縦士席での訓練 、 機長席での訓練)を行う必要があります。また、離着陸時の機長のミッションを習得する為には、離着陸の経験(馬術用語の“鞍数”ともいいます)を多く積まねばなりません

<参考>
1.事故統計によれば航空機事故の殆どは、離陸時の3分間着陸時の8分間に集中していることから、この合計11分間を「Critical Eleven Minutes/魔の11分間」と呼んでいます。機長養成で離着陸の訓練を重視するのはこうした背景があるからです
2.前述(パイロットに起因する深刻な事故)の、アシアナ航空のサンフランシスコ国際空港における着陸失敗事故は、長距離路線で慣熟飛行を行ったことが問題であった可能性も考えられるのではないでしょうか

こうしたことから、大手のエアラインには機長養成に、短距離路線(国内線、短距離国際線)に投入し、保有機数も多い機種を機長養成用の機種として指定し、養成の効率化を図っているところもあります。
具体的な運用としては、機長候補者を予めこの機種に移行(“限定”の変更)させ、機長昇格後も相応の期間その機種で慣熟を図っていきます。結果としてその機種で余剰となる他の機長は、事業計画上増機していかねばならない機種に移行させていく、などの対応を行って機長マンニングのバランスを取ることになります

パイロット養成コスト(試算)

これまで述べてきたことからパイロットを養成するには、訓練のための高額な費用が掛かることはある程度想像できると思いますが、もう少し正確なイメージを持っていただくために、以下のケースに分けて必要となる費用の試算をしてみたいと思います;
1.航空大学校における訓練生一人当たりの訓練費用
この試算を行うためには、航空大学校の収支データが必要になります。本来は独立行政法人なので公表を義務付けられているはずの財務諸表及び事業報告書を入手できれば一番いいのですが、今回サイトから見つけることが出来ませんでしたので、航空大学校のサイトから航空大学校2018年度業務実績報告書を入手し、ここから収支計画・実績のデータを取り出して計算してみました(下表の単位は“円”);

航空大学校訓練生の訓練費用(試算)
航空大学校訓練生の訓練費用(試算)

訓練生の自己負担分は2年間で350万円程度ですが、国費で負担する金額が一人当たり3千万円以上かかっていることが分かります。エアラインに優秀なパイロットを供給する為に国も相応の負担をしているということでしょうか

2.米国の飛行学校で自家用操縦士、事業用操縦士、計器飛行証明の資格を取得する場合の訓練費用
米国のEpic Flight Academyで資格を取得するための授業料を計算してみました。ここでは、米国における滞在費、その他の費用は入っていません;

外国の飛行学校で資格を取得する場合の訓練費用
外国の飛行学校で資格を取得する場合の訓練費用

3.エアラインが自社のパイロットを養成する時の費用
エアラインが採用したパイロットに各種の資格を取らせるためには、掛かる費用は全て自社で賄わねばなりません。基礎となるデータ類は5年ほど前のもの(但し、大きな費用項目となる航空機の減価償却費については減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表_航空機関連を反映しています)ですが、訓練費用の内訳や費用総額の概算値としてはそれほど外れていないと思いますので参考のために以下の表をご覧になってみてください;

パイロットを自社養成する場合の訓練費用
パイロットを自社養成する場合の訓練費用

米国の飛行学校で資格を取るのに比べてかなり費用が大きいことが分かると思います。これは資格取得する際に使う航空機の価格の差、日本の空港を使用することに伴う公租公課の差、訓練シラバスの差、などによって違いが生まれています。従って、エアラインであっても訓練費用を削減する為に、海外の飛行学校に訓練を委嘱したり、海外に訓練施設を設けるなどの対応も行われています。
JALでは、新しくできたMPL資格取得訓練をCAE Phoenix – Aviation Academyで行っています

機長養成訓練や、航空機の型式限定の変更訓練などは、大手のエアラインは事業計画の柔軟性を確保する為に自社で行うことが普通です。これらに係る費用の試算値は以下の通りです;

機長養成・機種限定変更訓練コスト(試算)
機長養成・機種限定変更訓練コスト(試算)

上記二つの表の基礎的なデータについてご興味のある方は自社乗員養成コスト_基礎データをご覧になってみて下さい

以上から、エアラインビジネスにとってパイロット養成に係るマネージメントは、経営面で極めて重要であることはご理解いただけると思います

以上

酷暑の夏と強力台風の襲来!

夏野菜の状況

前回のブログ(野菜栽培の現況_7月29日発行)で例年になく長引いた梅雨(冷夏)が終わり、漸く盛夏を迎えて夏野菜の生産が始まったところまでご報告いたしました。その後記録的な猛暑が続き、朝晩の水遣りは大変でしたが夏野菜の収穫そのものは順調に推移しました
しかし、9月8日未明に東京湾から侵入して千葉県に上陸した台風15号は、千葉県、茨城県に甚大な被害を与えて通過していきました。中心を外れた我が家でも一晩中強風が吹き荒れ、不安な一夜を過ごしましたが、案の定、翌朝屋上に上がってみると;

台風被害状況_09SEP
台風15号被害状況_09SEP

写真の様にトマト、キューリの様な背の高い野菜類はほぼ壊滅状態になっていました。また自作の資材置き場も庇が吹き飛んでいました。7月末から収穫が始まっていた第二世代のキュウリは、冒頭の写真(8月29日撮影)の様に台風襲来の前日まで毎日沢山の収穫が出来ていたにも関わらず全滅し残念無念であります!
一方、オクラ、唐辛子類、サツマイモ、空心菜、など熱帯、亜熱帯性の植物は、あれだけ強い風が吹いたにも拘わらず、被害ほぼゼロでした

オクラと唐辛子
オクラと唐辛子
サツマイモと空心菜
サツマイモと空心菜

三種類のナスについては、葉が柔らかくて大きいのに対し茎はかなり丈夫なので、多くの葉が引き千切られていました。しかし、茎はしっかりしており、生き残る可能性も考えられるので、大胆に剪定し、コンテナの周囲に張っている根を切ったうえで肥料を与え、秋ナスとして収穫できるか様子を見る積りです

痛んだ葉と茎を剪定したナス_12SEP
痛んだ葉と茎を剪定したナス_12SEP

考えてみれば、昨年も同じような経験をしています(猛暑と台風襲来でこっぴどくヤラレマシタ!)。風に対して無力な屋上菜園の場合は、今後台風シーズンが来る前にトマト、ナス、キュウリなどの夏野菜は収穫が終わるように植え付け時期を早めるなどの工夫をする必要があるかもしれません!

これで、トマト、キュウリのコンテナが空きますが、これらは土の再生が終わった段階で、スタンバイしている冬野菜の苗(8月後半に種を蒔きベランダで育成していた)を植え付ける予定にしています;

白菜、キャベツ、タマネギ、他の苗の育成
白菜、キャベツ、タマネギ、他の苗の育成
 大失敗!

1.辛味大根2種の栽培
前回のブログ(野菜栽培の現況_7月29日発行)で、春蒔きの辛味大根が成功し、二回目の種蒔きをしたことを報告しましたが、この栽培は完全に失敗しました。途中まで育ったのですが、葉の部分のつけ根が病に罹り成長が中途半端で止まってしまいました。勿論、中途半端に育った辛大根もちゃんと食べたことは言うまでもありません! 振り返って、種の袋の裏側の説明書をよく見ると、なんと! 二種類の辛大根共、種を蒔く時期に6月、7月は入っていないのに気が付きました。種蒔きは梅雨の時期は避けろという意味でしょうか、やはり説明書はよく見るべきですね!

辛大根2種・栽培表
辛大根2種・栽培表

2.蔓無しえんどう豆
昨年はうまく栽培できて、長期間楽しめましたが、今年は殆ど収穫できませんでした。深めのコンテナに6本植え、途中まで順調に育ってくれたのですが、花がついて実がなる時期に次々原因不明のまま枯れてしまいました。まだ、掘り返して調査していませんので、ひょっとすると途中で枯れたナスと同様コガネムシの幼虫の仕業かもしれません

3.黒豆
初めての栽培でしたが、どうも失敗した様です。茎・葉は立派に育って安心していた所、実付きが悪いうえに、今現在、枝豆として食べられるほど大きくなっていません。いっそのこと豆として収穫できるまで(11月?)待つしかないかなと思っています

料理の紹介

1.丸ナスの料理;
今年から始めた丸ナスはコンスタントに収穫でき、ワイフに色々な料理を試してもらいましたが、以下の二種類の料理が中々の出来栄えでした;

丸ナスのお焼き
丸ナスのお焼き

味は幼い頃から馴染んでいた「お焼き」(長野市近辺)と同じ様に出来ましたが、写真で右側の1ヶだけ裏が見えているので分かると思いますが、皮で包んでいったあとの裏側の処理がうまくいかなかったことが、今後の勉強材料です!

丸ナスの甘酢煮浸し
丸ナスの甘酢煮浸し

料理名は「甘酢煮浸し」としていますが、勝手につけた名前で一般名ではありません。要するに縦に切った丸ナス(輪切りにすると味や、歯ごたえが今一!)を油で柔らかくなるまでジックリと煮た後、冷たい酢、醤油、適量の砂糖(入れなくてもよい)にショウガのみじん切りを入れたタレをかけたものです。冷やして食べれば正に夏の味!

2.水ナスの料理;
本命!の浅漬けについては色々試してみましたが、中々大阪駐在時に感動した味にはならず、もう少し研究が必要の様です。そこで、いっそのこと生で食べてみようかということになり;

水ナスの刺身?
水ナスの刺身?

写真の様に氷水にスライスした水ナスを入れ、好みにより塩、醤油、ポン酢、などで食べてみた所、シャキシャキとした食感でこれは中々いけるぞ!という感じでした

蛇足!

取り忘れて巨大化したナス、シマウリ、ズッキーニ
取り忘れて巨大化したナス、シマウリ、ズッキーニ

恥ずかしい話ですが、炎暑の中での収穫では、どうしても見落としがでます。数日収穫が遅れただけで写真の様に巨大化してしまいます。勿論、生産者の苦労?を考え、ワイフに料理を工夫して貰ってちゃんと食べることにしています

以上

 

“死”について(その2)

はじめに

3年前の3月に同じタイトルのブログ(“死”について)を書きました。この時は偶々、私の高校時代の親友と「死」についてメールのやり取りをする機会があり、その時の私の「死に対する考え方」を書いてみたものです
それから3年余りの年月を経た今年の4月、1年ほどの闘病生活の後に私の最も近い肉親の一人である妹が亡くなりました。私より3年も若い死は、数十年前の親の早すぎる死に接して感じた不条理を改めて蘇らせることになりました。人間である以上死は避けられないものですが、やはり死は特別なものです

また、避けられない死を前にして、妹の家族が行った数か月に亘る献身的な「看取り」と、死にゆく妹の穏かなさまは、日ごろ死から遠ざかっていた私に大きなショックを与えてくれました

以後、数か月間「死に係る」本を読み、知りえた知識を纏めてみました
最初のニュートン別冊の記事紹介は、主に医学、生理学の見地から死を捉えたものです。雑誌ニュートンの記事にはいつも感心しますが、イラストをうまく使って難しい内容を分かり易く説明しています。記事の全てではなく、生物としての人間の死に関して、どこまで科学的に研究がすすんでいるかを中心に概要を纏めてみました

次はシェリー・ケーガンの講義録の紹介です。この講義は、私の最も苦手とする哲学、倫理学の知識を駆使して、死とは何かについて解説しているものです。論理的な正確さを貫いている為に理解するのに非常に時間がかかりましたが、苦労して読み終えてみるとそれなりに私たちの生き方に対する、何か指針の様なものを与えてくれるような気がしました。内容が多岐にわたりますが、最後の方に多くの紙面を割いて「死に直面しながら生きる」、「自殺」というテーマを扱っています。これは、この講義が、世界中から若き俊英が集まっているイェール大学の学生を対象としていることから、これらの学生に悔いのない人生を送ってもらうことを願ってのことだろうと思いました
尚、筆者のシェリー・ケーガンは魂の存在(⇒人間の魂は永遠)を完全に否定していますので、魂の存在を信じている方は、この段落はスキップしたほういいと思います

三つ目の段落は、私が50年近く前の父の死以降、折に触れ読み返し、心の支えにしてきた「般若心境」の死生観についての簡単な紹介(受け売り?)です。「般若心境」は禅宗系の宗派では必ずと言っていいほど読経の対象になっていますが、日本ではほかにも多くの宗派が存在します。これらの宗派の死生観については勉強していませんので触れていません

最後の段落は、看取りの問題です。亡くなっていく本人が、ともすれば過剰な延命処置を行ってしまう病院での死よりも、自宅での安らかな死を願いつつも、希望通りにならない実態と解決の方向性について書かれている本の紹介です

死とは何か -- 雑誌「Newton」別冊から

死とは何か_Newton別冊
死とは何か_Newton別冊

この本では、主として「人間」が生物としての「死」を迎えるときの細胞レベルの変化(心の問題は別)を、最新の科学的知見をもとに解説しています;

1.老化のしくみ; --- 割愛します

2.生と死の境界線
(A)生と死;
通常のイメージでは、心停止となった時と考えがちですが、もし血液と酸素を適切な方法で循環させれば、他の臓器や脳は、まだ“生きて”いられます。そう考えると、死は瞬間的に訪れるものではなく「過程」だということができます

(B)心停止;
心拍と呼吸が止まっても、完全なる死ではありません。突然、人が倒れて意識を失った時、その人は、心停止ではなく、心臓のリズムが無秩序になって、血液が全身に送られなくなった状態(心室細動)である可能性もあります。この状態で最も影響を受けやすい臓器は「」です。僅か30秒ほどでも脳に何らかの後遺症が残る可能性があると言われています。脳に続いて「脊髄」、次に血中の老廃物を取り除く「腎臓」の一部、という順序で甚大な影響を受けるといわれています
現在、死亡の判定は、医師(歯科医も含む)が「心拍の停止」、「呼吸の停止」、「瞳孔反応の喪失」の3つ(死の三兆候)が揃う、ことで行っています。瞳孔が光に反応しなくなったときは、脳幹が担う様々な反射反応が全て消失することにほぼ一致しているからです

心臓を支える重要パーツ
心臓を支える重要パーツ
AEDを使うと救命率が高まる
AEDを使うと救命率が高まる

(C)植物状態;
心停止後に一命をとりとめても、脳に後遺症が残ることがあります。脳の各部分(下のイラスト参照)が低酸素状態になることによって、意識や体の各部分の機能に影響が出て来ます。「大脳皮質」(大脳の表面)と、それに連携している「視床」が機能を失うと、意識が持てなくなり昏睡状態に陥ることになります。しかし1~2ヶ月ほどで、目が開くようになったり、覚醒と睡眠のリズムが戻ってきたりする場合があります。この状態を植物状態と言います
植物状態では、低酸素に比較的強い「脳幹(呼吸など生命維持に不可欠な機能を担っている)がある程度機能しています。植物状態は、3ヶ月以上続く意識障害の一種で、診断の基準は「目が開いていても意思疎通は行えないこと排泄をコントロールできないこと自発的に呼吸でき目を開けている時間と閉じている時間もある」ことです。従って、死の三兆候は満たしていないので死から遠い状態にあるといえます。植物状態から6ヶ月間は回復する可能性はあり、目覚めが早いほどその後の治りも良い言われています。8年~10年という長期間を経て回復したケースも報告されています(青森大学・片山容一博士)

脳の各部分の働き
脳の各部分の働き

健常者と植物状態の患者、昏睡状態の患者の脳波を比べる(下のイラスト参照)と、植物状態の患者の脳波は、覚醒時、睡眠時ともに健常者ほどではないものの、脳が活動していることが分かります。しかし、外部からの刺激に正常に応答できないことから、意識は無いと考えられます。昏睡状態の患者の脳波は、ある程度活動していることは分かりますが、健常者の脳波とは形がかなり異なっています

脳波比較(健常者覚醒時・植物状態覚醒時・植物状態睡眠時・昏睡状態)
脳波比較(健常者覚醒時・植物状態覚醒時・植物状態睡眠時・昏睡状態)

2006年、植物状態と診断された患者にも意識があるという可能性が実験結果で報告されました。ケンブリッジ大学のエイドリアン・オーウェン博士らは、交通事故で植物状態にある患者の脳の活動を「fMRI(脳の各部分の活動の活発度を、脳を傷つけることなく測定できる装置)」で調査しました。この患者に「テニスをしている状態を思い浮かべてください」と呼びかけると、患者の脳は、同じことを言われた健常者と非常によく似た活動を示すことが分かりました。このことは、植物状態と診断された患者の中には、健常者と同等に外部の言葉を理解し、正常な応答ができる(⇔意識がある)患者が存在する可能性があることを示唆しています。植物状態の患者の意識については。今後さらに詳しく調べる必要があると思われます

(D)閉じこめ症候群;
全身が麻痺して声も出せず、意思を伝えることが出来なくなっているものの、周囲の様子を目や耳などで把握でき、思考も可能であった場合、通常の方法ではコミュニケーションができないので、一見、植物状態と見分けがつかなくなります。この状態のことを「閉じこめ症候群(Locked-in Syndrome)」といいます。難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)も症状がすすむと、同じような状況になります。閉じこめ症候群は、覚醒していて、自己や外の世界を認識できるという点を考えると、健常者の意識状態とほぼ同じといえます。閉じこめ症候群の患者の脳の損傷部分と、意識や感覚が正常である理由は以下のイラストをご覧になるとお分りになると思います;

閉じこめ症候群の脳の状態
閉じこめ症候群の脳の状態

(G)脳死
植物状態や閉じこめ症候群と違って、呼吸や意識が無く、脳が機能を取り戻す見込みのない状態が脳死といわれます。脳死の判定基準は、「脳幹」の機能が停止していることが重要視されます。脳幹の機能停止を確かめる7つの方法は、以下のイラストを参照してください;

脳幹の機能停止を確かめる7つの方法
脳幹の機能停止を確かめる7つの方法

自発呼吸が止まっても、人工呼吸器を付ければ、心臓が動いている間は血液と酸素の循環は保てます。また、食事が取れなくても、点滴で水分や栄養を補給することは可能です。つまり脳が機能を失っても、身体は生かし続けることができるので、臓器移植によってほかの人の命を繋ぐことが可能となる訳です
しかし、脳以外は生きていることから、ある統計調査によれば、「脳死は人の死として妥当だと思う」という回答者の割合は、米、英、仏、独では60%~71%であるのに対し、日本では43%だそうです

(H)臓器・細胞の死;
脳を細胞のスケールで見ると、脳の神経細胞(ニューロン)は、活動するためのエネルギーとなるATP(アデノシン三リン酸)を、ブドウ糖(グルコース)と酸素を使って作り出しています。神経細胞に酸素の足りない状況が続くと、ATPが枯渇し、神経細胞が死んでしまいます。神経細胞が酸素不足になって死に瀕するまでのタイムリミットは、動物実験によれば3~4分と言われていいます。神経細胞は、低温では活動が抑えられるため、ATPが枯渇するまでの時間を稼ぐことが出来ます。特に心臓の異常による脳損傷に関しては、脳の温度を1~2度下げる低体温療法がおこなわれています

皮膚の細胞や腸の細胞は、日々死んで新しい細胞に入れ替わっています。死んだ皮膚の細胞は垢として、死んだ腸の細胞は糞便として体外に捨てられています。また、尿を通しても死んだ細胞が排泄されています。細胞のスケールで考えれば、命ある人体には、生と死が混在しているということが出来ます

現在行われている臓器移植で、移植が成功する(5年後に生着している)確率、移植希望者数は、以下の通りです(生着率、移植希望者登録者数は「2017年の日本臓器移植ネットワーク」のデータから引用しています);
心臓:生着率/91.6%、移植希望登録者数/728人
② 肺:生着率/71.2%、移植希望登録者数/349人
③ 肝臓:生着率/81.6%、移植希望登録者数/335人
④ 腎臓:生着率/76.8%、移植希望登録者数/207人
腎臓 :生着率/77.4%、移植希望登録者数/1万2千人
小腸:生着率/62.3%(拒絶反応が大きい)、移植希望登録者数/ごく僅か
上記以外にも、骨、血管、皮膚、などの移植も行われています

元の身体が死んでも生き続けている細胞を「不死化細胞」と言います。最も有名なものに、ヘンリエッタ・ラックス(1920年~51年)という米国の女性の子宮頸がんに由来する細胞株(下記の写真参照)があります。この細胞は、女性の名と姓の2文字をとって「HeLa細胞」と呼ばれており、彼女が死んだ後も、細胞分裂を繰り返して今も生きています細胞レベルでは「不死」が可能!);

細胞として「不死」になった女性
細胞として「不死」になった女性

(I)臨終直前の回復;
亡くなる前に、既に亡くなっている人を見るなど、あり得ない物事を見たり感じたりする幻覚体験(所謂「お迎え」)は多いといいます。日本では4割強英国での調査では6割ほどの人が経験していたとの報告もあります。また、終末期の緩和ケアの現場では、臨終の前に一時的に体調がよくなったり、ぼんやりしていた意識がはっきりするなどの現象も報告されています。2010年~14年にかけて、患者を看取った介護者からの回答によると、2~3割に一時的な体調改善や覚醒が見られたと報告されていますが、脳科学や生理学ではこの原因を突き止めることが出来ていません

(J)臨死体験;
死線をさまよった際に「臨死体験」を報告する人もいます。因みに、心停止から回復した患者のうち5~6人に1人が臨死体験を報告するといいます。その体験は、個々に違ってもよさそうなものですが、光を見たり、苦しみを感じなかったり、などの共通性も見られるようです
脳研究の為の「生前同意登録」システムの創始者である豊倉康夫医師が33歳の時、急性アレルギーによるショックで一時的に呼吸停止になった際、覚醒した時に「臨死体験」の報告を行っています(極楽の花園をさまよい、天上の光を浴び、何とも言えない恍惚感を感じた)。豊倉医師の死後、その脳の解剖検証を行ったところ、呼吸停止による脳虚血で生じたと思われる僅かな損傷を発見しましたが、臨死体験がこの脳の損傷で説明できるかどうかは検証できていません

(K)死の間際にみられる「最後の脳信号」;
2018年2月、脳死患者9名の家族の同意のもと、生命維持装置を外した後の脳内の活動が記録され、医学誌に報告されました(下記のグラフ参照);

最後の脳信号
最後の脳信号

血液の循環が停止すると、脳内の酸素濃度が下がっていき、脳波も平たんになっていき、最終的に神経細胞には「ターミナル(週末)拡延性脱分極」として知られる現象が観測されました。これは神経細胞への酸素供給が絶たれ、ATPが枯渇、細胞の内外のイオンのバランスが崩れて元に戻せなくなった状態です。「拡延性脱分極」の専門家であるドイツのシャリテ大学病院神経科教授・イェンス・ドレアー博士は、「拡延性脱分極」が死に繋がる最終的な変化(本当の終わり)の開始である可能性があると言っています

(L)生死の境;
千葉大学付属法医学研究教育センターの岩瀬博太郎博士は、「死の三兆候」はあくまで経験的にこの状態になると、もう二度と蘇生しないというだけだと言っています。脳死判定は「脳が何割損傷したときに意識が完全に失われるといった明確な判断基準」が無いので、現在は、あくまで医師の判断によって行われることになっています。因みに、心肺蘇生を施されている人や、心臓移植中で「仮死状態」の患者などでは「死の三兆候」が見られたあとでも蘇生する例があります。従って、医師の「死の三兆候」の確認は、心肺が停止してから数十分時間をあけてから行われるのが一般的です

(M)高齢者が死に向かう体にはどんな変化が起きるのか?
高齢者の死期について研究している東京有明医療大学教授・川上嘉明博士は、「高齢者が亡くなるまでにたどる体の変化はゆっくりしているため、死期を正確に判断するのは非常に困難」と言っています。河上博士は、老人ホームなどで亡くなった高齢者の亡くなるまでの過去5年間のBMI(定義については肥満指数(BMI)についての”はてな?”をご覧になってください)、食事量水分摂取量の調査を行っています(下記のグラフ参照);

死に向かう体の変化
死に向かう体の変化

川上博士によれば、この結果はあくまで平均値なので、必ずしも全ての人がこの経過を辿るという訳ではないと言っています

3.寿命の不思議
(A)細胞の2種類の死;
私たちの身体は、受精卵になった時には1個であった細胞が、細胞分裂を繰り返して最終的に成人の身体は37兆個以上の細胞で構成されています。これらの細胞の死に方は「壊死(外傷や栄養不足による事故死)」と「自死」に分けられます。私たちの身体では、毎日3千億個から4千億個の細胞(約200グラムに相当)が死に、代わりに新しい細胞が生まれています。身体を構成している各種の細胞別の寿命については以下のイラストを参照してください;

人体の細胞の寿命
人体の細胞の寿命

(B)細胞の自死;
細胞の自死の仕組みは2種類に分けられます。第一のタイプは、脳の神経細胞や、心臓の心筋細胞のように生まれてから死ぬまで殆ど入れ替わることのない細胞で、細胞分裂をしない代わりに100年近い寿命を持っています。もう一つは、皮膚の細胞のように頻繁に入れ替わる細胞で、人の皮膚は約4週間で入れ替わります。第二のタイプの細胞の寿命は分裂の回数によって決まってきます
第一のタイプだけで出来ている生物の代表は成虫となった昆虫です。昆虫は、新たに分裂する細胞を持っていないので身体が傷ついても修復はできません。第二のタイプの生物にプラナリアがあります、再生能力が高く、切っても切っても再生することが出来ます。ただ、再生回数には限度があります

プラナリア
プラナリア

人間の第二のタイプの細胞死は、「アポトーシス」といい、かなり研究が進んでいます。アポトーシスとはギリシャ語で「葉や花が散る」という意味です。
アポトーシスの引き金になるのは、細胞の老化やホルモン、ウィルス、放射線、などの様々な刺激です。刺激を受けた細胞は、「ガスパーゼ」という酵素を活性化させ、細胞内にあるタンパク質を切り刻みます。タンパク質が破壊されると、その中にあるDNAを分解する酵素が働きだし、DNAが断片化されてしまい、細胞が正常な機能を失います。この時点で確実な細胞死が約束されてしまいます。この細胞は最終的に小さな袋に分けられ、2~3時間のうちに隣り合う細胞や「マクロファージ(白血球の一種で免疫機能の中心的役割を担っています)に取り込まれていきます。取り込まれた細胞の成分はリサイクルされて新しい細胞の材料になると考えられています)。アポトーシスは、老化したり異常になった細胞を早めに取り除き、身体を正常な状態に維持していますので、「生命を保つための死」とも言われています

人間の第一のタイプの細胞死は「アポビオーシス」といい、「寿命がつきる」という意味です
アポトーシスとの違いは「DNAが比較的大きく断片化されること」と「最終的に小袋に分けられず、ただ収縮するだけ」という点にあります。取り換えのきかない脳の神経細胞が死ぬことは、個体の死に繋がります。アポビオーシスで死んだ細胞はゆっくりとマクロファージに取り込まれたり、そのまま放置されたりします

(C)がんと細胞死;
がんとは、細胞が異常に分裂・増殖することで、正常な細胞や臓器がおかされ、死に至ることがある疾患です。私たちの身体では、生まれた時からがん細胞が発生していますが、普通はアポトーシスで自死する為にがんになることはありません。しかし、細胞にはアポトーシスを起こすガスパーゼの他に、ガスパーゼの働きを抑制する「IAPタンパク質(アポトーシス抑制タンパク質)」があり、これが多すぎると自死できない状況になります。がんの異常な分裂・増殖はIAPタンパク質が多すぎることによって始まることが分かってきました。現在、IAPタンパク質の働きを妨げる新しいがん治療薬の実現を目指して研究が行われています

(D)アルツハイマー症と細胞死;
高齢化によって大きな社会問題になっているアルツハイマー症は、大脳の神経細胞が急激に死んで減ってしまうことによって発症します。現在、その治療に使われている主な薬は神経細胞の死を止める薬ではなく、残った細胞同士の繋がりを維持するための薬です。神経細胞の死を止める新薬を開発するにはアポビオーシス」の仕組みを解明しなければなりませんが、実験材料となるべき神経細胞が増殖しない為に、研究が進んでいないのが現状です

(E)無性生殖と有性生殖;
無性生物である大腸菌は、遺伝子のセットを一つだけ持っている1倍体生物」です。増殖するときは、予め遺伝子のセットを一つコピーしておき、分裂するときに1セットずつ分配します。分裂した二つの細胞の遺伝子セットは元の細胞と全く同じになります(これを無性生殖と言います)。大腸菌は栄養がある限り、分裂することができ分裂の限界は無く、自死の遺伝子も持っていないので、いわば「不死」です
生命誕生から20億年たってから「自死」の仕組みを持つ生物が現れました。それは1倍体生物生物と異なる遺伝子セットを二つ持つ2倍体生物」でした。人間もこの2倍体生物の一員です
2倍体生物は、分裂だけで個体を増やすことは殆どありません。雄と雌が協力して、それぞれが持つ遺伝子を混ぜて新しい1セット分の遺伝子を「生殖細胞」に収め、この細胞が増殖することによって、他の誰とも違う遺伝子セットを持つ個体(子供)が生まれます(これを有性生殖と言います)。この結果、遺伝子のバリエーションが豊富になり、環境に激変があった場合に種が全滅してしまう可能性を低くすることが出来るようになります。一方、遺伝子の異常な組み合わせがが出現してしまうというマイナスの可能性もはらんでいます。2倍体生物は、片方の遺伝子セットに異常があったとしてももう片方が正常であれば、成長できることもあり、異常のある遺伝子が、そのまま生殖細胞に含まれて子孫に引き継がれる可能性も出てきます。異常のある遺伝子が消えずに子孫に蓄積していってしまうと、いつか正常な個体を作れなくなり、種の絶滅に繋がる可能性も出てきます。有性生殖でおかしな遺伝子の組み合わせが出来てしまった時、それを消滅させる仕組み ⇒ 「死のプログラムを持った生物が現れ、その生物が長い地球の歴史の中で生き残り、繁栄してきていると考えることが出来ます

(F)寿命の長さ;
遺伝学に詳しい東京大学定量生命科学研究所教授の小林武彦博士は、「複雑な組織を維持するのはかなり大変で、有性生殖を行う生物は、ある程度老化すると、組織を保てなくなり、死んでしまうのでしょうと言っています。また、仮に親がずっと生き残ってしまう種がいたとすると、子供と餌の取り合いが起こり、いずれ餌が枯渇してしまうことになります。環境の変化によって簡単に淘汰されない程度に適応能力を持ち、子孫を生んだ後いずれ死んでしまう生物の方が、結果的に繁栄できたのだろう」と言っています。

(G)寿命の限界;
人類史上、正確な記録が残っている範囲で最も長生きした人物は、フランス人女性のジャンヌ=ルイーズ・カルマン氏で、122年(1875年~1997年)に及ぶ生涯を送りました。小林武彦博士は、人間の寿命は、環境と寿命が3:1の割合で関係していると言っています。また、同博士は「日本人の寿命(男性/81.09さい歳、女性/87.26歳;2017年の統計)は、人間としての生理学的な限界のかなり近い所にある」とも言っています
人間の生理的な寿命とは、「身体の器官とそれを構成する細胞が正常に活動できる限界」ということが出来ます。私たちの身体の大部分は古い細胞を新しい細胞に入れ替えることで常にフレッシュな状態に保たれています。しかし、老化とともに細胞の入れ替わりが少しずつ遅れてしまいますこの原因は、細胞増殖の要となる「幹細胞」が老化する為です細胞の老化は、様々な要因によってDNAが損傷することなどによって進みますDNAには損傷を修復する機能が備わっていますが、損傷が多すぎたり、修復能力が低下したりするとDNAに損傷が残ってしまいます

近年、「長寿遺伝子」と呼ばれる細胞の老化を遅らせる働きを持つ遺伝子の存在が注目されています。中でも有名なのは「サーチュイン(Sirtuin)」という総称を持つ遺伝子群です。この遺伝子はDNAの安定化に係る遺伝子ですが、まだ動物実験の段階にあり、人間に使える薬になるにはまだ長い研究が必要と思われます

シェリー・ケーガン著:「死」とは何か

DEATH_イェール大学教授・シェリーケーガン
DEATH_イェール大学教授・シェリーケーガン

筆者は「シェリー・ケーガン/Shelly Kagan」:イェール大学教授、道徳哲学、規範倫理学が専門、着任以来続けられている「死」をテーマにした大学での講義は、常に指折りの人気授業になっており、本書はその講義を纏めたもの
本書は、恐らく講義(講義風景:DEATH)の録音を英語で起こし、それを翻訳したものなので、以前に纏めた(Life Shift)と比べて時として説明が冗長で論旨が分かりにくいところもありましたが、難しい哲学や倫理学を若い学生向けに平易な言葉で説明していることには好感が持てます
翻訳者は「柴田裕之/しばたやすし」:早稲田大学、Earlham College(1847年にクェーカー教徒系の団体が設立)卒業

筆者は講義の最後に、本講義の狙いについて以下の様に語っています;
たいていの人は、どうしても死について考えたくないと思っている。また、魂の存在を前提として、私たちは永遠に生き続ける可能性があると信じている。しかし、それは、死が一巻の終わりであるという考え方にどうしても耐えられないからだ。筆者は、これらすべてを否定しています不死は災いであり、恵みではない。死について考えるとき、死を深淵な謎と見なし、恐ろしくて面と向かえず、圧倒的にぞっとするものと捉えるのは適切ではない。死を恐れるのは不適切な対応だ。だから私は本講義を通じて、生と死にまつわる事実について自ら考えるように促してきた。さらに、恐れたり幻想を抱いたりせずに死に向き合うように促してきた

また、翻訳を行った柴田裕之氏は、現在の日本が抱えている以下の様な深刻な問題について、本書が何らかの助けになるのではないか考えています;
高齢化が大きな社会問題になりつつある現在、病気になる可能性や余命を遺伝子検査などで統計的に予測できる時代に入りつつある。臓器移植植物状態脳死延命措置尊厳死安楽死自殺リビングウィル(終末期医療における事前指示書)、老前整理終活遺言、死に関連した話題に事欠かない。人生をどう生き、どう終えるかを考えるのが当たり前になるかもしれない

本書の9回の講義の内容は、死に係る多くの論点、及びこれらの論点に係るギリシャ・ローマ時代から現代に至るまでの数多くの哲学者や文学者の主張を引用しつつ、それに係る筆者の意見を網羅していますので膨大になっています。従って、各回の講義毎に私なりに要点をまとめたものをこのブログの最後に付録として追加しています。また、更に各講義の詳しい内容について個別に知りたい方は私のレジュメ(Death_résumé/Word A4で35ページ)をご覧になってください。これをみても何を言っているかわからん!?という方は、本書を購入(1850円)して読んでみることをお薦めします

「般若心経」の死生観

般若心経
般若心経(臨済宗・建長寺派 崇禅寺の日課経典より)

私たち日本人にとって、最も身近にある宗教は言うまでもなく「仏教」です。しかし、多くの日本人にとって仏教は「葬儀」や「法事」で触れることはあっても、日常の生活の中で、仏教的な環境に置かれる機会は非常に少ないのではないでしょうか。一方、キリスト教にあっては日曜日の礼拝、イスラム教にあっては1日5回のメッカに向かっての礼拝を守っている人も多くいるようで、宗教に対する姿勢にかなり隔たりがあるような気がします

私も、大学院修士課程2年の後半、父の死に向き合わざるを得ない状況になるまでは、全くと言っていいほど宗教には無縁な生活をしていました。その頃、自宅にあった小さな小さな仏壇には、戦前に満州で亡くなった私の姉2人の小さな白木の位牌があるのみでしたが、父が入院した後、朝晩この仏壇に向かって母が一心に祈る姿を見ていました。しかし、私自身は父の治癒を仏壇に向かって祈ることはありませんでした
翌年の2月に父が亡くなってから、大きな喪失感と病弱の母をこれから支えていかねばならないという責任感で、暫し何も手につかなかったことを覚えています。そこで朝晩、仏壇に向かって「般若心経」を声を出して読むことで、心の平衡を取り戻していったことが思い出されます。母の死も、ほぼ回復を約束されていた手術の直前に急死したこともあって、心の痛手は小さくなく、この時も「般若心経」を声を出して読むことで、乗り越えていきました

「般若心経」が求めている境地は、「人間の一生は「無」から生まれ「無」に帰っていく、生きていることは「苦」(生老病死)の連続である」ということですが、もう少し詳しく知りたい方は(「般若心経_現代語訳)をご覧になってみてください

「般若心経」については、根本の教理は変わらないものの、色々な解釈があります。父が亡くなって以降、色々勉強した中で、私は以下の二つの解釈が心に響くような気がしましたので紹介いたします;

生きて死ぬ知恵_柳澤桂子 著
生きて死ぬ知恵_柳澤桂子 著

1.著名な分子生物学・生命科学の研究者である柳澤桂子氏が、30年以上に亘って激しい痛みとしびれを伴う原因不明の病(後に「周期性嘔吐症候群」と診断されました)に苦しんでいた時に「般若心経」と出会い救われたと回想しています。科学者であることから「人間も含め物質は全て原子からできており、一面の原子の飛び交っている宇宙の中で、私たちはところどころ原子が密になっているだけの存在」という認識から出発している所に特徴があります。理系の人間にとっては理解しやすいかもしれません。詳しくは(般若心経_柳澤桂子訳)をご覧になってください

2.私が、折に触れ手にして読んでいる「臨済宗・建長寺派 崇禅寺の日課経典」に「般若心経和讃」というお経が入っています。これは文字通り日本語訳なのですが、庶民を対象にしたお経であることから、日常の庶民の悲しみ、苦しみをどう乗り越えていくかを七五調で具体的に説教しているところが素晴らしいと思います。是非一度ご覧になってみて下さい:般若心経和讃_臨済宗建長寺派・崇禅寺・日課経典

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看取りについて

看取りに関する二冊の本
看取りに関する二冊の本

A.看取りに関する二冊の本;
冒頭でも述べた様に、妹の死とその家族の「看取り」を間近で経験する機会があり、既に老境に入っている私たち夫婦にはその覚悟が無いことに気が付きました。そこで、まず看取りの実態を知る必要を感じて読んだのが以下の2冊の本です(上の写真参照);
1.「死を生きた人びと」
筆者の小堀鷗一郎(こぼりおういちろう)医師は、国立の医療機関で40年間、外科の勤務医として勤めた後、私の住んでいる所にほど近く、私の母も亡くなる前に世話になったことがある「堀之内病院」に赴任しました。2005年になって退職する同僚に依頼されて「寝たきりの患者2名」の訪問医療を引き継ぐことになったことがきっかけで「在宅医療」の世界に入ることになったそうです
2000年4月に、国が「介護保険制度を創設し、高齢者の終末期医療の場を病院から自宅に移行させる方針を決定して以降、現在では、堀之内病院でも専属医師4名、看護師2名による地域医療センターが創設され、充実した体制が整えられています(以下の表参照);

堀之内病院・地域医療センターの訪問医療登録患者数(上)と月当たりの訪問医療回数(下)
堀之内病院・地域医療センターの訪問医療登録患者数()と月当たりの訪問医療回数(

筆者は、これまで355人の看取りに係り、現在の問題点について以下の様な指摘を行っています;
① 今の日本では、患者の望む最期を実現することは非常に難しい。「死は敗北」とばかりにひたすら延命する医者目前に迫る死期を認識しない親族や患者が多い
②行政と社会は、 病院以外での死を「例外」と見做し、老いを「予防」しようとする
「病院死」が一般化するにつれ、自分や家族がいずれ死ぬという実感が無くなってしまっている
筆者は、日々の往診の際に患者と語り合ううちに、患者の7割は自宅での死を求めるようになる(現在の日本では8割が病院で死亡している)と言っています

ご存知の方が多いと思いますが、医師の居ない状態で亡くなると、不審死として警察が介入し、本人や家族が希望しない解剖による検死が行われる可能性があります。これを避けるためにも、また痛みなどの緩和措置を適時、適切に行ってもらうためにも。在宅死を希望する場合は、医師の訪問看護を前提にする必要があると言っています

2.「死にゆく人の心によりそう」
筆者の玉置妙憂(たまおきみょうゆう)氏は消化器外科の看護師をしていましたが、在宅死を希望した夫の看取りを2年間行いました。夫の「自然死」という死に様があまりに美しかったとから、49日の納骨が終わった段階で出家を決意、真言宗・高野山で200日に亘る厳しい出家のための修行を経て僧侶となりました。その後、看護師の仕事を続ける傍ら、死期の近い患者やその家族の間に入って、精神的なケアを行う「臨床宗教師として多くの看取りを実践してきました。以下は、看取りの実践を行う過程で得た「死に向うプロセス」に関する観察記録です

<死に向かうとき、心と体はどう変わるのか>
① 死の3ヶ月前から起こること外界に興味が無くなり、内に興味が向く;食欲が落ちて食べなくなる⇒痩せる;眠くなり、夢を見ながらうつらうつらする
② 死の1ヶ月前から起こること血圧・心拍数・呼吸数・体温などが不安定になる;痰が増えるが暫くすると元に戻る;夢かうつつか分からない不思議な幻覚を見る
数日前から起こること 急に体調が良くなる; 血圧・心拍数・呼吸数・体温などが更に不安定になる
④ 死の24時間前頃から起こること 尿が出なくなる; 下顎呼吸になる;尿と便がバッ出る; ㋥目が半開きになり、涙がでる; 息を吸って、止まる

<大切な人の死を看取る人の心に起こること>
① 何もすることが無いと不安になる: することが無くなって手持ち無沙汰になる; 「食べたくない」と言われて心配になる
② 「まだ大丈夫」と「もうダメかも」の間で心が揺れる: 自分の希望のために、不必要なことをしてしまう; お酒やタバコが欲しいと言われても拒んでしまう
③ 別の世界に行きつつあることを理解できない: 奇妙なことを言われて否定してしまう ⇒ 同じ空間にいるだけでいい
④ できることは全てしても後悔する:⇒ 起こったことはすべて「よかったこと」

<上記以外で心に残ったポイント>
* 余命を告げられた時に、本人がそれを受容するまでに、否認⇒怒り⇒取引⇒抑うつ⇒受容というプロセスを辿る
* 「スピリチュアル・ペイン」とは終末期特有の心の痛みからくることで、看護する人に「なぜ死ぬのだろうか?」、「どれくらい生きていられるのだろうか?」、「私の人生は、何だったのだろうか?」と聞いてきます。看護する人には答えようのない問題ですが、「何をバカなことを言ってるの」などと言って逃げたり、諭したりするのではなく、死にゆく人の言葉に耳を傾けてあげることが大切 

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B.「病床六尺」を読んで;
看取られる側の死に至る迄のプロセスについては、当然のことながら亡くなってしまえば書いて残すことが出来ないので、中々いい本が見つからなかったのですが、何かの拍子に学生時代に読んだ正岡子規の「病床六尺を思い出しました。家の中を探してみましたが、見つからなかったので、ネットで購入できるか探してるうちに、電子化された病状六尺の全文がネットから手で手に入れることができると分かり(恐らく短編であり著作権が切れている為と思われます)読み返してみました

内容はご存知の方も多いと思いますが、1902年5月5日~同年9月17日までの136日間、127回に亘って日刊新聞「日本」に掲載された、評論を中心としたエッセーです。最終稿が投稿されて二日後に亡くなりました。日刊新聞「日本」といえば、今年、終戦記念に因むNHKの特集番組で、国粋主義を標榜する編集で国論を動かし、日本を軍国主義に導いていったメディアとして紹介されましたが、このエッセー自体はそうした内容は皆無です。ここでは、死を間近しながら、舌鋒鋭い評論の部分は割愛することとし、当時「死病」であった結核菌による脊椎カリエス(私の父の姉もこの病で20代前半に無くなっています)で、死の恐怖と極度の痛みに苦しみながら、どのように過ごし、亡くなっていったかに注目したいと思います;

*最初の投稿で、「苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤(鎮痛剤?)、僅かに一条の活路を死路のうちに求めて安楽を貪るはかなさ、それでも生きて居ればいいたい事はいいたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、それさえ苦しんでいる時も多いが、読めば腹の立つこと、癪に障る事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるような事がないでもない」 ⇒ 精神的、肉体的に厳しい状況になっていても、評論という創作活動を行うことで、絶望しないで生きることが出来るということか、、、
* 21回目の投稿で、「余は今まで禅宗のいわゆる悟りということを誤解していた。悟りということは如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りということは如何なる場合にも平気で生きていることであった」 ⇒ 死期が迫っている自覚があるなかで、創作活動を続けることが出来たのはこうした悟りに達していたからか、、、

* 病状が厳しくなった39回目の投稿で、「死ぬることが出来ればそれは何より望むところである。しかし死ぬる事も出来ねば殺してくれるものもない」 ⇒ 自死をする体力も失ったということかもしれない
* 看護に触れている66回目の投稿で、「おんなの務むべき家事は沢山あるが、病人ができた暁にはその家事のうちでも緩急を考えて先ず急なものだけをやって置いて、急がない事は後回しにするようにしなくては病人の介抱など出来るはずがない、、、んうんと唸っている病人を棄てておいて隅から隅まで拭き掃除をしたところで、それで女の義務を尽くしたという訳でもあるまい」 ⇒ 献身的な介護をしていた妹の「律」に向かって言っているとすれば、現代では許されないコメントかもしれない

* 病状が進んだ86回目の投稿で、「このごろはモルヒネを飲んでから写生をやるのが何よりの楽しみになっている」 ⇒ 現在の緩和治療では、痛みに応じて多くの種類の鎮痛剤(モルヒネを含む多くのオピオイド系鎮痛剤)を処方できる
* 127回目の最終稿を送った翌日の9月17日、死が目前に迫ったことを覚り、以下の辞世の句を自身で唐紙に書きつけ、19日未明に息を引き取りました。享年36歳でした;
⇒ 「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
⇒ 「痰一斗糸瓜の水も間にあわず
⇒ 「をととひのへちまの水も取らざりき
(注)糸瓜は「へちま」のこと。ヘチマの蔓を切って液をとり、飲むと痰が切れ、咳をとめるのにいいとされ、子規の家でも庭にヘチマを育てていた。子規の命日を「糸瓜忌」というのは、この辞世の句が由来です

おわりに

およそ4ヶ月のあいだ、死の問題に取り組んで来ましたが、「自身の死に関して覚悟ができたか」と問われれば”否”と言わざるを得ません。雑誌”Newton”が教える「生物としての生と死」は否定しようがない真実です、またシェリー・ケーガン教授が教える最新の哲学、倫理学から理論的に導かれる「人間の生と死の実相と、それを前提とした正しい生き方」も、ごく一部を除けが納得ができます。

一方、私が50年近くに亘って馴染んできた「般若心経」の死生観については、頭の中ではある程度理解ができるものの、死を超越する悟り境地(子規の境地?)には程遠い状態です。しかし、この先に何かがあるような感覚は持っています
また、「看取り」の問題は、今回の勉強で自身の心の準備とは別に、在宅死を望むのであれば、家族の理解を得るため準備しておくべきことや、在宅医療のサービスを受けるために必要な準備があることが分かりました

私の死に対する準備が整うまで、「死神さん、ちょっと待って!」というのが今の心境です

付録 -- “シェリー・ケーガン著:「死」とは何か” 各講義の要点

第1講:「死」について考える
本書では、私たちの生き方は、「やがて死ぬ」という事実にどの様な影響を受けて然るべきか? 「必ず死ぬ」という運命に絶望するべきなのか? 「死」を恐れるべきか? 「自殺」の合理性と道徳性、などについて論理的な検討を行う
本書は哲学の本なので、宗教的な権威に訴えず、「死」に関して知り得ることや、理解しうることについて、論理的思考力を使って、注意深く考えることに徹する

「死」が終わりであることが筆者が依って立つ前提となる

第2講:死の本質
人間の機能を、心臓を動かしたり、呼吸をしたり、歩いたりする身体の機能「身体機能(B機能)」と、高次の様々な認知機能を「人格機能(P機能)」とすれば、生まれてから暫くは「B機能」のみ、その後、意思疎通をしたり、理性や創造性を発揮し始め「P機能」を持つこととなる。そして、かなり長い時間が経ってから両機能が停止するが、その状態は議論の余地なく「死体」となる。しかし、「B機能」と「P機能」が同時に停止するとは限らない
「人格説」を取れば、人格を失った時点で死んでいるので「心臓移植」は問題ないと言えるが、「身体説」をとれば生きている人間から心臓を取れば確実に死に至るので「殺人」ということになり、道徳的に許されないことになる

生死の境は実は曖昧。眠っているときにP機能をはたしていないとしても、起こせばP機能を発揮できるので、新たな生きている定義として、「実際にP機能を実行していなくても、それでもP機能果たせる能力を持っている」とすればどうか。こうすれば、P機能を果たせなくなるということは、P機能を果たす能力を支える「脳の認知機能」が壊れ働かなくなった状態と説明することが出来る

死とは何か -- 筆者の哲学的回答;
哲学の観点に立つと、ここでは何一つ謎めいたことは起こっていない。身体が作動し、それから壊れる。「死」とはただそれだけのことだ

第3講:当事者意識と孤独感 -- 死をめぐる二つの主張
主張①:誰もがみな、“自分が死ぬ”ことを本気で信じていない;
根拠_A:病気になり「死」の直前までの状況は想像できるが、死後の状況までは想像できない ⇔ 自分が思い描いたり、想像したりできないような可能性は信じられない
根拠_B:「自分がいつか死ぬ」とは本当は信じていないから;
私たちはみな自分の身体が最終的には機能しなくなると、確かに認めている。何故なら、生命保険に入るのは、自分が特定の期間内に自分の身体が死ぬ可能性があると信じていて、残された家族が暮らしていけるようにしたいと願っているからだろう。また、遺言状を書くのも同じ理由だろう

主張②:死ぬときは結局独り;
「独りで死ぬ」ならば、それは必然か、偶然か;
この主張に関しては、ただ「正しい」ことが判明するだけでは納得するには不十分だ。私たちが探し求めているのは恐らく、死に関する「必然的真理」なのだろう
死を取り巻く「孤独感」;
「死ぬときは結局独り」という主張は、私たちが死ぬときの心理状態が「孤独」に類似しているということかもしれない。死の床に就いたその人は、他の人々に囲まれているかもしれない。にもかかわらず、その人は他者から引き離され、遠く疎外されているように感じている。その人は、大勢の人の中にいてさえ、孤独感を覚える。これこそが、人が言わんとしていた種類の「独りでいる」ことなのかもしれない
筆者の結論:「私たちはみな独りで死ぬ」と人は良く言うけれど、その主張はただの戯言だと思う

第4講:死は何故悪いのか
死はどうして、どんなふうに悪いのか;
殆どの人は「死は悪い」と信じていると筆者は思っている。しかし、死が本当に一巻の終わりであるなら、死は本人にとって悪いものであるはずがないように思える。何故なら、死んでしまって本人が存在していないのであれば、何一つ本人にとって悪いはずがないということは妥当な事ではないだろうか

死は何より、「残された人にとって、悪い」もの?;
残された人にとって、死者との交流する機会をすべて失うことになり、それが死の最悪の点である。しかし、それは「死のどこが悪いのか」という点に関しては、その核心にあるとは思えない

「死ぬプロセス」や「悲しい思い」こそが「悪い」?;
自分がいずれ死ぬと考えたときに、恐れや不安、心配、後悔、その他、を感じるのは、「死そのものが自分にとって悪い」という考えが先にあってこそ筋が通る。言い換えれば、恐怖や胸騒ぎでどうしようもなくなるのは、待ち受けているもの、予期しているもの自体が悪い時に限られる

死の本質は何か;
人間の機能を、心臓を動かしたり、呼吸をしたり、歩いたりする身体の機能「身体機能(B機能)」と、高次の様々な認知機能を「人格機能(P機能)」
「人格説」を取れば、人格を失った時点で死んでいるので「心臓移植」は問題ないと言えるが、「身体説」をとれば生きている人間から心臓を取れば確実に死に至るので「殺人」ということになり、道徳的に許されないことになる

哲学の観点に立つと、ここでは何一つ謎めいたことは起こっていない。身体が作動し、それから壊れる。「死」とはただそれだけのことだ

「死が悪いことか」という問題;
昔から多くの哲学者が理論を展開してきたが、筆者の結論は;
剥奪説」こそが、進むべき正しい道に思える。この説は死にまつわる最悪の点を実際にはっきり捉えているように見える。死のどこが悪いのかといえば、それは、死んだら人生における良いことを享受できなくなる点で、それが最も肝心だ。死が私達にとって悪いのは、私たちが死んでさえいなければ人生がもたらしてくれただろうものを享受できないからにほかならない

第5講:不死 -- 可能だとしたら、あなたは「不死」を手に入れたいか?
死は人生における良いことを剥奪するから悪いのであるなら、最も望ましいのは永遠に生きることなのだろうか?
天国での永遠の時を約束する宗教でさえ、詳細については非常に遠慮がちであることは際立っている。何故なら、実際に詳細を埋めようとすると、この素晴らしい「永遠の存在」は、結局それほど素晴らしくは見えなくなることが懸念されるからだ。例えば、私たち全員が天使になり、永遠に賛美歌を歌って過ごすことになると想像してみれば、天国はそれほど素晴らしくは見えないことが懸念される

筆者は、「永遠にやりたいと思えるようなことを考え付くのは不可能だと思っている。また、自分が永遠に続けたいと願うような人生は一つとして思いつかない」と思う。
「不死」は実は、是非そこから逃れたくなるような悪夢となるだろう

第6講:死が教える「人生の価値」の測り方
人生の価値;
快楽主義について:快楽主義の見方は、哲学が生まれたときから既にあり、哲学者の間で人気が高い。しかし、筆者はそれが間違えに思えてならない。最良の人生には、快感を手に入れて痛みを避けること以上のものがあるように思える。単純な快感ではなく、実際には、「友情を育み」、「語り合い」、「睦み合い」、「愛し合う」といった人間が真に切望する最高級の快感があるはずだ

人生に何が起きているかという問いとは別に。「生きていること自体の恩恵」というものがある。現に生きているというだけの事実が、人生に更なる価値を与えるという主張で、これを「価値ある器説」という
「生きていることそのものには信じられないほどの価値があるので、人生の中身がどれほど身の毛がよだつものでも、総計はいつもプラスになる」と考える人もいる。筆者としては、この様な考え方は夢物語であり、荒唐無稽で信じがたく、どうしても信じる気になれない

第7講:私たちが死ぬまでに考えておくべき、「死」にまつわる6つの問題
人生の送り方;
1.「死は絶対に避けられない」という事実を巡る考察
2.なぜ「寿命」は、平等に与えられないのか
3.「自分に残された時間」を誰も知りえない問題
4.人生の「形」が幸福度に与える影響;
イェール大学の学生で、この疑問に直面しなければならなかった学生がいた。この学生は一年生の時に癌の診断を受け、医師から回復の見込みがなく、あと2年しか生きられないことを告げられたた。彼は残されたあと2年で何をするべきかと考え、自分の目標は「学位をとり卒業すること」と定めた。その一環として4年生の後期に、私の「Death」の講座を選択し出席していた。しかし、春休みを迎える頃には病状が悪化し、医師に学業の継続は無理と言われた。その学期に彼が取っていた講座の教員は、大学の管理部門から「学期のその時点までの実績に基づいて、彼にどの様な成績を与えるつもりがあるか」と問い合わせが来た。つまり、かれが卒業可能となるだけの単位が取れるかの確認であった。結果として、彼は十分な単位が取れており卒業可能であることがわかった。そこでイェール大学は、見上げたものだが、管理部門の職員を死の床に派遣し、彼が亡くなる前に学位を授与した
5.突発的に起こりうる死との向き合い方;
6.生と死の組み合わせによる相互作用;
筆者は、単に合計を求めるだけでは足りないと考える。人生の境遇を全体として評価するには人生の良さと死の悪さを、ただ合計する以上のことが重要だ。それは、「生」と「死」の間にある「相互作用効果」だ、この相互作用によって人生の価値がプラスになったりマイナスになったりする

第8講:死に直面しながら生きる
死にまつわる事実を認めるものの、「どう生きるべきか」についてまだ自問していない人に対しては、この後でこの人たちの疑問に答えていきたい
死にまつわる事実については、考えるべきときと場がある。自分が死ぬべき運命にあるという事実を、常に目の前に置いておくべきかという人が居たら、その人は間違っているとおもう。しかし、死ぬべき運命と死の本質について決して考えるべきではない、という人が居たら、やはりその人も間違っていると思う
死に対するごくありふれた反応の一つに、「非常に強い恐怖」がある。ただ、筆者が知りたいのは、死に対する恐れは「適切な応答かどうか」、また「理にかなった感情かどうか」だ。恐れの3条件;①恐れているものが、何か「悪い」ものである;②身に降りかかってくる可能性がそれなりにある;③不確定要素がある
恐れの中身;
①死に伴う痛みが恐ろしい;
②死そのものが恐ろしい:誰かが「死を恐れている」という時に、本当は「死ぬプロセス」を恐れている場合もあるかもしれないが、殆どの人は「死んでいるところ(⇔死んだらどのようになるか)」を恐れているように思う。しかし、それはこの恐れが適切であるための条件は満たしていないと筆者は考える
何故なら、死んでしまえばどんな種類の経験もできない(⇔第3講で考察済み)。死んだとき、何らかの経験はするが、それは通常の経験とは違うので想像はできないはず。死んだらもう、いかなる経験も存在しないのだ
③予想外に早く死ぬかもしれないのが恐ろしい:若者が実際に死ぬ可能性は、統計的にみれば極端に低い。その可能性があまりに低いので若者が本気で恐れるのは全く適切には思えない。歳をとるにつれ、特定の期間内に死ぬ可能性は着実に高まるものの、この場合でも「間もなく死ぬという恐れ」は不釣り合いなまでに大きくなりやすい。死が間もなく訪れかねないのを恐れるのは、とても病気が重い人や、とても高齢の人であれば理に適っている。死はまったく逆らいようのないものだから、私は恐ろしくて仕方がない」という人が居るのは本当だと思うけれど、死を極端に恐れる気持ちは適切な感情では無いと思わざるを得ない。事実を見る限り、それは筋が通らないのだ

死ぬか死なないか以前に、人生を台無しにしないこと:私たちが死を免れないのなら、人生を台無しにする危険は大きい。(不死でなければ)死がすぐに来てしまい、やり直しを試みる時間はとても短いことを常に念頭に置いていなければならない

業績や作品は永久に不滅か;
死と向かい合いながら生きるための戦略について考えるにあたって、この種類の不滅性を追求するに値するかどうかを問うことだ。つまり、自分の作品や業績を通して生き続ける、あるいは子供を通して生き続けるということは、文字通り生き続けるのとは違うからだ。それは「半不滅性」あるいは「準不滅性」だろう
「半不滅性」を主張する第一のタイプ:「自分の一部が子供のから孫、、、に引き継がれるから」、あるいは、ドイツの哲学者ショーペンハウアー(1788年~1860年)が言っている「自分の身体を構成している原子は、死んでも存在し続け、何か別のものに再利用される」という考えについては、筆者は同意できない
「半不滅性」を主張する第二のタイプ:亡くなっても、「その人の実績が残り続ける」筆者は、この第二のタイプに価値があるという考えに惹かれている

人生の価値をできる限り高めるための戦略とは;
これまで語ってきた人生戦略の根底にある信念は、「人生は良いもの、あるいは良いものとなりうるので、じぶんの人生をできる限り価値あるものにしようとするのは理にかなっている」ということだ。

死と仏教、キリスト教と生き方の関係;
これまでの議論を単純化し、一般化すれば、「人生は良いもの、あるいは良いものとなりうるので、じぶんの人生をできる限り価値あるものにしようとするのは理にかなっている」という基本的な見解(第一の見解)は、おおざっぱに言えば西洋的な見解だ。一方、「人生は、本当は大切に受け入れる価値がある、潜在的に価値に満ちた貴重な贈り物ではない」というのは、おそらく東洋的な見解第二の見解)だ。この有名な例が仏教にみられる。仏教徒は、人生の本質は、「喪失と苦しみ」と言っている。仏教徒はこうした良いものへの愛着から自分を解放し、それらを失った時の痛手最小限になるようにしようとする。筆者は、仏教に途方もなく深い敬意を抱いている。ただ、筆者は西洋の生まれであり、「創世記」の産物だ。「創世記」では神は世界を眺め、それが良いものであると判断を下す。少なくとも筆者は、人生がネガティブなものだと認めることで喪失を最小化する戦略は受け入れられないとしている。だとすれば、筆者にとって、ひょっとすると私たち殆どにとって、もっと楽観的な戦略から選ぶのが妥当であると思われる

第9講:自殺
自殺を「自己利益」の問題と「道徳性」の問題に分けて考える
「自己利益」の面から考えれば、「癌の様な最終的に死に至る消耗性疾患の末期の人を想像すれば、痛みがひどく、苦しむこと以外ほとんど何もできないかもしれない。色々な楽しみも無くなり、ただ痛みの為に取り乱し、痛みがやむことを願うばかりになる。また、アルツハイマー症やALS(筋萎縮性側索硬化症)の様な変性疾患にかかって、人生に価値を持たせるようなことが徐々にできなくなり、自分の身の回りの最低限のことさえままならなくなる。これらのような場合は、自殺することが理に適っている」と筆者は考える
ただ、変性疾患の場合、身体のコントロールはできなくなるものの、頭脳は何の問題もなく働き続ける間は、家族やそのほかの人がサポートしてくれれば、生き続ける価値があると考えられる。ただ最終的に人生を送る価値がなくなる時が来ることは想像し得る。しかしこうなれば、自殺する能力もなくなる可能性もある。分かってもらえると思うが、ここで自殺は安楽死の問題に変わる
明晰な思考ができない状況で下した判断は信頼に値しない。信頼に値しないなら、結局自殺が合理的な判断になることなど決して無いように思える
自殺するという判断は慌てて下してはいけない。医師とよく話し合い、自分の愛する人々と十分話し合うべきだ。その結果下した判断は、どんな判断であれ理に適ったものとして信頼するに値するのではないだろうか

現実の自殺の事例は、実にこの肝心な条件を満たしていないことが多いと筆者は考えている。多くの自殺のケースでは、以前の人生と比べたり夢見ていた人生と比べたり周りの人の人生と比べたりして、今の人生は生きる価値が無いと思い込む。しかし、期待した人生ほど生きる価値が無かったとしても、やはり存在しないよりは良いのだ

道徳性」の面から考える;自殺は合理的な選択であり得るとしても、自殺がなお不道徳であり得る。ただ、道徳性と合理性という二つの概念を切り離せるかどうかについては、哲学では大論争になっている
この問題に対する最も優れた回答は、イギリスの哲学者デイヴィッド・ヒューム(1711年~1776年)が行っている:「少なくとも、自殺が神の意思に背くという考えには説得力があると思う人がいたら、誰かの命を救うのは神の意思に背くというのも、なぜ説得力があると思わないのだろうか?神はその人を死なせるつもりだったのかもしれないではないか!
例えば、もし皆さんが医師で、誰かが心肺停止の状態になっていたら、直ちに心肺蘇生法を施せるのに、「ああ私はこんなことをしてはいけない。この人が死ぬのは神に意思だから、この人の命を救うのは、神の思し召しを妨害していることになります」などと言うだろうか?そんな人はいない。であれば、「自殺は神の思し召しに反する」ということもあり得ないということになる

「命はとても素晴らしい贈り物であり、この与えられた贈り物を大切にし、恩返しをしなければならない。だから私たちは生き続ける義務があり、自殺は道徳に反する」という意見がある。筆者は、この主張にも説得力が無いと考えている。何故なら、恩義とは一体何を意味するかに注意を払う必要があるからだ。しかし、恩義とはいっても、与えられた本人が有難いとは思わないこともあるはず。そんな場合、恩義に報いることに道徳的な必要性はないはず。「たとえ汝の人生が悲惨な状況になり、死んだほうがましだとしても生き続けよ。もし自殺をすれば、永久に地獄に落とすぞ」と神が言われたとしたら、恐らく自殺しないほうが賢明だが、そこには道徳的な必要性は無いはずである。従って、感謝の念に訴えることに基づいて自殺に反対する主張はうまくいくはずがない

全ての「道徳論」に共通する考え方として、自分の行動の結果がどうなるかを問うことは、いつも道徳的に重要である。
自分自身は?:自殺が自己利益の観点から合理的なものとして受け入れられるケースでは、自殺をすれば、そうしない限り被らなければならないだろう苦しみから解き放たれると仮定すれば、自殺をする判断が実は道徳的に支持されるようにも思える。道徳性の観点からは、自殺をしようとしている本人だけでなく、全ての人にもたらされる結果を考えねばならない。これに関連する最も重要な人は家族、愛する人、友人など本人のことを最も直接的に知り、気にかけている人々だ。これらに人々に関しては、自殺が大きな嘆きや苦しみをもたらすので、自殺の結果は一般的に悪いと主張するのが妥当と思われる。
しかし、行動の結果はたいてい良いものと悪いものが混ざり合っている。従って。自殺者の家族や友人や愛する人に嘆きや痛みをもたらすというネガティブな結果があるとしても、もしその自殺者が死んだほうが本当にましなら、本人の受ける恩恵の方が勝るかもしれない

①功利主義的立場:万人の幸福を同等に扱いながら、「正しいか誤りかは万人にどれだけ多くの幸福を生み出せるかの問題である」とする道徳の主義だ。この立場に立てば、誰かの死によってあまりにも大きな悪影響を受ける人々がいて、本人が生き続ける代償よりも、その人々への害の方が大きい場合、自殺しない方が良い。しかし、自分は死んだほうがましで、他者への影響がその事実を凌ぐほどに大きくない場合は、自殺が正当化される。

②義務論的な立場:自分の行動の良し悪しを結果だけでなく、他の事柄にも目を向けなければならないと考えること。
思考実験:臓器移植を行う場合、一人の健康な人を殺してその臓器を5人の患者を生かすために使ったとした場合、功利主義に立てば許されるように見えるが、直感的に罪のない人を殺すのは間違いであることが分かる。人には殺されない権利があり、罪のない人を害することを義務論が禁じているのは、大抵の人が受け入れる。
しからば、「私という罪のない人間」を殺す反道徳的行為にならないか? 私が死んだほうがましな場合には、自殺しても自分を全体として害するわけではなく、自分に恩恵を与えていることになる。だから、全体として害してはならないという禁止に反してはいない。これが正しいなら、義務論の観点から考えても、自殺は特定のケースでは道徳的に正当と言える

自殺の道徳性に関する筆者の結論;
功利主義の立場を受け入れようと、義務論的な立場を受け入れようと、自殺は常に正当であるわけではないが、正当な場合もある。自殺しようとする人に出会った場合、その人がよく考え、妥当な理由を持ち、必要な情報も得ていて、自分の意思で行動していることが確信出来たら、その人が自殺することは正当であり、本人の思うようにさせることも正当だと思える

以上

 

野菜栽培の現況

今年5月6日にブログで報告(平成と令和の春!)してから3ヶ月ほどが経過しました。既に7月末、見出しの写真は、漸く長い梅雨が終わろうとしている7月24日での夏野菜の収穫状況です。今年の夏野菜のチャレンジの第一はナスの栽培品種を増やすことでした。種の入手経路は、今までの国華園に加え両親の故郷・長野県の種苗業者である信州山峡採種場からも調達を行いました。この種苗業者は全ての種の値段が種の量によって100円から売られていることです。家庭菜園の様に「小規模」生産では常に種が余り、翌年以降に繰り越すと発芽率がかなり落ちてきて無駄になるために大変重宝しています
見出し写真の上部にナスが3種類ならんでいます、左の丸い大きなナスは「小布施丸茄子」です。両親の出身が長野県であった為、親戚からのお土産で頂く機会が多かった「お焼き」が大好きでしたが、この材料になるナスです。実が固いので、恐らく輪切りにして「ナスの田楽」にしても美味しいと思います。写真の左側のつやの良いナスは国華園で調達した「泉州水ナス」です。これは、3年弱関西に駐在していたころに味わった「水ナスの浅漬け」を忘れられず、今年初めてトライしてみました。ただ、現在の所あの浅漬けの味が出せずにワイフと研究中です

水ナス_7月2日
水ナスの最初の収穫_7月2日

真ん中のナスは関東地方で一般に売られている「長なす」です。これまで失敗したことが無かった品種ですが、今年は3本育てた内1本が生育途中で突然枯れてしまいました。原因を調査する為にこのコンテナの土を取り出して子細に調べた結果、以下の写真の様にコガネムシの幼虫に根を食べられた為と分かりました

コガネムシとその幼虫
コガネムシとその幼虫

見出し写真の中ほどにあるトマト(3種)のうち、黄色のプチトマトは信州山峡採種場で調達した「交配・ミニトマト オレンジ」です。これは糖度が高くて吃驚しました。また100円で種が3粒しか入っていないのにも驚きました(3粒全て発芽しました!)。「赤いミニトマト」は昨年国華園で調達した種を使いました(味はやや酸味が強い)。右端の大きなトマトも信州山峡採種場で調達した「世界一トマト」です。味は幼い頃馴染んでいた露地栽培のトマトと同じでやや酸っぱいのですが、甘くないトマトもそれなりに美味しいと思います。屋上菜園を始めた頃にチャレンジして失敗した大きなトマトも、種さえ選べば素人の露地栽培でも収穫可能であることを知って嬉しくなりました

大きめのトマト
収穫した最大のトマト_7月26日

尚、小さめのトマトの皮が割れているのは、梅雨が例年になく長引いたためです(⇒ 露地栽培の宿命!:今や拙宅の近所で露地栽培を行っている農家は皆無です)

見出しの写真の左下の情けないキュウリ!は、梅雨の長雨でウドンコ病、ベト病が発生し葉がほぼ役に立たなくなったせいです(下の写真の左側参照)。ただ6月半ばまでは立派なキュウリを収穫することができていました。第一世代は程なく収穫不能になると考え、7月初めに植え付けた第二世代(下の写真の右側参照)によって7月27日から新しいキュウリの収穫が可能となりました

キュウリの生育状況
キュウリの生育状況

見出し写真の一番下はピーマンです。ピーマンの栽培はここ数年病気などにより多くの収穫ができませんでしたが、信州山峡採種場から調達した「改良巨大ピーマン」を購入して育ててみたところ、病気にも強いようで7月以降収穫は好調です。”巨大”とありますが、普通のピーマンの大きさで収穫する方が収穫量は多いようです

その他の報告事項

1.ジャガイモの収穫;
5月のブログ(平成と令和の春!)で切り口を上にして植え付けたものと、今まで通り切り口を下にして植え付けたものとで、収穫状況を比べてみることを約束しましたが、結果は以下の通りです;

男爵イモの収穫_6月5日
男爵イモの収穫(21.8kg)_6月17日

*切り口の収穫量:6.4kg/3コンテナ ⇒ 2.13kg/1コンテナ
*切り口の収穫量:15.4kg/7コンテナ ⇒ 2.20kg/1コンテナ

となり、両方の植え方には収穫量面で有意な差が無い!ことが分かりました

2.タマネギの収穫;
昨年のブログ(寒風吹きすさぶ!真冬の野菜栽培)で長期保存が可能なタマネギは何とか11月下旬に植え付けることが出来たこと(苗はちょっと弱々しい!)、また生食用のタマネギは苗が植え付けるまでに育たなかったことで、翌春の植え付けとしたことを報告しました。前回のブログ(平成と令和の春!)で3月6日に定植し、5月6日の生育状況は順調とご報告しましたが、5月27日に収穫したところ;

タマネギ2種の収穫_5月27日
タマネギ2種の収穫(11.0kg)_5月27日

全般的に球が小さく、収穫量は昨年までに比べると少な目となりました。やはり良い苗を育て、秋の定植時期をきちんと守らないと、いいタマネギはきないことを改めて学びました

3.袋栽培の状況;
前回のブログ(平成と令和の春!)でチャレンジすることを書きましたが、実際に植え付けた野菜は以下の通りです;

袋栽培_巨大ピーマン・辛長唐辛子・鷹の爪_7月28日
袋栽培_巨大ピーマン・辛長唐辛子・鷹の爪_7月28日
袋栽培_縞ウリ・ゴーヤ・サツマイモ_7月28日
袋栽培_縞ウリ・ゴーヤ・サツマイモ_7月28日

生育状況は概ね順調です。ただ縞ウリはキュウリと同様、長梅雨の為にウドンコ病、ベト病に罹り元気が良くありません。梅雨明けで元気になってくれるといいんですが、、、
いずれにしても、袋は「牛糞堆肥」を買えばタダで手に入るので、これからは高価な栽培用コンテナの更新(5年ぐらい使用するとプラスティックが老化して脆くなります)は最小限に出来そうです(⇒コストの削減!

4.その他(蛇足?)
袋栽培の写真にある「辛長唐辛子」(正式名称:トウガラシ・F1辛長キング)は国華園で調達しましたが、下の写真にあるように兎に角大きい唐辛子です;

辛長唐辛子
辛長唐辛子

種の説明によれば、韓国キムチ専用で使われる品種です。赤くなる前に青色で収穫すれば、酢味噌を付けて生食も可能と書いてあります。拙宅では天ぷらで食べることもあります。また、種を除いて薄い輪切りにしてサラダに加えれば、適度に辛味のきいた大人のサラダになります

信州山峡採種場から「サラダからし菜」を調達し、春から二度にわたって収穫しています。とにかく成長が早いので、朝の生野菜サラダには最適の野菜です;

サラダからし菜_7月29日朝食
サラダからし菜_7月29日朝食

生で食べるとちょっと辛味がありますが、私は大好きです。上の写真の朝食は卵を除き全て我が家の屋上野菜です。生サラダに入っているタマネギのスライスは、やや出来損ないのタマネギを朝食用として無駄なく活用しています。トマトの上にのっている緑色のけったいな代物は朝取り!のディルです!

辛味大根2種;
近所のホームセンターで調達した「四季どり辛味大根」と信州山峡採種場から調達した「ねずみ辛味大根」を栽培し6月に収穫しました。現在2回目の栽培を行っています;

辛味大根2種
辛味大根2種

四季どり辛味大根」は写真で分かるように見栄えが良く辛味もそこそこありますが、辛味は圧倒的に「ねずみ辛味大根」に軍配が上がります。信州そばの友として最も適している大根おろしはやはり「ねずみ辛味大根」だな、というのが私の感想です

以上

 

航空機の運用

はじめに

上の写真は、上越新幹線の通称『ダイヤグラム』と言われている発着ダイヤを表すグラフです。このグラフで新幹線全便の一日の運航状況が全て読み取れます
因みに、縦軸は停車駅、横軸は時刻を表しています。斜めの線が列車の進行を表し、この線の上に書かれている『1301C』などの番号がその列車に付けられたいわば「便名」に相当することになります。その列車の駅間の隙間がやや不揃いなのは、駅間の平均速度を勘案して駅間の斜めの線の傾きがある程度揃うように工夫してあるようです
停車する駅ではこの斜めの線が少しズレていますが、このズレがその駅の停車時間に相当します(恐らく上越新幹線では途中駅での停車時間は1~2分、終点の新潟駅での折り返し東京行き出発までの時間は15分程度に設定されていると思われます)
列車の乗務員、駅員、全体のスケジュールを調整している担当者などはこの『ダイヤグラム』で仕事をしていると言っても過言ではないと思います。例えば、どこかの駅でトラブルによる遅延が発生した場合、この『ダイヤグラム』を見て後続の列車をどこの駅で停車させればいいか直ぐに分かります。勿論、復旧する場合も同様に、各列車の運休計画、遅延時間も迅速に判断が可能です。いわばプロ仕様のダイヤと言えるかもしれません。参考までに、興味のある方は、最も過密なダイヤで運行しているJR東海道新幹線ダイヤグラム_2015年ダイヤ改正をご覧になってみてください。プロの凄さ!が理解できると思います

エアラインビジネスにおける各航空機の運用も、基本的には列車やバスなどの陸上輸送や、船舶による海上輸送と全く同じです。航空機の運用のプロも、お客様が日頃見慣れている発着ダイヤではなく、こうした『ダイヤグラム』をもとに仕事をしていると言っても過言ではありません

エアラインビジネスの場合、航空機の購入価格が桁違いに高額である為、航空機の稼働を極限まで高めないとビジネスとして成立しないことになります。因みに、日本航空が最近デリバリーを受けたエアバス製のA350XWBという航空機のカタログ価格は、シリーズによって違いはありおますが、約3億ドル(日本円で約325億円:108円/USD)⇒ 機体の償却費だけで1日約1千万円弱を見込まなければならないことになります。また、鉄道の場合、駅のホームは鉄道会社が所有しているのが普通であるのに対し、エアラインが使用する空港や空港内のターミナルは、通常エアラインとは別の事業体(国の所有を含む)が所有しており、エアラインが自由に使えるものではありません
従って、以下の様な各種の制約条件を如何に上手に?クリアーし、航空機の運用を効率的行うことが、エアラインビジネスの『肝』になると言えると思います

航空機の運用に係る各種制約条件

1.使用する空港の制約
発着枠:空港の滑走路の数、管制官の人数、空域の制約(近傍の空港が使用する空域の制約、軍の訓練空域の制約)などにより、空港ごとに最大の発着回数が決められています。混雑空港については各エアライン間で公平さが要求されるために必ずしも要求通りの発着枠を取得できるとは限りません。お客様の利便性を考慮し、既に運航している定期便の発着枠の既得権は原則守られますが、1990年代に政策的に規制緩和が行われた時代には、新規航空会社の参入を進めるために、新規枠の配分を新規参入エアラインに優先的に配布されました。尚、規制緩和にについて詳しく知りたい方は(航空規制緩和の歴史)をご覧ください。また最近話題になっている羽田空港の発着枠の政策的な方向性について詳しいことを知りたい方は(羽田空港発着枠の検討課題と現状_国土交通省)をご覧ください。尚、発着が特定の時間帯に集中しない様に1時間あたり、場合によっては3時間当たりの最大の発着回数にも制限が加えられることもあります

羽田空港_夜間
羽田空港_夜間

② 運用時間帯:日本では、地方空港は概ね夜間は使用できません。また主要空港である成田空港、大阪国際空港(伊丹空港)では周辺住民の騒音対策として夜間の発着が禁止されています(日本の各空港の運用時間帯の情報については国交通省の(空港情報一覧)をご覧ください
駐機スポット:航空機を駐機させるにはかなり広い面積が必要であり、ランプエリアを十分に確保できない空港は、駐機スポットの数の制約から他に乗り入れているエアラインとの発着時刻の調整が必要になることがあります
④ CIQ:国際線を運航する場合は、空港に於いて税関Customs/財務省管轄)、出入国管理Immigration/法務省管轄)、検疫Quarantine/人間の検疫は厚生労働省管轄;動植物の検疫は農林水産省管轄)を行う必要があります。管轄する部署の配置人員が十分に確保できない場合、遅延が発生する可能性があります(繁忙期における臨時便の運航、など)

出入国管理
出入国管理

セキュリティー管理:空港ターミナルの「制限区域」に入る場合は危険物の持ち込みを排除する為のチェックが義務付けられています。日本にあっては、この要員の確保に係るコストは、空港に乗り入れているエアライン間でシェアすることになっています

上記③~⑤の制限によって、空港への乗入れに際し時間帯の制約を受ける可能性があります

2.航空機の地上停留中の作業に係る制約
① 機内清掃とシートポケット内容物の補充する作業:航空機がスポットに入ったあと、お客様が降機を終わってから作業を開始し、次の出発便のお客様が乗機を始める迄に作業を終わらなくてはなりません

Cabine Cleaning
Cabin Cleaning

② ケータリング作業(飲食材料の補充):飛行中にお客様に提供される飲み物や食事を搭載します。国内線にあっては飲み物を中心とする補充で済みますが、15時間程度の飛行時間となる長距離路線を運航する場合には、各種飲み物の他に、メインとなる食事2食分と朝食などの軽食を搭載することとなり、かなりの量になります(⇒機内のスペースの確保⇒旅客席数の減)

Catering・Cargo Handoling
Catering・Cargo Handling

③ 貨物の取り卸し・搭載作業:現在エアラインで使われている大型の航空機には相当量の貨物搭載が可能であるため、お客様の手荷物以外にも多くの郵便物や貨物が搭載されており、発着毎にこれらの貨物の取り卸し・搭載作業が行われています

④ 燃料の補給:出発前に目的地到着までに必要となる燃料を補給します。この燃料には目的地までに消費する燃料以外に、もしもの場合(悪天候や航空機のトラブルなど)に備えて目的地ごとに指定される代替空港までの飛行に必要な燃料(場合によっては出発空港に戻るまでの燃料)、その他の予備燃料(空港混雑により待機する場合など)が含まれます

Fueling
Fueling

⑤ トイレの汚物回収、洗浄水の補充:この目的のための特殊車両で行います
⑥ 飲料水の補充:この目的のための特殊車両で行います

Lavatory Service ・Water Service Car
Lavatory Service Car・Water Service Car

⑦ 整備作業:航空機の運用に際し、航空法に基づき整備作業を実施する必要があります。(詳しくは(整備プログラム)をご覧になってください
毎日運航している航空機に対して行う整備作業(航空業界内では運航整備作業/Line Maintenanceと呼んでいます)の具体的な内容や必要人員数については、到着便作業・配置人員出発便作業・配置人員折返し便作業・配置人員をご覧になってイメージアップしてください(実際の作業時間、配置人員については必ずしも正確ではありません)

Line Maintenance
Line Maintenance

これらの作業以外に、定期的に行う整備作業とその機会に行う改修作業があります。これらは、夜間に長時間(5~10時間程度)駐機する機会に実施する作業(通常数百飛行時間ごとに計画的に設定)と、航空機を1週間から1ヵ月程度駐機させて格納庫内で大人数をかけて行う作業があります(詳しくは整備プログラムをご覧になってください)。私の経験ですが、これらの格納庫内で行う大きな整備作業・改修作業は、1機について年間平均18日程度引当ておくことが必要となります。これは即ち、20機保有しているエアラインは、そのうち1機相当分はこうした大きな整備作業・改修作業(航空業界内では重整備作業/Heavy Maintenanceと呼んでいます)を行っていることとなり、実際に毎日稼働できる航空機は平均して19機になることを意味します。こうした大きな整備作業・改修作業に引き当てる予備の航空機を保有していない場合、作業に必要な日数分 定期便を運休する必要が発生します

Heavy Maintenance
Heavy Maintenance

⑧ パイロットの業務:出発前に航空機を地上から点検すること(Walk_around Check)、操縦室内でチェックリストに基づいて計器や各種操縦に必要な機能が正常であることを確認すること、整備士から整備作業に係る報告を受けること、などの業務を行います

パイロットの飛行前の準備作業
パイロットの飛行前の準備作業

⑨ CA(客室乗務員)の業務:お客様が乗機する前に客室内の飛行前点検、機内の収納エリアに危険物が隠されていないかなどのチェックなどを行います
⑩ ランプ・コーディネイターの業務:地上に居て到着・出発作業に携わる人達の作業の進捗管理を行います(必要により出発遅延の決定も行う)。作業が順調に進めば出発5分前という情報を関係者全員に周知することなどを行います

上述の、航空機の到着から出発に至る迄の各担当部門が行う作業の相関関係を図示したものが「標準作業工程表」と言い、ここで示された地上停留時間は航空機の運用を行う際の最小限の地上停留時間DGT/Standard Ground Timeといいます)となります(これより短い折り返し便の設定は特別の場合以外は行いません)。以下は国内線の標準的なケースです(エアラインや航空機の型式によって異なることが普通です)

航空機の到着・出発における標準作業工程表
航空機の到着・出発における標準作業工程表(国内線)

尚、国際線については、①~⑨の業務量が増加するため、一般にもう少し長い停留時間が必要となります

3.航空機の型式、客室仕様
航空機を路線に投入する場合、まずその航空機の航続性能がその路線の飛行距離より長い事が必要です。また競合する他社との競争上の観点から、その路線の旅客需要に見合った客席数(First Class、Executive Class、Premium Economy Class、Economy Class)であることと併せ、旅客サービスの為の飲食類が提供できる客室内の装備が必要となります。
① 航空機の航続性能と最大離陸重量
航空機の航続性能は、航空機の空気力学的な抵抗(一般に新しい型式の航空機ほど性能が良い)、エンジンの燃費性能、燃料の搭載量、などによって決まります。また、長距離路線は飛行時間は長いものの着陸回数はそれほど多くはないのに対し、短距離路線は逆に飛行時間は短いものの、発着回数が多くなります
航空機の用途によって要求される性能を実現するには、航空機の設計の段階で取り入れなければ実現することはできません。要求される設計基準について詳しいことを知りたい方は(3_耐空証明制度・型式証明制度の概要)をご覧になってください。参考の為に、現在日本航空で保有している機種の中で、長距離国際線の路線と国内路線の両方に使用されているボーイング社製の777という機種の性能の違いを日本航空のサイトにある情報を拝借してみました;

777・長距離型と短距離型の比較
777・長距離型と短距離型の比較

上記の二機種は、777という型式名から想像できるように航空機の基本構造は変わりませんが、長距離用と短距離用という用途の違いから相応の設計の違いが見て取れます;

777-300ER(長距離型) 777-300(短距離型)

* 最大離陸重量 : 340.2 ton          237.0 ton
* 航続距離   : 14,340 km           3,550 km
* 機体の長さ/幅:    73.9m/64.8m         73.9m/60.9m

上表から分かる通り、長距離型は航続距離を延ばすために燃料を多く搭載できるように最大離陸重量がかなり大きくなっています。また幅が大きいということは、翼が長くなっている為ですが、これは長距離を効率的に飛行する際の空気抵抗を減らすためです。また、短距離型については上表の数字からは分かりませんが、離着陸回数が多くなることから、頻繁に使う主脚(Landing Gear)や高揚力装置(Flapなど)が強化されています

航空機が運用される時に徴収される着陸料、及び航空路を飛行する際に徴収される航行援助施設料、駐機料などは、一般にこの最大離陸重量を基に計算されます(⇔ 運航コストに大きな影響があります)。これは日本の高速道路料金がその建設費や車体の重量によって道路の傷み具合が違うことから決められている理屈と同じですね!

尚、着陸料の計算式については、最大離陸重量の他に、空港周辺の騒音を低減させる為に機種別にICAO基準に基づいて測定された離陸測定点と着陸進入測定点での騒音値をもとに高騒音機(古い機種)程付加料金が高くなる体系になっています。また離島の空港、あるいは利用状況が芳しくない空港で路線開設、増便を促すためのインセンティブとして着陸料の割引を行うことも行っています。現在の着陸料などの状況については、国土交通省が発行している(着陸料等告示_AIP)をご覧になってみてください

昨今オリンピックに向けての増枠で話題となっている羽田空港の着陸料、及びあまり馴染みのない航行援助施設利用料の設定については、国土交通省が一元的に行っていますので、同省の政策的な方向性について興味のある方は以下の資料をご覧になってください;
羽田空港の着陸料:羽田空港発着枠の検討課題と現状
航行援助施設利用料:今後の航行援助施設利用料のあり方_国土交通省

② 客室仕様
客席と旅客サービスに必要となる装備は「客室仕様」と呼んでいます。長距離型の客室仕様の場合、席数を減らして飲食物提供に必要なスペースを設けるため、座席数がかなり減ってしまいます。777の長距離型と短距離型の客室仕様の違いを日本航空のサイトからコピーしたものが下図です。長距離型は、飲食物の収納、飲食物提供の準備作業のための大きなスペース(Galleyと呼んでいます)が設けられていることが分かります;

777・長距離型と短距離型の座席配置の比較
777・長距離型と短距離型の客室仕様の比較

席数については、以下の様に大きな違いがあります;
777-300ER(長距離型):244席(First Class/8席、Executive Class/49席、Premium Economy Class/40隻、Economy Class/147席)
777-300(短距離型):500席(J  Class/78席、Economy Class/500席)

以上より、長距離国際線用の航空機を国内線に使用することはコスト面からも収入面からも適切でないことが分かります

航空機の稼働を上げるには?

1.「標準作業工程表」を変更し、DGTを短縮する
国土がそれほど広くない日本にあっては、国内線の飛行時間は数十分から4時間未満と考えてよいと思います。また、国内の地方空港の大半は夜間の発着ができないことがあり一日の稼働可能時間はせいぜい8時~22時の14時間程度しか期待できません。こうした状況で稼働を上げるにはDGTを短縮するしか方法はありません
DGTを短縮するには「標準作業工程表」の各部門の作業時間を短縮する(あるいは省略する)こと、作業の重なりを許すこと、などが考えられます。このための具体的な工夫の例は以下の通りです;
「機内清掃とシートポケット内容物の補充」作業を、お客様が降機するペースに合わせ、後部担当のCA(客室乗務員)に担当してもらう(機内清掃は粗ゴミ拾い程度 ⇒ 旅客サービス水準の低下!)
「燃料の補給」作業をお客様が降機中から始める(⇔ 火災発生時に備え、CAのDoor side配置が必要になります)

<具体的な事例>
* 米国で数百機のB737を運航しているサウスウェスト航空ではDGT15分を実現しています。ただ、実際のスポット周辺でのサービス状況の観察、サウスウェスト航空担当者のインタビュー等を通じてわかったことは、日本とは違い米国では飛行ルートの選択に係るパイロットの自由度が高く、遅延した場合でも飛行ルートを変えて飛行時間を短縮することが可能な場合があること、また到着・出発に係る地上作業者がマルチタスク(色々な作業ができる)に対応し、かつ動線が短い(駐機スポットの直ぐ傍で待機している)こと、更に数百機の保有機が全てB737シリーズで全ての作業者が作業を熟知しておりミスが少ないこと、などがこの様な短いDGTで運用できている背景にあると思われます

* 1996年、B737-400を使ってJAL100%子会社のLCC(JAL Express)を立ち上げたとき、JALで使われていたDGT35分を10分間短縮して25分でダイヤを組みました。特に遅延が目立ったということはありませんでした

*正確な時期は覚えていませんが1990年代、、タイのLCCが運航するバンコック=チェンマイ間の路線を視察する機会がありました。1機を使ったシャトル運航でしたが、早朝から満席に近い運航を繰り返して(予約上の確認のみ)おり、私が搭乗した最終便は2時間以上の遅延で運航されていました。安い運賃であった為か、あるいは定時性にはあまりセンシティブでない国民性の故か、待たされている満員の旅客は全く平静であったことが印象的でした

2.航空機の運用の仕方に着目した稼働の向上策
国内線については夜間帯は空港の制約から概ねどこかの空港に駐機しています。一方、国際線については、主としてお客様の利便性(目的地に到着してからすぐにビジネスや観光ができること、あるいは外国空港での乗継が便利であること、など)を優先したダイヤが作られるために昼間帯に空きが発生することがあります。以下はこうした航空機が使われない空きを使って稼働を上げることができる例です;

日本航空の羽田発着のサンフランシスコ線のJL002便は、出発時刻は19時50分、サンフランシスコ到着は現地時間13時10分になります。その後2時間40分サンフランシスコ空港に駐機して、帰りのJL001便は現地時間15時50分にサンフランシスコを出発し、翌日の19時に羽田に到着いたします。つまりサンフランシスコを往復するのに足掛け2日かかります(飛行時間は20時間30分)。従って、このサンフランシスコ線を毎日飛ばすためには航空機が2機必要になります。一方、この路線引き当ての2機の航空機のうち1機は、毎日朝から19時50分まではこの航空機には空き発生しています。この空きを使って羽田=上海線(JL81便/羽田発09時20分⇒JL82便/羽田到着16時45分:往復飛行時間は6時間)を運航させることができます。サンフランシスコ線だけを2機で運航した場合、航空機1機・1日当たりの稼働時間は10時間15分にとどまりますが、これに上海線を組み合わせることによって13時間15分に向上させることが可能となります( ⇒ 更に上海線引き当ての航空機はいらなくなります)
ただ、注意しなければならないことは、客室仕様は、当然基幹路線であるサンフランシスコ線が優先されますので4クラス仕様、一方上海線(通常2クラス(Executive Class、Economy Classで販売している)は販売可能な客席数が少なくなります。また最大離陸重量が大きいので着陸料、航行援助施設利用料が高くなりコスト面でもややマイナスになります

航空機の稼働向上策
航空機の稼働向上策

羽田に駐機する国内線は、地方空港の運用時間帯の制約で、概ね22時頃までに到着しています。翌日の羽田出発便も地方空港の運用時間帯の制約、お客様の利便性の関係で8時過ぎまで空いている航空機もあります。私が航空機運用の担当だった時代、この空きを使って国内線機材によるグアム線(往復飛行時間:7時間30分)の運航を行っていました。この夜行便の対象は学生さんなど若い人が往復とも機中泊とすることで滞在費を節約できるメリットがあり、結構利用されていました
ただ、注意しなければならないことは、客室仕様の他に、国内で使われる航空機の燃油費には燃料税(26円/1リットル;沖縄、離島路線などでは減額されています)が掛かっているのに対し、国際線で使われる航空機の燃料は無税となっております(ICAO CHAPTER 4:詳しくは条約・航空協定の歴史参照)ので、この燃料の課税処理の為に税関当局の承認が必要となることです

3.整備作業実施に係る航空機の稼働向上策
整備作業については、「2.航空機の地上停留中の作業に係る制約;⑦ 整備作業」で述べた様に、発着に係る整備作業以外に「定期的に行う整備作業とその機会に行う改修作業」があります。定期的に行う整備作業とは、一定の飛行時間や飛行サイクル(発着回数)、経過日数によって実施が義務付けられている個々の作業(「整備要目」といいます)を実施しやすさを考えてまとめたもの(⇔整備要目の集合)を意味しますが、これを「整備パッケージ」と呼んでいます(詳しくは4_整備プログラムをご覧ください)。整備パッケージと整備要目との関係についてイメージしていただくには下記の表が分かり易いと思います;

整備要目と整備パッケージの関係
整備要目と整備パッケージの関係

上表で「C整備」と呼ばれている整備パッケージは作業量が非常に大きい整備パッケージで格納庫内で1週間から2週間かけて行うことが普通です(4から5年に一度計画される大きな改修を実施するための整備パッケージは1ヶ月位の期間が必要です)。「A整備」やそれより短い間隔で行われる整備パッケージは、通常数時間から15時間くらいの短い停留時間で実施されることを想定しています。つまり、航空の稼働を下げることなく、定期便が到着して次の出発までに作業を終えるのが原則です
① A整備を実施するための航空機の運用
A整備は定期便の間の夜間の駐機中に行うと言っても、抱き合わせに行われる改修作業や、検査中に発見されたトラブルを処理するためにある程度余裕を持った停留時間を予め確保しておく必要も発生します。この場合、「A整備を予定している航空機については、早めに到着する便を割当て、翌日の出発便についても、できる限り遅く出発する便を割り当てることなどが考えられます
以下の図は、とある航空会社の過去のダイアグラムから作成した「機材パターン」と呼ばれるものです。整備を主に行う空港(整備基地とも呼びます;下図の各行の下の線が羽田駐機を表します)で整備計画を立てるときに使われるものです(CASE_Aの場合は8時間50分、CASE_Bの場合は15時間50分の整備機会が確保できることが分かります);

整備機会の検証
整備機会の検証

尚、「A整備」の実施時期は、前回「A整備」からの累積飛行時間が実施期限(整備パッケージの表の場合、仮に500飛行時間にしています)を超えることは航空法上許されませんが、余りに余裕をもって計画すると、A整備の実施回数が増えることとなり、できるだけ実施期限近くで実施することが整備コストの面で有利になります。因みに[実際に「A整備」を実施した時の累積飛行時間]÷[実施期限]を「Check in Rate」と言います。例えば400飛行時間で「A整備」を実施したとすれば、この時ので「Check in Rate」は0.8となります(←航空機の運用を行っているプロから見れば「計画が甘い!」と言われるかもしれません!)

尚、運航している航空機に大きな故障が発生した場合、考え方は「A整備」の実施体制と同じと考えてよいと思います。大きな故障と言えばエンジン・トラブルが代表的ですが、この場合も「A整備」との違いは突発的に発生するか、予め計画できるかの違いであって、欠航や遅延を最小限にする為の航空機の運用方法は変わりません

② 「C整備大きな改修作業」を実施するための航空機の運用
こうした大きな作業は、航空機を1週間から1ヵ月程度停留させて格納庫内で大人数をかけて行う作業となります。自社で整備を行う場合、格納庫を必要数持っている必要があると同時に、この作業に必要となる多数の整備士を確保していなければなりません。従って、航空機の稼働を高めると同時に、格納庫と多数の整備士の稼働を高める必要が同時に発生します
このやや複雑な問題を解くには、問題自体をシンプルにして考えるのが分かり易いと思います。仮にこのエアラインが20機保有していたとすれば、既に述べた通り、その内の19機が毎日稼働し、残り1機分は入れ代わり立ち代り「C整備や大きな改修作業」を実施していると考えてよいということになります。その場合格納庫は1棟あればよく、この種の大きな作業に必要な人員も1機分で良いことになります(これを「C整備や大きな改修作業」の「生産ライン」といいいます)。従って、航空機の運用で考えておくべきことは、それぞれの「C整備」の実施時期をできるだけ高い「Check in Rate」を守りつつ、2機が重ならない様に計画することになります

「C整備や大きな改修作業」を整備会社に委託しているエアライン(LCCはこういうケースが多い)は、自社の都合の良いタイミングで整備を実施することは難しくなりますが、考え方は自社整備の場合と一緒です。整備の実施タイミングでイニシアティブを持つためには複数の委託先を選定して置くなどの対応が必要となります

③ その他の稼働向上の方策
整備要目と整備パッケージの関係は、「整備要目と整備パッケージの関係」の表をよく見れば分かるように、整備期限(飛行時間、飛行サイクル、飛行日数)を守らなければならないならないのは、それぞれの整備要目です。整備パッケージは、エアラインが自社の航空機の運用に便利なように組み合わせを考え、航空当局に申請し認可を得たものに過ぎません。それぞれの整備要目を期限内に確実に実施する体制さえ構築できれば大きな整備パッケージで整備を行う必要はありません
*事例1:私が日本航空の航空機運用の担当であった時代、B767の「C整備」要目を二分割して運用したことがあります。このケースでは目立った効率向上が得られなかったため、数年で運用を止めてしまいました
*事例2:サウスウェスト航空では、1990年代に私が同社を視察した時には、「C整備」を4分割した整備パッケージを作り、それぞれのパッケージを1日プラスアルファで自社で実施していました。B737という小さな航空機であり、且つ数百機の単位で保有していた為と考えられます

必ずしも航空機の稼働向上に結び付くとは言えませんが、日本の様に旅客繁忙期がある程度限定的(年末年始、ゴールデンウィーク、夏季繁忙期)である場合、この期間のみC整備や大きな改修作業を計画せず、ここに引き当てている航空機を定期便の増便や臨時便設定に引き当てることがあります。この時期は需要が大きい為に旅客単価、及び搭乗率が高くなっていることがあって、営業収入の増に大きく貢献することになります。ただ、増便することによって、パイロットやCAの必要数も増えることとなるので、限界はあります

以上

平成と令和の春!

上の写真は、平成から令和にかけての屋上菜園の状況です

昨年春先に屋上菜園の作業を集中的に実施した結果、腰痛と膝痛を発症してしまい大変苦労しました。従って今年の春は、こんなことが無いように雨の降らない日を選んで、一日2時間以下を目安にして少しづつ栽培用コンテナの土の再生作業を実施しました。また、もう一つの腰痛・膝痛予防の対策として、一階から屋上まで重いもの(40リットルの堆肥が中心)を運ぶ為の「背負子」も購入して利用しています。その結果、今の所、腰痛、膝痛の悪化は免れています(完全に治すのは無理!と医者から宣告されています 😳 )

野菜の苗づくり

夏野菜の苗の育成については、2年前の「夏野菜の発芽・育苗の工夫_①、②」でもご紹介していますが、以下の写真の通り、引き続き若干の工夫をしつつ今も使っています;

種から苗へ
種から苗へ

また、今まで種を購入していた国華園の通販は種のバリエーションは多いものの、単価、送料が比較的高く、また一袋に種が多く入っているので、発芽率を保証している半年~1年程度では使いきれません。勿体ないので、2~3年使ってはいますが、種によっては発芽率が極端に落ちてしまいます。そこで販売単位の少ない種苗の通販業者をネットで探してしていたところ、(株)信州山峡採種場というサイトを見つけました。ここの最小販売単位はなんと!全て100円(税込み)、しかも郵便を使って送られてくるので、迅速且つ確実です。正に家庭菜園向きと言えると思います

平成最後の冬を乗り切った野菜たち

いつもの春菊やリーフレタス、ネギ、水菜などの他に、セロリやビーツも頑張って厳冬を乗り越えて早春に恵みを齎しました;

セロリ
セロリ

我が家のセロリの利用法は、通常の白く長い茎を利用するのではなく、細く短い茎と葉をサラダに加えたり、細かく刻んでハーブの様な使い方をしています。ほぼ全てのハーブが利用できなくなる真冬でも問題なく利用できます
ビーツは、暖かい日が始まった2月末から葉がぐんぐん成長し、ロシア料理で有名な「ボルシチ」で使う地下茎だけでなく、葉や茎も湯がいて使えば柔らかくて美味しい料理になります;

ビーツとその料理
ビーツとその料理

上記以外にも、冬を越した作物に以下の様な利用法があります;

白菜の菜の花
白菜の菜の花
キャベツの生命力
キャベツの生命力

収穫せずに残った白菜、キャベツは、1月~2月の厳冬の頃に鳥の集中攻撃を受けて悲惨な姿になります。恐らく鳥にとって食料が不足する厳冬の頃に、甘い野菜はかけがえのない食料になるのだと思います。毎朝、野鳥に餌をやっているワイフに気兼ね?をしてこの状況を放置していますが、本格的な春が訪れれば、きちんと恵みが齎されます。白菜は、超!太くて柔らかい「菜の花」に、キャベツは小さいものの、超!甘い「春キャベツ」として収穫することができます

また、イタリア・ローマ地区の春野菜であるプンタレッラは、厳冬の時期、保温措置を全くせずに放っておいたところ、3株の内2株は枯れてしまいましたが、残った1株が2月頃から元気が出始め、3月になると沢山の穂をつけ始まました。このままにしておくと昨年5月の以下の写真の様にきれいな花が咲きますが;

プンタレッラの花
プンタレッラの花

今年は食欲が勝って収穫しました。何と!収穫すると次々と穂が出てきて、結局4回収穫しました。昨年は、イタリア風のサラダで食べましたが、今年はやや苦みがある春野菜であることから、以下の様に和風の料理にしてみましたが、中々の味でした;

冬越ししたプンタレッラと和風料理二種
冬越ししたプンタレッラと和風料理二種
今年の新しい試み!

1.ジャガイモの植え方;
種イモは、普通芽のある部分を残して二つ~四つにカットして、カット面に草木灰を付け、芽のある部分を上にして植え付けます。
今回、草木灰が無かったこともあり、カット面が腐るのを防ぐ目的であれば乾かせばいいと考え丸一日日陰で乾かして植え付けてみました
イモは、生えて来た芽が伸びたあとの地下の茎の部分に出来ますので、底の深さに限界があり、土寄せの高さにも限界があるコンテナ栽培の場合、カット面を上にして植え付ける(芽はまず下向きに出て、その後上に向かって成長する)ことが良いのでは?と考えて試してみました;

ジャガイモの生育状況の比較
ジャガイモの生育状況の比較

上の写真の一番左の1列がカット面を上にして植え付けたものです。予想に反してカット面を上にしたほうが発芽が早いことが分かりました。また、草木灰を使わなくても全て発芽しているが分かります。次回からが全てこの方法で植え付けようと思います

2.袋栽培の実験;
我が家の屋上で使用する栽培用の硬質プラスティックのコンテナは数多くありますが、最初の頃に買ったものは風化して脆くなり壊れるものが出てきました。サイト情報によれば、肥料や培養土の袋を使って栽培する方法があるようなので、今まで捨てていた牛糞堆肥(40リットル)の袋を使って栽培実験を始めることにしました;

牛糞堆肥の袋を使った「袋栽培」
牛糞堆肥の袋を使った「袋栽培」

上の写真の様に、袋の底に3ヶ所穴を開け、2袋1セットでメッシュ・コンテナに収めると転びにくく、また見栄えも良くなりました。結構深さも確保できますので、根が深く張る野菜やイモ類の栽培に適していると思われます。今年は色々な野菜で袋栽培を試してみようと思っています

その他

1.1月15日に発行した私のブログ(寒風吹きすさぶ!真冬の野菜栽培)で「11月に植え付ける予定だった生食用のタマネギについては、種が古かった為か発芽しませんでした。10月半ばに新しく買った種はちゃんと発芽しておりますが、勿論11月の定植には間に合いません。従って、このまま冬を越させて春になってから定植しようと思っていますが、どうなることやら、、、」と書きましたが、その後の経過は以下の通りです;

早春に定植した生食用タマネギの生育状況
早春に定植した生食用タマネギの生育状況

ここまで育てば、恐らく6月中には収穫可能と思われます。買った種袋にある説明では9月に種蒔きして苗を育て、11月末ごろまでに定植することを薦めていますが、収穫が少し遅くなるのを我慢すれば、春先に穂が出るリスクを回避できる春に定植することも悪くないかな、と思いました

2.ホームセンターをぶらぶらしていたところ、山菜の王様である「コシアブラ」の苗を発見しました。ちょっと高かった(598円!)のですが買ってしまいました。来年か、再来年の収穫を目指して大事に育ててみようと思っています;

コシアブラ
コシアブラ

3.猫の額の様な土地の隙間?には、今年もフキ、クレソン、セリが手入れ無しで繁茂しております! 適宜収穫して春の息吹を感じつつ食べています

ふき・クレソン・セリ

ふき・クレソン・セリ

3月には食料としての役割を終わった?春菊の花がきれいに咲きました;

春菊の花
春菊の花

流石に「菊」だけあって大輪で美しい花です。それなりの花瓶に生けて、然るべき場所に飾れば結構存在感があります

以上

B737MAXの墜落事故について

はじめに

昨年10月29日、インドネシアのLCCであるライオン航空のB737MAXが離陸後すぐに墜落しました。また、今年3月10日にはエチオピア航空の同型機がやはり離陸後すぐに墜落いたしました。この二つの事故の原因に類似性があることが分かり、3月13日には全世界で飛行中の約370機が、各国の航空当局から飛行禁止の命令が下されるという、近年には稀な事態となりました
このB737MAXという航空機は、2017年5月に引き渡しを開始した後、既にデリバリーされている機体を含め百社以上から約5,000機の発注を受けているベストセラー機であり、現在ボーイング社で月産52機のペース(⇒今年末には月産57機となる予定)で生産されています。因みに、この最新鋭機の技術的な仕様は以下の通りです;

737MAX Technical Specs
737MAX Technical Specs

多くの航空会社が導入しつつあり、導入する各社は今後の路線便数、航空機材計画の中心的な役割を果たすことが予定されており、今回の飛行禁止命令は全世界で注目されています。また、日本国内でも2020年からANAが30機の導入を計画しています。新聞等での報道もありますが、最近入手したAviation Weekの記事に現在までの事故の解析及びボーイング社が考えている対策が載っていましたので概略ご紹介をいたします(詳しく知りたい方は”B737MAX Accidento Chaos_25MAR’2019 Aviqtion Week & Space TechnologyB737MAX Accidento Chaos_25MAR’2019 Aviqtion Week & Space Technology”をご覧ください。尚、上表”Technical Specs”を含め、ボーイング社のウェッブサイトからも必要な情報を転載しています

事故の概要

1.ライオンエア610便墜落事故;

http://toboe.onenote.co.jp/wp-content/uploads/2019/04/Lion-Airの事故機と墜落までの飛行ルート
ライオンエアの事故機と墜落までの飛行ルート

2018年10月29日午前6時20分、ジャカルタ郊外のスカルノ・ハッタ空港を離陸したB737MAX(2018年8月受領)は、離陸後約10分で消息を絶ちジャカルタ北部の海上に墜落、乗員・乗客189名全員が死亡しました。墜落付近の海域で、Flight Data Recorder(パイロットによる航空機の操作や機体の位置、気圧高度、速度、など機体の運動状態、その他多くのデータを記録しています)Cockpit Voice Recorder (操縦室内の会話を記録しています)が回収されています。インドネシア航空当局から、「Flight Data Recorder からの情報で機体のAOA(迎え角:以下 AOAと表記します;Angle of Attack)センサーのデータが左右で20度食い違っていたこと、副操縦士から管制官に飛行高度を確認するように要請があり、飛行制御に問題があるとの報告があったこと」が発表されています

AOA(迎え角)とは・センサーの位置
AOA(迎え角)とは・センサーの位置

2.エチオピア航空302便墜落事故;

エチオピア航空機と事故現場
エチオピア航空機と事故現場

2019年3月10日午前8時38分、アジスアベバのボレ国際空港を離陸したB737MAX(2018年11月受領)は約6分後に墜落し、乗員・乗客157名全員が死亡しました。墜落機のパイロットは、墜落数分前に管制官に対して運航上のトラブルを報告し、空港に引き返す許可を求めていました。墜落現場付近で、Flight Data Recorder と Cockpit Voice Recorder が回収されており、エチオピア航空当局からの依頼でフランスが解析を実施しています

事故機の飛行記録から事故原因を推定する
両事故機の対地速度と上昇・沈下速度の比較
両事故機の対地速度と上昇・沈下速度の比較

上表は、ライオンエアの事故については、回収されたFlight Data Recorder から得られたデータを使用していますが、右のエチオピア航空の事故については、ADS-B(下記”参考1”参照)というシステムから得られるデータを使用しています。尚、上表で比較を行う場合、縦軸のスケールが違うことに注意してください
上表で明らかなように、墜落前の両機の飛行状況は非常に似通っています。また離陸直後の速度が低い状況下で短周期で上昇・沈下を繰り返しており、極めて不安定な飛行状態であったことが分かります

<参考1> ADS-Bとは
ADS-Bという名称は、”Automatic Dependent Surveillance-Broadcast”の頭文字を取っています。このシステムを使って、ATC Transponder(航空機に対して質問電波を発信すると航空機が持っている今の情報を返信してきます)を装備した航空機について以下の様な情報が入手できます;
①飛行機の登録番号、②飛行機の位置情報(経度、緯度)、③飛行機の速度(水平速度、上昇・下降速度)、④飛行機の高度(GPSからの情報と気圧高度計情報)、⑤飛行機の進行方向、⑥その他

FAAのADS-Bシステム概念図
FAAのADS-Bシステム概念図

また、ライオンエアのFlight Data Recorder から、事故前日と、事故当日(⇒墜落)の機体の水平尾翼の操作状況と水平尾翼のPositionの記録を読み取ったものが以下のグラフです;

水平尾翼の操作、動きの記録
水平尾翼の操作、Positionの記録(Aviation Week 2018年12月10-23 Editionから転載)

ライオンエアでは事故前日に、同じ機体で水平尾翼の異常な動きが一時的に発生し、すぐに正常な飛行に戻ったことが読み取れます。この情報はパイロットから地上整備士に報告され、事故当日出発前に点検・整備が行なわれたことがエチオピア航空から発表されています。ただ、適切な整備が行われたかどうかは現在までのところ分かりません
事故機は出発後すぐに、水平尾翼が MCAS(下記”参考2”参照)というシステムで自動的に小刻みに”Nose Up”側に動かされているのに対し、パイロットは適宜手動で”Nose Down、Nose Up”側に動かしています。その後、MCASが自動的に”Nose Down”側のみの動きを続けパイロットはその動きを止めようと”Nose Up”側にトリムを行っていますが、最終的に墜落前には水平尾翼の”Nose Down”側のトリム量は相当大きな値になっています(⇒地上に向かって急降下?)

737MAX Cockpit内の水平尾翼マニュアル・トリム関連装備
737MAX Cockpit内の水平尾翼マニュアル・トリム関連装備

こうした情報から、MCASによって水平尾翼が”Nose Down”側へ異常なトリムを繰り返し、パイロットの手動操作(水平尾翼の手動トリム+昇降舵)ではこれをコントロールできなかったことが事故の一つの原因ではなかったかと推測できます

<参考2> MCASとは
MCASという名称は、”the Maneuvering Characteristics Augmentation System “の頭文字をとっています。B737MAXから装備されているソフトウェア(B737NG以前のB737シリーズには装備されていません)で、名称の意味から判断すると、パイロットの操縦操作をサポートするシステムの様です
MCASは、フラップを出していない状態でマニュアル操縦で上昇を行っている(自動操縦を行っていない)時に、ピッチングの安定性を向上させるためのシステムです。因みに、機体のAOAの情報は、機体の両サイドにあるAOAセンサーの一つから得ており、一フライト毎に信号を受け取るセンサーを左右入れ替えています。

ボーイング社は多くの737シリーズを販売しており、これらのシリーズ間でパイロットが同じ様な感覚で操縦できるようにするため(例えば、航空会社によっては、B737NGを操縦した人が、翌日B737MAXを操縦することは頻繁に起こると考えられます)であり、B737MAXの型式証明(型式証明に係る詳しいことは「3_耐空証明制度・型式証明制度の概要」を参照してください)を取得するときにFAAからも要求されていたものです
同じB737シリーズでこの様な追加的なシステムが必要になった原因は、B737MAXから装備されることになった新しい高性能エンジン(CFM Leatp1)が、迎え角が大きい時にそれまでのエンジン(CFM56シリーズ)より大きな”Nose Up”のモーメントを発生させるからであると説明しています

737NGと737MAXのエンジン位置比較
737NGと737MAXのエンジン位置比較

こういう新しいシステムを導入しているからには、このシステムに誤動作が発生した場合、パイロットがどの様な操作を行えば正常な飛行状態に戻せるかに関して十分な訓練を行なう必要があると考えられます

現在検討されている対策

ライオンエアの事故以降、ボーイング社は事故の解析を行い、以下の様な対策を行う準備を進めています;
1.MCASの改修について
新しいソフトウェア・パッケージ(EDFCS:Enhanced Digital Flight-Control System)を開発し、B737-7をテストベッド機としてテストを行っています。従前のシステムからの変更のポイントは以下の3点です;①MCASを自動起動するときのロジックの変更、②AOA情報の入力方法改善、③水平尾翼のトリム・コマンドの制限
この変更によって;㋑システム全体の冗長性(Redundancy/想定外事象に対する対応力)の向上、㋺AOAセンサーからの間違った信号入力に対する水平尾翼トリム量の制限、㋩MCASによるトリム量を制限することによって水平尾翼の本来の機能を維持することが可能になると説明しています

ボーイング社としては方針は定まったものの、上記方針全体を完全に具体化するに至っていません。例えば、上記㋺のAOAセンサーの件については、追加的なセンサーを設ける方法以外に、現有の2台のFlight Control Computerに入力されている左右のAOAセンサーの信号をMCASに入力する方法も検討されています
また、上記㋩の水平尾翼のトリム量については、MCASからの新しいトリム入力に対して、水平尾翼のトリム量は1ユニットのみに制限すること、などを考えています。因みに現在のMCAS(事故機に装備)では、AOAセンサーが決められた”Nose Up”の範囲(専門用語で”閾値”といいます)を超えると、1秒当たり0.27° “Nose Down”方向に動かし、9.3秒間で、最大トリム量は2.5ユニットまで動かせるように設計されています

2.パイロット、整備士が使用するマニュアルの変更について
ボーイング社は、現在以下のマニュアル類の変更を検討しています;
①Flight Crew Training Manual(パイロットの訓練に使用するマニュアル)
②Airplane Flight Manual(パイロットが操縦するときに何時でも参照できるようにしている操縦時必携のマニュアル)
③Flight Crew Operation Manual(パイロットが操縦するときに何時でも参照できるようにしている操縦時必携のマニュアル)
④Quick Reference Handbookのspeed trim check list に新しい”注”を加える(出発時、飛行中のトラブル発生時にパイロットが参照するマニュアル)
⑤Airplane Maintenance Manual(整備士が整備を行う際に使用するマニュアル)
⑥Interactive Fault Isolation Manual(トラブルの修理を行う際、トラブルの原因を迅速に特定する為に使用するマニュアル)

3.AOAセンサーの不具合に対する対策
左右のAOAセンサーの情報が食い違っていた場合に、コックピットの最も重要な計器にその表示を行うこと( DISAGREE primary flight-display alert:参考3)
尚、この機能はB737NGでは標準装備になっていましたが、B737MAXではオプションとなっており、事故を起こしたライオンエアのB737MAXでは、このオプションは採用されていませんでした

<参考3> この警告表示を表示する条件
左右のAOAセンサーの値が10°以上ズレて、且つそれが10秒以上続いた場合に警告が表示されます

今後の推移

“はじめに”でも述べた様に、既に370機のB737MAXが航空会社に引き渡され、3月10日までは飛行を行っていた訳ですから、航空会社によってはこの機材が支えていた航空路線を維持するのは大変な負担になっていいるはずです。また、パイロットの資格は殆どの国で型式限定になっているため、他の型式の航空機で路線運営を代替することは簡単にはできません
一方ボーイング社としても、今のところ月産52機の生産を維持していますので、次々と完成していく機体を置いておく場所にいずれ困ってしまうはずです

こうしたことから、この原稿を書いている時点で、ボーイング社は可能な範囲で既に改修の提案(SB:Service Bulletine/SBに関する詳しい説明は7_Hardware に係る信頼性管理をご覧ください)を始めています(MCASの改修提案 by Boing
また、B737MAXの型式証明を行った米国のFAA(Federal Aviation Administration:連邦航空局)も面子にかけて運航許可に向けてボーイング社と協力作業を行っていると思われます

従って、かなり早期(1~3ヶ月?)にボーイング社のSBがFAAによってAD化(改修命令)され、この改修が済み次第、米国での運航が再開されるのではないかと思われます。続いてFAAとの協力関連が強いカナダ(ボンバルディア社がある為)、やEU諸国(エアバス社がある為)でも運航許可を出すものと思われますが、中国や事故のあった国であるインドネシアやエチオピアは、そう簡単にはいかないような気がします

また、今回の事故によって痛手を受けた航空会社は、B737MAXのオプション契約分をエアバス機(A320neoなど)に切り替える動きが出てくる可能性は高いものと思われ、今後の航空機商戦は予断を許さない状況が続くと思われます

A320neo vs B737MAX
A320neo vs B737MAX

今後、AD(Airworthiness Directives@米国;耐空性改善通報@日本)が発行され次第このブログに追加的に情報を記載していきたいと思っています。また、運航再開以降になると思われますが、ライオンエアの事故機に関してはインドネシア航空当局から、エチオピア航空の事故機に関してはエチオピア航空当局から正式な「事故報告書」が発行されるはずです。これらの事故報告書の内容についても適宜追加的にブログに記載していこうと思っています

Follow-Up:2019年4月6日、737MAXを2割減産発表 ⻑期停⽌に備え

Follow-Up:2019年4月12日、190412_737 MAX SOFTWARE UPDATE

・・・その後の進展状況_①・・・

2019年4月15日、Aviation Week_April08-21_Fixing the MAXにエチオピア航空、ET302便のFlight Data Recorderの解析が出ていましたので、その要約を報告します;

ET302 Preliminary FDR Data_説明用
ET302 Preliminary FDR Data_説明用(画面をクリックすれば拡大画面が見られます

上のデータには19個のパラメータ(①~⑲)について、出発から墜落に至るまでの時系列の推移がグラフになっています。尚、時系列の単位は、UTC(世界標準時/日本はUTC+9時間)で表示されています;
凡例:05:37:00:5時37分:0秒;横軸1目盛で3秒の間隔

ET302便のFlight Data Recorder の解析;

05:37:45:正常に出発;10秒後位からエンジンンの出力UP(②参照)
05:38:39:離陸(⑨参照)
05:38:45:左右のAOAセンサーの値が乖離(⑫参照/左74.5°Nose Up、右15.0°Nose Up)
<参考> エチオピア航空当局による事故後の調査で異物が当った形跡は無かった
05:38:45:左のAOAの過大なNose Upの信号により、左の操縦桿のStick Shakerが起動(③参照;その後ずっと起動したまま)
<参考> 起動したStick Shakerの動画(ネット情報):https://youtu.be/NtQqb7rstrQ

05:38:49~05:39:18:手動によるNose Up、Nose Dowmのトリムを繰り返す(④参照)
05:39:21:Auto Pilot “ON”(⑯参照)
05:39:24~:Auto Pilotによる自動トリム(⑬参照;ほぼNose Down側)
05:39:45:離陸を継続しフラップ引き込み開始、15秒後に引き込み完了(⑲参照)

05:39:57:Auto Pilot “OFF”(⑯参照)⇒ MCASが自動的に起動し、MCASによるトリムがが始まる(⑬参照)
05:40:00~05:40:09:左のAOAセンサーの誤った入力信号によりNose Down方向にトリムが行われ、水平尾翼のPitch角が4.6ユニットから2.1ユニットに変化し(⑭参照)、機体は上昇から降下に変わった(①参照)
 05:40:09:パイロットの操縦桿にあるトリムスイッチによりNose Up側に操作され(④参照)、水平尾翼のPitch角が2.4ユニットに戻した
05:40:20:左のAOAセンサーの誤った入力信号(⑫参照)で、再びMCASによりNose Down方向にトリムが行われ(⑬参照)、水平尾翼のPitch角が0.4ユニットまでNose Downまで下がった(⑭参照)
05:40:27~05:40:37:パイロットの操縦桿にあるトリムスイッチによりNose Up側に操作され(④参照)、再び水平尾翼のPitch角が2.4ユニットに戻った(⑭参照)
05:40:42~15:40:51:MCASによりNose Down方向にトリムが行われ(⑬参照)たものの、Pitch角は変わらなかった(⑭参照)

15:40:51:パイロットがMCASの電源を切った(MCAS電源のON/OFFは上表のパラメーターには入っていません。記事後半にON/OFFした事が書いてありますので、④のデータの推移から筆者がタイミングを判断しました)

05:41:46:Voice Recorderより)機長が副操縦士に対してマニュアル操作でNose Upにできるか?」と聞いたところ、副操縦士はできない」と答えた
05:41:46:この時点の左の対気速度は340kt(ノット;時速630キロ)、右はそれより20~25kt速かった(⑪参照)。(Voice Recorderより)Over Speed Warning が鳴り、パイロットは管制官に空港への引き返しを要請し、許可を得た
05:43:11:水平尾翼のPitch角が2.1ユニットまでNose Down方向に下がり(⑭参照)、パイロットが2度トリムスイッチによりNose Up側に操作した(⑬参照)結果、水平尾翼のPitch角が2.3ユニットに戻った(⑭参照)

05:43:21:再びMCASの電源を入れた(MCAS電源のON/OFFは上表のパラメーターには入っていません。記事後半にON/OFFした事が書いてありますので、④のデータの推移から筆者がタイミングを判断しました)

05:43:22:水平尾翼が自動的にNose Down方向に動き、5秒でPitch角が1.0ユニットに下がった。その後急激に速度を上げつつ(⑪参照)、高度が下がり(⑩参照)、約25秒後に地上に激突

関係者の現時点でのコメント抜粋;

1.Flight Data Recorder、Voice Recorder の解析を担当しているエチオピア航空当局(ボーイング社、FAA/連邦航空局、NTSB/連邦事故調査委員会、EUの航空当局、フランスの航空当局も協力して事故調査を行っています)は、事故機のパイロットはボーイング社のマニュアル通りの操作を行っていたと述べています(⇔この件は、ボーイング社による事故の賠償金額に大きく影響するはず)

2.ボーイング社では;
A)パイロットがMCASの異常事態に際し、操縦桿にある手動トリムでの対応を継続し、迅速なMCASの停止操作を行わなかったために事故に至ったと考えている
B)ボーイング社の「水平尾翼が暴走した時に行うべきチェックリスト(「Runaway Stabilizer Procedure」/B737NGと同じ!)」では、「MCASの電源」を切ってからマニュアルトリムを行うことになっている

3.FAAは、一連のB737MAXの事故のケースを見ると、Part121エアライン(大型の商用機を運航するエアライン)のパイロットは異常な飛行状態失速、背面飛行からの回復、対気速度の計器が信頼できなくなった時、など)から回復する訓練をシミュレーターで行う必要があると考えている。しかし、現在ではエアラインが保有しているシミュレーターの能力には問題があると考えている。因みに、米国のエアラインは、こうした異常飛行の訓練に対応できるB737MAXのシミュレーターを持っていない

Follow-Up:2019年4月25日、ボーイング機運航停⽌の影響広がる 再開めど⽴たず

Follow-Up:2019年4月27日、⽶航空⼤⼿、ボーイング機運航停⽌で⽋航コストかさむ

Follow-Up:2019年5月4日、ボーイング、開発でパイロットの意見求めず_米紙報道

・・・その後の進展状況_②・・・

2019年5月5日、Aviation Week_April22-May05に以下の様な記事が出ていましたのでご紹介します;

MCAS改修の内容がかなり明確になってきました

MCASのソフトウェアの新旧を比較したものが以下の図になります;

MCASソフトウェア_新旧比較
MCASソフトウェア_新旧比較(画面をクリックすれば拡大画面が見られます

改修のポイントは;
1.左右のAOAセンサーの、① 左右の迎え角にで5.5°以上の乖離があった場合、② 突然迎え角の値が跳ね上がった(spike)場合、③ 迎え角の変化が尋常でなかった(unreasonable)場合、MCASによるコントロールを停止する
2.パイロットによるピッチ・コントロール(Nose-Up、Nose-Down の操作)は、MCASのコントロールに優先する。またMCASによる水平尾翼のコントロールは、閾値(しきい値:予め設定された値)を超えれば停止する
3. MCASは、AOAの迎え角が変わった時、一回だけ水平尾翼のコントロールを行う。また、パイロットが手動でトリムを行った場合、5秒後にMCASがコントロールを再開する最初のソフトウェアのルールを廃止した

4.パイロットが操縦する際、最も重要な表示装置であるPFD(Primary Flight Display)のイメージは、改修実施後に以下の様になります;

New PFD Image
New PFD Image(画面をクリックすれば拡大画面が見られます

上記のイメージの説明;
* 左側のPFDのイメージはノーマルなケース、右側のPFDのイメージはAOAの情報が異常であった場合の表示です
* 両方のイメージで、左の帯状のスケールは対気速度(kt:マイル/時間)を表し、右側の帯状のスケールは気圧高度を表しています。対気速度の帯の右側にある赤と白のまだらの細い帯状の表示は失速の警告が出る大気速度の範囲を表しています
* AOAの迎え角が大きく乖離した場合(右側のPFDイメージを参照)、右下に「AOA Disgree」の表示が出ていることが見て取れます。また、機体の速度は169ktで失速速度145ktよりも十分速いにも拘わらず、左の失速の警告が出る範囲になっているのが分かります(⇔失速の警告が出ても失速する心配が無いのが分かる)

5.FAAの当局者によれば、上記改修は5月下旬~6月初旬に承認される見込みとのこと。ただし、この承認後米国のエアラインは早期に運航再開することが考えられますが、米国外のエアラインの運航再開は見通せません(←各国の航空当局の判断)

ボーイング社の今後の新機種開発計画に対する影響(識者の意見)

ボーイング社は、米国で多く使われているB757/B767の後継機種の開発計画(NMA:New Midmarket Airplane)を持っていましたが、今回のB737MAXの事故によって、計画の進捗は明らかに遅れています
今回の事故で明らかになったように、B737MAXの機体設計は明らかに新しい高性能のエンジンを搭載する条件を満たしていません(バイパス比の大きいエンジンを搭載するには機体と地上とのクリアランスが小さすぎる)。また、既にこのクラスの受注競争においてもA320NEOに遅れを取っていることも明らかになっています。従って、ボーイング社としては、2025年~26年にはNMBの投入が是非とも必要となると思われます(⇔B737MAX8、9、10の差し換え需要を含めて/筆者の意見)

Follow-Up:2019年7月15日、ボーイング機の運航再開、20年に延びる可能性 米報道

Follow-Up:2019年7月19日、ボーイング、運航停止で補償費用5200億円 年間利益の約半分

以上

 

条約・航空協定の歴史

はじめに

20世紀初頭に登場した航空機が、第一次世界大戦を経てその有用性(主として高速性)が広く認識されるようになり、軍事用のみならず商用にも広く利用されるようになってきました。その後、第二次世界大戦前後の急速な技術的進歩(高速性+大量輸送能力)によって国境を越えた商用目的の輸送にも極めて有用であることが一般的な認識となりました(詳しくは「1_航空機の発達と規制の歴史」参照)

しかし、国境を越えた旅客・貨物の輸送を行うには、まず主権(裁判権、関税自主権、国内法の適用、etc)の及ぶ範囲外国機が自国の領土内で飛行することに伴う安全性の担保(航空機本体の安全性、操縦する人の技量、etc)、自国機が外国の領土を飛行することに伴う安全性の担保(飛行ルートの安全性、使用する飛行場の安全性、各種飛行援助施設の整備、etc)、などについてしっかりした取り決めが必須となります。従って、国際間の航空輸送を行うには、他の輸送システムとは違って、上記に係る共通の取り決めを多国間の条約によって保障する必要があります

また、航空輸送をビジネスの面で捉えた場合、ビジネスの機会は基本的に国家間で平等であるべきことは自明のことです。しかし航空輸送を行うためのインフラ(航空輸送ビジネスの規模、国自体の経済規模、etc)は、国により格段の差があり平等なビジネスの機会を保証するには自由競争に任せることは必ずしも適切ではありません。特に第二次世界大戦が終わった時点では、航空輸送ビジネスの主役になるべき先進国は、米国を除き戦災で経済が破綻状態になっていました。こうした背景から、国際間の航空輸送ビジネスは、他の輸送ビジネスとは違って、二国間の条約や国際協定によって幾つかの規制を行ってバランスを取る必要がありました

以下に、航空に係る条約や国際協定について、具体的な事例を基に説明をしていきたいと思います

シカゴ条約

1944年11月、シカゴで第二次大戦の戦勝国を中心として、52ヶ国が参加して開催された国際民間航空会議(Convention on International Civil Aviation)で合意に至った多国間の民間航空輸送の基本的な取り決めを「シカゴ条約」と呼んでいます。正式名称は「国際民間航空条約」といいます

条約の骨子
輸送権領空主権空港使用関税航空機の国籍事故調査、などに係る国際間の共通ルールの設定
* 上記を管理・運用する国連の専門機関として「国際民間航空機関ICAO/International Civil Aviation Organization)の設立 ⇒ 1947年4月に設立されました
日本は、サンフランシスコ条約で独立を果たした後、1953年10月に加盟しました。現在192ヶ国がこの条約の締約国(1918年4月19日現在のICAO締約国リスト)となっています。ICAOの中心的な意思決定・執行機関は理事会で、選挙で選ばれた36の加盟国から構成され、現在日本は理事国として活動しています

条約の狙い
航空機の管理システムを確立し、運航の安全確保、航空機の技術的な問題に関する締約国家間の協力を図ること
② 航空運送に関わる以下の2種類の協定の制定を締約国に促すこと
国際航空運送協定路線、輸送力に関する協定の締結)
国際航空業務通過協定(上空通過と技術着陸のみを行う場合の協定 ⇒ この協定を選択する場合は別途二国間協定が必要

条約の効果
締約国の航空法は基本的にほぼ同じ内容となり、自国の航空法で規制できない外国航空機の領空内の運航(領空通過、離着陸)について安全が保障されることになりました。因みに、日本の航空法には以下の通りこの条約を遵守する義務が掛かれています;
航空法・第一条:この法律は、国際民間航空条約の規定、並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠して、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因する障害の防止を図るための方法を定め、並びに航空機を運航して営む事業の適正かつ合理的な運営を確保して輸送の安全を確保するとともにその利用者の利便の増進を図ること等により、航空の発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする

シカゴ条約の主な内容
Chapter-1一般原則と条約の適用範囲);
① 条約締約国の領空の主権を認める
② 条約締約国の領空通過、着陸は協定の締結、又は許可取得が必要
<参考>
第一の自由:他の当事国の領域を無着陸で横断飛行する特権
第二の自由:運輸以外の目的のため、他の当事国の領域に着陸する特権
第三の自由:航空機の国籍のある国の領域で積み込んだ旅客、郵便物及び貨物を、他の当事国の領域で積み卸す特権
第四の自由:航空機の国籍のある国の領域に向かう旅客、郵便物及び貨物を、他の当事国の領域で積み込む特権
2国間の旅客・貨物の輸送を行うには上記の第三、第四の自由が必要になります

第五の自由:第三国の領域に向かう旅客、郵便物及び貨物を、他の当事国の領域で積み込み、または第三国の領域からの旅客、郵便物及び貨物を、他の当事国の領域で積み降ろす特権(以遠権例えば、日米間の航空協定の中で、日本の航空企業が、ニューヨークからサンパウロ(ブラジル)間の運航を行い、米国からの旅客、郵便物及び貨物をニューヨークからサンパウロに運ぶこと、また逆に、ブラジルからの旅客、郵便物及び貨物をサンパウロからニューヨークに運ぶ権利のことを以遠権といいます

Chapter-2条約締約国の領空における飛行);
条約締約国同士では定期便以外の領空通過、技術着陸を事前の許可無く行うことができます
定期便については、「国際航空運送協定」、あるいは「2国間協定」がない限り領空通過、着陸を行うことができません
*国際航空業務通過協定:第1及び第2の自由についての取り決め
*国際航空運送協定:第1~第5の自由についての取り決め
③ 各条約締約国は、他の締約国による自国内地点間の運航、運送(カボタージュ/Cabotage ⇔ 国内運航の権利を行うことを拒否することができます。但し、全ての締約国に対し等しい例外許可条件を設ければ許可することが可能
使用する空港を指定することができます
⑤ 貨物・旅客の出入国管理・通関・権益に関する法規は当該国のものを遵守しなければなりません
⑥ 航空に適用される法規も、航空機の国籍の如何に関わらず当該国のものを遵守しなければなりません
⑦ 料金については自国機と差別することはできません

Chapter-3航空機の国籍);
航空機は登録国の法規に従って登録を受けた国の国籍をもっています
② 締約国全てに対して、航空機の登録情報の開示、及び航空機に登録国の表示を義務付けています
<参考> 航空機登録番号の割当て

航空機登録番号
航空機登録番号

Chapter-4航空輸送を促進する手段);
① 締約国は、航空機で使用する燃料、潤滑油、予備部品、貯蔵品、装備品については免税措置を行う義務があります
② 締約国は、航空機の国籍に係らず、遭難した航空機の救援措置を行う義務があります。また、遭難したと思われる航空機の捜索活動に協力する義務があります
③ 締約国は、重大事故(死傷者を伴うもの、航空機、施設に欠陥を示唆するものがあるもの)が発生した場合、ICAOが勧告する方式(ICAO Annex 13:Accident and Incident Investigation)に従って事故の調査を行う義務があります
尚、重大事故が発生した場合、航空機の登録国にも調査に立ち会う権利を付与されると共に、随時調査内容の報告を受ける権利があります
④ 締約国は、ICAOの勧告に従って、国内に空港・無線施設・気象施設・他、の航空施設を作る義務があります
⑤ 締約国は、通信手段・符号・信号・証明、その他運航上の実施方式や規則に関わるICAOの標準様式を採用する義務があります
⑥ 締約国は、航空地図、チャート(例:Aeronautical Charts_USAICAO EN-ROUTE CHART_日本の刊行に際し、国際的な取り決めに協力する義務があります

Chapter-5航空機が備えるべき要件);
締約国は、航空機を運航する際、以下の書類を常に搭載している義務があります;
① 航空機の登録証明書、② 航空機の耐空証明書、③ 各乗務員のライセンス、④ 航空日誌(ログブック)、⑤ 航空機局免許状
② 搭乗している旅客の氏名乗機地目的地を記載したもの
③ 搭載している貨物の積荷目録及び細目申告書(軍需品、軍用機材は搭載してはなりません)
Chapter-6国際標準
① 航空運送を容易にする為に統一が有用と考えられる事項は最大限の協力を図ること(例:航空機、航空従事者、航空路、等)
耐空証明については国際標準に一致しない場合は、その差異の詳細が裏書されること
航空従事者についても国際標準に一致しない場合は、その差異の詳細が裏書されること
Chapter-7 ~22 省略

国際民間航空条約・付属書(ICAO ANNEX) の構成
以下は、ICAO理事会で採択された基準や推奨手順のタイトルです。それぞれのタイトルの意味に係る詳しい説明は「ICAO ANNEX_各タイトルの説明」(英語)をご覧ください。尚、それぞれのタイトル毎の内容は相当量あり、ICAOのサイトで出版されています(下記①の例:ICAO ANNEX1 Personal Licensing  );
Personnel Licensing(航空従事者技能証明)
Rules of the Air(運航上の規則)
Meteorological Service for International Air Navigation(航空気象)
Aeronautical Chart(航空地図、チャート)
Units of Measurement to be used in Air and Ground Operation(航空機の運航に必要となる情報の単位)
Operation of Aircraft(航空機の運航:商業輸送、ジェネラルエイヴィエイション、ヘリコプター)
Aircraft Nationality and Registration Marks(航空機の国籍及び登録記号)
Airworthiness of Aircraft(航空機の耐空性)
Facilitation(国際空港に必要とされる施設、機能)
Aeronautical Telecommunications(航空通信)
Air Traffic Service(航空管制)
Search and Rescue(行方不明機の捜索・救難業務)
Aircraft Accident and Incident Investigation(航空機事故調査)
Aerodromes(飛行場)
Aeronautical Information Services(航空情報業務)
Environmental Protection(環境保護)
Security-Safeguarding International Civil Aviation Against Acts of   Unlawful Interference(セキュリティー対策)
Safety Management(安全管理)

二国間航空協定_一般

「はじめに」で述べた通り、国によって航空輸送を行うためのインフラに大きな差があり、結果として全ての国が同じ条件で協定を結ぶには無理があります。因みに;
商用航空輸送の先進国では、巨大な航空会社が既に存在し、高いビジネス上の競争力を持っているため自由化を求めます(例:米国)
中継貿易を国策としている国は一般に、自由化によってのみ他の政策との調和が図れるため自由化を求めます(例:シンガポール、アラブ首長国連邦、など)
* 一方、空輸送の後進国では、自国の航空会社が発展途上にあり、ビジネス上の競争力が脆弱であるため、自由化には消極的になるのが普通です

バミューダ協定
第二次世界大戦終了後の1946年、戦勝国であるものの戦災で経済が破綻状態となってしまったイギリスと、戦勝国で唯一実質的に戦災が無く、経済が絶好調であった米国との間で、シカゴ条約の下で最初の航空交渉が行われ、両国の間で二国間航空協定が締結されました。交渉が大西洋上のイギリス領バミューダで行われた為、通称「バミューダ協定」呼ばれています
この協定は、以下の基本的な権利関係をベースとしているため、以後の二国間航空協定の見本となりました;
互恵平等の原則
運航路線、便数の相互指定
運航する航空企業の特定(指定航空企業)

協定の中で取り決めが行われる主な内容;
参入路線、便数:経済力や国土の大小、人口の多寡に関わりなく均衡が図られることが普通です
運賃:両国の認可が必要な場合が多い(基本的に発地国建てであるため、為替の変動により内外価格差ができます)。また、IATAの協定運賃(詳しくは「エアラインの営業とは」をご覧ください)を採用する場合もあります
路線運営を行う航空会社:両国で同数の航空会社を指定する(“指定航空企業”)ことが多い
 航空自由化(オープンスカイとは、上記の参入路線・便数、運賃、路線運営を行う航空会社、などの制限を撤廃することです

以下、日本に係る典型的な二国間航空協定を取り上げ、それぞれの協定の特徴、歴史的変遷について概略を述べてみたいと思います

日米航空協定

1951年にサンフランシスコ平和条約が締結された後、日本も国際線の運航が可能となり、まず最初に最も重要な日米間の運航を行うために日米間の航空交渉が行われました。その結果、1953年に日米航空協定(正式名称:日本とアメリカ合衆国との間の民間航空運送協定)が締結されました。主な内容は以下の通りです;
第1条:シカゴ条約の遵守
第4条:1又は2以上の指定航空企業の指定
第5条:相互に第1~第4の自由を認める(一部路線で以遠権を認めている)
第7条:相互に運航する航空機の耐空証明を認める
第13条:運賃は両国の認可が必要

付表(参入路線・便数)
<日本側の権益>
日本=(中部太平洋の中間地点)=ホノルル=サンフランシスコ=以遠地点
日本=(北太平洋及びカナダの中間地点)=シアトル
日本=沖縄=以遠地点 ⇔ 敗戦後施政権は米国にあった
<米国側の権益>
米国=(カナダ、アラスカ、及び千島列島の中間地点)=東京=以遠地点
米国(属領を含む)=(中部太平洋の中間地点)=東京=以遠地点
那覇=東京(←沖縄は米国の施政権下にありました)

1954年国際線初就航時のタイムテーブル

上記を見ればわかる通り、敗戦国日本の実力を反映して、以遠権(第5の自由)について米国に有利な協定になっています。その後、日本経済の成長に合わせ11回の修正(詳しくは日米航空交渉の歴史(1959年~1998年)参照)が行われた後、2009年12月に至り、オープンスカイ協定日米オープンスカイ合意の概要参照)が結ばれました

内容を要約すると以下の通りです;
1.自国内地点、中間地点、相手国内地点及び以遠地点 のいずれについても制限なく選択が可能であり、自由 にルートを設定することができる
2.便数の制限は行わない(ただし、航空企業は通常の 手続きにより希望する空港の発着枠を確保する必要があります
3.参入企業数の制限は行わない
4.コードシェア同一国・相手国・第三国の航空企業とコードシェア 等の企業間協力を行うことができる
5.航空運賃の設定については、差別的運賃等一定の要 件に該当するものを除き、企業の商業上の判断を最大 限尊重するとともに、可能な限り迅速な審査を行う

日露(日ソ)航空協定

日本にとってロシアとの航空交渉(ソ連邦崩壊前はソ連との航空交渉)は、2国間の輸送量の取り決めと言うよりは、大圏コース(最短距離の空路)に近いロシア領空(シベリア上空~モスクワ上空)を通過して日本とヨーロッパ各国との間の路線運営を行う権益の取り決めを行うということでした。
ロシア領空を通らないルートは、アンカレッジを経由して北極上空を通過することとなりますが、このルートは距離が長くなるため、時間がかかり(片道数時間の差がでます)燃料費も増加することになります。また、飛行時間が延びるということは高価な航空機の路線占有時間が長くなるために航空機材効率が悪くなります。戦後、日本とヨーロッパ諸国との経済関係は飛躍的に発展し、それに伴って旅客・貨物需要も急速に増加してゆきました。こうした背景から、日露間(ソ連邦崩壊前は日ソ間)の航空交渉は以下の通り頻繁に改正を繰り返しました

尚、日露(日ソ)航空協定で特徴的なことの一つに、通常の航空協定で外国航空会社に課せられる着陸料、駐機料、航行援助施設使用料、等の他に、シベリア上空通過に高額の料金が課せられることです。これは上記の飛行時間の短縮に伴う燃料費減等のコスト削減、旅客利便性の向上、航空機材効率の向上、などに見合うものと考えられますが、シカゴ条約の精神に反するとも考えられます。尚、この上空通過料金は、航空協定とは別の商務協定で決められています

日本とソ連との間で最初に日ソ航空協定が締結されたのは1967年3月3日です。この航空協定の主な内容は以下の通りです
第2条:第1~第4の自由を相互に認める
第3条:日ソ間の運航を行う航空企業の指定
第7条:運航回数、機種、輸送力に係る合意の必要性
第8条:米ドルによる送金の自由
第9条:航空施設利用に関わる互恵主義、燃油費等の非課税
第12条:駐在員数の合意の必要性
* 運賃に関わる取り決めは、この協定に含まれていません

付属書 Ⅰ ;
*日本の就航路線:東京=モスクワ=第三国内の諸地点
*ソ連の就航路線:モスクワ=東京=第三国内の諸地点
*指定航空企業:(日本/日本航空ソ連/アエロフロート
付属書 Ⅱ ;
*安全運航に必要な情報の提供義務
*ICAO、WMO(世界気象機関)の標準方式、手続きを出来る限り採用すること(但し、ソ連邦内の航空管制に使われる高度の指示はメートル法を使用)
*情報の提供、機長との情報交換、等における英語使用の義務

以後、1969年~1994年の間、主として「付属書Ⅰ」に関して多くの交渉と改正が行われました。また、ソ連邦崩壊に伴い、1994年からは名称が日露航空協定に変わっています。詳しくは日露(日ソ)航空協定の歴史(1969年~1994年)をご覧ください

その後、2011年12月1日に、翌年3月末日からの夏季スケジュール以降、以下の内容で合意し、大幅な自由化が図られました;
1.日本側企業に係る運航の枠組み;
シベリア上空通過便に係る制約の大幅緩和通過便数の大幅拡大など)
コードシェアの大幅拡大(あらゆる種類のコードシェアを可能とする;コードシェア便数の上限撤廃)
③ 日本・ロシア間の中間地点の設定(ロシア内の経由地)
2.ロシア側企業に係る運航の枠組み;
① 成田路線のロシア側輸送力の拡大
② 日本側の①~③をロシア側にも設定

日中航空協定

日本と中国との航空協定は、第二次大戦後中国を代表することとなった中華民国(台湾)と1949年に台湾を除く中国全土を掌握して誕生した中華人民共和国(以下“中国”と呼びます)との間の国際政治における地位の変遷によって大きな影響を受けました
日本と中華民国は、1955年3月15日に航空業務に関する日本国と中華民国との間の交換公文を交わし、日本と台湾、香港、ベトナム、韓国などの都市を結ぶ路線運営について協定を結び、相互に運航を開始しました。この路線を運営する航空企業として日本側は日本航空、 中華民国(台湾)側は中華航空が指定されました

1971年10月、国連総会で、アルバニア(当時は共産圏)が提案した「中華人民共和国に中国代表権を認め、中華民国(台湾)を国連から追放する決議」が採択されました
また、1972年2月21日のニクソン大統領の電撃的中国訪問に始まる米中国交回復の流れに沿って、日本も1972年9月29日に田中角栄首相が中国を訪問し、日中共同声明(日中戦争の戦後処理についても言及していますのでちょっとご覧になることをお勧めします)に調印しました。この声明の中で、日本は中華人民共和国を中国の唯一の合法政府であることを認めています。また、貿易、海運、航空、漁業等の事項に関する協定の締結を目的として、交渉を行うことに合意しています

1974年4月20日、日中共同声明を受けて概略下記内容の日中航空協定が締結されました;
第2条:第1~第4の自由を相互に認める
第3条:日中間の運航を行う航空企業の指定(1~2社)
第10条:運賃の認可制
第11条:日本円、人民元による送金を認める

付属書;
*日本の就航路線:東京=上海 AND/OR 北京=(南回りヨーロッパ線の寄港地)
*中国の就航路線:北京=東京=太平洋線

この条約発効に伴い日本航空による日本=台湾路線は運休。替わって日本アジア航空(日本航空の100%出資子会社;乗員を含む主だった社員は日本航空から移籍しました)により、1975年8月から日台路線の運営が行われるようになりました。また、中国民航(中国側の指定航空企業)と中華航空が主要空港(成田空港)で“鉢合わせ”をすることが無いように、日本アジア航空と中華航空は、例外的に羽田空港を使用することになりました

その後、日中間の経済関係が強まることに合わせて、寄港地点の増加、指定航空企業にANAを追加(1992年、福岡=大連線就航)が行われました。また、日台路線にはANAの子会社エアニッポンが参入(1994年、福岡=台北線就航)しました。

2007年になって、日本航空による日台路線の直接運航が認められることとなり、2008年4月に日本アジア航空は日本航空に統合され、日本航空が日台路線の運営を継承しました。尚、エアニッポンは2012年4月にANAに吸収合併され、路線運営もANAが継承しています

日中路線については、その後数次にわたる付属書の改正を行った結果、2012年8月8日の国土交通省の報道発表によれば、以下の内容で日中が合意しています;

【合意の概要】
1.日中間の段階的なオープンスカイの実現
① 北京及び上海、成田及び羽田を除く、日中間輸送のオープンスカイ(航空自由化)の実現(合意時に直ちに実施)。
② 上記4空港に係る航空自由化については引き続き検討。
③ 北京、上海、成田関連路線の増便に適切に対応できるよう枠組みを拡大(合意後直ちに実施)する。

2.羽田路線の増便
(1)羽田空港の昼間時間帯
① 2013年3月末から下記を実施
・羽田=上海(浦東空港/上海中心部に近い空港):日中双方2便/日ずつ。但し、将来的に上海(虹橋空港)の国際枠が増加する場合には、上海(浦東空港)から上海(虹橋空港)への振替が可能
・羽田=広州:日中双方2便/日ずつ

② 国際線の発着枠が3万回から6万回に増加する段階から下記を実施
・羽田=北京:日中双方2便/日ずつ

(2)羽田空港の深夜早朝時間帯
2013年3月末から下記を実現
・羽田=中国内地点:日中双方2便/日ずつ

尚、2012年 年7 月30 日時点における日中双方の乗入れ地点、参入している航空企業についてはを日中路線の運航状況ご覧ください。日中両国にとって巨大な市場に育っていることが分かると思います

日本サウジアラビア航空協定

サウジアラビアは、日本にとって最大の原油供給国であり、また政治・宗教面で中東地域の盟主的存在でもあるものの、航空需要の観点からはそれ程重要な路線では無い為、極めて標準的な航空協定となっています
協定の交渉は、2006年11月に第1回交渉を行い、2007年2月に第2回交渉で概要が固まり、その後文言調整等を経て2008年年8月には協定が署名されました。協定の重要なポイントは以下の通りです;

航空協定の主な内容;
第3条:航空企業の指定(企業の名称は協定、付属書には明記されていません)
第4条:第1~第4の自由
第12条:運賃の認可制;運賃調整に関わる国際的な仕組の利用(IATA運賃:詳しくはエアラインの営業とはを参照)
第14条:送金の自由(交換可能な通貨で)
第16条:ICAO標準の遵守義務

付属書の内容;
日本の路線
日本国内の地点=中間地点=ジェッダ(イスラム教の聖地)、リヤド(首都)、ダンマン
サウジアラビアの路線
サウジアラビア王国内の地点=中間地点=大阪、名古屋
両国の指定航空企業は路線運営に当り、起点は自国内、他の地点は省略することが可能

おわりに

これまで述べてきたように航空協定とは、安全運航互恵平等の原則を基に国際間の商用航空輸送を円滑に行うために考え出された仕組みです。經濟先進国と発展途上国との間では、自ずと自由競争を制限する幾つかの制約(乗入れ地点、運航便数、運賃、第1~第5の自由、他)を設ける必要があります。国際商用航空輸送のルールの起点となったシカゴ条約の締結から70年以上が経過し、多くの先進国間では程度の差はありますが既にオープンスカイ協定が結ばれ(オープンスカイ協定の進捗について_国土交通省)、制約の多くが撤廃されました。しかし、二国間の航空需要が未成熟である国と日本との間では、未だに航空協定が結ばれていない国も少なからず存在します
* 参考:2018年11月19日・20日、 外務省において,日本・クロアチア航空協定に関する第1回政府間交渉が開催されました

一方、オープンスカイ協定を結んだ国同士でも、第5の自由(以遠権)については、自国の航空企業を守るためにある程度制限があることが普通です。また、カボタージュを認めている国はEU域内の国同士を除き殆どありません。因みに、EU域内の国々の国内線はカボタージュを認めたために弱肉強食の世界となり、Ryan Airや easyJetという大規模なLCCに国内線の輸送がとって代わられました。ただ、外国からの旅客の国内区間の輸送に関してはコードシェアを活用することにより国内航空企業を生かした運送が可能となっています

日本の航空企業にとっては、多くの旅客・貨物需要のある国々とはオープンスカイ協定によって国際線の運営が経営上極めて厳しい状況になってきつつあります。これまで空港発着枠の制約から外国社の乗り入れを謂わば合法的?に制限することができましたが、関西空港、中部空港の24時間運用、成田空港の運用時間帯の拡大(早朝、深夜)、羽田空港の新たな着陸ルートの運用開始、などにより受け入れ便数枠が年々拡大してきています(参考:国際線直行便運航状況_2018年冬ダイア)。日本の航空企業の国際線運営にとって、「High Yield(高単価)旅客の積み取りを優先」し、「搭乗率を高めるためのLow  Yield(低単価)旅客の積み取り」という単純なイールド・マネージメント(詳しくはエアラインの営業とは参照)だけでは、供給シェアがじり貧となり外国社を含めた相対的な地位の低下が避けられません。こうした経営環境の中で、日本航空の新たな国際線LCC(ZIPAIR Tokyo/ジップエア・トーキョー;2021年運航開始)設立という戦略が生まれたのではないかと推測しています。日本航空のOBとして密かに?応援したいと思っています

以上