高齢スキーヤーが疲れないスキーを行うには


はじめに

再びスキーシーズンが巡ってまいりました。雪が消えると共に萎んでしまったスキーへの情熱が、雪の便りと共に再びムクムクと頭をもたげてきました。前回の投稿は昨シーズンが終った頃、“高齢スキーヤーが安全なターンを行うには”というテーマで以下の様な持論を展開いたしました;
① スピードを一定にして滑ること。また、スピードをコントロールするにはスキーのズレをうまく使うこと
② 筋力とバランス感覚が衰えた高齢スキーヤーには、腿を立てた滑降姿勢に合理性があること
③ スキーの性能を生かした所謂‟カービングスキー”のテクニックは緩斜面のみ!で駆使すること
④ 上記を理解して頂くために、滑降中のスキーヤーに働く力(重力雪面からの抵抗力遠心力)の説明をしました。尚、‟遠心力”とはスキーヤーが方向を変えることによって体感する架空の力で、物体の運動は力を加えない限り同じ方向・速度で進むという、高校時代に習ったニュートンの「慣性の法則」から来ているものです

これらを踏まえた上で、今回のテーマは怪我の原因の一つとなる“疲れ”の原因と、その対策について、簡単なシミュレーションを行ないながら論じてみたいと思います

疲れの原因

滑降中に姿勢を維持するだけで疲れてしまうことを防ぐ為に、前回の投稿では“腿を立てて滑る”ことの必要性を述べました。これから述べるテーマは、腿を立てた状態で滑ることを前提として、滑走中にどういう力が加わって、疲れに繋がるかを検証してみたいと思います

当たり前の事ですが、筋力が同じであれば体重が重い程疲れも増します。若い人はちょっと鍛えるだけで筋力を増強させることができるためにあまり問題とはなりませんが、高齢者にあっては筋力は年々衰えることはあっても、増すことは考えられませんので、筋力をあまり使わないで済む滑りを目指すことが重要であることは自明のことです
一方筋力は、最低限  体重を支えるため、及び ② バランスを維持するために必要となります。乏しい筋力で疲れない滑りを行うには、この①、②を地面を歩く、あるいはジョギングする程度に抑えることが必要になります

① については、静止していれば体重そのものですが、滑走していれば、体重プラス動的な力が加わります
② については、前後方向のバランスのズレ滑走速度の変化で発生し、これを修正するには,主として体の前面の大きな筋肉(脛の前の筋肉、大腿四頭筋、腹筋)を使う必要があります。バランスを取れないまま(後傾したまま)滑走を続けると、疲れの大きな原因になります。バランスのズレを早く感知できれば何のことは無いのですが、残念ながら高齢者はこの能力もかなり衰えてます
また、左右のバランスのズレは、スキーの横方向から擾乱を受けた時に発生します。ズレた結果、片側の足に加重が偏り、片足で体重を支え切れない(椅子に座った状態から片足で立てない)高齢者は、そのままズレた側に大木が倒れていくようにくずおれてゆきます。チョット見っとも無いですね!倒れる前に何とか堪えようとする時に脚はもとより、全身の筋肉が緊張し非常に疲れます。高齢者がバランスのズレを早目に感知できないのは前後方向のズレの場合と同じです

①、②がどの程度のものか、またこれを減らすにはどうしたらいいかについて、以下にシミュレーションを交え、簡単な説明を試みたいと思います

カービングターンの力学と疲れ

カービングターン
カービングターン

カービングターンのカービングとは、“曲がる”という意味の“Curve”ではなく、“彫るまたは彫刻する”という意味の“Carve”のことです。従ってカービングターンとは、読んで字のごとく、雪をスキーで彫りながら(スキーを雪に食い込ませながら)、極めてズレの少ない回転をすることを意味します。綺麗なカービングターンを行っているスキーヤーの滑ったうしろにはくっきりとした二本のレール状の軌跡が残っているのですぐに分かります

カービングターンは、スキー板の性能向上、具体的にはスキーの長手方向の捩り剛性の向上(航空機の翼に求められるの性能と原理的には同じ)とサイドカーブ(スキー板の横幅の部分の曲線)の強調によって可能となりました。しかし、一方においてこの性能を極限まで使う上級スキーヤーの肉体には過酷な荷重が加わることとなりました。因みに、ワールドカップクラスのスキーヤーにも過大な捩り荷重に伴う怪我が多発した時期もありました。また一般スキーヤーも、最も視界が狭まるターン途中に於いて高速滑降が実現できる(⇔上級スキーヤーにとっての快感の源泉!)こととなった為、最大傾斜線を越えた直後に突然視界に入ってくる一般スキーヤーやボーダーとの衝突事故が多発することとなりました

勿論、高齢スキーヤーは無謀にスピードを出すことは無いでしょうから、ここでは“疲れ”に関連するカービングスキーの性能について、大胆な!前提を置いて解析してみたいと思います

カービングターンを行った時の見かけの体重増=“脚にかかる荷重”についての計算;
前提;
① ターンに入る前の滑走速度:20キロ/時
② スキーヤーの質量:M
③ ターンの回転半径:r
ケース_: r =20メートル( ⇔ 普通に売られているオールラウンドのスキーでカービングターンを行った時の回転半径)
ケース_B : r =10メートル( ⇔ 回転競技用で売られているスキーでカービングターンを行った時の回転半径)

仮定(シミュレーションを簡単にするため)
④ ターンに入ると最大傾斜線を越えるまで重力の作用で加速し、その後減速して20キロ/時でターンを終了することとし、最大傾斜線付近の最大速度を30キロ/時と想定する(勿論、この速度は斜度及び雪面の状況により大きく変化しますので、あくまで仮定です)
30キロ/時 ⇒ 30x1000メートル ÷ 60分 ÷ 60秒 = 8.3メートル/秒
<参考> 徒歩:4キロ/時、ジョギング:7~10キロ/時、自転車:10~20キロ/時
⑤ 比較的緩やかな斜度を想定 ⇔ 雪面にかかる荷重がほぼ体重と同じと見做し得る

スキーヤーにかかる遠心力:C の計算;
遠心力:C=(質量:M)x(速度の2乗)÷(回転半径:r
ケース_:C = Mx8.3x8.3 ÷ 20 = Mx3.4
ケース_B :C = Mx8.3x8.3 ÷ 10 = Mx6.9
一方、スキーヤーにかかる重力:w は、
=(質量)x(重力加速度)= M x 9.8
重力、遠心力、脚にかかる荷重:W との関係は下図をご覧ください;

重力・遠心力・見かけの重力
重力・遠心力・見かけの重力の関係

重力遠心力脚にかかる荷重との間の関係は、ピタゴラスの定理を使えば;
W の2乗) =(w の2乗)+(C の2乗
となり、見かけの重力は、重力の2乗と遠心力の2乗の和の平方根の値になります

上記を基に、見脚にかかる荷重と、体を倒す角度:θ を計算すると;
ケース_A :W={(3.4x質量)の2乗+(9.8x質量)の2乗}の平方根 ⇒ M x 10.4
重力脚にかかる荷重の比は:(M x 10.4) ÷( Mx9.8)= 1.06 ⇒ 体重が6%増えたと同じ
体を倒す角度:θ = arccos(1÷1.06)= 19° ( ← 三角関数の逆関数)

ケース_B :W={(6.9x質量)の2乗+(9.8x質量)の2乗}の平方根 ⇒ M x 12.0
重力脚にかかる荷重の比は:(M x 12.0) ÷( Mx9.8)= 1.22 ⇒ 体重が22%増えたと同じ
体を倒す角度 : θ = arccos(1÷1.22)= 35°( ← 三角関数の逆関数)

上記のシミュレーションにより、カービングターンを行うと、次の様な高齢スキーヤーにとっては過酷な!状況が発生することが分かります;
* ターンを始めると最大傾斜線まで一気に加速します。高齢スキーヤーにとっては、この速度変化に伴う前後のバランスのズレを感知してから、筋肉が修正行動を起こすまでのタイムラグが大きいので、破綻する可能性が大きくなります
* ターンを始めて速度が変わっていくのに合わせて左右のバランスを維持するためには、体の傾き(上記の“θ”)を変化させていく必要があります。この傾きの補正が適正でなければ、左右の足にかかる荷重がアンバランスとなり、荷重が多くかかる足の負担が大きくなります。片足で自分の全体重を支えられなくなった高齢スキーヤーにとっては相当過酷な状況が現出します
* また左右の荷重バランスが崩れると、荷重が多くかかったスキーが雪に大きく食い込み(逆に荷重が減ったスキーの雪への食い込みが浅くなり)、結果として左右のスキーの回転半径を協調させることが困難 となり破綻するリスクが高まります(過去、私が高速で転倒して怪我を負ったのはこのケースだったと思っています)

展示用!カービングターン
展示用!カービングターン

上写真は、高速のカービングターンですが、上記のシミュレーションでわかる通り、速度を上げるか、回転半径を小さくするかで実現します。また、シミュレーションでは斜面の斜度を無視しましたが、急斜面で滑れば雪面に直角な方向の重力の分力は小さくなりますので、同じ速度、同じ回転半径でも体の傾き(“θ”)は大きくなります。
これほど体を傾けられれば、見た目は格好いいとは思いますが、足には体重の倍近い荷重がかかってくると共に、速度が早いのでバランスのズレに伴う破綻のリスクが相当高くなりますので、高齢者にはとても薦められないスキースタイルだと思われます

外向・外傾ーンの力学と疲れ

外向・外傾ターン
外向・外傾ターン

上の写真は、今から丁度30年前に撮影された私のスキー仲間の集団滑降写真です。この頃はカービングスキーが市場に登場する前で、上級者と言えばスキーのズレを自在に操り、所謂“外向・外傾”のターンを完璧に体現している人々でした。“外向”とは、スキーの進行方向に対してやや外側に向く姿勢の事です、また“外傾”とは、チョット分かり難いかもしれませんが、雪面に対して身体全体がバランスを保っている“軸”よりも上半身(あるいは“膝より上”⇔ショートターンをしている場合)を回転の外側に傾けているということを意味します。これは、スキーヤーの前方、乃至後方から見ると、平仮名の“く”の字に見えることから、“くの字姿勢”とも呼ばれていました。上の写真(外向・外傾ターン)でもターンの途中で“くの字姿勢”が良く見て取れると思います。因みに、展示用!カービングターンの写真には、全くこの姿勢が入っていません

外向”の姿勢は、ターンする方向に予め体が向いているので、結果としてターンの先行動作となっていること、また、ターンのスピードをコントロールする為にスキーをズラす時、体がスキーの進行方向を向くためにズレをコントロールすることが容易になると考えられます。一方、“外傾”の姿勢は、“くの字”姿勢の“く”の角度を変えることによって横からの擾乱に対するバランスが容易になると考えられます

次に外向・外傾ターンについて以下に簡単なシミュレーションを試みてみようと思います;
カービングターンのシミュレーションの時に使った前提の ①~③、及び仮定の ④ は外向・外傾ターンも同じとします
仮定のは、スキーをズラすことによって回転している間は速度を変えないこととしますので、ターンに入る前の20キロ/時をターンの終わりまで維持することとします。従って、
④’ 20キロ/時 ⇒ 20x1000メートル ÷ 60分 ÷ 60秒 = 5.6メートル/秒

遠心力:C’は、
ケース_A’ : C’ = Mx5.6x5.6 ÷ 20 = Mx1.6
ケース_B’ : C’ = Mx5.6x5.6 ÷ 10 = Mx3.0

以上より脚にかかる荷重 :W’ と体を倒す角度:θ を計算すると;
ケース_A’ : W’={(1.6x質量)の2乗+(9.8x質量)の2乗}の平方根 ⇒ M x9.9
重力との比は:(M x 9.9) ÷( Mx9.8)= 1.01 ⇒ 体重が1%増えたと同じ
体を倒す角度:θ’ = arccos(1÷1.01)= 8° ( ← 三角関数の逆関数)

ケース_B’ :W’={(3.0x質量)の2乗+(9.8x質量)の2乗}の平方根 ⇒ M x 10.2
重力との比は:(M x 10.2) ÷( Mx9.8)= 1.04 ⇒ 体重が4%増えたと同じ
体を倒す角度:θ’ = arccos(1÷1.04)= 16°( ← 三角関数の逆関数)

簡略化したシミュレーションにより、外向・外傾ーンはカービングターンに比べて、足にかかる荷重:W’と、体の傾き:θ’が、高齢スキーヤーにとっては優しいことが分かります。また、“くの字”姿勢の“く”の角度を変えることによって横からの擾乱に対するバランスが容易になり、結果としてターン中の転倒のリスクを低減させることが可能と考えられる点も高齢スキーヤーに優しいのではないでしょうか、、、

高齢者の皆さん、昔すいすい滑っていた外向・外傾ターンで颯爽とゲレンデを闊歩しましょう。また緩斜面では、習い覚えたカービングターンを駆使して若い女性ボーダーを追い越していきましょう!

以上