高齢スキーヤーが安全なターンを行うには

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-高齢スキーヤーの身体的な特徴と滑走姿勢について-

歳を取ると誰でも自覚することは;
1.下半身の筋力が思いのほか弱くなっていることです。特に私の様に日頃運動と言えば散歩だけという人は、膝を深く曲げた状態から片足で立ち上がるのは難しくなっているのではないでしょうか
2.バランス感覚が相当鈍ってきていることです。目をつぶって片足で立っていられる時間が若い時代に比べると著しく短くなっていることは統計が示している現実です。これは ①バランスのズレを感知する足裏の感覚が鈍っていること、及び ②バランスを瞬時に修正する為に必要な反射神経が衰えてきている為と思われます

こうした身体的なハンディキャップを前提とした上で、高齢者が楽しく安全なスキーを行うには、競技スキーヤー、デモンストレーター、若者たちが滑っているスタイル、これは全日本スキー連盟が推奨している「中間姿勢–下図 A」 ですが、これよりも「腿を立てた姿勢–下図 B」の方が合理性が高いと思われます;滑降姿勢_小茂田

 

中間姿勢–上図 A」は上級者として必要な、①斜面の不規則な凹凸に脚部(腿と脛)の伸縮で対応できることと、②斜面から受ける力の作用点となるブーツと、重心(身体の臍あたりか?)との距離が短く、スキーの横方向からの不規則な力(⇔こぶを滑る時、荒れた雪面を滑る時、高速で滑る時)に対してバランスを維持しやすいことから、合理性の高い滑降姿勢だと思われます。

しかし高齢者にとっては、この姿勢は維持するだけで体力的に消耗し、長時間滑ることはできません。一方、高齢者は上記①、②を必要とする滑りをしていいのでしょうか?否!であります。高齢者のスキーヤーは、怪我のリスクを避け、晴天に恵まれた踏みならされた中斜面を颯爽と滑り(できれば若い女性のボーダーを追い越していくスピードで、、)、ゲレンデでの冒険よりは、夜の温泉と酒と放談に命をかけるべき?ではないでしょうか。この様な滑りには「腿を立てた姿勢–上図 B」が断然有利です。体重は腿に力を入れなくてもブーツの真上にあり、なんといっても高い姿勢の滑りは、低速で滑っても颯爽としています。

-高齢者の合理的なターンの方法-

スキーの滑走技術の中で最も難しいのは「谷回りターン」です。大袈裟に言えば、このターンを完璧にこなせれば一級取得も可能と言える程です。谷回りターンとは以下の様なターンのことです:

谷回りターン_小茂田作成

 

このターンの難しいところは、スキーを滑らせる方向が最大傾斜線に向かっていくにつれ、正しいスキーの操作を行わないと速度が急に増加して身体のバランスを崩してしまうことにあります。バランス感覚が鈍っている高齢スキーヤーとっては、この滑走速度の急激な変化は鬼門です!以下は、高齢者がこの谷回りターンを安全、且つ簡単に行うための一つのアイデアです。キーは滑走速度を如何に一定に保つかです

<滑走に関わる初歩の物理学(ニュートンの法則!)>
簡単のため高速滑走を想定しないことから以下の前提を置くこととします;
① 空気抵抗を考慮しない
② スキーの撓み(たわみ)、捩じれを考慮しない

滑走中に考慮しなければならない物理的な要素は;
重力(体重+ブーツ、スキーなど)
雪面から受ける力: スキーの進行方向と逆方向に「スキーの向き」、「体重」、「雪面の状態」や「滑走速度」に応じて発生します
遠心力: スキーがターンしている時に、進行方向に直角な方向に感じる力(正確に定義すると、スキーの進行方向を変える為に加えた力の“反作用”です)。力の大きさは速度の二乗に比例し、ターンの半径に反比例(急激なターンほど大きな力となる)します
滑走速度

A.簡単のため、まずターンをしていない時(直滑降、斜滑降)の力のバランス、速度との関係を考えます;

滑走時の力関係図_1

滑走に必要な推進力は重力の斜面傾斜方向の分力“F”です。斜面に垂直な分力はスキーを斜面に押し付ける力になっています。
雪面から受ける力“D”は、“F”と反対方向に向いています。この時必ず以下の関係が成立します;
F>D: 滑走速度は増加します(加速)
F=D: 滑走速度は一定に維持されます
F<D: 滑走速度は減少します(減速)

 B.次にターンをしている時の遠心力と重力の関係を考えます;

滑走時の力関係図_2

ターンをしている時は、滑走速度とターンの半径で決まる“遠心力”が身体の重心部分に作用します。この力とバランスするように体をターンの内側に傾けます。身体の傾ける角度は、傾けることによって生まれる“重力の分力”が丁度“遠心力”と一致するところまでになります(⇔数百万年前に直立歩行を始めた人間はこのバランスをあまり意識せず行なうことができます)

C.最後にスキーを斜めにズラすことによって、雪面から受ける力“D”滑走速度について考えます;

滑走時の力関係図_3

 スキーをズラさない時(直滑降、斜滑降)は、スキーは雪面からの抵抗が重力による推進力と等しくなるまで加速します(⇔滑走速度をコントロールできない!)
これに対して、スキーをズラすことができれば、スキーが雪面から受ける力がズレる角度“θ”によって変化する(“θ”が大きいほど雪面から受ける力が大きい)ことを使うことにより、自分が望む任意の滑走速度で滑ることが可能となります

-高齢者にも安全な谷回りターンの習得法-

上記のA、B、C、の原理を使うことにより、難しい谷回りターンを行なう時ににも、高齢スキーヤーにとってもバランスの維持が容易な「滑走速度一定」の谷回りターンが可能になります。ただ、スキーヤーはターン(⇔重力の分力によるスキーの“推進力”が変わっていく)をしながら滑走速度を一定にするスキー操作が出来なければなりません。この“技” (ズレを自在にコントロールする技)は以下のスキー操作を反復練習することによって容易に習得することが可能と思います;
① 滑走速度が一定となる様にズラス角度“θ”をコントロールする練習(色々な斜度で同じスピードで滑れるようにする ⇔ 斜度に応じて“θ”を変える)
斜滑降から谷に向けて浅い角度でスキーを回し、一定の幅でスキーをズラせて滑り続ける練習( ⇔ スキーが谷の方に向くに連れ加速していくことを体得する)
尚、ターンをする時に遠心力に見合うだけ体を内側に傾けることが必要となりますが、これは前段で説明したように人間が本能的に行なうことができるバランス感覚なので、特段の練習の必要はないと思います。

こうした操作を行った結果としての「安全な谷回りターン」の軌跡を描いてみると下図の様になります(滑走するスキーヤーを上から見た図);

滑走時の力関係図_4

上の図でポイントとなるのは「ニュートラル」の部分ですが、これはスキーの真上に乗った状態(雪面に対して直角で、且つスキーをズラせていない状態)で、ごく短時間のみ実現可能となる状態です。この「ニュートラル」の状態から重心を谷川の方向にシフトさせつつ、スキーを半時計周りにズラせば「谷回りターン」が始まります。因みに上の図で時計回りにズラせば「山回りターン」となり減速して、いずれ停止状態になります。

この「谷回りターン」の方法は、所謂「カービングターン/Carving Turn」とはかなり違う滑り方になります。理想的な「カービングターン」では、スキーを「撓ませ、傾けることにより出来る曲線」とスキーの「サイドカーブの曲線」とで決まるラインに沿って、スキーをズラさないで滑る技術で、エネルギー損失の少ない滑り(つまりスピードが出せる滑り)が可能となり、筋力が大きく、スピードに強い上級者にとって非常に快感のある滑りが可能になります。スキーの性能もこの技術が容易に発揮できる所謂「カービングスキー」が一世を風靡することとなりました。
しかし、この滑りは必然的にスキーの滑走速度の増加、及び速度の変化率が大きくなってしまうこと、またこれらが斜面の斜度、及びスキー固有の回転半径(←スキーの曲げ剛性と捩り剛性、及びサイドカーブの形状で決まる)で決まってしまいますので、安全速度を守る必要のある高齢スキーヤーにとっては、転倒のリスクが高くなる滑り方になります。私自身も高速ターンをしている時に転倒し、肋骨と膝に相当なダメージを受けた経験があります。ただ、この滑り方は相応の快感がありますので、緩斜面での実施は高齢スキーヤーにとってもお勧めです!

スキーを長くやっている上級者の方々はご存知のことと思いますが、ズラしを積極的に活用するスキー技術は、既に大昔に「オーストリアスキー教程」で教えていた技術です。この時代のスキーは、ズラさねばうまくターンできない代物であったこともその背景にありました。
1990年代に入ってからだと記憶していますが、「カービングスキー」が登場し、ズラして滑ることがむしろ格好悪いという風潮すら生まれたように思います。結果として“格好良さに命を賭ける”ベテランスキーヤーは「カービングターン」という新たな技術へのチャレンジと、増大する怪我のリスクに直面することとなりました。最近になってゲレンデでの転倒事故や衝突事故の多発から、ようやくスピードの制御に目が向けられるようになりました。スキーもズラし易い性能のものが売られるようになりズレズレターン!の復権も間近いのではないでしょうか、、、

以上