-はじめに-
最近上記のポスターで宣伝している映画、「ハドソン川の奇跡」を見る機会を得ました。私の大好きなクリント・イーストウッド(監督)と、トム・ハンクス(主演)がコンビを組んでいますので、観ないわけにはいかなかった!のですが、思いがけず非常時におけるパイロットの行動(会話に航空専門用語が多く使われており、一般の方には分かり難いとおもいます)や、映画ではめったに観られない米国のNTSB(National Transportation Safety Board/日本の運輸安全委員会に相当)による審問の場面が多く、私の様な航空オタクにとっては最高に面白い映画になっていました。
恐らくこの映画が米国でヒットしたことで、航空機の鳥衝突(Bird Strike)事故が 一般大衆の話題になった為と思われますが、数日前に届いた‟Aviationweek & Space Technology”の最新号に航空機の鳥衝突事故の記事が出ていましたので紹介いたします
-鳥衝突(Bird Strike)の被害状況と対策の概要-
添付資料:Bird-Strikeの被害状況と対策
<鳥衝突のデータ>
米連邦航空局の‟National Wildlife Strike Database” によれば野生動物の衝突事故(米国内;鳥以外を含む)は;
* 1990年1月1日~2015年12月31日:177,269回/26年間 ⇒ 6、818回/年
* 2015年1年間:13,162回/年 ⇒ 2009年1年間:9,540回/年
* 鳥が航空機に衝突する箇所の内、一番多いのはエンジンで全体の29%(鳥以外の野生動物の衝突を除く)を占めている。航空機の他のダメージ箇所については添付資料参照)
* 2011年~2014年に於ける鳥衝突件数の最も多い空港はダラス空港。他の空港(ベスト10空港)については添付資料参照
ICAO(International Civil Aviation Organization/国際民間航空機関)の統計における世界の鳥衝突回数の統計(米国のデータは主要10空港のみ);
* 2011年~2014年:65,139回/4年間 ⇒ 16,285回/年
<鳥衝突に関わるエンジンメーカー、航空会社の対応>
P&W(プラット・アンド・ホイットニー)社の設計主任者によれば;
* 殆どの鳥衝突はエンジンにダメージを与えない。またダメージの多くはエンジンファンケース内側の吸音パネルに亀裂やへこみを与える程度である(←吸い込まれた鳥が、ファンの回転により遠心力でファンケースの内側に叩きつけられる為)
* 大型の鳥が高速で衝突した場合、ファンブレードのリーディングエッジに損傷を与えることがある。しかし、この場合でもエンジンを止めないで着陸するまで運転を継続することが可能で、着陸後にダメージを受けたファンブレードの交換を行うことでエンジン本体の交換は不要な場合が多い
* 最近のエンジンのファンブレードは幅広(Wide Chord)になっており、また旧タイプのエンジンのファンブレードに設けられていた‟Part Span Shroud“(ファンブレードの振動を軽減する、等の目的で設けられていた)が無い為、鳥衝突による衝撃をファンブレードの変形で逃がすことができ、破損リスクを軽減させている
* MRJから装着されている最新技術のGTF(Geared Turbofan/Fanの回転を歯車で減速し効率を上げている)エンジンでは、ファンの回転速度が低くなっており、鳥衝突による破損リスクを更に軽減させている
GE(ジェネラル・エレクトリック社の技術顧問によれば;
* 最新のエンジンのファンブレードでは、カーボン・ファイバーのファン本体のチタン製のリーディングエッジを取り付け、鳥衝突による破損リスクを飛躍的に軽減させている
* 最新のエンジンでは、これまでのところ鳥衝突による大きな損傷は報告されていない。報告されている損傷の内容は、ファンブレードのへこみや、エンジンファンケース内側の吸音パネルのへこみなど軽度のもののみである
SWA(サウスウェスト航空)の品質管理の責任者によれば;
* 鳥衝突による損傷の内容は、ファンブレードや圧縮機のブレードの損傷や、エンジンから圧縮空気(Pneumatic Air)を取り出すパイプの詰まりが代表的なもので、目視で見えない部分は“Bore Scope Inspection”(内視鏡によるエンジン内部の検査)で損傷の有無を確認する。
* 殆どの鳥衝突による損傷は、損傷した部品のみを交換する(24時間~48時間で作業完了可能)ことで航空機を運航に供することが可能であり、エンジンの交換を要する事例は1年間で1件程度である(SWAの保有機数は700機弱!)
MTU(ドイツのエンジン製造、及び整備を行う会社)の性能技術の責任者によれば;
* 吸い込まれた鳥は、①ファンの排気口(外側;最近のバイパス比の大きいエンジンでは大半のエアがここから排気される)に向かう気流と、②エンジンの中心部から、低圧圧縮機→高圧圧縮機→燃焼室→高圧タービン→低圧タービン→排気、に向かう気流に分かれる。
* 衝突した鳥が、上記①の気流に乗った場合は、一般に損傷も小さいし、また損傷を受けても修理は容易である
* 衝突した鳥が、上記②の気流に乗った場合は、エンジンに深刻な損傷を与えることがある。特に、低圧圧縮機のブレードが破損し、それが後段に連鎖的に損傷を与えた場合、エンジンの機能が完全に失われることがある(こうしたエンジンを分解すると圧縮機やタービンのブレードが全て根本近くから喪失し、トウモロコシ‟Corncob”状のようになることがあり、損害額は数億円に上ることがある)
* 衝突する鳥が少ない為にパイロットが気づかないことも多い。この場合でも、エンジン性能に関わる指標の変化(振動や性能劣化など)があれば、“Bore Scope Inspection”などで損傷の有無を詳細に確認する
<鳥衝突に関わるFAAの規定>
添付資料:far_bird-ingestion
群れで飛ぶ鳥に対するエンジンの耐空性試験は、以下の3つのカテゴリーに分けて実際の鳥(安楽死させた!鳥を使用)を衝突させて行う;
① 小型の鳥(例:米国千鳥、北米マキバドリ)の群れ:3オンス(約85グラム)の鳥
② 中型の鳥(例:カモメ)の群れ:0.77~2.53ポンド(0.35~2.53キログラム)の重さの鳥の組み合わせ
①、及び②の試験では、エンジンの口径により細かく決められている重さと数の鳥をエンジンに打ち込み、吸い込んだ後20分間75%以上の出力を維持し安全に運航を継続できなければならない
③ 大型の鳥(例:ハクガン)の群れ:エンジンの口径により決められている重さ(4.08ポンド/1.85キログラム、又は4.63ポンド/2.10ポンド、または5.51ポンド/2.50キログラム)の鳥を1羽エンジンに打ち込み、、鳥を吸い込んだ後50%以上の出力を維持し安全に運航を継続できなければならない(←離陸して鳥に衝突した後、空港に安全に引き返すために必要な時間)
2007年、エンジンの耐空性試験に大型の鳥の衝突に係る以下の規定が新設された;
* 実際の大型の鳥の衝突試験を行う。エンジンの口径により決められている重さ(4.07ポンド/1.85キログラム、又は6.05ポンド/2.75キログラム、又は8.03ポンド/3.65キログラム)の鳥を1羽エンジンに打ち込む。鳥を吸い込んだあと、エンジンを安全に停止させることができ、且つ航空機に何等損傷を与えないことを証明する必要がある
レーダードーム(胴体の先端部)、操縦室(コックピット)前面のガラス窓の鳥衝突に関わる耐久性試試験は、NTS(National Technical Systems Inc.)で一括して行われている。
実施方法は以下の通り;
* 4ポンド/1.8キログラムの実際の鳥(安楽死させた!ばかりの鳥を使用)を10~20フィート(3~6メートル)の距離から空気銃(Pneumatic Cannon)を使って350ノット(時速513キロ)で打ち出して衝突させ、破壊されないことを確認する
* 操縦室については、ガラス窓の耐久力だけでなく、現物の操縦室内の各所に加速度計と歪み計を設置し、鳥の衝突によって電子機器類が誤動作しないことを確認する
<参考>
日本で馴染みのある鳥の平均の重さ;
スズメ/約30グラム;海猫/約550グラム;マガモ/1.1キログラム;ニワトリ/1.8キログラム;大白鳥/9キログラム
尚、北米では‟Canadian Goose”という大型の渡り鳥が多く生息していますが、この鳥は3.9~10.9キログラムもあり、FARの耐空性試験でもカバーされていません
-日本に於ける鳥衝突事故の現状-
日本は海岸沿いの空港が多く、鳥衝突事故が多く発生しています。航空局に於いても被害状況の調査と、その対策を積極的に実施しています。
詳しくは航空局が公開している添付資料:鳥衝突データ by 航空局 をご覧ください
尚、衝突件数を米国のデータやICAOのデータと比較することは、データ採取のメッシュが異なると思いますので行わないでください
以上