はじめに
上の写真は、日田木材協同組合のサイトに載っていた写真から拝借したものです。日田と言えば、江戸時代、天領(徳川家の直轄地)の森として手厚く保護されていたこともあり樹齢300年を超える巨木が多く残っている貴重な森林です。植林は15世紀から始まり、現在もなお林業はこの山間の地の主要産業として成り立っています
日本の林業については、1955年までは木材の自給率が9割以上であったものが、木材輸入の自由化が段階的に行われた結果(1964年に完全自由化)、2008年には自給率が24%までに落ち込んでおり、正に衰退の一途を辿っています(詳しくは、私のブログ“年の初めのためしとて~”の<農業、林業、水産業の未来・ 2.林業の分野>の部分をご覧ください)。この結果、国産材供給の問題だけでなく、山間地域の過疎化、地滑り、鉄砲水による災害、水源地域の荒廃、などの諸問題を惹起しています。こうした問題を抜本的に解決すべく新たな法律が誕生しました
「モリカケ」問題で、与野党が紛糾している国会で、珍しくさしたる混乱もなく「森林経営管理法」が成立しました(5月25日に衆議院を通過;6月1日施行;審議経過については森林経営管理法案・審議経過をご覧ください)。新聞やテレビの様なニュースメディアでは殆ど取り上げられなかったものの、この法案が野党を含む殆どの政党が賛成して成立した背景には、日本の森林の荒廃がかなり進み、国民全体に、“何とかしなければ”という共通認識があったからと思われます。以下にこれからの日本林業再生のきっかけとなると思われるこの「森林経営管理法」の内容をできるだけわかり易くご紹介したいと思います
森林経営管理法のねらい
日本の国土面積、約37万平方キロのうち森林の面積は66%を占めています。この内、国が管理の責任を持つ国有林が31%、地方公共団体が管理の責任を持つ公有林が11%、所有している個人、法人が管理の責任を持つ私有林が58%を占めています。尚、大変紛らわしいのですが、公有林と私有林を総称して民有林と言います。「はじめに」で挙げた各種の問題は、ほぼこの民有林の管理が十分に行われていないことが原因とされています
昔は「山持」と言えば富の象徴であり、生産サイクルが数十年から数百年に及ぶことから短期間で投資回収ができない林業の問題も、「山持」の人たちの有り余る財力によって賄われてきました。しかし、安い外材の流入により、木材自体の価値が大幅に下がり、山林の所有は“役に立たない財産”、あるいは“売るに売れない厄介な財産”となり、管理されないまま放置されてしまうこととなりました
森林経営管理法の目的は、管理が行き届いていない民有林を官主導できちんとした管理を行えるようにすることです
しかし、そもそも私有財産である私有林の管理を、官が勝手に行うことが許されるのかという問題があります。森林経営管理法では、この問題を以下の様な考え方で私権を制限できる根拠としています
<なぜ森林所有者の権利を制限できるのか>
① 現在、実質的に管理が行われていない私有林が多く存在し、本来森林所有者が適時適切に行うべき伐採、造林、保育(下刈、枝打、間伐、など)が行われず荒れ果ててしまった森林が多く存在すること
② 荒れ果ててしまった森林は、その所有者が負うべき保安林としての公的な責任(水源の涵養、土砂の崩壊その他の災害の防備、生活環境の保全・形成、など)を果たせなくなってしまっている事例が発生しつつあること
③ かつて林業で栄えた多くの山間の村落が林業の衰退により過疎地と化しており、こうした村落を再び活性化させるには林業が最も適していること
④ 日本の地理的な条件を勘案すると、日本は森林面積、森林資源の蓄積量、森林の成長量の数値から判断して、森林資源が最も豊かな国の一つであり、林業は国際競争力の高い成長産業になりうること(← 詳しくは、私のブログ“年の初めのためしとて~”の<農業、林業、水産業の未来・ 2.林業の分野>の部分をご覧ください)
つまり、憲法で保証している財産権を「公共の福祉」の観点から、必要最小限の範囲で制限を加えていることになります
憲法29条:財産権は、これを侵してはならない。財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる
森林経営管理法の概要
以下、条文の具体的な内容について詳しく知りたい方は森林経営管理法を読み込んで戴くこととして、ここでは、全体を俯瞰して重要なポイントを説明(一部私見を交えて!)していきたいと思います
<森林経営管理法のねらい>
① 林業の成長産業化と、森林資源の適切な管理を両立させる為に、市町村を介して林業経営能力の低い小規模零細な森林所有者の経営を、意欲と能力のある林業経営者につなぐ(⇔委託する)ことで、林業経営の集積・集約化を図る
⇒ 大規模化によって効率的な森林用特殊大型車両の導入、広域的な林道整備が可能となり、長期的且つ計画的な林業経営が可能となります
② 経済的に成り立たない森林については、市町村が自ら経営管理を行う仕組みを構築する
⇒ 保安林としての機能を維持するための計画、実施が容易になる
<森林所有者の責任の明確化と市町村による森林経営管理権の行使>
① 森林所有者は、自身の保有する森林について、適時に伐採、造林または保育(下刈、枝打、間伐、など)を実施することにより、適切な経営または管理を持続的に行わなければならないと定めています(森林経営管理法第4条)
② 森林所有者が上記の義務を果たせない時は、市町村が森林所有者から経営管理権(森林の伐採、木材の販売、造林、保育を行う)を取得し経営管理を行う(同法第3条~第9条)と定めています
<市町村による森林経営管理によって何故林業の成長産業化が図れるのか>
① 都道府県が「意欲と能力のある林業経営者」を募集、公表する(同法第36条)。この林業経営者には、以下の支援措置を実施する
支援措置の内容(同法第44条~第46条、附則第2条);
* 国有林野事業に係る伐採等も委託
* 国及び都道府県による技術指導
* 独立行政法人農林漁業信用基金による経営支援、林業経営基盤の強化等の促進のための資金の貸し付け期間の延長(12年⇒15年)
<参考> 林業の規模拡大の為に林業を経営するものに債務保証を行う制度:180206_林業9割に債務保証_大規模化支援
② 市町村は、管轄する区域内の民有林について経営管理の状況を調査し、市町村に集積することが必要かつ適当であると認める場合には、経営管理権集積計画を定める
この計画は、市町村森林整備計画(森林法第10条の5で民有林については、10年を一期とする森林整備計画を立てなければならない)、都道府県が実施する治山事業(森林法第15条の15で定められている)、その他地方公共団体の森林の整備及び保全に関する計画との調和が保たれたものでなければならないとされています
③ 経営管理集積計画に定めるべきこと(森林経営管理法第4条);
* 集積計画対象の民有林の所在、地番、地目、面積、所有者の氏名又は名称、住所
* 経営管理権の執行開始時期及び継続期間
* 市町村が行う経営管理の内容
* 経営管理を行った結果、利益が得られた場合に森林所有者に還元すべき金額の算定方式、及び支払時期・方法
* その他
④ 市町村は、都道府県が公表した「意欲と能力のある林業経営者」に林業経営に適した森林の経営を委託する。また、林業経営に適さない森林については、市町村自らが間伐等を実施する
<森林所有者の権利、保護について>
① 市町村の経営管理集積計画は、森林所有者の同意を得なければならない(同法第4条の5)
② 市町村は、集積計画対象森林の森林所有者に対してその意向に関する調査(経営管理意向調査)を行わなければならない(同法第5条)
③ 森林所有者が、経営管理権集積計画に同意しないとき、市町村長は、農林水産省令で定めるところにより、同意すべき旨を勧告することができる(同法第16条)
④ 森林所有者が、経営管理権集積計画に同意しないとき、市町村長は、農林水産省令で定めるところにより、6ヶ月以内に都道府県知事の裁定を申請することができる(同法第17条)
⑤ 申請を受けた都道府県知事は、森林所有者に対して2週間以上の期間を指定して森林所有者に意見書を提出する機会を与えるものとする(同法法第18条)
⑥ 都道府県知事は、森林所有者の森林について、現に経営管理が行われておらず、かつ、所有者の意見書の内容、当該森林の自然的経済的社会的諸条件、その周辺地域における土地の利用の動向、その他の事情を勘案した上で、集積することが必要かつ適当であると認める場合には、裁定をする(⇔森林所有者の財産権の制限)ものとする(同法第19条)
⑦ 森林所有者の全部または一部が、探索を行っても不明である場合、市町村が森林経営管理権を行使する旨を公告する。森林所有者は、広告の日から6ヶ月以内であれば異議を述べることができる。期間内に異議を述べなかった場合は、経営管理集積計画に同意したものとみなす(同10条、11条)
森林経営管理法に関連する法規制、制度、等
林業の衰退と再生の必要性については、民主党政権時代(2009年~12年)から既に政官界の共通認識となっており、その後の自民党政権でも「成長戦略」の一つとして取り上げられています。従って、森林経営管理法成立以前にもこれに関連する政策が着々と進められておりました
<林地台帳の整備>
市町村が経営管理集積計画を策定、実行するに当たって、民有林の所有者、及びその境界を確定することが非常に重要であることは言うまでもありません。しかしながら民有林の内、特に私有林の所有者については、登記上の所有者が死亡したのち、何代にもわたって相続権のある人が相続の手続きを行っていない場合(⇒相続権のある人が多数存在することになります)、あるいは所有者が転居して探索が困難になっている場合も多く、誰が所有者か確定できないケースが多数存在しているといわれています。また、森林の境界が不明確なケース(もともと境界の目印が“口伝!”によるものが多いのだそうです)も多いといわれています
そこで、2017年5月の森林法改正によって、市町村が統一的な基準に基づき、民有林の所有者やその境界に関する情報などを整備・公表する林地台帳制度が創設されました(森林法第191条の4~7)。この制度の概要については林野庁が作成した林地台帳制度の概要をご覧ください
また、実際に各市町村が林地台帳を整備するにあたってのマニュアルも林野庁が整備しておりますので、興味のある方は林地台帳及び地図整備マニュアルの概要ご覧になってみてください
尚、林地台帳作成の義務を負った市町村も、作成にかかる多額な費用を自前で賄うのは難しいので、次項に紹介する新税を原資とした、国や都道府県からの補助金が頼りになりそうです
しかし、法律が出来、補助金が得られても、広大な森林面積を有する自治体では、かなり困難な作業となりそうです。境界の確定などには、最新のGPS技術やドローンを利用する技術をなどを持っている調査会社のビジネスチャンスが増えそうですね(私見!)。参考までに長野県のケースについて日経の記事を見つけましたので、興味のある方はご覧ください(171216_森林整備まず境界明確化_林地台帳作成)
<森林環境税>
森林環境税は、温暖化対策として空気中の炭酸ガスの吸収源となる森林の整備を行うための財源確保として平成2018年度の税制改革にて導入が決められました。ただ、2019年度から徴収すると納税者の負担感が増すため、東日本大震災の復興財源の上乗せ措置が終わる翌年の2024年度に導入することとなりました
この税の徴収は、現在個人住民税を収めている約6千2百万人すべてが対象とされており、1人あたり千円の徴収(復興特別税と同額)とすると年間で約620億円の税収が想定されています
しかし、森林環境税は名前は異なるものの目的は同じ森林整備の名目ですでに独自に導入している地方自治体があります。高知県が2003年度に森林環境税を導入したのをきっかけに2017年1月時点では、全国36県・1政令市で導入されています。税額については下表の通りバラバラです;
従って、今後は各自治体毎に地方税との二重課税の問題を解決しなければならないと思われます。また、新税については2024年から配布されることになりますが、林地台帳の整備などは一刻も早く実施する必要があります。従って、新税開始までのつなぎとして、地方交付税に上乗せして実質的に開始することも考えているようです
参考:180424_森林環境税_既存の住民税との二重課税問題
おわりに
先日、NHKの「クローズアップ現代+」で取り上げられていましたので、ご覧になっている方もいると思いますが、人口1550人の兵庫県西粟倉村では、国の平成の大合併政策を拒否して2008年以降「百年の森林構想」を掲げて林業を中心とした村おこしを始めています。すでに全国から志ある者が集まり人口も増加しつあるそうです
参考:兵庫県西粟倉村の村おこし(前編)、同(後編)
大都会では、有効求人倍率が1を超えたといいながら、職にあぶれ日雇いで食いつないでいる若者、夢のない「派遣労働」で行き場を失っている若者に満ち溢れています。こうした若い労働力が、森林経営管理法のもとで林業を中心とした村おこしに参加してゆけば平成の次の時代は明るいものになると思うのですが、、、
Follow_Up:2019年6月5日、改正国有林野法が成立(民間林業の参入支援)」しました
Follow_Up:2020年7月30日、「林業大国」への大転換
*詳しくは、MEC Industryの中核を担う三菱地所のサイトをご覧ください
以上