7_Hardware に係る信頼性管理

-はじめに-

航空機を運用する段階で、航空機の機体やエンジン、その他の装備品などの機械装置(以下“Hardware”と呼びます)の耐空性のレベルを維持・向上させるためには、メーカー、航空会社、及び規制当局がそれぞれの役割を完璧に果たしていく必要があります
メーカー及び航空会社は、航空機の運航状況を常にモニターし、何らかのトラブルが発生した場合、航空機、エンジン、その他の装備品に対し必要な対策を自主的、且つ迅速に行える体制(“信頼性管理体制”)を取ることが義務付けられています
また規制当局は、航空会社及びメーカーの取り組み状況を常時監視すると共に、トラブルの発生状況に応じ、以下の対応を行う仕組みになっています;

事故、及び重大なインシデントが発生した場合、事故調査委員会(米国:NTSB/National Transportation Safety Board)が調査、原因究明と対策の勧告を行います。規制当局の役割は、規制当局自らに対する勧告(法改正、規制基準の変更や改修指示などの要求)があればこれを速やかに実施すると共に、メーカー、航空会社に対する勧告の実行状況を監視し適宜必要な指導を行うと共に、必要に応じAD(Airworthiness Directives/耐空性改善通報)を発行して実施を強制する義務があります
例:787就航開始直後のバッテリー火災に対する措置(耐空性改善通報・AD

日常運航において安全上重要な事象が発生した場合、メーカー、航空会社から報告( 6_認定事業場制度の「10.認定事業場の国への報告義務」の項を参照)を受けることになっており、規制当局の役割はその対策の実施状況をフォローし、必要により指導を行うことにあります

メーカー及び航空会社が行う“信頼性管理体制”については、以下に詳述致します

-メーカーが行う信頼性管理-

メーカーは Hardware の信頼性管理に係る最も重要な役割を担うことになりますが、それはメーカーが設計、製造、及び型式証明等(追加型型式証明、仕様承認)の取得に係る唯一の主体であることに起因致します。 尚、型式証明、追加型型式証明、仕様承認については、“3_耐空証明制度・型式証明制度の概要”を参照してください
何故なら;
設計、製造、型式証明取得、等を行うには Hardware の信頼性に係る膨大なデータの裏付けが必要であり、その殆どは航空機を購入した航空会社に対しても公表されません(これらのデータはメーカーの存立にかかわる知的財産になっています)。従って、Hardware に起因するトラブルを設計レベルで検証し、対策を立てることはメーカー以外ではほぼ不可能になっています
メーカーは型式証明取得に際し、CMR(Certification Maintenance Requirement)による整備要目、MSG(Maintenance Steering Group)による整備要目、等を決定する際に裏づけに必要な膨大なデータを管理しています。従って品質を維持向上させる為にこれらの要目の変更(実施内容の変更、実施期限の変更、等)あるいは新設を主導し、管理していくことはメーカー以外では実質的に不可能と思われます。尚、CMR、MSGについての詳しい説明は、“4_整備プログラム”の項を参照してください
一般に商用航空機の場合、航空機を購入する顧客は多くの国、多くの航空会社にまたがっており、型式等に固有で頻度の少ないトラブルの原因を把握するのは航空会社単独では非常に難しいと思われます。ただ、例えば1機種で100機以上保有しているような大手で、且つ技術部門の人材を多く抱えている航空会社は、トラブルの自主的な原因究明もある程度可能であり、メーカーに対して多くのデータの提供が可能となります。この結果、トラブル対応に関してメーカーへの発言権が強くなる事は当然の事と言えます

航空会社は、自社の運航中に得られた Hardware の信頼性に係る多くの情報をメーカーに対して提供しています。またメーカーは上記で述べた通り、当該型式に係る全ユーザーの信頼性に係るデータを分析し、型式固有の問題点とその解決策を迅速に提供する義務があります。この情報はSB(Service Bulletin)やSI(Service Information)というかたちで航空会社、及び当該型式機材が登録されている各国の規制当局にも日々提供されています
また、安全上重要で緊急を要する情報は“Alert SB”というかたちで提供され、規制当局は必要によりこのSBの実施を強制するAD(Airworthiness Directives/米国;耐空性改善通報/日本)を発行することになります

事故、及び重大なインシデントが発生した場合には、事故調査委員会が調査及び原因究明と対策の勧告を行うことになりますが、調査・原因究明にはメーカーに蓄積された膨大な信頼性に係る情報と、設計・製造、型式証明取得、等に係る詳細なデータが不可欠となります。また、原因究明が終わって再発防止対策を勧告する(⇒ 規制当局やメーカー、航空会社に実施を強制する)際、経済性を含めた実行可能性の検証が不可欠であり、メーカーの果たす役割はきわめて大きいという事が出来ます。一方、メーカーにとっても再発防止対策を確実に実施することで顧客に対する信頼が得られるというメリットがあり、事故調査委員会による調査、原因究明活動には極めて協力的であることが普通です。30年以上に亘るベストセラーの機種は、ある意味数多くの事故、重大なインシデントによって信頼性を向上させてきた結果であるとも言うこともできるのではないでしょうか

メーカーと航空会社が連携して行う情報収集には以下の様なものがあります;
航空機メーカーは一次構造部材の信頼性をその機種が世界のどこかで運航している限り確認し、必要な対策を講ずる義務があり、設計時に予期していなかった故障の兆しが発見された場合には予防的な改修や検査等の整備プログラムを即座に発動できるようにしておかねばなりません。こうした仕組みの代表的なものとして以下があります。その機種を運用している航空会社は収集したデータを全て航空機メーカーに送ることになっています;
*Structure Sampling Inspection Program:販売した航空機の一部(Sampling)に適用する機体構造の検査プログラム
*SSI(Significant Structure Inspection):重要構造物に対する全機体を対照にした検査プログラム

エンジンメーカーは、Redundancy(冗長性)が無く一部の破損がエンジンの全損(航空会社に大きな経済的負担を強いる結果となります)に繋がるようなディスク類(注1)、及びタービンブレード・コンプレッサーブレード類(注2)などの重要な部品について、その型式のエンジンを採用している全世界の航空会社から検査結果や整備記録を入手すると共に、型式証明取得後も続けているエンジンの耐久試験のデータと併せて、その型式のエンジンのライフタイムに亘っての信頼性管理を行っています。これらの信頼性管理の結果として、優れた型式のエンジンは使い込まれるうちに種々の改修が実施され、徐々にディスクやブレード、等の検査間隔が延長され整備負担も軽減されてゆきます。逆に設計が良くないエンジンは短期間で姿を消していく結果になります(例えばジェネラル・エレクトリック社のCJ805というエンジン:/コンベア880という飛行機に装着されていました)。
(注1)タービンブレードやコンプレッサーブレードを取付けるディスクは極めて重く、且つ高速で回転するため、破壊が起こると破片がエンジンのケースを突き破り(“Uncontained Fracture”)、燃料タンクのある翼や旅客の乗っている胴体を破壊し、深刻な事故に繋がる恐れがあります

A380・TRENTエンジンの-“Uncontained-Fracture”とタービンの破片
A380・TRENTエンジンの-“Uncontained-Fracture”とタービン・ディスクの破片

(注2)タービンやコンプレッサーのブレードが一枚欠損すると、その欠損したブレードが下流にある全てのブレードを破壊してしまいます。因みにこれらのブレードは1枚数十万円から百万円を超える高価な部品です

-航空会社が行う信頼性管理-

航空会社は、自社の運航に係る安全性経済性定時性快適性を高める為に日常の運航を通じて得られる故障情報を分析し、必要な対策を実施しています;
安全性に係る情報収集、分析、対策立案
自社の安全性に係る情報は、パイロットからのレポート(機長報告)及び日常の整備記録から得られます。これらの情報は全て品質管理部門のスクリーンを経て技術部門で検討されます。トラブルの発生頻度が高いもの、及びトラブルの安全運航に与える影響の大きいものはメーカーとのディスカッションを行い、必要な場合改修が計画・実施されます。通常安全に係る改修はメーカーから発行されるSB(Service Bulletin)、SI(Service Information)を基にして作成されます
また、メーカーは安全に係る情報を、その機種を販売した全ての航空会社から得ており、それらを基にメーカーは安全性向上の為の改修をSBまたはSIのかたちで提案を行っています。航空会社の技術部門は、これらの情報を常にウォッチし、自社に経験の無いトラブルに対しても予防的に改修等で対応できる仕組みになっています

経済性に係る情報収集、分析、対策立案
一般に航空機は極めて高額であり、出来るだけその稼動を高めることが航空会社経営の必須条件であることは言うまでもありません。航空機の稼動を高めるには、突発的な整備によって航空機が運航に供せなくなる事態を出来るだけ回避することが重要です。 “Accidental Damage”(注)の様な予測不能なトラブルを除けば、下記に様に信頼性管理を適切に行うことにより概ね管理可能な状態にすることが出来ます
エンジン及びその他の重要な装備品の故障による突発的な整備を回避する為には、個別に故障原因を特定し、改修による品質の向上、検査間隔の短縮による故障発見確率の向上、定期交換の実施、等を行うことが有効となります(→下記の“ エンジンの信頼性向上”、“エンジンの劣化監視活動”を参照)
(注)Accidental Damage:偶発的な損傷(詳しくは“4_整備プログラム”を参照してください)
機体構造や配管(油圧、気圧)類、配線類の故障による突発的な整備を回避するには、機体重整備(C整備:1回/年程度、M整備:1回/4~5年程度)の際の整備要目を適切にすること(点検を行う箇所、点検の基準、等)が有効です。
自社による故障情報の収集、分析(次項以降で述べます)のほかに、メーカーによって提供される情報(SB、SI)を検討することも重要です

一方、突発的な整備を回避する為に過剰な整備を行うことは徒に整備コストを押し上げることとなり経済性の面で得策とは言えません。従って、故障頻度の低いものは交換頻度を下げるか、又は“On Conditionによる交換”(チェックをして不具合が無ければそのまま使用を継続する)に切り替えるとともに、点検しても不具合が無いものは、その整備要目の実施間隔を延長することなどを適時、適切に行うことが必要になります。このため、航空会社では部品毎の信頼性管理と併せ、整備要目毎の故障情報の収集、分析も行っています

定時性に係る情報収集、分析、対策立案
定時性に係る指標は、旅客の航空会社選好の極めて重要な項目であるため、殆どの航空会社は主要な指標である遅延実績を記録し、その改善に取り組んでいます。通常これらの遅延記録は理由別にコード化され、それぞれ関連部門で検討され改善が行われる仕組みが作られています
遅延理由のうち“Technical Trouble”(技術的な原因によるトラブル)に分類されるもの、及び潜在的な遅延と看做される“MEL適用”(注)による修理持ち越しの情報については、品質管理部門のスクリーンを経て技術部門で検討されます。技術部門では、遅延等の原因となった部品の信頼性向上策(改修の実施、代替品の使用、整備プログラムの変更、等)、スペア部品の買い増し、等々を経済性を勘案しつつ行っています
(注)MEL(Minimum Equipment List)については、“3_耐空証明制度・型式証明制度の概要”及び“4_整備プログラム”を参照してください

快適性に係る情報収集、分析、対策立案
快適性に関しても、最近は旅客の航空会社選好の極めて重要な項目となります。この情報は、主に旅客からのクレームと客室乗務員からのレポートを基に収集し、技術部門を中心に経済性を加味しつつ改善策の検討が行われる仕組みになっています

エンジンの信頼性向上;
エンジンは交換可能な装備品の中では格段に高額(数十億円/1台)であり、且つ整備にかかるコストも航空機全体のコストの半分近くを占めます。従ってその信頼性の向上は航空会社の経営にとって常に極めて重要なテーマとなります。
エンジンの信頼性を表す最も重要な指標は、“1,000飛行時間当りの飛行中でのエンジン停止の確率です。この指標の数値を航空会社間で比較することでエンジンの信頼性管理の優劣を比較することが可能であるといっても過言ではありません。整備部門のしっかりした大手航空会社では、この数値は、0.01~0.02(5万~10万飛行時間に1回の飛行中でのエンジン停止 ⇔ 1日当り10時間飛行するとして、13年から27年に一回の飛行中でのエンジン停止)のレベルを維持しています。
この数値を高いレベルに維持するには、技術部門だけでなく整備現場も一体になった信頼性管理の取組みが必要となります。具体的には、技術部門における劣化監視活動(下記)に基づく劣化エンジンの故障前の計画的取りおろしや現業における提案活動、ヒューマンエラー防止活動、などの取り組みです
また、この数値が一定以上の水準にない場合、最新の双発機による長距離洋上飛行(3エンジン、4エンジンの航空機よりも経済性に優れています)が出来なくなり、経営上の不利を蒙る事になります

(参考)長距離洋上飛行ETOPS/Extended Range Twin Engine Operation):双発機で洋上飛行を行う場合、非常事態(例えば1台のエンジンが故障で停止するなど)を想定して、航路上に目的空港以外の代替飛行場を準備しなければなりませんが、予定航路からこの代替飛行場までの飛行時間の制限を通常の1時間から緩和することを言います。これが認められれば、結果として双発機が最短距離の航路を飛行することが可能となり、飛行時間の短縮と燃料の節約が実現できます。現在、品質管理活動の優れた大手航空会社では代替飛行場までの飛行時間を4時間まで延長させており、殆どの洋上の長距離路線で大圏コース(最短距離の航路)の飛行が可能となっています。勿論、この方式による洋上飛行を行うには規制当局による厳しい審査と認可が必要になることは言うまでもありません。詳しくは“ETOPS承認審査基準の要旨”を参照してください

エンジン劣化監視活動;
一般にエンジンの劣化状態は以下の指標を常時モニタリングすることによって把握可能です;
① エンジンの運航中の各種パラメーターの監視振動強度(低圧コンプレッサー部分、高圧コンプレッサー部分)、エンジンオイルの圧力・温度、ローターの回転数、排気ガス温度
② SOAP(Spectrometric Oil Analysis Program)の実施:高速回転体であるエンジンは、ベアリングの磨耗が上記の指標に大きく影響します。この摩耗の程度を把握する為、適切な間隔でエンジンオイルのサンプル採取を行い、オイルに含まれている金属の成分、量を分析します
③ Bore Scope Inspectionの実施タービンやコンプレッサーのブレードの損傷状況を破壊に至る前に把握するため、内視鏡(Bore Scope)を使った直接検査が定期的に行われています。またパイロットから鳥の衝突等の報告があった場合には次の飛行前に損傷の有無の検査を行うことになっています

Bore Scope Inspection
Bore Scope Inspection

④ エンジン分解検査時の検査データの活用:損傷状況(熱変形、磨耗、亀裂、等)の把握を行っています

エンジン以外の装備品の信頼性向上;
エンジン以外の装備品は極めて種類が多く(油圧機器気圧機器電装機器Avionics機器計器類、等々)、またメーカーも多岐に亘っており、自社で整備を実施するよりは、品目ごとのメーカーへの委託が一般化してきています。装備品の信頼性管理体制は概略以下の通りとなっています;
装備品の信頼性を表す最も重要な指標は“MTBF(Mean Time between Failure/装備品の故障取降しまでの平均飛行時間)”です
この指標の数値は航空会社間で大きな違いが出ることが多いと言われています。また、殆どの装備品は“On Condition”(チェックをして不具合が無ければそのまま使用を継続する)で整備、取り卸しが行われているため、この指標の数値が小さい(つまり度々故障取降しが行われる)と、スペアのレベルを上げる必要があり航空会社の財務負担が大きくなります

初期故障に対する対応
一般に、新設計や設計変更のあった装備品は初期故障が必ずといっていいほど発生します。新機種を他航空会社に先駆けて導入すると、装備品の数多くは新設計か在来機種の装備品の設計変更のものであり、就航直後から暫くの間トラブルに悩まされます(787のバッテリー火災は従来機種のニッケルカドミウム電池から、性能の良いリチウムイオン電池の変えたことによる初期故障です)。また最近は装備品に組み込まれているソフトウェアのバグによる初期故障にも悩まされます。 装備品の初期故障への対策は、主としてメーカーからのSBに基づく改修になります。装備品の改修を行う場合には、スペアを購入(但し、メーカーに相当の瑕疵がある場合に限ってスペアを一時的に貸与してもらうこともある)し、順次航空機から取り降ろして改修作業を行うことになりますが、スペアのレベルを上げた後、品質向上による取り卸し減で過剰在庫を抱える結果となることもあります

整備士の熟練度、ミス性向に対する対応
初期故障が収束した後に残る航空会社間のMTBFの違いは、整備士の熟練度、ミス性向が原因であることが多いと考えられます。修理を委託している装備品については、委託先の品質審査を厳格に行い、必要に応じ指導を行いますが、それでも改善されない場合は委託先変更を行うか、自社整備に切り替えることが検討されます。
自社整備は信頼性向上の切札となり得ますが、整備士の人件費、教育・訓練費、等の負担、施設・設備投資の負担が発生するため、最近は MTBF値 が高く故障台数が多い為、スペア部品の財務負担が重い場合、あるいは受託が期待できる場合以外は選択されない傾向となっています。更に最近は、修理方法の“ブラックボックス化”(修理方法の開示がないか、修理に関わるライセンス料が発生する)や修理完了後の最終検査に必要となる試験装置が高額化してきた為にこの傾向に拍車がかかっています

以上