災害のリスクについて考えてみました


はじめに

毎年3月11日近くになると、新聞やテレビ、等のマスメディアは2011年に発生した「東日本大震災」の特集が組まれます。この未曽有の大災害は、地震による「建物の倒壊」の人的被害もさることながら、多くの死者、行方不明者を出した「大津波と、放射性物資が飛散したことに伴う広範囲且つ長期にわたる住民避難をもたらした福島第一原子力発電所の「原子力事故による被災者の生活に焦点を当てて報道されるものが多い様です

1995年に起こった阪神淡路大震災では6千人以上の死者を出しましたが、これは「建物倒壊」による死傷者の他に、倒壊した建物の中に閉じ込められた状態のまま地震によって発生した「大火災」によって亡くなった方も多かったと聞いています
また、雲仙普賢岳の噴火(1991年)、御嶽山の噴火(2014年)など、「火山の噴火」に伴う大災害も、歴史を辿れば枚挙にいとまがありません

これらの大災害の第一原因となる地震や噴火は、いずれも地球規模の地殻の変動によってもたらされることはわかっており、日本に住む以上、避けることができないことは明らかです。20世紀中頃に提唱されたプレートテクトニクス/Plate Tectonicsという理論によって発生のメカニズムは説明できる様になったものの、緻密な地質調査や、最新のセンサー、GPSを駆使した観測によっても地震や噴火の予測は人的災害を大幅に防ぐレベルには達していません

そこで、自然災害に関しては全くの素人である私ですが、学生時代から40年以上にわたって航空機に関わってきたこと、またサラリーマン人生最後の10年ほどは原子力ビジネスに関わってきたことことで得た知識を何とか生かせないかと、無い!知恵を絞ってみることにしました
因みに、航空機の場合、1903年にライト兄弟が最初に動力飛行を成功させてから凡そ100年しか経っていませんが、現在安全な交通機関として大量輸送の役割を担っていることはご存知の通りです。もともと空気より重い航空機やそれに乗っている人間は、空中を飛んでいる訳ですから、事故が起きた場合は、地上や水上の乗り物よりは遥かに死亡のリスクが高いことは明らかです。約100年の歴史の中で多くの航空機事故を経験し、これを乗り越えて現在があります。詳しくは(1_航空機の発達と規制の歴史)をご覧ください。勿論、現在でも事故に遭って死亡するリスクはゼロではありません。しかし、航空機を利用するお客様はこのリスクを許容しているからこそご利用になっている訳です。地震や噴火という自然現象は制御はできませんが、これらに伴う人的被害を極小化する手段については、航空安全に関わる知見を応用できる可能性はあると思います

リスクとは

リスク(Risk)という言葉は最近よくメディアに登場します。曰く『大地震のリスク』、『放射線被ばくのリスク』、『肥満によって重篤な病気に罹るリスク』、『噴火のリスク』、『戦争のリスク』、‥など
広辞苑によればリスクとは、あっさりと「危険」としか書いてありません。しかし何となくしっくりいかないので、ネットで調べてみると「ある行動に伴って(あるいは行動しないことによって)、危険に遭う可能性や損をする可能性を意味する概念」と書いてありました。最近多摩川で入水自殺して話題となった西部邁の最後の著書:「保守の真髄—老酔狂で語る文明の紊乱」を読んでいたら、リスクとは「確率的に予測できる不確実性』と書いてありました。私にはこの定義が災害の死亡リスクの問題を論ずるときにはもっとも当てはまると思われます

つまり、リスクを語る時は、リスクの大きさもさることながら、そリスクが起こる確率を把握しなければ意味がありません。例えば、およそ6千5百万年前の白亜紀末の小惑星の衝突によって恐竜が死滅した(最近は、恐竜は死滅せず鳥類に進化して生き延びたという説が有力になっています)ことはよく知られていますが、太陽系の小惑星自体は無数に存在しているものの、地球に衝突するリスク(参考:小惑星衝突防止の研究)を心配している人は殆どいません。つまり、発生確率が極めて低いからです
これに対して地震や噴火は、少なくとも数十年から数百年の間には、ある特定の場所で発生する確率は公表されています。しかも、東南海地震など大津波の伴う巨大地震や、地域が限定されるものの発生確率の高い直下型地震はいつ起こってもおかしく無い状況にあると言われています。こうしたリスクに対しては、何時、何処でという正確な予測が不可能である以上、不意に襲われたときに人が生き残れる確率をどう高めるかという研究が最も重要であると思われます

現在、大津波対策として、高台への移転防潮堤の建設(復興)、逃げ道や逃げ場所の確保緊急通報体制の整備、などがマスメディアに登場していますが、これらはいずれも今回被害にあった東北各県では大なり小なりすでに行われていた対策ではなかったかでしょうか? それでもなお、どうしてあれだけ尊い命が失われてしまったのでしょうか? 科学技術先進国である日本としては、少し努力、工夫が足りないような気がしてなりません

航空機の深刻な事故を減らすために、設計精度の向上、機器の信頼性の向上、地上及び航空機搭載の安全装備の向上、操縦技術のレベル管理の厳格化、ヒューマンエラーを防止するための装備や訓練の充実、などが絶えず行われて事故の確率は相当程度減ってきました。1990年代以降、これらに加えて事故が起きても乗客・乗員が生存する確率を増やすために、客室内装備の耐火性の向上と、椅子の強度向上(現在の基準は重力の11倍の衝撃加重に耐えることが求められたいます)が行われました。これらの基準は、事故によって亡くなられた方の死亡原因を調べた結果、機体火災による焼死と事故の衝撃で椅子ごと飛ばされてしまった事による激突死であることがわかり、基準が強化されました。この基準のお陰で最近の航空機の全損事故では、全員死亡のケースは減ってきています

そんな訳で、以下に思いつくままに私の稚拙な!アイデアを披露してみたいと思います

大津波から生還するには

2011年3月11日の大災害が発生してから5ヶ月ほど経ち災害救援が一段落し、公的・私的な復興支援もある程度整ってきた8月初旬、3泊4日の日程で個人的に被害・復興状況の調査に行ってきました。東北高速道「花巻」経由で太平洋沿岸を走る国道45号線に出て以下のルートを辿りました(残念ながら旅程の関係で久慈市、宮古市、大槌町は割愛);
釜石市」⇒「大船渡市」⇒「陸前高田市」⇒「気仙沼市」⇒「南三陸町」⇒「石巻市」⇒「松島町」⇒「塩竃市」⇒「多賀城市」⇒「仙台市」⇒(長い海岸線の部分)⇒「南相馬市」⇒通行止(福島第一原子力発電所周辺)避難指示が出た「浪江町」を経由して常磐高速道経由「いわき市」⇒「千葉県浦安市の埋立地

浦安市を除き、殆どの海岸近傍の平地部分は、夏草が生い茂る中に流された船や自動車の残骸が転々と残る所謂「荒蕪地」となり、市外地域の空き地は「瓦礫の山」が連なっていました;

荒蕪地・船の残骸・瓦礫の山
荒蕪地・船の残骸・瓦礫の山

陸前高田市では、津波災害の特徴が良くわかる写真を撮ることができました;

東日本大震災_2棟のアパートの被害状況
東日本大震災_2棟のアパートの被害状況

この写真にあるアパートの前面は海岸に向いており(海岸付近のホテルやアパートは景観を重んずるために所謂「オーシャンビュー」の立地が多い)一棟目は4階まで津波の被害に会ったことが分かります。一方その後ろの二棟目は1階と2階の一部が被害を受けているのみであることがわかります。アパートの1階分が仮に3メートル程度とすれば、1棟目は12メートルの高さの津波を受けたことになりますが、その後ろにある2棟目は3~5メートル程度の津波であったことがわかります。この現象は、海岸すぐ近くに立地していた「キャピトルホテル1000」でも客室レベル(恐らく10~15メートル以上)は被害を受けていない事が分かります;

東日本大震災_海沿いのホテルの被害状況
東日本大震災_海沿いのホテルの被害状況

津波被害を受けたすぐあと(4月1日)にこのホテルの被害状況を調査した記録がネットに残っていましたので詳しくは(地震直後のキャピタルホテル)をご覧ください

また今回の調査旅行の全行程で、大小多くの川の河口を通過してきましたが、河口付近の被害が比較的少ないことに気が付きました。後でニュースなどで知った事ですが、大きな川ではかなり上流まで津波が遡り、死亡を含む被害が発生していましたが、動画などから見る限り海岸付近の津波の様な破壊的なものではなく、堤防の低い所から水が溢れ沿岸の住宅地に浸水していくというプロセスを辿っていました

松島町では、被害を受けたホテルに泊まりましたが、被害は一階のホール部分のみであった様です。恐らく松島町は地図(松島町の地図)をみれば分かる様に、湾の入り口に大きな島があること、湾内にも小さな島々がある事により、津波の破壊力が減殺されたものと思われます

今回の地震は、千年以上前の西暦869年(平安時代)に東北地方を襲い甚大な被害を与えた貞観地震(少なくともマグニチュード8.3以上と推定されています)と並ぶ巨大地震です。貞観地震の際の津波は、百人一首に選ばれている『後拾遺和歌集(西暦1086年)』の清原元輔作成の一首;
  契りきな かたみに袖をしぼりつつ すゑの松山 波越さじとは
にも読み込まれていますが、今回は仙台に向かう途中、多賀城市にあるその『すゑの松山』も訪ねてきました

末の松山
末の松山

今回の地震でもちょっと高台になっているこの『すゑの松山』のすぐそばまで津波の水が押し寄せて来たそうです

仙台では、海岸近くにある『仙台空港』にも立ち寄って被害状況を見聞してきました;

仙台空港の被害状況
仙台空港の被害状況

この空港は、長い海岸線(仙台空港の立地)近くに立地しており、到底防波堤などで空港を守ることはできません。しかし、津波は一階のホールの浸水にとどまっています;

浸水した高さの標識
浸水した高さの標識

仙台から相馬に続く長い海岸線は、仙台空港周辺と同じ様な津波の爪痕が残っていました。特に海岸に設置されていたはずの「消波ブロック」が津波に流されて転々と転がっている光景は印象的でした;

仙台⇒相馬への長い海岸線の被害の様子
仙台⇒相馬への長い海岸線の被害の様子

仙台空港と同様、それ程高い津波に襲われた訳ではなかったにも拘わらず、逃げ場所となる高台が無い中で、車で避難しようとして命を失った人が多かったと言われています

千葉県・浦安市を訪ねた理由は、地震によって生じた液状化現象の被害状況を確認する為で、今回のブログの趣旨には合致しませんので、被害状況、等は割愛します

<津波被害の分析>

この調査旅行で私が強く印象付けられた津波の特徴は;
A.津波は、突然現れる大河の様なものである
B.津波の破壊力は津波が押し寄せる『速度』と波長が極めて長いことからくる膨大な『水の量』で決まる

津波の簡単なモデル
津波の簡単なモデル

例えば、ある湾(入江)に侵入する水の量は、上図の簡単なモデルで説明すると、「押し波の部分の面積」「湾(入江)の入り口の幅」に相当します。気象庁のネット情報によれば、津波の波長は数キロ~数百キロとされており、押し寄せる水の量が膨大になることが感覚的に理解できると思います。沖合における津波の波高がそれ程でなくても、被害が大きくなるのは、こうした理屈によるものです

また、津波は水であることから、基本的に「粘性流体力学」に従うと考えてよいと思われます。しかし、その精密な解析は、地震発生地点における津波の波高や波長、津波の進行する方向、到達する陸地近辺の海底の形状や、海岸線の形状、到達したあとの陸地の高低、傾斜、障害物などによって大きく影響を受けるために、適切なモデル化を行って数値計算を行うにしても、到達する場所ごとの精密な津波の規模を算出することは極めて困難と予想されます(⇔実際に津波の規模の予想は概ね外れますね!)

ただ、津波の挙動に係る定性的な説明をすることは可能であり、これに基づいて津波が起こす幾つかの現象を素人なりに説明してみることにします;
湾(入江)の入り口が広く、奥が狭まっている場合、入り口の長さで決まる大量の水が湾(入江)内に侵入(上記B項参照)し、更に、湾(入江)の両側の岸から反射した津波が重畳するため、湾(入江)の奥に到達する時には極めて波高の高い津波となります
逆に半島や、島などで実質的に入り口が狭くなっている湾(入江)は、入り込む水量が少ないこと、湾内で津波の運動エネルギーが拡散し波高が低くなります。また、島などがあれば、津波の運動エネルギーが島との衝突によって失われ、津波の破壊力は減殺されることになります(松島湾のケース)
防潮堤に必要な高さは、侵入してくる津波の水の量速度で決ります。津波の運動エネルギーは「水の量(=質量)」x「速度の2乗」に比例するので、防波堤にぶつかった時は、この運動エネルギーは、防波堤に沿ってせり上がることによるポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)の増加で相殺せねばならず、想像以上に津波は高くなると考えなければなりません(前掲の「2棟のアパートの被害状況」の写真)。万里の長城と言われた宮古市田老地区の10メートルの防潮堤(世界最強の防波堤)を津波が軽く超え、簡単に破壊されてしまったのはこの理屈によるものと思われます。一旦防波堤の一部が破壊されると、寄せ波だけでなく、引き波で重い船や破壊された家屋の残骸、倒木などが防波堤に激突し、その集中荷重で防波堤は簡単に破壊されてしまったはずです

<参考> 宮古市田老地区の現在の堤防復興状況:防波堤・海閉ざす壁

海岸線の長い平野では、海岸付近でせり上がった高い波(←海底が駆け上がりとなっている為)が崩れ落ちた後、川幅の広い大河の流れのようになって陸地の奥深くに侵入していきます。この大河は表面は平らであっても、この水流は多くの障害物を飲み込んだり、建物を破壊した後の水流なので水中は激しく渦巻く乱流となっており、人間が泳ぐことは不可能です。どんなに泳ぎの達者な大人でも大雨の時の河川の濁流に飛び込めば簡単に水死する理屈(濁流に流された子供を助けようとした親が水死する状況はこれ!)と同じです。車ごと流されて水死してしまう事例の多くは、この乱流が原因と考えられます
大きな川の河口に押し寄せた津波は、陸地を駆け上るよりも抵抗の少ない川を上流に向かって逆流していきます。これによって津波の運動エネルギーは吸収されるため河口付近の被害が少なくなっているものと考えられます。逆に、津波が遡上した上流部では、堤防が低いところから浸水し、被害を発生させることにもなります
海岸から少し離れ大河の流れのようになっている状況では、津波の進行を妨げる様な壁は、流れが比較的緩いと言っても大きな力をうけます。因みに。水は1立法メートルで1トンも重さがあり、相当強度が無ければ直ぐに破壊されてしまいます。通常の住宅が簡単に流される理屈はここにあります。高層アパートなどが流されずに残っているのは頑強な基礎と、その重さにあります。一方、一階部分が鉄骨で出来ており、壁が簡単に破壊されるものであれば、鉄骨の間を津波が抵抗を受けずに流れ破壊されません。調査旅行の道中で、平野の中でポツンと残っている家は概ねこうした構造の家でした

<生き残る方法>

上記の分析から、構築物の被害を未来永劫に亘って防ぐ方策は、津波の規模に不確実性があること、膨大なコストが伴うことで現実的ではありません。また、東南海巨大地震による大津波がいつ発生するかもわからない現在、大津波が来ても生き残る確率を如何に向上させるかを考える方が現実的です。以下は、私の考えた幾つかのアイデアです;
1.大きな川の周辺では、津波の運動エネルギーをできるだけ吸収し、大量の海水を、川を逆流させて逃がすために積極的に活用する。このため、河口付近で溢水しないように堤防を整備するとともに、遊水池が設けられる場所があれば積極的に整備する。また、住宅密集地から外れた耕作地など人口密度が低い所があれば、ここで意図的に溢水させて大量の海水を逃がすようにする
<参考:信玄堤>

*武田信玄の時代に、荒れ川として有名な笛吹川と釜無川の治水のために作られた堤防で、意図的に増水した水を堤防外に逃がして堤防の決壊を避ける様になっています(大雨で決壊すると大被害となる:下の鬼怒川決壊の写真をご覧ください)。増水が収まると逃がした水が川に戻っていく様に設計されています

信玄堤
信玄堤
2015年・鬼怒川決壊の被害状況
2015年・鬼怒川決壊の被害状況

2.広い平野部で津波に襲われたときは、車で逃げるのは渋滞することが目に見えているので愚の骨頂です。大河の様に流れてゆく津波に飲み込まれたときは、溺れないようにすることが生還するための唯一の方法となります。その方法は航空機では非常用装備品として当たり前になっている「ライフジャケット」と「ライフラフト(救命ボート)」を予め準備しておくことです;

ライフジャケット
ライフジャケット
ライフラフト
ライフラフト

航空機の場合、ELT(Emergency Locator Transmitter)という装備が義務付けられており、墜落の様な大きな衝撃を受けると救難信号が自動的に発信される様になっており、広い海洋に墜落しても遭難機、遭難者の位置を確認できる仕組みになっています
津波用のライフジャケットやライフラフトに、水に漬かると救難信号が発信される装置や夜間用のLEDライトを装備するようにすれば、引き波で沖合に流された遭難者も発見が容易になると思います。東日本大地震の津波では、逃げ足の遅い多くの子供や老人が犠牲になりました。是非こうした非常用装備で、生還の可能性を高めてほしいと思います

尚、ライフラフトであれば、救助を待つ間に「低体温症」で死亡することも防ぐことができます。家族単位での行動が可能となり、一層生存率が高まることも期待できます。
<参考:輪中>
昔から洪水に見舞われてきた濃尾平野の揖斐川、木曽川、長良川の下流域では、「輪中」によって水害から命を守ってきました。大河の様な津波に対しては、この知恵から学ぶところが多いと思われます;

輪中・自家用の船
輪中・自家用の船・輪中・自家用の船
輪中の中の家屋の工夫
輪中の中の家屋の工夫

<Follow-up>
*2018年9月19日の朝日新聞DIGITALに(スーッと近づいてきた無人の「神様のボート」住民救った_西日本豪雨災害)という記事が出ていました

3.建物自体を、圧倒的な破壊力を持つ津波に破壊されないようにするのは、以下の様に極めて限定的な方法しかありません
鉄筋コンクリート製の高層建築物であれば前掲の「2棟のアパートの被害状況」、「海沿いのホテルの被害状況」の写真を見れば分かる様に、その重量と基礎の堅牢さで建物の崩壊は免れることが可能であると思われます。更に、建物の向きを「オーシャンビュー」ではなく、海岸線に直角の方向にすれば、津波の立ち上がり方も少なく、より低層部分も冠水しないで済むと考えられます
長い海岸線の平野であれば、津波の高さはそれほどではない(今回の大津波でも1階~2階の高さ)と考えられますので、普通の個人用の邸宅でも、1階部分の柱を鉄骨で作り、壁を壊れやすく!して、津波が来た時には簡単に壊れて水流が容易にすり抜けられるようにすれば(上の輪中の絵の「母屋の1階部分」をご覧ください)、家自体は守れる可能性があると思われます。尚、この時、引き波も大河の様に水が流れますので、流されてきた重量物の衝突で柱の鉄骨が破壊されないようにしたほうがより良いと考えられます。この為には大きな川の橋桁の上流側に設置されている流木などが橋桁に激突するのを防止する構造物を海と反対側に設置することが有効であると考えられます

京都嵐山・渡月橋_流木除けの効果
京都嵐山・渡月橋_流木除けの効果

その他の災害から身を守るには

1.大地震による家屋の倒壊や大火災から身を守るには

大地震による建物の倒壊は、建物自体の耐震性で決まります。現に最新の建築基準法に基づいて建てられている建物に住んでいる人はそれ程心配する必要はないと思いますが、そうでない場合は、耐震診断を予め受け、必要な補強を行うことによって安心して住める状態になると思います。家全体では改修費の負担が大きすぎる場合は、寝室や、居間など居る時間が長い所のみを改修することでも、倒壊した家屋の下敷きとなってしまうリスクを相当程度下げることが可能です

大地震による火災で命を失わないようにするには、まず倒壊しない安全な家に住み、地震が収まったと同時に安全な避難場所に即刻退避することが肝要です。しかし、阪神淡路大震災の被害地域の様に木造家屋が密集する地域に住んでいる場合;

阪神淡路大震災
阪神淡路大震災

倒壊した建物によって狭い路地が塞がれると同時に、地域のあちこちから出火し逃げ道を失う恐れもあります。また、火災の規模が大きくなると「火災旋風」(関東大震災や東京大空襲でもその発生が死傷者を増やしたと言われています)が起きる可能性も考えられ著しく危険な状態になります
一旦火災があちこちで発生した場合、個々の家の耐火性の向上や地上の消火活動などで延焼を防ぐことなどできません。消火するのであれば大規模な森林火災に使われる様な航空機による空からの消火活動が一番効果が大きいと思われます。

日本ではこうした航空機による消火活動は、今でもヘリコプターを利用する事は可能と思われますが、大型の固定翼機による方がより効率的です。日本にはUS2という飛行艇があり;

US2飛行艇
US2飛行艇

この機材を大規模火災の消火用に改修(US2・消防用に改修)し、人口密集地近くの基地に配置する施策も検討する価値があると思われます

また、地域全体で家が倒壊しても絶対に火災を発生させない様にする方法も考えられます。発火の原因は、その殆どが調理・炊事、暖房用の電気、ガスです。最近のガス、電気設備には個々に地震による遮断装置は付いていますが、古い設備には、この遮断装置が付いていない場合もあります
従って、住宅密集地域では、電気、ガス以外のエネルギー源(例えば炭火を使う店舗などが考えられる)を行政レベルで禁止すると同時に、震度があるレベル(その地域で最も耐震性の無い住宅が倒壊するレベル)を越えたら、直ちに地域全体の電気、ガスの供給を遮断することが有効れあると考えられます。勿論、一旦電気、ガスの供給を止めてしまうと復旧は個別の家ごとにおこなう必要があるので、電気、ガスの会社はやりたがらないとは思いますが、、、

2.大規模噴火から生還するには

噴火による死亡事故の殆どは、「噴石の直撃」を受けることと、「火砕流」に巻き込まれることです。噴火予知が正確にできればこんな心配はしないで済むのですが、今の知見だけでは予測はかなり難しい様です

噴石による事故は、防ぐことが難しく、今年1月の草津スキー場のケースでは思いもよらぬところから噴火し、自衛隊員の死傷事故が発生しました。2014年には御嶽山の突然の噴火で、登山者58名が死亡(他に行方不明者5名)しました。噴石は、噴き上げられたものが、ほぼ垂直に落ちてくるのでヘルメットを被っていても被害を避けることは不可能です。丈夫なコンクリート製の待避壕に避難するか、丈夫な屋根をもつ山小屋などに避難するしかありません。ただ、致死性の高い大きい噴石は火口近くに落ちるので、登山者の多い火山の自治体は、火口近くに待避壕を設置する対策を行う努力をしてほしいと思います。また、登山者は待避壕、山小屋などの位置を常に確認しておく習慣を持つことが自身の命を守る上で必要であると考えられます。

火砕流による事故は、噴石に比べるとより大規模で深刻な事故に繋がります。有名なベスビオス火山による火砕流は、ポンペイの町を一瞬の内に消滅させました。最近の日本でも、1991年の雲仙普賢岳の火砕流では報道関係者を含む44名が死亡しました;

雲仙普賢岳の火砕流
雲仙普賢岳の火砕流

ネット情報によれば;火砕流の実体は、「火山砕屑物(さいせつぶつ/岩石が壊れてできた破片や粒子を指す地質学用語)と噴出物の火山ガスや水蒸気が混合して流動化したもの。ガスは、マグマに含まれていた火山ガスと、火山噴出物中および流走中に取り込んだ空気からなる。温度は、マグマに近い高温のものから100℃程度まで幅がある。水蒸気噴火とマグマ噴火では水蒸気噴火の方が発生頻度が高い」であり、上の写真を見れば分かる様に、走っても逃げられないような相当な速度で襲来し、巻き込まれればその高温の環境により確実に死に至る恐ろしい現象です
最近は、噴火活動の結果生じた火口近傍の堆積物の量や、斜面の形状、方向、過去の火砕流の記録、などを勘案して、火砕流の危険性を警告する情報が流れるようになりました。ゆめゆめ好奇心から危険地域に近寄らない様にすることは勿論、避難勧告が出たら早めに非難することが、命を守る唯一の方法です

3.核兵器の攻撃を受けた時に生き延びるには

日本は、中国、ロシア、北朝鮮という核保有国に囲まれ、しかも中国とは尖閣列島帰属問題、北朝鮮とは拉致問題を抱えています。勿論、米国の核の傘で守られている為、簡単には攻撃されることないとは思いますが、仮に日本が最初に核攻撃された場合、米国が自国民を核攻撃の危機に晒さす反撃を行うかどうかは疑問が残ります。だからといって、日本も核武装すべきだという主張に私は組しません。核攻撃を受けても多くの人が生還できる方策を予め考えておくことが大切であると考えます

昔台湾に駐在した時、最初に奇異に感じたことは、台北市内の主要道路の交差点は頑丈なコンクリート製の地下歩道が整備されいることでした。現地の人に聞いたところ、これは大陸から攻撃を受けた時の防空壕の役割を果たすのだそうです
大国に囲まれた国、隣国から侵略を受けた歴史を持つ国は、防衛の第一の目標は最初に攻撃されたときに如何に生き残るかです。因みに、フィンランドの核シェルターをご覧ください;

フィンランドのシェルター
フィンランドのシェルター

戦後、唯一の被爆国として非核三原則を堅持してきた日本であっても、核攻撃されないという保証はありません。日本にとって非核三原則を遵守すると同時に、核攻撃をされても生き残る方法を、科学技術先進国である日本の総力を挙げて取り組むべきであると私は考えています。因みに、米国では数百万円~数千万円で個人用の核シェルターを販売している会社がありますが、最近の最大の顧客は日本人だそうです

日本には、核攻撃を受けると必ず死に至る(即死しなくても、後遺症で死ぬ)と思っている人が少なくありません。その結果、シェルターなど意味の無いものだという人も多い様に思います。その背景には、下記写真のような原爆の惨状を小学校時代からずっと頭に叩き込まれてきたことがあります。また、マスコミや著名な作家による恐怖を煽る記事も多くの人々に影響を与えたに違いありません。私も学生時代に読んだ「広島ノート;大江健三郎著」には多大な影響を受けました。このブログを書く前にもう一度読み返してみましたが、当時としてはやむを得ないにして、もあらゆる病気、あらゆる死が原爆、放射能と結びつけられており、現在の知見を基に判断すると驚くばかり間違いの多い内容です。これによって被曝したものの健康を取り戻した多くの人たちが、結果として差別を受けたことは忘れてはいけないと思います。この本にも引用してありますが、興味のある方は(広島で被爆した医師が大江健三郎に書いて寄こした手紙)読んでみてください;

ヒロシマ被曝直後の惨状
ヒロシマ被曝直後の惨状

核攻撃を受けても生き延びる手段はあります。冷戦時代、米国、ソ連、中国は核攻撃の危機を現実のものとして受け止め、核攻撃から自国民を守る手段を必死に研究してきました。フィンランドの核シェルターも、米国で個人宛に販売している核シェルターも、そうした研究の成果を取込んだものと考えられます

そもそも、核攻撃による死のリスクとはどんなものでしょうか;
① 致死量の放射線を爆心から直接浴びることによる死;
放射線はアルファー線、ベータ線、ガンマ線(波長の短い電磁波)、紫外線・光線・赤外線(波長の長い電磁波)、中性子線、その他の粒子線に分けられます。それぞれの放射線の性質、リスクなどについて詳しく知りたい方は私のブログ(原子力の安全_放射能の恐怖?)をご覧になってください。いずれも爆心地近くで直接浴びれば即死します。しかし、頑丈な遮蔽物に身を隠していれば防御することが可能です。ただ、中性子線だけは透過力が極めて強いので、あるいは水を含んでいるコンクリート、水分を含んだなどで防御することが有効です(原子炉が水やコンクリートで遮蔽されているのはこの理由によります)
また、こうした放射線は爆心から球状に広がると考えれば、爆心からの距離の2乗に反比例して強度は弱まります。例えば、爆心から1キロの地点の放射線強度に比べ、10キロ離れた地点の強度は百分の一になります。基本的に直進することを考えれば、山などの陰に隠れていれば安全ということになります

② 爆風(正体は衝撃波=強烈な音波)を爆心から直接浴びることによる死;
爆心地近くであれば、強烈な爆風で人間を含む重い物体が吹き飛び、何かと衝突して死亡する可能性が高いと思われます。ビル街などでは、爆風で飛び散ったガラスが突き刺さり死に至るケースも多く発生します。爆風も基本的に爆心地から直進するので、頑丈な遮蔽物に身を隠すか、地面より低い所(戦場で爆弾が降りそそぐ環境で塹壕に隠れるのはこの爆風を避ける為です)に潜り込むことで安全を確保できます
よく原爆が炸裂した時の表現で「ピカドン」という言葉が」使われますが、これは「ピカ」で光速あるいは光速に近い速度の放射線が爆裂と同時に到達し、やや遅れた「ドン」で爆風が到達する状況を表現しています(遠くから花火を見た場合を想像してください)。従って、爆心から離れたところであれば、「ピカ」を見てから待避しても間に合う可能性があります(10キロ離れていれば30秒ほどの猶予時間があります)。爆風も、放射線と同じく球状に広がるので、距離の2乗に反比例して強度は弱まります。

③ 爆発後降り注ぐ放射性廃棄物から出る放射線(二次放射線)を浴びることによる死;
核爆発すると巨大な「きのこ雲」が発生することはよく知られています。このきのこ雲は放射性廃棄物を沢山含んでいます。これが爆発後ある程度の時間をかけて地上に降り注ぎます(所謂「死の灰」)。地上に降り積もった放射性廃棄物に近づけばと同様被曝することは明らかです。しかし、放射線の強度は①に比べて桁違いに弱いので直ちに死に至ることはありませんが、長時間に亘ってその環境にいれば放射線障害になる恐れがあります。広島、長崎ではこの二次放射線で放射線障害となった人も多いと言われています。1954年ビキニ環礁でマグロはえ縄漁を行っていた第五福竜丸の23名の船員が被曝したのは、この「死の灰」によるものです詳しくは私のブログ(原子力の安全_放射能の恐怖?)をご覧になってください。ただ、きのこ雲は風向、風速によってはかなり遠方まで届くので、爆心地から離れていても注意が必要です

④ 爆発後降り積もった放射性廃棄物を体内に取り込む事による死;
これは上記私のブログをご覧になって頂ければ分かるのですが、放射性廃棄物で汚染されたほこりや食物を体内に取り込むと、体の内部から継続的に被曝する結果となり、少量であっても非常に危険です。この対策はマスクなどによって肺に取り込むことを防ぐほか、汚染された食べ物を食べてしまうことを防ぐ必要があります。尚、体内に取り込まれた放射性物質の量は、ホールボディーカウンターで測定することが可能です
いずれにしても、放射性廃棄物がある所に入らないことで確実に防ぐことが可能です

以上を踏まえると、堅牢な防護壁、乃至地下に設置された核シェルターは、爆心地近くでない限り①、②の脅威から生還できる可能性が高いことが分かります。また、シェルター内の空気は放射性廃棄物を通さないフィルターを通じて換気されているとともに、相当期間必要な食料は備蓄されているので、③、④の二次放射線の脅威からも免れることが可能です

山間部は直接攻撃されない限り山が守ってくれますが、極度に人口が集中している大都市では、こうした自然の防壁もなく、新たにシェルターなどを設置しようにも場所が確保できません。しかし、大都市では地下鉄網や広い地下街がありますので、ここに多くの人を退避させることによって少なくとも①、②の脅威からは命を守ることが可能だと考えられます
ただ、ミサイルの緊急速報が入ってからの時間の猶予はそんなにありません(北朝鮮からの発射であれば5~10分でしょうか)。また、避難スペースを広く確保するためには地下鉄を直ちに停止させ、地下鉄のトンネルの中も避難スペースとして使わなければなりません。更に、現在は、地下鉄や地下街への入り口が狭く、数も少ないので、核シェルターの代役をさせるのは入り口を増やし、ある程度の食糧の備蓄なども必要になると思います
総理府では(国民保護ポータルサイト)でミサイルが発射されたときの連絡体制や、地下街などの地下施設に避難するなどの注意事項が書いてありますが、地下施設をシェルターとして利用するために必要な改修工事は未だ計画もありません。また、地下への人の誘導の訓練もやっていません。このままでは、実際に核攻撃の脅威が現実のものになった時にどうなるかとても心配です
終戦間際の米軍による都市爆撃で、あれだけ多くの民間人が亡くなってしまった事の反省が未だにできていないのではないでしょうか、、、

<Follow-up>
*2018年12月25日の日経新聞に、Jアラートシステムが変更されるとの記事が掲載されていました:181225_北朝鮮のミサイル発射情報・Jアラート見直し_伝達を都道府県単位

以上