AeroSHARK についてちょっと勉強してみました!

はじめに

見出しの写真は上が海の支配者である「サメ」、下は空の支配者である「F22 ラプター( Rapter)」です。因みに Rapterとは猛禽類を意味します。サメは海の中を高速で遊泳して捕食し、成魚になれば無敵の存在です。一方F22は、超音速巡航性能(音速の2倍/時速約2,400キロ)高いステルス性機動性先進的なアビオニクスにより、現在世界最強の戦闘機であり、その優越性を維持するために同盟国にも輸出していません。何故かこの二つの写真はよく似ていると思いませんか?

ごく最近、ANAさんが貨物機の胴体にサメ肌のフィルムを貼って空気抵抗を減らし、燃費を削減すると共に結果としてCO2排出量を減らすことを高らかに?宣伝しています。ANAさんはこの技術を、ドイツの総合化学メーカーであるBASFとルフトハンザ航空から得ているとしています;
ルフトハンザ航空の事例
スイス航空の事例

大昔に航空学をちょっと齧った筆者としては、この技術を勉強し読者の皆さんに出来るだけ分かり易く説明しようと企てました。結果は以下の通りです

基礎的な知識

1.流体の粘性
粘性という言葉からは、ねばねばする「とろろ」とか「納豆」を連想してしまいますが、ここでは全ての流体に備わっている「粘性」についての法則を簡単に説明いたします;
① 水は液体で、比較的高い粘性を持っていますが、一般的な液体と比べると寧ろ低い方です。水の動きは滑らかで、日常生活で強い抵抗を与えることは少ないものの、川の流れに足を入れば、川から強い力を受けます。つまり水の流れの強さによって足(体)に掛かる力が変わることを体感できます
一方、
② 空気は気体であり、粘性は液体に比べて非常に低く、空気中を物体が動く際の抵抗は水に比べて少ないものの、台風などの強風に晒されると、水と同じ様に強い力を体感することができます
(注)上記①、②共に、強い流れにぶつかった時の「動圧」については、粘性の影響というよりは、流れを遮った時の圧力(質量をもっている流体を遮ることによる「反作用;下記ニュートンの第三法則)」)なので、むしろ、横を向いたときに感ずる流体から受ける摩擦力を実感して頂くと分かり易いと思います

粘性を持っている流体から受ける力は、上記の体感から「粘性の強さ」と「流速」に強い相関があることはお分かりいただけると思います
見出しの写真にある「サメ」は、空気に比べると粘性の高い水中を高速で遊泳するために所謂「流線形」をしており、尾びれは見事な「後退翼」になっています
一方 F22 は、空気の粘性は水に比べて圧倒的に低いものの、極めて高速で飛行する為に胴体はサメと同様に「流線形」をしており、横向きの写真で見えないですが主翼は「三角翼:前縁は強い後退角」になっています

<参考> 「ニュートンの粘性法則」について
ニュートンと言えば、「万有引力の法則」やニュートン力学の三つの法則「慣性の法則」、「運動の法則」、「作用・反作用の法則」で有名ですが、彼の功績には以下の「ニュートンの粘性法則」があります(ニュートンの物理学の貢献については「流量計測の歴史by小川胖」を参照してください)。流体力学はここから出発しているといっても過言ではありません(以下は、物理が大好きな人の為に引用しました);
2.境界層とは;
境界層(きょうかいそう/ boundary layer)とは、ある粘性流れにおいて、粘性による影響を強く受ける層のことです。1904年、ドイツの物理学者ルートヴィヒ・プラントルによって発見されました。何と!ライト兄弟による現代の航空機の初飛行の一年後にこの理論を発表しています
(参考)ルートヴィヒ・プラントル(Ludwig Prandtl 、1875年 2月~ 1953年 8月)は、ドイツの物理学者。 空気力学 の分野で顕著な業績をあげました 。特に、 境界層薄翼の理論 揚力線理論など、航空機の発展に多大な貢献をしています

例えば、静止している物体が置かれた所に一様に流れる流体を考えたとき、物体近傍の流体は粘性によって物体に引っ張られ、速度が減少します。当然その減少の度合いは物体から離れるにつれ小さくなってゆきますが、ある距離で無視できる程度になります。そこで、この距離を境に粘性が強く影響する層無視できる層に分けることができます。これを「境界層近似」といい、粘性を強く受ける方の層を境界層と呼んでいま
この「近似」の適用によって、境界層外では比較的平易な非粘性流の解析を用いることができるため、流体の解析を効率的に行うことができます
また、境界層内の摩擦によって生ずる力の反作用として物体に発生する抗力(物体を流されない様に支える力)が発生します

3.境界層の剥離;
航空機の安定した飛行を実現しているのは、境界層の上をスムースに空気が流れている場合であり、何らかの理由(例えば翼の迎え角を大きくした場合など)でこの境界層が剝がれると、大きな渦ができ大きな抵抗が発生して、航空機の場合、揚力が失われる緊急事態となります。全面的な剥離でなくても、部分的な境界層の剥離は大きな抗力が発生し燃費性能の低下振動の発生操作性の異常、など深刻な事態を招きます

境界層の制御

1.ヴォルテックス・ジェネレータ(Voltex Generator )とは
Voltexとは「」、Generatorとは「発生器」を意味します。日本語の表現としては「ヴォルテックス・ジェネレータ」が一般的です。以下この呼び方に統一します
戦後早い時期から航空機の空力設計に取り入れられていましたが、最近では高速走行が売り物の自動車にもヴォルテックス・ジェネレータが装着されています
私が日本航空に入社した当時、DC-8 型機が主流であり、B747型機は導入されたばかり、国内線には最新鋭のB727型機が高い飛行性能で注目されていましたが、この機種には既に機体の一部にヴォルテックス・ジェネレータが装備されていたことを記憶しています

境界層が剥離すると空気抵抗が増加するので、ヴォルテックス・ジェネレータはこの剥離を防止する手段として主として剥離しやすい部分に取り付けられます。設計の段階では設置場所を決めるのは難しいので、模型による風洞実験で最も剥離しやすい部分を特定し設置されます
ヴォルテックスジェネレータは意図的に「縦渦(接触表面から立ち上がる様な渦を発生させ上層の高速な流れと下層の低速な流れ(前節「境界層とは」の流れの速度分布を参照)を混合し、剥離点を下流に移動させることにより、表面に沿った圧力分布が改善され、全体的な空気抵抗が減少します。これにより結果として燃費の向上も図れることになります。以下は、現在就航している機種のヴォルテックス・ジェネレータの写真です;

2.リブレットとは
リブレット(riblet)とは、特定の形状を持つ小さな溝や隆起が表面に並んだ微細な構造のことを指します。リブレットは、空気や水の流れを効率的に制御し、摩擦を減少させるために使用されます。最初は、サメの皮膚の微細な構造を参考にして開発されました。サメの皮膚には小さな鱗があり、それが水の流れを滑らかにし、摩擦を減少させる効果があります。この原理を模倣したのがリブレット技術です。

実用化されているリブレットは、表面に沿って並んだ微細な溝のパターンから成っています。これらの溝は通常V字型」、「U字型」、「台形型」で、流体が流れる方向に沿って配置されています。これらの溝の幅や深さは非常に小さく、通常数ミクロンから数百ミクロンのオーダーです(ミクロン=千分の1ミリメートル)

                                         JAXAスーパーコンピューターでのシミュレーション画像

こうしたリブレットは、航空機の翼、風力発電機のブレード、船体、車両など、さまざまな分野で既に使用されており、流体の抵抗を減らすことでエネルギー効率の向上を実現しています

3.リブレット技術の航空機への活用
現在、リブレット技術の活用方法は以下の二方式があるようです;
① ANA方式(=BASF・ルフトハンザ航空方式)
「はじめに」で述べた方法は、 BASFが開発したサメ肌に加工された薄いシートを航空機の胴体に貼る方式です。ボーイング777型貨物機では、一枚の大きさが「1メートル50センチメートル」のフィルムを約2千枚使用するとのことです。このフィルムは4〜5年での張り替えを想定しているそうです(この張替の間隔は、恐らく同間隔で実施される重整備・改修作業のタイミングと一緒に実施されると考えられます)
詳しくは2024年9月2日の日経新聞記事「ANA、サメ肌貨物機を初就航 SAF普及に先駆け燃料削減」をご覧ください

② JAL方式
JALについても、既に昨年(2023年)にリブレット実験結果を公開しています。この方式は加工されたフィルムを貼るのではなく、機体の塗装面に直接レーザー加工する方式です
詳しくは2023年3月14日の日経新聞記事JALも「サメ肌」航空機 直接加工で耐久性に強み」をご覧ください

おわりに

このブログを書く為に、数十年遠ざかっていた空気力学を再び学びなおす機会が得られました。遠い昔になった学生時代に「航空機の発達は自然から学んだことが多い」と授業で言っていたお年寄りの教授を思い出します。リブレットなどはサメから学んだわけですから、正にその一例ですね
飛行機の形の変遷や、空気力学的な色々な発明は鳥から学んだことが多いと言われています。例えば、現在の高速な旅客機や戦闘機の翼型は、獲物を見つけて急降下する猛禽類の翼型にそっくりです
また、現在の旅客機は燃費を節約するために主翼の翼端にウィングレット(上方に反り上がっている)を装備している機体が殆どです。これは、飛行機の重量を支えている主翼は、主翼下面の圧力が上面の圧力より高くなっている為、翼端で下面の空気が上に回り込んで大きな渦を作り出してしまいます。この渦は飛行機の抵抗となりますので燃費性能が悪化することになります。ウィングレットはこの影響を最小化するために装備されています
この翼端の渦を長距離飛行をしなければならない渡り鳥の群れは積極的に活用しています
写真の渡り鳥の編隊飛行は正にこの翼端渦を集団としての省エネ飛行に活用しています
しかし先頭のリーダーの鳥は、後方左右の鳥の飛行を一部支えていることになるので負担が大きいと思いますが、リーダーであればしょうがないか? あるいは疲れるとサブリーダーと交代するのか? 自然はとにかく凄い!

Follow Up_ネット上で見つけた翼端の渦の分かり易い写真。通常この翼端渦は透明な空気中では見えませんが、偶々航空機の後方に雲があったため翼端渦が雲を巻き込んでいる写真が撮れたものです:
                                   以上