原子力の安全_放射能の恐怖?

-はじめに-

今年3月11日で、福島事故が起きてから5年が経ちました。事故当時、私は独立行政法人・原子力安全基盤機構に居た為、事故の生々しい経過を体験いたしました。当時の状況を思い出すと、今でも身の毛がよだちますが、関係者の懸命な努力とは別に、マスメディアを含め不正確な情報、デマが飛び交い、謂わば論理や正論が通らなくなる“怖い時間”も体験致しました。
あのような時間には何を語っても無駄であるような気がして黙っていましたが、事故後5年目となる今年は、福島県の幾つかの村で“避難指示”の解除が始まり、少しは自分が貯めた知識も開陳しても許されるのではないかと思い、このブログを書きました

上の写真は理化学研究所が発見した新しい元素が、“ニホニウム”という名前で正式に登録されたことを祝っているところです。私共理科系の人間にとって、周期律表(後述)を初めて学んだ時、余りに美しい自然の法則に感動すると同時に、そこに書かれている元素の名前によって、科学技術の歴史が西洋で築かれてきたことを実感させられた瞬間でもありました。勿論日本にも、仁科芳雄、湯川秀樹、に始まる原子物理学の先人たちから、昨年のノーベル物理学賞受賞者である梶田隆章さんに続く原子物理学者の系譜があり、日本人として誇らしく思っていますが、この“ニホニウム”によって世界の子供たちが原子物理学を最初に学ぶ時に、日本の貢献を知ってもらえることは理科系の人間にとってこの上ない喜びです。

さて、原子力の安全を語りはじめるには、2400年以上前のギリシャの哲学者“デモクリトス”が、物質の究極の構成要素として存在を予言した“原子(アトム/Atom)”の話から始めるのが適切であると思います。
まず、上記新聞で取り上げられている元素と原子の違いは何でしょうか?
最近は中学の理科で原子物理学の初歩を教えていることもあって、現場の先生がこの違いを理解できず、ネット上に沢山の“Q&A”が載っています。しかし、どれも極めて分かり難い表現(先生が理科系で、日本人だからでしょうか)となっていますので、私なりにこの違いを以下に説明しておきたいと思います;

元素の英訳名は“Element(要素)”です。「地球上には沢山の種類の“物質”が存在していますが、これらの物質をこれ以上分けられない位の基本的な物質(要素)に分解してみると約100位に分けることができます(勿論19世紀頃の人が知っていた知識で、現在存在が確認されつつある色々な素粒子はこの数に入っていません)。これらの基本的な物質を“元素(Element/要素)”と呼びます。元素は、それぞれ固有の“原子(アトム/Atom)”から成っています。言い換えれば、各元素はそれぞれ“固有名詞”(例えば、水素、鉄、ニホニウム、etc)を持っており、原子は、それに共通する“集合名詞”という事が出来ます。(例えば、「水素原子、鉄原子、ニホニウム原子、など ⇔ 米国民、ロシア国民、日本国民、など」の対応を考えてみれば、原子というのは、国民という集合名詞に相当することになります)
尚、元素、原子以外に“分子”という分類まで中学の理科で教えるようですが、これは複数の「原子が結合した状態」のことを言います。例えば“水という分子”は、“水素原子2ヶと酸素原子1ヶ”が結合した物質ということになります。

原子の姿(“原子がひらく世紀”日本原子力学会編)
原子の姿(“原子がひらく世紀”日本原子力学会編)

原子は“原子核”と原子核の周りをまわっている“電子”で構成されています。原子核は電気的にプラスの性質を持った“陽子”と、電気的に中性で陽子と同じ質量の“中性子”から成っており(軽水素のみは、陽子1ヶの原子で成り立っています)。電子は陽子の数だけ存在し、質量は陽子や中性子の約1800分の一の小さな粒子です。尚、導線中を流れる電流の正体はこの電子です。また色々な元素の原子核を構成している陽子の数を、その元素の“原子番号”と言います

化学反応”とは、分子の結合状態が変わることを意味します。例えば、水素と酸素の“燃焼”という化学反応は、水素原子2個と酸素原子1個が結合し水に変わると共に、熱が発生する反応のことを言います。この反応では原子核には何の変化も起こりません。所謂化学実験や、薬品、肥料、などの合成は、人間がこの化学反応を使って意図する分子を作っているということになります

一方“核反応”とは、原子核自体に変化が起こる反応を意味します。大きな原子核が分裂することを“核分裂反応”といい、小さな原子核が合体することを“核融合反応”と言います。どちらの核反応においても、反応前と反応後の質量を比較して質量が減っていた場合(質量欠損)、巨大なエネルギーが発生します;
*発生エネルギー=(質量欠損) x (光の速度)² ←アインシュタインの特殊相対性理論
*核分裂反応の利用:原子爆弾、現在の原子炉
*核融合反応の利用:水素爆弾、核融合反応の実験炉(研究段階)
尚、“核分裂反応”や“核融合反応”とは別に放射性同位体(下記参照)が放射線を出して別の物質に変わっていくことも“核反応”の一つです

放射線を出して別の物質に変る(“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編)
放射線を出して別の物質に変る(“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編)

-放射性同位体-

1869年にロシアの化学者であるメンデレーエフ(1834年~1907年)が、各元素を原子量(原子の質量)の順番に並べると、元素の化学的な性質に規則性があり、グループ化することが可能であることを発表しました。これを“周期表”といいます(我々の世代ではこれを“周期律表”と呼んでいました!)。この発表があってから後、周期表で空欄となっている部分に該当する新物質(既知の元素である“ケイ素”に化学的性質が類似する“ガリウム”や“ゲルマニウム”)が発見され周期表の有用性が認められることとなりました。
現在の周期表は原子番号順に整理されています ⇒ 周期表

この周期表の左下に表の見方が載っています。
原子番号はその元素の陽子の数であるのに対し、原子量は“陽子の数+中性子の数”を意味します。この数が整数になっていない元素は、陽子の数は同じ(⇔原子番号は同じ)でも中性子の数が違う元素が混じって存在していることを意味します。これをその元素の“同位体”といいます。同位体は、化学反応の面では全く違いがありませんが、 “質量”が異なっていることとは別に、原子核としての安定性に違いが出てくるものがあります。例えば同位元素の中には放射線を出して(“放射性同位体”または“放射性同位元素”)、別の元素に変わっていくものがあります。放射性同位体が放射線を出して半分の量が別の物質に変わる期間を“半減期”と言いますが、放射線の被曝の影響を評価する場合、この半減期が重要な要素になります

以下に、周期表の中で、よくメディアに取り上げられる放射性同位体を持つ元素を選んで簡単に説明しておきたいと思いますす;
水素(原子番号1):原子量が1の軽水素の他に、同位体である重水素(陽子1+中性子1;核融合反応炉の燃料となります)、三重水素(“トリチウム”/陽子1+中性子2;放射性同位体)があります。今回の福島の事故では、微量の“トリチウム”が含まれている汚染水を海に排出するかどうかで議論になりました
Follow_Up:2019年11月18日「原発処理水放射線影響小さい、 1年全量放出で、政府小委が評価
Follow_Up:2019年12月23日「経産省小委:海洋放出、又は水蒸気放出に絞る

炭素(原子番号6):原子量が12の炭素の他に、自然界には宇宙線の作用で生まれた2種類の同位体がありますが、注目すべきは原子量が14の炭素(“炭素14”;放射性同位体)です。この炭素14の放射線の半減期が長い(5740年)ことを使って、古代の遺跡など気の遠くなるような長い年代の判定に使われています
カリウム(原子番号19):カリウムの同位体は多数存在(24種類)しますが、自然界に存在するのは3種類のみです。このうち注目すべきは原子量40(“カリウム40”;放射性同位体)の同位体で、半減期は12億5千万年です。カリウム40は自然界には微量(0.0117%)しか存在しないものの、カリウム自体が人体には極めて多く含まれており(8番目か9番目に多い元素;神経伝達に重要な役割を演じています)、注目しておく必要があります

ストロンチウム(原子番号38):ストロンチウムの同位体は多数存在(33種類)していますが、特に問題となるのは原子爆弾や原子炉の核分裂反応で生成される原子量90のストロンチウム(“ストロンチウム90”;放射性同位体)です
ヨウ素(原子番号53):自然界にはヨウ素の同位体が多数存在(37種類)していますが、特に問題となるのは原子爆弾や原子炉の核分裂反応で生成される原子量が131のヨウ素(“ヨウ素131”;放射線同位体)です

セシウム(原子番号55):セシウムの同位体は多数存在(40種類))していますが、特に問題となるのは原子爆弾や原子炉の核分裂反応で生成される原子量137のセシウム(“セシウム137”;放射線同位体)です。原爆実験や、チェルノブイリ事故、今回の福島事故などで大気中に大量に放出され問題となりました。
ポロニウム(原子番号84):ポロニウムは自然界に僅かに存在する放射性元素で、原子量210です。ロシアの情報組織が暗殺に使ったとして有名になりました

ラドン(原子番号86):ラドンは自然界に存在する放射性の元素で、同位元素は多数存在(34種類)するものの、注目すべき同位体は原子量222のラドン(“ラドン222”;放射性同位体)です
ラジウム(原子番号88):ラジウムは放射能を持つ元素として1898年キューリー夫妻によってはじめて発見されたものです。同位体は多数存在(33種類)しますが、注目すべきは過去に被ばく事故を起こした原子量226の同位体(“ラジウム226”;放射線同位体)です

ウラン(原子番号92):ウランは自然界に存在する放射性の元素で、同位元素は多数(28種類)存在し、そのすべてが放射性同位体です。ただ、注目すべき同位体は以下の二種です。原子量238の同位体(“ウラン238”)は全ウランの99%以上を占め、原子量235の同位体(“ウラン235”)は全ウランの0.7%程度含まれています。ウラン235は容易に核分裂反応を起こしますので、原子爆弾や原子炉の燃料として使われています。ただウラン235は微量なので分離抽出するには高い技術(“ウラン濃縮”技術/原子量の違い⇒重さの違いを利用します)が必要になります。ウラン235を分離した後のウラン(ウラン238が主成分)を“劣化ウラン”といい、比重が大きい(約19で鉄の2.5倍)ことを利用して貫通性を要求される砲弾に現在も使われています

プルトニウム(原子番号94):プルトニウムは自然界には非常に微量しか存在せず、殆どは人工的な核分裂反応の結果生まれてきた元素です。同位元素は多数(20種類)存在し、そのすべてが放射性同位体です。ただ、注目すべき同位体は以下の二種です。原子量239の同位体(“プルトニウム239”)で、原子爆弾(プルトニウム爆弾)や原子炉の燃料(ウラニウム燃料と混合して作られる所謂“MOX燃料”、及び高速増殖炉の燃料)として使われています。原子量238の同位体(“プルトニウム238”)は半減期が約87年で、放射線を出すと同時に発熱する為、長期間交換不要な原子力電池として宇宙船や、心臓のペースメーカーの電源として使われたことがあります

-放射線の種類とその特徴-

我々の身近にある放射線には沢山の種類があります。以下に三つのカテゴリーに分けてその特徴を説明いたします;

1.主として放射性同位元素の核反応によって生まれる放射線;
アルファー線:正体は“ヘリウムの原子核”(原子番号2;原子量4)
質量の大きい粒子である為、衝突によって与えるダメージは大きい(粒子の速度の2乗に比例)のですが、プラスの電荷を持っていること(原子核はプラスの電荷を持っているので反発力が働く)と、粒子が大きいことで遮蔽物によって被曝を防げる放射線です。
ベータ線正体は原子の構成要素である“電子
電子は軽い粒子(陽子や中性子の1800分の一の質量)である為、衝突によって与えるダメージは比較的小さいです(粒子の速度の2乗に比例)。また粒子が小さい分がアルファー線より透過しやすいのですが、マイナスの電荷を持っている為、アルファー線ほどではありませんが遮蔽物によって被曝を防げる放射線です。
ガンマ線:正体は“電磁波
ガンマ線は電磁波であることから、基本的な性質は携帯電話、放送局などから発する電波や光と同じ性質を持っています。電磁波のエネルギーが周波数(振動数)に比例することから、周波数の高いガンマ線は透過力が非常に高い放射線です
中性子線正体は原子の構成要素である“中性子
中性子の質量はアルファー線(ヘリウムの原子核)の四分の一、ベータ線(電子)の1800倍である為、衝突によって与えるダメージはかなり大きく、更にアルファー線やベータ線と違って電荷が無いので透過力も非常に高い放射線です。従ってこの放射線を防ぐには、原子同士の衝突によって運動エネルギーを奪うことが有効です。衝突によって運動エネルギーを奪うには水素原子など質量の小さい原子を多く含む材料(例えば水など)が有効になります。
放射線の透過能力の比較;

放射線の透過能力(“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編より)
放射線の透過能力(“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編より)

2.粒子加速器、その他の機器で人工的に生み出される放射線
加速器から作り出される放射線:電荷のある粒子であれば電気的に加速し放射線にすることが可能です
電子線/通常の電子だけでなく陽電子(プラスの電荷を持った電子)線も作られています;重粒子線(陽子、その他の重粒子)は難治性のガンの治療に使われています
エックス線:エックス線は1895年にドイツの物理学者レントゲンによって発見されました。通常エックス線管(真空管に近い構造を持っている)によって発生させ、その高い透過能力を使って身体を透視し、病気の診断に広く使われています。尚、病気の高度な診断に使われる“CTスキャン”は、エックス線を使った断層写真撮影機のことで、身体を立体的に再現することができます。また周波数の高いエックス線は透過力が強いので、金属構造内部の亀裂の発見など、工業的にも多く使われています
エックス線は電磁波である為、電波や光、ガンマ線と基本的に同じですが、通常放射線として扱われるのはガンマ線とエックス線です

3.宇宙線
宇宙線(Cosmic Ray)とは、文字通り宇宙を飛び交っている高エネルギーの放射線です。宇宙線は銀河系宇宙内の超新星や太陽活動を主な起源とし、主な成分は陽子の他、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、鉄などの重粒子も含まれています。高速で地球に突入した宇宙線は大気と衝突し二次宇宙線(主としてμ粒子)を発生させています。宇宙飛行士やジェット旅客機に搭乗している人の被曝はこれらの宇宙線が原因です。

―放射線の被曝による身体への影響-

人間の体が放射線被曝することによって、体の細胞内の“DNA”(デオキシリボ核酸;遺伝子情報を持っている)の一部が破壊され、細胞を死滅させたり、細胞の“がん化”を招いたりします

放射線によるDNA損傷のメカニズム(日経新聞記事より)
放射線によるDNA損傷のメカニズム(日経新聞記事より)

放射線被ばくによる細胞のダメージの大きさは、放射線の種類や強度(粒子の放射線であれば、その質量や速度、電磁波の放射線であればその強度や周波数)によって異なります。従って、放射線被ばくに伴うリスクを管理を行う為に、放射線の強度を表すいくつかの客観的な単位を決めています

1.放射能とは
放射能とは文字通り元素の「放射線を出す能力」のことです。
この能力の大きさを比較する為に作られた物差しが“べクレル”という単位です

ベクレルの定義:“1秒間に1個の原子核が壊れて放射線を出すとき、この元素の放射能を1ベクレルとする

この定義で理解できるように、この単位は放射線の種類やエネルギーとは無関係で、人体への影響度を測る物差しに適していません
因みに、日常食べている食料に含まれている“カリウム40”による放射能は以下の通りです(出典:“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編);
* :20~70ベクレル/1キログラム
* :40~190べクレル/1キログラム
* ホウレンソウ:70~370べクレル/1キログラム
* 海藻:40~370べクレル/1キログラム
* 牛乳:40~70べクレル/1キログラム
また、体内に常に存在している放射性同位体の放射能は以下の通りです(出典:“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編);
* カリウム40:4000ベクレル
* 炭素14:2500ベクレル
* その他の放射性同位体:数百ベクレル

このブログのタイトルにある「放射能の恐怖」という表現はマスメディアに多く登場していますが、多くの人々の誤解を生む原因になっています。上記の説明でお分かりの様に、我々は日常的に放射能を持つ物質に取り巻かれています。安易に“放射能は怖い”などとは言うべきではなく、どういう形の放射線被ばくが怖いのかを理解しておかねばばらないと思います

2.放射線の被曝による身体への影響を測る“物差し”
放射線はエネルギーをもっています。このエネルギーが身体に吸収された時に身体がダメージを受けることになります。例えて言えば、「火傷をするということは、火(⇔赤外線)のエネルギーが身体に吸収された」ということですね!
放射線の被曝による身体への影響を測る“物差し”は放射線の“吸収線量”を表す“グレイ”という単位で表現します

グレイ(Gy)の定義1キログラムあたり1ジュール(エネルギーの単位)の放射線エネルギーの吸収がある時の放射線量を1グレイとする

この“物差し”はエネルギーで表現しているので、放射線の種類は関係ありません。しかし、人体への放射線被ばくによるダメージを測る場合、放射線の種類によってかなり差が出ます。従って、人体への影響が同じ尺度で表せる様に補正した物差しが“実効線量”であり、その単位が“シーベルト”です。

シーベルト(Sv)の定義グレイの値に以下の加重係数を掛けた値
加重係数(出典:“原子力がひらく世紀”日本原子力学会編);
 X線、ガンマ線:1
 ベータ線:1
 陽子線:5
 アルファ線、その他の重粒子線:20
 中性子線:5~20(中性子の速度に依存)

尚、シーベルトという単位は大きいので、通常その千分の一、百万分の一の単位を使用しています;
1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)
1ミリシーベルト(mSv)=1000マイクロシーベルト(μSv)

また、シーベルトという物差しは、吸収したエネルギーの総量に比例しますので、必ず時間の単位が入ってきますマスメディアの報道にはこれをきちんと表現していない場合が多いので注意が必要です。例えば;
1ミリシーベルト/1時間 = 1 x 24時間 x 365日 = 8.76シーベルト/年
1マイクロシーベルト/1日 = 1 x 365日 = 0.365ミリシーベルト/年

3.実効線量と人体への影響について
既に述べてきたように、我々は地球に住んでいる以上、誰でも放射線に晒されています。従って、日常生活の中でどの程度の放射線を浴びているか実効線量(シーベルト)で比較してみましょう;
何もしなくても、誰でも浴びている自然放射線の実効線量(全国平均値):1.1ミリシーベルト/年
これは、宇宙線、地面、食物などから受けている放射線なので、当然のことながら住んでいる場所によって異なります;

日本全国の自然放射線の分泌(“原子力の世紀”日本原子力学会編)
日本全国の自然放射線の分泌(“原子力の世紀”日本原子力学会編)

ブラジルのグァラパリ市では、自然放射線量が10ミリシーベルト/年に達していますが、住民の健康被害は報告されていません

医療行為で被曝する時の実効線量
*胃のX線集団検診で被曝する時の実効線量:3.3ミリシーベルト/1回(世界平均)
*胸部CTスキャンで被曝する時の実効線量:4.6~10.8ミリシーベルト/1回
*ガンの放射線治療で受ける時の実効線量:1桁~2桁のシーベルト/一連の放射線治療期間 — 通常急性の副作用が出ます

航空機利用に伴い被曝する時の実効線量
*東京=ニューヨークを1往復する時の実効線量:0.19ミリシーベルト/1回

<参考_1> 福島原子力事故における「避難指示解除」の基準について
現在福島第一原子力発電所近くの避難指示が行われた地域で、行政単位ごとに「避難指示解除」が行なわれつつありますが、この時の基準は、20ミリシーベルト/年以下とされています。また、長期的な目標として、1ミリシーベルト/年 以下を掲げています
上記数値は、国際放射線防護委員会(ICRP/International Commission on Radiological Protection)の2007年勧告から取っている数値ですが、低線量領域での被曝の影響について特に根拠が示されている訳ではありません

<参考_2> 被曝総量と被曝期間について
これまでの人体に対する被曝線量の基準は、年間の累積線量を基準としています。しかし、同じ累積線量でも短時間の被曝と、長時間の被曝には人体に対する影響が異なることが分かっています
また、基準値そのものが、特に低線量領域において疫学的な根拠が得られないままに、高線量領域に於けるリスクを直線的に敷衍させて決められています。これを“LNT/Linear Non Threshold”仮説と言います
これらについては、別途解説を試みる積りです

-外部被曝と内部被曝-

マスメディアの報道だけを頼りにしていると、環境の放射線レベルだけが問題の様に思ってしまいますが、実は放射線を身体の外から浴びる「外部被曝」と、放射性同位体を体に取り込んで、体の内部から放射線を浴びる「内部被曝」との間に大きな違いがあることを知っておかねばなりません

1.外部被曝について
放射線を身体の外から受ける場合、遮蔽物に対する“透過性”と“放射線の強度”が問題になります。以下に外部被曝による被害について、過去の事例をひも解いてみたいと思います;
① 1945年、広島、長崎の原爆
原子爆弾の被害者の大半は、急激な核分裂反応によって生まれた強烈な衝撃波(音波)熱線(赤外線)放射線によるものです。特に高速で大量の中性子線は建物の壁を透過して内部に居る人も殺傷いたしました。
爆弾がさく裂した後、上空に噴き上げられた核分裂生成物(“死の灰”)は放射性同位体を多く含み、地上に降り注いだあとも暫くは強い放射線を出します。広島、長崎で爆弾炸裂後に救助に当たった人や、調査に入った人が、この“死の灰”による外部被曝で亡くなられたり、放射線の後遺症に悩んだ方が多くいます。

② 1954年、第五福竜丸事件
ビキニ環礁でマグロはえ縄漁を行っていた第五福竜丸の23名の船員は、水爆実験による“死の灰”を浴びた結果、帰港後全員が“急性放射線症”(下記参照)に罹患しました。22名は数か月で治癒、造血細胞や生殖細胞の異常などの後遺症も数年後には正常に戻りました。唯一、無線長の久保山愛吉さんが半年後に亡くなりましたが、死因は重度の肝機能障害であり、被曝が原因であるか否かについては意見が分かれています
急性放射線症:この事故の場合、死の灰を浴びた後、2週間船上生活を続けた為、数シーベルト程度のベータ線被曝をしたと考えられ、火傷、頭痛、嘔吐、目の痛み、脱毛、その他の皮膚障害(紅斑、水泡、びらん、潰瘍など)の症状がでました

③ 1986年、チェルノブイリ原子力発電所事故
事故処理の為に高線量下で働いた運転員、消防士併せて33名が亡くなりました(実際は事故処理に加わった軍人、炭鉱労働者などにも多数の死亡者が出たと言われています)。尚、福島原子力発電所事故では外部被曝による死者は報告されていません

④ 1999年、東海村JCO臨界事故
核燃料の加工を行っている時に、作業工程の不備により燃料が“臨界”(核分裂反応が連鎖的に起きている状態)に達し、作業員3人が核分裂反応による強い放射線を浴びました。このうち2人が亡くなり、一人が生還しました;
* Aさん:推定被曝量/16~20シーベルト、DNAが多数破壊された為に細胞の再生ができなくなり、造血幹細胞移植を行ったものの多臓器不全被爆81日後に亡くなりました
* Bさん:推定被曝量/6~10シーベルト、Aさんと同じ経過をたどり多臓器不全被爆211日後に亡くなりました
* Cさん:推定被曝量/1~4.5シーベルト、Aさん、Bさんと同じ治療を行った結果、健康を取り戻しました

2.内部被曝について
放射性同位体をを身体に取り込み、身体の細胞が直接放射線を浴びる場合、遮蔽物が無い為に被曝に伴う身体へのダメージが相当大きい事は容易に想像できることと思います。また、放射線の強度の他に、遮蔽物がない為に放射線の種類によってダメージの程度が相当違うことも重要な要素となります。
一方、身体に取り込まれた放射性同位体が放射線を出し続ける時間と、体外に排泄されるまでの時間も、内部被曝の程度に大きく影響することになります。内部被曝のダメージの深刻度合いについては、以下の尺度で比較することが可能となります;
① 放射線の強度:シーベルトという単位で比較
② 放射線の種類:シーベルトという単位にも反映されていますが、深刻さは“アルファー線⇒中性子線⇒ベータ線⇒ガンマ線”の順になります
③ 放射性同位体が放射線を出し続ける時間:半減期が指標になります
④ 放射性同位体が体外に排泄されるまでの時間:生物学的半減期(摂取量の二分の一が排泄される時間)が指標になります

マスメディアでよく取り上げられる放射性同位体について、内部被曝の深刻度について比較してみたいと思います;
 三重水素(“トリチウム”);
ベータ線を出し、半減期が12.3年生物学的半減期が12日なので、微量であれば内部被曝は殆ど問題にならないと思います

* ストロンチウム90
ベータ線を出してイットリウム90となり、イットリウム90もベータ線を出します。半減期は29年生物学的半減期は49年に達します。この元素が周期表のカルシウムのすぐ下にあることから分かる様に、化学的性質がカルシウムに似ており人間の骨に取り込まれ骨髄にダメージを与えることから、白血病の発症や白血球・血小板の減少による免疫力の低下などに繋がる可能性があります。特に骨の代謝が盛んな30才以前の人はリスクが高くなります。

ヨウ素131
ベータ線を出して安定なキセノンになります。半減期は8日生物学的半減期は138日です。ヨウ素が成長過程にある子供の甲状腺に取り込まれる可能性があることから、内部被曝による甲状腺がんの発症や甲状腺機能障害に関与することがわかっています。しかし、成人についてのリスクはそれ程高くはないと考えられます

* セシウム137
ベータ線を出してバリウム137に変ります。半減期は30年生物学的半減期は70日です。水溶性であり、主として人間の筋肉内に取込まれ内部被曝を起こす可能性がありますが、大量に摂取しない限りそれ程リスクが高いとは言えません。ただ、原子力事故などで大量に汚染されてた場合、水溶性なので大量に摂取してしまう可能性があり充分に残留量のチェックが必要です

* ラドン222
アルファ線を出して他の放射性同位体に変ります。半減期は92時間で、生物学的半減期は不明です。ラドン222は気体で、別の元素に変わってもそれらが放射性同位体なので、呼吸器に取り込まれると内部被曝を起こす恐れがあります。ラドン222は地下の岩石から気体として出てくるため地球上何処にでも存在します(日本人の内部被曝線量は平均値で0.4ミリシーベルト/年)。石造りの家や地下室は室内のラドン濃度をチェックする必要があると言われています。一方、ラドン温泉はラドン222が出す放射線の治療効果を狙ったものです

* ラジウム226
アルファー線を出してラドン222に変ります。半減期は1601年で、生物学的半減期は44年です。1990年代以前、ラジウムは時計の夜光塗料として使われていた為、時計工場の多数の女性労働者などが経口摂取により被曝事故を起こしました。また日本においても、人形峠におけるウラン鉱床採掘の結果として、周辺住民の被曝事故(ラジウム226がアルファー線を出した後に出来るラドン222による被曝と考えられる)が起きた事例があります

* ウラン238
アルファ線とガンマ線を出してトリウム234に変ります。半減期は45億年で、生物学的半減期は15日です。ウラン235の濃縮の副産物としての劣化ウラン(殆どウラン238)は砲弾として使われていますが、目標に命中した後、粉末の酸化ウランになって飛散し経口摂取の可能性があると言われており、欧州の一部の国や日本では同じ程度の比重を持っているタングステンを砲弾に使っています

-終わりに-

これまで述べてきた様に、放射線被曝にともなうリスクについては研究が進んでおり、むやみに恐れる必要がない状況にあると思います。研究機関や関係省庁の出すデータを参考に、自身で判断することにより、マスメディアの誇張された報道やデマに踊らされることを回避することが可能であると思っています

また、福島原発事故の処理に当たっている数千人の作業員の方々は、当然厳しい放射線環境下で作業を行っていますが、彼らは放射線防護服(市販品)で放射線被曝を極力避けることは勿論、これとは別に外部被曝に関しては、身に着けている線量計(ポケット線量計、フィルム・バッジ、アラーム・メーター、など)で作業中の積算被曝量を基準内に収める様管理すると共に、内部被曝についても防塵マスクで体内に取り込まないようにするほか、ホールボディーカウンターで作業期間中に取り込んでしまった放射線源の量を基準内に収まるよう管理しています。
因みに、こうした管理をすることが前提ですが、作業員の被ばく限度は50ミリシーベルト/年以下(電離放射線障害防止規則4条)、非常時にあっては100ミリシーベルト/年以下(電離放射線障害防止規則7条)と定めています

最後に、誇張された報道として有名な例を紹介します(社会部の記者が執筆したせいか、噂の類の情報を寄せ集め、刺激的な写真を満載!しています);

AERA_2011年3月28日号_放射能が来る
AERA_2011年3月28日号_放射能が来る

このAERAについては、のだ・ひでき氏(劇作家、演出家、役者)が、同じ号の中の連載コラム(110328_野田秀樹AERAコラム)で冷静に対応することの必要性を述べていました。しかし、後でこの号の表紙とメインの記事を知った時、直ちに同氏がこの連載を打ち切った(110329_野田秀樹・AERA連載打ち切り)ことでも有名になりました

以上

 

 

3_耐空証明制度・型式証明制度の概要

-耐空証明制度と型式証明制度-

耐空証明制度と型式証明制度については、“2_航空機の安全運航を守る仕組み_全体像で既に概略説明しておりますが、以下に詳しく説明いたします;耐空証明制度とは、航空法第11条で、「航空機は有効な耐空証明(Airworthiness Certificate)を受けているものでなければ航空の用に供してはならない」と定められています。耐空証明を取得するには以下に掲げる基準を満足させる必要があります;
* 航空機の強度・構造・性能についての基準
* 環境についての基準:騒音基準及び排出物の基準

また、法が要求している全ての基準に適合しているかどうかを確認するために以下の段階別に検査を行うこととなっていいます;
A.設計検査
B.製造過程検査
C.完成後の現状検査

完成後の現状検査を行った後、耐空証明が与えられますが、耐空証明の有効期間は1年間であり原則として毎年更新が必要となります。しかし、整備体制、品質保証体制等が整っている航空事業者に対しては“連続式耐空証明”が付与され、毎年の耐空証明更新検査が不要となる仕組みも整られており、保有機数が多い大きな航空会社はこの仕組みを使っています

型式証明制度(Type Certificate)とは、量産を前提としている航空機を、個別に審査して耐空証明を与えることとは別に、同型式の航空機群(例えば、B787、A320、など)に対して包括的に耐空性の証明を与える制度です。
型式証明を受ける為には、製造メーカーは、各種の試験を行い、設計通りの性能が出ていることを確認した上で、必要な書類を添えて規制当局に申請します。規制当局は、これを審査した上で必要な実地検査を行い、合格すれば“型式証明書”を発効する事になります。
*必要な書類とは:設計書、設計図面、部品表、製造仕様書、飛行規程、整備手順書、重心位置、など

輸入する航空機については、国土交通省と航空機を製造している国の当局との間で“航空機等の証明に係る相互承認協定”を締結し、型式証明検査の内、設計検査、製造過程検査、完成後の現状検査に関し、検査項目を大幅に省略する仕組みになっています。以下は現在締結されている代表的な協定です;
BASA(Bilateral Aviation Safety Agreement):包括的な協定
IP(Implementation Procedure):分野毎の具体的な協力事項の取決め
WA(Working Agreement):分野毎の具体的な協力事項の取決め
TA(Technical Agreement):分野毎の具体的な協力事項の取決め

現在協定を締結している国、及び協定の内容は以下の通りです;
米国:BASA ⇒ ボーイング社製航空機が対象
EU:WA ⇒ エアバス社製航空機が対象
カナダ:BASA ⇒ ボンバルディア社製航空機が対象
ブラジル:BASA ⇒ エンブラエル社製航空機が対象

また機体だけでなく、エンジン及びその他重要な装備品のについても、機体から着脱可能であれば個別に型式証明の取得が可能となっています。型式証明を取得したエンジン重要な装備品については、着脱を行っても新たな航空機全体の耐空証明の受験は不要となり、運航をキャンセルしないでエンジンや装備品の交換を行うことができることになります。
*重要な装備品の例:降着装置(Landing Gear)、発電機、燃料ポンプ、油圧ポンプ、航法関係装備品、等。詳しくは→装備品の型式証明対象品目

型式証明を受けた航空機、エンジンおよび重要な装備品の設計の一部変更を行う場合、あるいは耐空性に影響のある大修理を行った場合には、追加型式設計(STC:Supplemental Type Certificateの承認を得る必要があります。
追加型式設計の承認を必要とする具体的なケース:一次構造に係る改修の実施、電気系統の配線の変更、その型式に関する図面等の変更、など
米国(FAR)では、DER(Designated Engineering Representative)という個人(会社所属、コンサルタント)に承認権限を与える仕組みがあります。詳しくは→ Designated Engineering Representative

原則として型式証明対象部品以外の装備品、及び特殊設計の部品などについては追加型式設計の承認に準じた仕様承認(TSO:Technical Standard Ordersを取得することが必要となります。
仕様承認を受ける部品の例:高張力ファスナー類、特殊設計のスイッチ類、バルブ類、シリンダー類、タイヤ、等。 詳しくは→装備品の仕様承認対象品目

尚、これらの追加型式設計(STC)、仕様承認(TSOは、取得に際して相当程度の技術的な作業(図面作製、強度計算、申請書類の作成、など)が発生しますので、承認を取得した事業者には知的所有権(Proprietary Right)が発生します。従って、他社がこれらを使用する場合は、相応の費用負担をしなければなりません

-規格-

航空機は、通常数百万点の部品・材料で構成されています。前段で説明した耐空証明制度や型式証明制度の仕組みの中で、個別に承認を受けている部品類の他に、ボルトやナット、ジュラルミンの板材、などに代表される標準的な部品・材料も沢山使われています。これらの部品・材料の品質保証のベースになっているのが“規格”です。標準的な部品・材料については規制当局がその規格を承認することによって品質を保証する仕組みになっています。
航空産業の分野においては、先の大戦後、自由主義世界における航空機の製造が実質的に戦勝国の一部(米国、英国、フランス)に限られてしまった為、規格はこれらの国の規格がベースとなって発展してきました。しかし、近年、航空機の製造、保全整備、等のビジネスが国際的に相互依存を強めつつあり、規格の国際的な整合に向けた努力が続けられています

1.規格の分類
① 規格の由来に基づく分類;
* デジュール規格(de jure standard):JIS(Japan Industrial Standard/日本工業規格)やISO(International Organization for Standardization が制定した国際規格) など、公的な組織が先導して、関係者の合意のもとに制定された規格
デファクト規格(de facto standard):製品競争を続けた結果、事実上市場の大勢を占めるようになった規格

 規格を制定する機関・団体、等に基づく分類;
*国際機関、団体による規格(デジュール規格):航空業界で、現在使われている規格には、ISOICAO(国際民間航空条約がベース)、WMO(気候、気象関連)、IATA(運送事業者の国際機関)、ACI(空港運営関係の国際機関)、IAOPA(航空機オーナー、パイロットの団体の国際機関)、AECMA(欧州各国の航空宇宙工業会の連合体)、EUROCAE(欧州の電子技術分野の規格を提言する非営利団体)、IAQG(米国、欧州、日本の航空宇宙工業会)、などがあります

)ISOでは航空宇宙産業分野での規格標準化について、ISOTC20(Aircraft and space vehicle)という分科会で検討されています。既に国際的にデファクト規格と見做されている規格ついては以下の条件を満たす限りにおいてこれを追認し、ISO体系に組み入れられています;
イ) 多くの国で既に標準的な規格として使用されていること
ロ) 将来の設計に使用しうるポテンシャルがあること
ハ) ISOの他の規格と矛盾しないこと
ニ) 規格の採用によって他の国の取引に悪い影響を与えないこと
ホ) 規格が英語又はフランス語で記述されていること
ヘ) 規格を制定・運用する国がISO規格に組み入れることに賛成すること

*国際的な規格に影響を及ぼす米国の規格(デファクト規格):SAE(運輸技術に係わる技術者団体)、AIA(航空・宇宙工業会)、RTCA(航空電子技術の規格を提言する民間非営利団体)、ARINC(航空産業への信頼性のある通信を提供する為に設立された会社)

*軍の規格(デファクト規格):
MIL SPEC(米国国防省が制定。戦後、民間でも一般的に使用されていましたが、最近は民間の規格が充実してきた為多数の規格が廃止又は改正されています)、NATO規格(欧州での軍規格)

2.日本に於ける航空関連規格の運用状況
 規格の使用を定めている法規;
航空機製造事業法では、“日本国内で航空機を製造する許可を得るには、経済産業大臣によって予め承認を得た基準によるか、又は JIS規格によるものでなければならない”と定めています。
航空法では、“日本国籍機の耐空証明を取得する為には、JIS規格の他、MIL SPEC、米国航空規則(FAR)に関連する国家規格、その他航空機検査官が適当と認めた規格によるものでなければならない”と決められています

 JIS(規格数:90)の分類;
*航空機関係JISの区分;
(1) 一般(常用単位など;41規格の内20規格はISO規格と一致)
(2) 専用材料(航空用チタンの規格など;9規格の内8規格はISO規格と一致)
(3) 標準部品(5規格の内4規格はISO規格と一致)
(4) 機体・装備品(19規格の内9規格はISO規格と一致)
(5) 発動機(4規格のみ)
(6) プロペラ(規格なし)
(7) 計器(1規格でISO規格と一致)
(8) 電気装備(14規格の内10規格はISO規格と一致)
(9) 地上施設(1規格のみ)
(10) 雑(規格なし)

航空関係JISの所掌大臣;
経済産業大臣(82規格)、経済産業大臣及び国土交通大臣(10規格)、国土交通大臣(1規格/地上施設「航空標識の色」)農林水産大臣(1規格/常用の単位関連)

航空関係JISの原案作成団体;
日本航空宇宙工業会(90規格)、日本航空宇宙学会(1規格)、日本溶接協会(1規格)、金属表面技術協会(1規格)、照明学会(1規格)

 日本の航空産業での規格使用状況;
現在、航空機製造の分野は活況を示しているものの、米国製、欧州製の航空機製造の一部受託が大半です。またMRJ(三菱重工業が開発している80~90人クラスのジェット旅客機)に代表される国産航空機については、販路のかなりの部分が海外向けを想定しています。また、航空機整備の分野でも米国製、欧州製の機材の整備が大勢を占めていいます。従って、実際に現場で日常的に使用されている規格は全て国際規格(主に米国規格)になっているのが実情です。

-A.設計検査-

航空機は大きさや速度、推進方法、などについて色々な種類があり、その用途も多種多様です。また用途によって要求される安全性のレベルにも大きな違いがあります。従って、航空機の耐空性に関わる設計基準は、下記の航空機の区分(耐空類別)に分けて決められています;
① 飛行機・曲技A(重量5.7トン以下)
② 飛行機・実用U(重量5.7トン以下、60°バンク(傾き)を超える旋回、錐揉み、等を想定する)
③ 飛行機・普通N(重量5.7トン以下、60°バンクを超えない旋回を想定する)
④ 飛行機・輸送C(重量8.618トン/19,000ポンド以下、客席数19以下を想定する)
⑤ 飛行機・輸送T(航空輸送事業の用に供する飛行機)
⑥~⑧:ヘリコプター・普通N/輸送TA/輸送TB
⑨、⑩:グライダー・曲技A/実用U
⑪、⑫:動力付きのグライダー・実用U/曲技A
⑬:特殊航空機X

ここでは、航空輸送事業の用に供する航空機(耐空類別:飛行機・輸送T)の設計基準について概要を説明します。尚、言うまでもない事ですが、これは耐空類別①~⑬の中では安全上の基準が最も厳しくなっています。また、以下の基準には、「1_航空機の発達と規制の歴史」の中で述べた事故の教訓が反映されています

1.機体・エンジン・その他装備品の設計基準の概要
 重量及び重心位置
重量に係る主要な指標(空虚重量最大離陸重量最大着陸重量、など)が決められていること
重心位置が平均翼弦の前から25%程度の位置(詳しくは→平均翼弦長)にあること

 飛行性能
最高速度巡航速度離陸速度(詳しくは→V1・Vr・V2)、着陸速度フラップ角度)、滑走距離離陸着陸)、失速速度失速警報装置を装備していること)、上昇性能(上昇角度)が決められていること

 操縦安定性
航空機は空中で飛行している状態で、三つの軸の周りに回転する自由度があり、この回転を制御することによって操縦しています。三軸周りの回転とは→Pitching,Rolling,Yawing
スティック・フリー・スタビリティー(操縦桿または操縦ハンドルを手放したときに安定に飛行できること)があること
フゴイド(Phugoid)運動が短時間で減衰すること。
フゴイド運動とは機首の上げ下げ(Pitching)と高度の変化が連続的に波打つように起こる運動、例えれば船と並走して泳いでいるイルカの姿を想像してください
ダッチロール(Dutch Roll)運動が短時間で減衰すること。
ダッチロール運動とは機体の傾き(Rolling)と機首の向き(Yawing)が交互に連動して起こる運動、名前の由来になっている“オランダ人がスケートで尻を振り振り曲線を描いて滑る”姿を想像してください。尚、日航機の御巣鷹山の事故で、事故前に垂直尾翼を失った機体が、制御できないダッチロールに陥っていたことが知られています

 操縦性
*操舵を行った時の機体の運動は過度に敏捷でなく、且つ過度に緩慢でないこと。
操舵とは、操縦桿または操縦ハンドルを操作して機首の上げ下げ(Pitching)及び機体の傾き(Rolling)をコントロールし、方向舵を足のペダルで操作して機首の向き(Yawing)をコントロールすることです
操舵に油圧を使う場合、適切な操舵感覚(操舵量に応じた反力)が得られる装置(Load Feel Mechanism)を装備すること
操縦に必要な計器類は良好な視認性を持ち、ヒューマンエラーが起こらないような措置(例えば、計器類の前後左右の配置、アナログ的な表示装置、など)を講ずること
操縦に必要な情報は高い信頼性対気速度気圧高度位置情報非常用電源・非常用動力に対するFAIL Safe、冗長性の確保、等)を有していること
操縦者の負担を軽減するトリム装置(航空機が定常飛行の状態になった時に操舵をしなくても飛行を継続できる様な補助的な操舵装置)を装備すること

 基礎荷重と構造強度
航空機を運用する限界の加重の想定は、上方2.5 G下方1.0 Gとして設計すること。因みに“1G”とは重力の加速度のことです
 航空機構造は想定する最大荷重Limit Load)を支え、且つこれに伴う変形に対して安全に飛行できるように設計すること

A350XWBの静荷重試験
A350XWBの静荷重試験

 航空機構造は究極荷重(Ultimate Load)に対して破壊されずに3秒間耐ること。しかし、動的な荷重試験で強度が証明されれば3秒間のルールは適用されません。
究極加重とは想定する最大の加重(Limit Load)に 安全率1.5を掛けたものです(土木、建築などで使われている安全率に比べると相当低い値ですが、その分構造設計を精密にしなければならないことを意味します)
 航空機は運航状態(失速状態、他を含む)においていかなる振動(Vibration、Buffeting)に対しても耐えること

 損傷許容(Damage Tolerance)性
航空機が損傷を受ける原因は、疲労(Fatigue)損傷腐食(Corrosion)偶発的損傷(Accidental Damage)の三つに分類することができます。これらの損傷に対して安全性を確保する為に以下の様な基準が設けられています;
*設計寿命総飛行時間総飛行サイクル)の全期間に亘って上記三つの損傷原因による致命的(Catastrophic)な損傷を起こさないこと。但し、損傷を起こしても“Fail Safe”構造や適切な整備プログラムによって致命的な損傷に発展する前に発見できればよいことになっています
*疲労損傷に係る実証試験は原則として実物大で行い、設計寿命(飛行サイクル)の2倍に耐えること
疲労損傷評価の対象:与圧構造(客室、貨物室)部分、降着装置及びこれに関連する構造部分

MRJの疲労強度試験
MRJの疲労強度試験

*エンジンの偶発的損傷に係る実証試験は、実エンジン運転中に各種の鳥(大型、中型、小型;数も決められています)を衝突させ、タービン、コンプレッサー、ファンのブレードの破損があっても破壊がエンジン内部に留まり、安全な飛行が継続できること証明しなければなりません

 フラッター(Flutter
設計速度内ではいかなる状態でもフラッターを起こさない構造であること(翼の捻り剛性動翼の重心位置、など)を証明しなければなりません

 突風応答
連続、または不連続な突風に対する動的応答解析に係わる基準を満たすことを証明しなければなりません

2.使用する部品に対する基準
航空機の型式設計に含まれる全ての標準装備品、任意装備品(航空機使用者の注文品)について、部品名,部品の型式、部品のメーカー名、重量、機体の重心に対する相対位置、承認規格の名称、等を各部品に対して部品表に記載することが求められています

3.整備プログラム(整備方式)
航空機を運用する段階で実施される整備プログラムは、設計承認の重要な前提となっています。整備プログラムは概ね以下の内容を包含して、全てマニュアルとして纏められており、整備を行う整備士はこれを遵守することが法的に義務付けられています。(詳しくは「4.整備プログラムの」を参照してください)
整備要目(Maintenance Requirement):実施すべきタイミング(実施間隔/飛行時間飛行サイクル年月日、など)が明記されているタスク(検査、サービス、他)のこと。例えば自動車の車検の時に行われているブレーキの検査。この場合実施間隔は2年ということになります
整備の手順書(Maintenance Manual):個々のタスクを実行する際に必要となる手順、検査の際必要となる合否判定の基準、使用する部品・材料の規格、作業安全上の注意事項、等が記載されています
*運用許容基準MELMinimum Equipment List):装備品の一部が不作動である時に、飛行するための条件を決めています。航空機の場会、重要な装備品は2重、3重装備になっていますので、安全上のリスクをそれ程高めないで運航を維持する為に設けられている基準です
*CDL(Configuration Deviation List:機体関連部品の一部が欠損しているとき、飛行するための条件を決めています。この対象となる部品は安全上のリスクに関係しない部品(例えば燃費改善の為のフェアリングなど)に限られます

これ等は型式証明を取得する各メーカーからの申請に基づき、整備方式審査会(米国の場合MRB:Maintenance Review Board)で審議され、型式証明の審査の対象になっています

定期整備やオーバーホール(最新の航空機にはこの概念が無い)等は、個々の航空事業者が整備要目の集合体( →整備要目と定期整備の関係として定義することができ、型式証明の審査の対象にはなりませんが、定期整備で実施される整備要目の集合と定期整備の実施時期については、航空事業者毎に当局に申請し審査を受けることとなっています。

-B.製造過程検査(航空機及びエンジン)-

製造過程検査では、以下が行われます;
 製造工程の審査;
素材の受入れから引渡しに至る全ての工程で、設計データと一致するものであること、及び製造品が設計データから逸脱しないものであることを書類検査及び実地の立会いで確認します。作業用のワークシート類、検査記録なども確認の対象となります

② 現状の確認
製造品が設計データに記載されている形状、構造、性能、機能を有しているかどうかを実地の立会いで確認します

③ 品質管理の審査
製造工程の品質管理に係る製造事業者の実績経験、及び体制について審査を行います。尚、当該型式の航空機の製造、検査に係る事業場認定(詳細は「2_航空機の安全運航を守る仕組み_全体像」参照)を受けている場合は審査が大幅に省略されることになっています

-C.完成後の現状検査-

 飛行試験
航空機の形状、性能等について設計通りであるかの確認を飛行試験を通じて行います

② 環境基準についての確認
実際に空港周辺での飛行を行って、離陸、着陸時の騒音レベルを測定し設計通りであるかの確認を行います。また排出ガスについてもエンジンを運転して排出ガスの規制物質(酸化窒素など)の測定を行って確認します

以上

2_航空機の安全運航を守る仕組み_全体像

-航空機の安全運航に関わる人々-

航空機の安全運航に関わっている人々を区分すると、以下の三者に集約することができます;
① 航空機、エンジン、装備品のメーカー(製造事業者)
② 航空会社及び航空会社の業務を受託する事業者
③ 規制当局(日本に於いては国土交通省)

航空機の安全を守る仕組みの中で①、②の事業者の責任と、③規制当局の責任との関係には、“安全性”と“経済性”をあるレベルで“妥協”させる必要がある為に常に緊張関係が存在します(馴れ合いの関係は厳禁!);

分かり易く例えれば、「安全性を過度に追求して飛行機を出来るだけ丈夫に作ろうとすると、重くて飛べなくなる」ので、双方どこかで妥協しなければ、航空機という便利な移動手段を利用できなくなるということでしょうか

また、想定外の事象が発生して深刻な事故となった場合、事故調査委員会の改善勧告には事故原因となった事象に対して①~③それぞれの関与の程度と、再発防止の為に必要な具体的な対策が盛り込まれます。

尚、チェルノブイリの事故以降、原子力に限らず重大事故の事故報告で、事故を起こした当事者の“安全文化の劣化”を事故の主因とする例が多いようですが、航空機の場合、事故後も多くの航空会社の同型機がお客様を乗せて世界の空を飛び続けており、事故原因及びその対策は、事故当事者以外でもその教訓が生かせるように出来る限り具体的であることが求められます。

-安全運航を守る仕組み(概要)-

1.航空機を設計、製造する段階

ボーイング社・製造ライン
①の製造メーカー、及び③の規制当局は、設計・製造の時点で得られる最新の知識と経験を踏まえて安全な航空機を作る責任を負っています。従って、新しい技術を取り入れた航空機を設計・製造する場合、安全性の検証に時間がかかるので、設計を始めてから規制当局が安全であるとして販売を許可するまで5年以上の年月を要することも最近は稀ではありません。
尚、航空分野では安全な航空機を、耐空性(“Airworthiness”)がある航空機と表現します。規制当局は安全であると判断した航空機に対して「耐空証明書」を発行します。従って耐空証明書を持っている航空機が販売開始直後に事故を起こした場合、製造段階でのミスが無い限り、規制当局も相応の責任を負う立場に置かれていることになります

2.航空機を運用する段階

JAL787飛行中の写真
A.製造メーカー及び航空会社は、航空機の運用段階で、設計、製造時の耐空性維持・向上させる責任を負っています。この為、航空機、エンジン、装備品の品質を常にモニターし、必要な対策を講じていく必要があります。
この項目に関しては、“_Hardwareに関する品質管理”のところで詳しく説明いたします。
尚、最近の高機能のHardwareはSoftwareと一体化しており、Hardwareに組み込まれたSoftwareの品質管理もこの項目に含まれることとなります。
*Hardware:航空機に装備されている高機能の機械装置や電気・電子機器のことです
*Software:上記装置や機器を動作させる為に組み込まれているプログラムのことを意味します

B.航空会社、及び航空会社の業務を受託する事業者は規則・基準を守り、且つ人的なミス(Human Error)を防止する為に不断の努力を行う責任を負っています
この項目に関しては、“8_Humanwareに係る信頼性管理”のところでで詳しく説明いたします

C.規制当局は、空港及び航空路の安全性を確保する責任を負っています。具体的には、航空交通管制の実施、航空保安施設・設備の整備・運用、NOTAM等情報の提供、などが該当します
*NOTAM(“Notice to Airmen”):安全運航に関わる飛行場、運航方式、軍事演習、等の情報提供。パイロットや運航管理者(後述)は毎便出発前にこの情報を確認した上で飛行計画を立てます

D.規制当局は、航空会社が健全な経営を行う能力があることを常に監視する責任を負っています(指定航空事業者制度)。
航空会社が健全な経営を行っていない場合、ともすれば過度のコスト削減に走り、運航乗務員の労務管理・健康管理や航空機や装備品の整備管理、等の面で規則違反を犯すリスクを高める可能性があるからです

3.想定外事象に対する対応
製造メーカー航空会社、及び規制当局設計時に想定していなかった事象が発生した場合、迅速に以下の対応を行う義務があります;

A.製造メーカーは、設計時に想定できていなかった事象に対して、安全性を担保するために、航空機や装備品の設計変更、操縦手順の変更(運航関連マニュアルの変更)、整備手順の変更(整備マニュアルの変更)、などの対応を行う義務があります。具体的にはこれらの対応を記述した “SB”(Service Bulletin)の発行を行います。これは自動車の場合,メーカーによる “リコール”と本質的には同じと考えていいと思います。

B.規制当局は、製造メーカーの対応を独自に評価し、必要があればその対応の早期実施を航空会社に強制することができます。これは、耐空性改善通報(米国の制度では、これを“AD”/Airworthiness Directivesといいます)という形で命令されます。航空会社は、この耐空性改善通報(“AD”)を指定された期限以内に実施することが義務付けられています。

尚、規制当局は耐空性改善通報(“AD”)を発行するに当たって、緊急度が高ければ運航キャンセルが発生する可能性のある厳しい実施期限を設定することも可能であるし、緊急度がそれ程でない場合は耐空性改善通報(“AD”)実施に必要な部品の調達や、運航キャンセルのリスクなどを考慮して、比較的緩やかな実施期限を設定することもあります。いずれにしても同種事故発生のリスクと実施時期には、当然相関関係があり、“安全性”と“経済性”を“妥協”させることに伴うリスクは規制当局が負うことになります。

<参考> JL123便事故関連のAD

耐空性改善通報(“AD”)の実施時期を設定するにあたって必要となる各種情報(実施しないことによるリスクの評価、改修仕様書、部品調達状況、等)は製造メーカーに提供する義務があることは言うまでもありません

C.事故が起こった場合、事故調査委員会は、事故の原因究明と、改善勧告の提示します。製造メーカー航空会社規制当局は改善勧告を遵守する義務があります

-安全運航を守る仕組み(もう少し具体的に)-

1.設計段階; 
設計段階で関わっている人々の具体的な責任の内容については、“3_耐空証明制度及び型式証明制度”の項で詳しく説明いたしますが、概略以下の様になります;
(1)設計基準の制定;
航空機の構造強度や、信頼性のレベルなど(←航空機の設計は“絶対安全”を前提としていない)航空機を設計する時に必須となる基準は規制当局が法体系の中で明示します。日本においては、航空法、耐空性審査基準、耐空性審査要領などで詳細に基準が決められています。また米国においては“FAR/Federal Aviation Regulation”の中で同様の内容が一括して納められています

(2)個別の設計
個別の設計は航空機、エンジン、装備品の各製造メーカーが設計基準に基づいて行いますが、技術革新に伴う新しい設計基準が必要になった場合、メーカーがまず規制当局に提案し、規制当局がこれを評価して新基準を制定致します

(3)使用する部品類の承認;
使用する部品が標準的な部品であった場合、そのベースとなっている規格(例:JIS規格、MIL規格/軍の規格、実質的に業界での標準となっている規格、など)を規制当局が承認します。
一方、メーカーによる独自設計の部品の場合、規制当局が個別に承認を行います(仕様承認制度  

(4)整備プログラムの開発;
航空機が実際に使われている期間は、人気機種の場合数十年に及びます。この長い期間航空機を安全に運航させるためには定期的な整備が必要になります。この中で設計の前提となっている重要な整備項目(例えば、重要構造物の定期的な検査など)は、規制当局が設計の段階で選定、承認する必要があります。この整備項目のことを“必須整備要目(CMR/Certification Maintenance Requirement)”といいます
また、“必須整備要目”以外の整備項目(例えば定期的な検査、給油、部品の交換、など)については、メーカー、航空会社、規制当局、専門家等が集まって経済的な整備(例えば、航空機の稼働時間が長くできるように、など)が可能となるように整備項目を決めますが、これらの整備項目のことを“MSG整備要目”といいます。
*MSG:Maintenance Steering Group
各航空会社は、上記の“必須整備要目”と“MSG整備要目”を組み合わせて航空機の運航の合間に整備を行うことになりますが、この組み合わせのことを“整備プログラム”と呼びます。“整備プログラム”の審査、承認も規制当局が行います    

2.製造段階
製造メーカーは、安全な航空機を製造する為に必要な施設・設備、人員配置、品質管理体制、等を含む製造計画を立案致します。規制当局はこの計画を審査し、許可を与えることで製造が開始されます。また、規制当局は、次項の型式証明の検査の一環として製造過程についても検査を行っています

3.型式証明の取得;
航空機を個別に審査して耐空証明を与えることとは別に、同型式の航空機群(例えば、B787、A320、など)に対して包括的に耐空証明を与える制度があり、これを“型式証明”制度といいます(自動車の世界にも似たような仕組みが取り入れられています)
型式証明を受ける為には、製造メーカーは、各種の試験を行い、設計通りの性能が出ていることを確認した上で、必要な書類を添えて規制当局に申請します。規制当局は、これを審査した上で“型式証明書”を発効する事になります。尚、エンジンについては、航空機とは別にエンジンメーカーが性能試験を行い、規制当局はこれを確認した上でエンジンの“型式証明書”が発行されます
*必要な書類とは:設計書、設計図面、部品表、製造仕様書、飛行規程、整備手順書、重心位置、など

4.運用段階;
(1)航空会社は、新しい型式の航空機を購入した場合、運航を開始する前に整備作業を実施する規準となる整備規程業務規程を作成し規制当局に認可申請をします。規制当局は、これを審査し、所定の内容が備わっていることを確認し承認いたします。詳しい内容については4_整備プログラム5_航空整備に係る人の技量の管理6_認定事業場制度の項目の中で説明いたします
*整備規程とは:整備作業を実施するにあたって必要となる、方針、各種の基準や手順(整備マニュアルなど)などが包含されています。上述の整備プログラムについてもこの規程に含まれています。
*業務規程とは:安全・確実な整備作業を実施するにあたって必要となる施設・設備、人員、品質管理体制、等が記載されています

尚、航空会社は、認可を受けた整備規程、業務規程を厳格に実施する義務を負っており、これに違反して整備作業を行った場合、航空法違反と見做され処罰の対象になります

(2)航空会社は、導入した航空機を運航に供する前に耐空証明書の発行を申請します(その航空機が型式証明を持っていたとしても一機毎に耐空検査が必要になります)。規制当局はこれを審査し、所定の要件を満たしていれば耐空証明書を発行いたします。尚、耐空証明書の有効期限は原則1年間ですが、安全運航の実績を積み重ねることにより“連続式”の耐空証明書を取得することができ、実質的に1年毎の耐空証明取得の手続きを省くことが可能です。また規制当局は、耐空証明を与えた航空機に対し運用限界等指定書航空機登録証明書なども発行します
*運用限界等指定書とは:航空機が安全に飛行できる飛行速度や、機体にかかる荷重の限界を指定しています(←航空機の設計の段階で決まります)
*航空機登録証明書とは:世界中全ての民間航空機は何処かの国に登録されています。人間と同じように国籍を持っていると考えると分かり易いと思います

(3)航空会社は、導入した航空機を長期間運用する過程で、型式証明を受けた原設計からの変更が必要となるケースが発生します。これらの変更が耐空性に関わると見做される以下の場合は、その変更内容を規制当局に申請し、規制当局の認可を得る必要があります(一般にこれを“Deviationの管理”と言います);
* 大修理:航空機が大きな損傷を受け、重要な構造部分(“一次構造”といいます)の修理を行った場合
*大改造:航空機の重要な構造部分や重要なシステムの大幅な変更が行われた場合(追加型式証明制度)
*仕様承認を受けた部品の変更 を行なう場合

(4)航空会社は、定期的な整備や修理、改造を行った履歴を完璧に管理する義務を負っています。この履歴の連続性が失われた場合、その航空機は耐空証明が失効し運航出来なくなります。例えば、簡単な定期整備の実施期限をうっかり超過してしまった場合でも、運航を即座にキャンセルしてその作業を実施しなければなりません

(5)規制当局は、航空機を安全に運航させる為のパイロットの技能基準、健康状態、勤務体制の基準などを設定します。これらの基準は概略以下の様な区分で法体系の中に明示されています;
*パイロットの操縦技能に関わる資格区分(国が免許の付与を行っています)自家用操縦士免許(Private Pilot License)、事業用操縦士免許(Commercial Pilot License)、定期運送用操縦士免許(Airline Transport Pilot License)、航空機関士免許(Flight Engineer Licence;最近航空機関士が不要な航空機が増えています) — 自動車であれば自動二輪、小型、中型、大型、一種、二種の免許区分の様なものと考えてよいと思います。ただ航空機の場合、自動車と違って機種による限定があり、一般に機種が変われば資格の限定変更訓練及び免許取得を行う必要があります
*パイロットの任務に関わる資格区分:機長(Captain)、副操縦士(Co-Pilot)、MPL(Multi Pilot License;最近導入された制度で機種限定が無い)、航空機関士(Flight Engineer)、操縦教官(Flight Instructor)、査察操縦士(国に替わって機長の技量審査を行う資格:後述)
*航空機の装備、運航方式などに関わるパイロットの資格区分:計器飛行証明、CATⅡ、Ⅲ操縦資格、など
*パイロットの定期技能審査の義務化:6ヶ月に一回実施
*パイロットの定期健康診断の義務化:一年に一回実施、診断項目の設定
*パイロットの飛行時間、休養時間の制限:月間の飛行時間の上限/100時間、年間の飛行時間の上限/1000時間

(6)規制当局は、非常事態(不時着、火災発生、など)発生時に旅客の誘導、救出を着実に実施するため、客室乗務員(Cabin Attendant)に、以下の様な規準を定め、法体系の中に明示しています;
*旅客50名につき1名以上の客室乗務員配置の義務化
*客室乗務員の非常脱出訓練の義務化

*客室乗務員の任務に関わる資格区分の設定:先任客室乗務員
*客室乗務員の飛行時間制限:月間の飛行時間の上限/120時間

(7)規制当局は、安全な運航を行うためにパイロットと協力して、地上において運航計画の作成、出発から到着までの運航支援を行う運航管理者(Dispatcher)の配置を義務付け、その資格管理に関わる規準、配置基準などを法体系の中に明示しています

(8)航空会社は、新しい型式の航空機を購入した場合、運航を開始する前に、運航するための基準となる運航規程を作成し規制当局に認可申請をします。規制当局は、これを審査し、所定の内容が備わっていることを確認し承認いたします。尚、これらの規程は上記(5)、(6)、(7)で述べられている法的要件を包含していなければならないことは言うまでもありません。
*運航規程とは:安全で円滑な運航を実施するための各種の基準を定めており、これらは以下の三つのマニュアルに集約されています;“オペレーション・マニュアル/Operations Manual”、“航空機運用規程/Aircraft Operating Manual”、“ルート・マニュアル/Route Manual”

(9)航空会社は、自社の運航を維持する(運航路線・運航便数を計画通り定時に運航すること)体制を整えなければなりません。その為には、必要なパイロット、客室乗務員、運航管理者を確保し、その資格を維持すること、パイロット、客室乗務員の勤務基準(乗務時間、休養時間の基準/航空法、休日数の規準/労働基準法)を守ること、必要な整備を実施できる体制を整えること(自社人員による整備 AND/OR 委託による整備)

―規制当局による審査、認可等の合理化-

上述の通り航空機の設計・製造・運用の全局面で航空機の安全運航を担保するために規制当局が果たす役割は極めて重要、且つ多岐に亘っています。一方、これら全ての規制業務を規制当局自身が担い、自己完結させることは、①人的リソース確保の面、②高度に専門的な領域における専門性の確保の面、等からほぼ不可能です。従って、以下の様な合理的なシステムを導入して必要最小限の人員で規制業務を行っています。 

1.重複する審査、認可の行為を一括して行う仕組み
(1) 前節で概略説明した“型式証明制度”は1機ずつ行わなければならない“耐空証明”の審査項目を劇的に減らすことが可能になります。尚、この制度は航空機の安全性を理論的に理解するために必須のことなので“3_耐空証明制度・型式証明制度の概要”のところでもう少し具体的にに説明いたします

(2) 航空機の長い寿命の中で、①安全性の向上、②経済性の向上、などの為に各種の改修が行われますが、“追加型式証明制度”を導入することにより、設計が変更された部分のみを独立させて管理することで同種の変更に係る審査業務を大幅に減らすことが可能となります

(3) 航空機の耐空性は、エンジンをはじめとする重要な装備品が装着された状態で検査を受け耐空証明書が発行されている訳ですから、本来これらの装備品を交換する毎に耐空検査を受けなければならないことになりますが、“予備品証明制度”を導入することにより、航空機に装着されていない状態で、装備品単独で耐空性の確認を行うことにより、交換に伴う耐空証明検査を省略することができる仕組みを作っています

尚、型式証明を受けた航空機に装着されている装備品や標準品以外の部品は、開発に膨大なコストがかかっている為かなり高価になります。これは製造メーカーにとっては当然のことですが、航空会社にとっては大きなコスト負担となります。従って規制当局には負担となりますが、これらの代替品について独立して審査、認可を行うことで高水準の品質を確保しつつ、装備品メーカーと、部品メーカーとの間の競争環境を作り出すことが可能となる仕組みを導入しています。これを“PMA(Parts Manufacturers Approval)制度”といいます

B.システム審査の考え方の導入による審査、検査(確認)業務の合理化
(1) 認定事業場制度;
認定事業場制度とは、メーカー、及び事業者の以下の能力に関し規制当局が予め審査を行い、充分な能力があることを確認したうえで認定事業場の資格を付与し、規制が行うことになっている検査(確認)等の権限の多くの部分を事業者に委譲する仕組みです。認定事業場は2年に一度の更新検査を受検する必要があります。また、法令違反、品質上の問題、等が発生した場合、認定事業場の資格の停止、臨時の立入り検査、等が行われることになっています。詳しいことは“6_認定事業場制度”の項で説明致します
*認定事業場の能力の区分:①航空機の設計及び設計後の検査の能力、②航空機の製造及び製造後の検査の能力、③航空機の整備及び整備後の検査の能力、④航空機の整備又は改造の能力、⑤装備品の設計及び設計後の検査の能力、⑥装備品の製造及び完成後の検査の能力、⑦装備品の修理又は改造の能力
*上記①及びについては、認定事業場の資格を得ることにより、メーカーは設計、製造をほぼ自主的に行うことができます。上記③、④について認定事業場の資格を得ることにより、航空会社、及び整備会社は航空機の整備、改造後の耐空検査を自主的に行うことができると共に、耐空証明の有効期間を1年間から無期限にすることができるようになります。また⑦について認定事業場の資格を得ることにより、航空機及びエンジンの重要な装備品の予備品証明を自主的に発行することができるようになります

<参考> 航空機製造事業法との関連;
航空機製造事業法及びその関連規制にも、事業者の認定、製造や整備、改造に係る国による確認の仕組みはありますが、法の目的が、“事業活動の調整”及び“生産技術の向上”とされており、航空機の安全を担保する仕組みとはいえません

(2) 指定航空従事者養成施設制度
航空会社の整備部門、運航部門、整備会社、航空専門学校(整備、パイロット)、等の施設・設備、人員(教官等)に関し一定の条件を満たすことを審査・確認した上で航空従事者養成施設の指定を行い、以下の資格試験に関し、実地試験(実技試験・口頭試問)の全部又は一部の免除、及び、技能審査の委任(国土交通大臣が認定した技能審査員が行う)ができる仕組みです;
*資格:①航空整備士(機種別、等級別)、航空工場整備士(機体作業の種類別、装備品の品目別)、②パイロット(自家用操縦士、事業用操縦士、定期運送用操縦士;計器飛行証明、CATⅠ・Ⅱ・Ⅲ飛行資格、等)資格の取得訓練、審査、パイロットの英語能力の訓練及び資格取得

(3) 指定本邦航空運送事業者制度
安全運航の要となる機長の資格審査は、規制当局にとって大変重要な任務ですが、機長としての資質(危機における判断力、人格、経験、等)を規制当局のみで判定するには限界があります。そこで、一定の基準を満たす航空運送事業者に対し、自社の機長のみを対象として、機長候補者の訓練や認定・審査業務を代行させることにより、国による認定・審査業務を省略する制度です。
指定に当たっては、規制当局が、訓練に係る施設・設備、人員(教官等)が一定の条件を満たすことを審査・確認すると共に、対象の航空会社の機長の中で、機長としての資質を判定する能力のある者を“査察操縦士”として認定いたします。この査察操縦士が、規制当局の審査官に替わって、機長昇格に係る審査、及び機長の定期技能審査を行います

(4) 外国航空機の輸入に係る重複業務を合理化する仕組み
外国からの輸入機に対する型式証明の審査業務については、輸出国の当局との間で締結する“航空機等の証明に係る相互承認協定”に基づき、設計検査、製造過程検査、完成後の現状検査を大幅に省略できるようにした仕組みです

以上

1_航空機の発達と規制の歴史

-はじめに-

現在の主要な公共輸送手段である船舶、鉄道、自動車と比べ、航空機の歴史は一番短く、ライト兄弟が最初に動力飛行を成功させてから、凡そ100年しか経っていません。この間、人類の“夢”から“現実”の乗り物への道程には、数々の“想定外事象”が起きるとともに、これを克服してゆく勇気ある開発者の存在がありました。また公共輸送手段としての役割を担ってゆく過程では、リスクの受容(所謂“絶対安全”はあり得ない)が不可欠となりますが、これには圧倒的な高速性に着目した進歩的な市民の支持と、行政による的確な“規制”の制定・運用がありました。言うまでもない事ですが、航空機の兵器としての潜在力から、二つの大戦が進歩を大幅に加速させたことは間違いありません。

-航空機の進歩に伴う想定外事象の発生とその克服-

<黎明期>

1903年 ライト兄弟(米国)が動力機による初飛行に成功した
1910年 日本においても、徳川好敏・日野熊蔵によって動力機の飛行が行われた

これ以後、航空機の性能向上に伴い発生した想定外の事故とその克服
航空機の性能(速度、搭載量、航続距離)を向上させる為に行った軽量化により、ダイバージェンスやフラッターが発生し墜落事故が起こりました。
*ダイバージェンスとは:航空機のスピードを上げるにつれ徐々に翼の捩じれが増し、ある速度で翼が完全に破壊される現象
*フラッターとは:航空機のスピードを上げるにつれ翼が振動し始め、ある速度で翼が完全に破壊される現象 ⇒ NASAの動画
これらの現象は翼のねじり剛性を高めることや、翼の運動と空気力の相互作用に関する理論(空力弾性学)が確立されていくにつれ、次第に克服されていきました。

<商用機としての発展>

第一次世界大戦(1914年~1919年)において、航空機が初めて軍事目的(偵察、爆弾投下)に使用され、その有用性が広く認識される様になりました。また、その高速性能に着目しビジネスでも広く活用されるようになり、法整備が進んでゆきました;
1926年 米国において航空機を商用、等で使うことを奨励するための法律(The Air Commerce Act of 1926)が制定された

また日本においても、
1928年 日本航空輸送株式会社設立(→1938年 大日本航空株式会社)
1931年  関東軍軍用定期航空事務所設立(→1932年 満州航空株式会社)

1930年代になると米国の商用機の事故が相次ぎ(特に有名人の死亡事故)世間の注目を集めることとなりました;
1931年 “Knute Rockne”(フットボールの有名なコーチ)の乗った航空機が墜落。原因は構造設計が悪くフラッターが発生
1934年 “Will Rogers;Wiley Post”(先駆的なパイロット)が乗った航空機が濃霧の中で無謀な着陸を試みて失敗
1935年 “Bronson M. Catting”(著名な上院議員)が乗った航空機が燃料切れにより墜落
これらの事故の原因究明に関し組織的な取組が行われ、規制面で以下の様な対応が取られました;
1934 Bureau of Air Commerce の設立
1938
 The Civil Aeronautics Act of 1938 の制定
この中で、航空機の“安全性”と“経済性”を両立させるために、以下の様な3つの独立した政府機関(“Agency”)を設けることになりました;
*Civil Aeronautics Authority:民間航空産業の安全性と経済性に関する規制を行う組織
Administrator of Aviation:安全規制を専門に行う役職
Air Safety Board:事故調査を行う組織

また、
1940年 The Civil Aeronautics Act of 1938 に以下の修正を行いました;
*CAB(Civil Aeronautics Board)全ての経済規制と事故調査に責任を持つ組織
*CAA(Civil Aeronautics Administration):全ての安全規制に責任を持つ組織

<軍用機の開発競争>

第二次世界大戦(1939年~1945年)に於いては、米国、日本、英国、ドイツなどで兵器としての開発が行われ、航空機は性能(速度、搭載量、航続距離)面で飛躍的な進歩がありました。特に特筆すべき技術革新として以下があります;
1939年 日本/速度、航続距離、運動性能に優れた“零戦”の実戦配備
1942年 米国/航続距離、搭載量、高空における性能に優れたB29の実戦配備
1944年 ドイツ/プロペラに替わるパルス・ジェット推進のミサイル(V1)の実戦配備
* ミサイルV2は弾道ロケット
1944年  イギリス/プロペラに替わるターボ・ジェットジェット推進の戦闘機の実戦配備(V1迎撃で活躍)

<軍用機技術の民間機転用>

大戦中に急速に進歩した航空機を、国際間の主要な輸送手段として普及させていく為の体制整備が行われました;

1944年 連合国によるシカゴ条約の締結;
商用航空機の運航管理、技術管理、パイロット・整備士の技量管理、などについて国家間の違いを無くす仕組みを条約によって保証することとし、これを実行する組織として;
1947年 ICAO(International Civil Aviation Oeganization/国際民間航空機関)を創設しました。シカゴ条約を批准した国は、ICAOに加盟することが義務付けられています。

<敗戦後の日本の状況>

敗戦と同時に満州航空は消滅、またGHQにより日本国籍の航空機の全面飛行禁止措置が取られたため、大日本航空も業務停止となりました。更に、敗戦後7年間に亘り、航空機に関する研究・開発、製造が禁止され、それまで最先端の設計、製造技術を持っていた日本の航空機産業は壊滅的な打撃を受けることになりました。一方、航空輸送ビジネスに関しては以下の体制整備が行われ、徐々に活気を取り戻してゆきました;

1949 航空保安庁(電気通信省)設置
1950年 旧航空法は廃止され、航空保安庁は航空庁となった
1951年 GHQにより日本資本による国内航空事業が認可され、日本航空が設立された
1952年 航空法が制定され、航空庁は航空局となった
1953年 シカゴ条約の批准、ICAO加盟を果たし国際線運航の体制が整った

<ジェット旅客機の登場>

大戦末期にイギリスで登場したジェット戦闘機は、朝鮮戦争(1950年~53年/休戦)では早くも戦闘機の主役になっていました(米軍/F-86、ソ連軍/Mig 15)。一方、商用機の開発についてもイギリスが一番乗りを果たしました;
1952年 デ・ハビラント社製“コメット”の就航

コメットⅠ型機

しかし、戦闘機開発で培った経験をもってしても、以下の様な“想定外の事象”の発生を防ぐことはできませんでした;

1953 コメット機空中分解により墜落
*事故原因:油圧増力式操縦桿(自動車のパワーステアリングと同じ様な機能)が軽過ぎ、かつ反力が殆ど感じられないため、人力操舵機に慣れたパイロットが急激な操作を行ってしまうことが事故の原因の一つだった
*事故後の対策:油圧増力式の操縦桿に“Load Feel Mechanism(操縦桿の操作量に応じて反力が感じられるような装置)”の導入を義務化した

1954年 コメット機2機連続で空中爆発により墜落
緊急に取られた措置:同型式機の耐空証明を停止(→同型式機全ての運航停止)し、事故機の破片を回収して大規模な再現実験を実施した
*事故原因:客室内の与圧の繰り返しにより、胴体外板が一気に疲労破壊を起こした
*事故後の対策:航空機の耐疲労設計の導入(フェイルセーフ構造の高度化など)と疲労強度確認試験の見直しを行った

<米国における航空輸送の急速な発展>

大戦後、急速に経済発展を遂げた米国に於いて、ジェット旅客機の普及とGeneral Aviation(定期航空、軍用航空を除く航空輸送)の急速な発展がありました。しかし、運航機数が増えることに伴う事故が多発(年間3,500~4,000回の事故)し、以下の様な規制強化が行われました;

1958年 The Federal Aviation Act of 1958 の制定
公正な事故調査を保証し、事故の教訓を生かした再発防止が確実に行えるように以下の法整備が行われました;
CABに事故に伴う規制強化等の権限を付与
CABは同種の事故を防ぐための研究をFAA(Federal Aviation Administration)に勧告
CABに事故機、及びその部品の調査、保全の責任を付与
事故に係わる特別査問委員会(Special Board of Inquiry)の召集(内2名の委員は大統領の指名)

1966年 ョンソン大統領により以下の行政改革が行われました;
*新組織としてDOT(Department of Transportation)を設置。FAA(Federal Aviation Administration)はその組織の一部とする
CABの権限を経済規制(路線権益、運賃、企業合併等の許認可)に限定
NTSB(National Transport Safety Board/事故調査委員会)をCABの組織から分離し、全ての交通機関の事故調査を行う組織としてDOTの権限下に置く

-トピック-
1965年 戦後初の国産商用航空機/YS-11(ターボ・プロップ機)の就航。但しエンジンは英国製であった

YS11

1966年 英国海外航空(BOAC)・B707墜落
乗員・乗客124人全員がこの事故で死亡;
*事故原因
:有視界飛行方式で航空路ではない空域を飛行中、富士山の風下側に発生する強い晴天乱気流(Clear Air Turbulence)に突入し、設計値を大きく超える大きな荷重(重力の7.5倍)がかかり主翼、尾翼が一瞬のうちに破壊されて墜落
*事故後の対策:原則として指定された航空路を飛行すること。有視界飛行では、強い晴天乱気流が予想される気象条件の空域は飛行しないこと(運航ルールの改善)

<大量輸送時代の到来>

1970年に入って、航空機による移動が一般化し、運航する航空機の数が飛躍的に増加しました。また、この急激な旅客需要増加に対応するため、従来の2倍以上の搭載量を持つ超大型機(B747DC10トライスター)が登場しました。大型機は一回の事故で極めて多数の死傷者を出す結果となり、事故の原因究明と事故対策の実施が非常に重要になりました。

1974年 トルコ航空・DC10墜落
乗員・乗客346人全員がこの事故で死亡;
*事故原因:高度12,000ft(約3,600メートル/約0.64気圧)で後部貨物室ドアが開き、減圧による客室の床の変形で床下を通っていた操縦系統(方向舵、昇降舵、水平尾翼、センターエンジンをコントロールするケーブル、油圧パイプ)が破壊され、操縦不能となって墜落
空中で貨物室ドアが開いた原因; 整備士による不完全なドアロック(←注意書きの英語が読めなかった) ドア作動用のモーターの回転力不足 ドアロックが不完全な状態でもドア警告灯が消灯してしまう
<注>客室のドアや小さな貨物室のドアは“プラグ式”のドア構造(コルクの栓の様な形状をしており、客室内の圧力が外気圧より高ければきつく締まる様になっている)となっている為、空中でドアが開くことはない
当該事故の2年前にアメリカン航空DC10が同様な理由で後部貨物室ドアが開き、操縦困難になったものの、緊急着陸に成功した事例があった。これを受けてFAAが後部貨物室ドアのAD(Airworthiness Directives / 耐空性改善命令)を出そうとしたが、政治的意図によりFAA上層部に握りつぶされていた
*事故後の対策(DC10だけでなくB747、等の全大型機が対象): 客室床面の強度向上 貨物室に急減圧が起こった場合、客室内の大量の空気が瞬時に抜け、客室床の変形が起こらない様に大きな“穴”を設置 昇降舵・方向舵のコントロールケーブルの経路を床下から胴体横に変更

行政が、事故原因の究明や事故後の対策に介入することを防止するために、NTSBに関して以下の極めて厳格な法整備が行われた;
1974年 米国:Independent Safety Board Act of 1974
上院の助言と同意を基に大統領が5人の委員を選任。議長及び副議長は5人の委員の中から上院の助言と同意を基に大統領が指名
*同じ政党を支持する委員が3名を超えてはならない(“no more than 3”)
少なくとも3名の委員は“技術的な専門性”を有していなければならない。
*“技術的な専門性”が求められる分野:“事故再現調査(“accident reconstruction”)、安全工学、ヒューマンファクター、輸送及び輸送安全に係わる法規制
委員の任期は5年
事故調査を行う分野:民間航空、鉄道、パイプライン、高速道路、船舶
事故調査はあらゆる政府機関の権限に優先する。また事故に係わる“犯罪捜査”や“民事訴訟”に対しても優先する
事故に係わる安全勧告は、必要により連邦政府、地方政府、地方機関、民間組織に対して行われる
NTSBから安全勧告が出された後、運輸長官(“Secretary of Transportation”)は90日以内にこの勧告を全面的又は部分的に受け入れるか、拒否するかについて文書による回答を行わなければならない。運輸長官は毎年この勧告に対するDOTの取った措置を議会に報告しなければならない
NTSBは事故調査のプロセスについて“宣誓証言”による公聴会を行わなければならない
NTSBは必要な場合、証人の召喚、証拠提出の命令を下すことが出来る
許可なく事故機を動かしたり、隠したりした場合、罰金又は10年以上の禁固又はその両方を課される
NTSBは事故調査に必要なあらゆるサポート(専門家・コンサルタント、等々)を受ける権限を有する

 1977 ダン・エア(英国)・B707 墜落
着陸進入中に水平尾翼が脱落して墜落。当該機は貨物機であったため乗員6名旅客1名の死亡にとどまった;
*事故原因:水平尾翼の後ろ(Spar/翼の長手方向の加重を支えている太い部材;通常2~3本で構成されている)の上部が金属疲労で破壊(亀裂の発生から7200回の離発着で発生)され、同時にフェイルセーフになっているはずの中央桁も破壊されて水平尾翼全体の脱落に至った。根本原因は不適切なフェイルセーフ設計ということになるが、機体設計の時点で、この破壊モード(破壊に至るプロセス)を想定することはできなかった。
*事故後の対策; 高稼働機を対象とした追加の検査要目の設定 ②損傷許容設計の導入
損傷許容設計とは:破壊されても深刻な事態にならない構造をあえて作り損傷の早期発見と重要な構造に破壊が連鎖しないようにすること、あるいは構造をうまく分離することによって破壊の重要部分への進展を防ぐような設計手法

事故後の調査で同型機521機のうち38機に亀裂が発見されており、上記対策によって多くの深刻な事故の発生を抑止できたことがわかると思います。

<大競争の時代>

 1978 カーター大統領により、航空自由化に舵が切られ(The Airline Deregulation Act of 1978)た結果、米国内では急激に航空会社が増加(約2倍)し熾烈な競争時代を迎えました。
1984年 米国に於いては経済規制(路線権益、運賃、企業合併等の許認可)を行っていたCABが廃止されました。
この自由化の流れは米国主導で世界に波及し、欧州に於いては1990年前後から、日本においても2000年前後から本格的な航空自由化が実現し、内外の航空会社間で厳しい競争が行われる様になりました。ただ、この競争は営業面に限られ、安全運航に関わる技術規制に関しては、急激な機数増に伴う事故件数増を抑止するために、逆に強化されてゆきました。

1982年 統合失調症の機長(JAL/DC8)が故意にエンジンを逆噴射させた為に滑走路(羽田空港)手前の浅瀬の海に着水。水没した椅子に座っていた24名の乗客が死亡;
*事故後の対策: 飛行中にエンジン逆噴射やグラウンドスポイラーを操作できないようにするインターロック機能の装着義務付け 運航乗務員の精神病に係わる健康管理の強化を義務付け
*類似事故
1999年 エジプト航空・B767 副操縦士による故意の墜落。乗員・乗客217人全員死亡
2015年 ジャーマンウィングス・A320 副操縦士による故意の操作により山に激突。乗員・乗客150人全員死亡

1985年 操縦系統が失われた日本航空・B747が御巣鷹山に墜落乗員・乗客520人死亡;
*事故原因:1978年の“尻もち事故”で損傷した圧力隔壁をメーカーであるボーイング社が修理を行ったが、その際構造修理マニュアル(SRM/Structure Repair Manual)に沿った作業を行わなかった為、その後の離発着で圧力隔壁の疲労破壊が起こり、操縦不能となって墜落した。

圧力隔壁の損傷状態
事故現場から回収した圧力隔壁の損傷状態

圧力隔壁
圧力隔壁(“Pressure Bulkhead”;上図):客室内の与圧をこのお椀型の隔壁で支えている(FAAの公開資料より抜粋)

修理方法(正誤)
上の図で左が正しい修理方法。右が間違えた実際の修理方法:黒く塗りつぶしてあるジュラルミンの板が中心でつながっていない⇒上の板と下の板は結果として、それぞれ一つのリベットで繋がっておるだけとなる。左側の正しい修理方法の場合、それぞれ二つのリベットで繋がっている(FAAの公開資料より抜粋)

圧力隔壁を設計する段階で、圧力隔壁が急激に破壊されると尾部構造(垂直尾翼、水平尾翼など)も同時に著しく破壊されてしまうこと、圧力隔壁が急激に破壊されると操縦に不可欠な油圧システムの全系統(フェイルセーフの目的で独立した4系統で構成されている)が同時に不作動となること、は想定していなかった
*事故後の対策: 方向舵、昇降舵、水平尾翼を操作する油圧システムのパイプの経路変更(床下から胴体側面)を行うと共に油圧パイプにチェックバルブ(パイプ破壊に伴う作動油の喪失を食い止める為のバルブ)を増設する 大規模修理実施後の追加整備要目(航空機が廃棄されるまで継続実施を義務付ける)を設定する(←日本国籍機のみ)
*類似事故:2002年 中華航空・B747墜落(乗員・乗客225人全員死亡)。事故原因は修理作業を行った中華航空がSRMに沿った修理をしなかった為であり、JAL・B747事故と全く同じ

1991年 ユナイテッド航空・B737 墜落。乗員・乗客25名全員死亡
事故原因:方向舵の機能喪失
事故後の対策:
ボーイング社による方向舵システム(ラダー・サーボ・バルブの機能不全)の改修 
*類似事故:
1994 米国:USエア・B737 墜落事故。乗員・乗客137名全員死亡

1994 Public Law 103-272 の制定
1958年に制定された法律:“The Federal Aviation Act of 1958”と本質的な差は無いものの、以下の様に耐空性にかかわる判断基準が極めて具体的に記述されるようになりました;
耐空性がある”ということは以下の二つの条件を満たしていること: 機体の形状(正確には“Configulation”)及び装備品が“型式証明”取得の際に提出された“図面”、“規格・基準”、“その他のデータ”と完全に一致していること。但し、これには取得後の変更管理がSTC(Supplemental Type Certificate)や“仕様承認”、等によってきちんと行われていれば一致していることと看做す⇔分かり易く表現すると、使用者(航空会社)による勝手な航空機の形状変更は許されないということ 航空機及び装備品の状態が“安全に飛行できる状態”にあること。“安全に飛行できる状態”とは、磨耗や劣化、油脂の漏洩などが無いことである⇔分かり易く表現すると、保全整備が確実に行われていることが必要であるということ

1996年 ValueJet Airlines・DC-9墜落。乗員・乗客110名全員死亡;
事故原因:航空機から取り降ろされた旅客用酸素発生器に安全キャップを取付けないまま貨物室に搭載(整備を委託していた“Sabre Tech社”の整備士と検査員のミス)し、この酸素発生器から漏れた酸素が原因で貨物室が火災を起こし操縦不能となって墜落。
*事故後の対策; 当該貨物室(クラスD)への火災警報システムの装着義務化 委託管理の強化(委託先が犯したミスであっても、委託元の航空会社に管理責任があると見做すこと)

2001 同時多発テロ 発生
事故後の対策:①操縦室ドアの強化(小型の銃器では破壊できない)と運航中常時施錠の義務化 空港でのセキュリティー強化(航空会社の費用負担) 銃器携行の覆面警察官の同乗(全便ではない/国によって違いがある) 

2005 ギリシャ:ヘリオス航空・B737-300墜落。乗員・乗客121名全員死亡
*事故の経過:パイロットが機内与圧コントロールノブを“AUTO”にしないまま離陸・上昇したため、パイロットが低酸素症による意識不明に陥り、燃料が無くなるまでオートパイロットで飛行した後墜落
*事故原因:出発前の整備作業で機内与圧コントロールノブを“手動”にしたまま整備作業を終了した。パイロットは出発時に機内与圧コントロールノブが“AUTO”の位置にあることを確認しないで離陸上昇した。パイロットは“警告音”が鳴っているにも拘らず原因を特定しないで警告を解除した
*事故後の対策:パイロット及び客室乗務員に“低酸素症”の症状に係る教育(体験を含む)を実施する

2009 エールフランス・A-330墜落。乗員・乗客228名全員死亡
*事故の経過:離陸上昇し高度38,000フィート(11,580メートル)を飛行中、失速して墜落
*事故原因:飛行中にピトー管(対気速度の計測に必要)の一部が凍結し、操縦に必要な情報が充分に得られなくなり手動操縦に切り替えた後、操縦を誤り墜落した
*事故後の対策:高高度、高速運航時における失速の訓練実施(現行のパイロットの訓練には低高度、低速時の失速訓練しか行われていない)

2013年 日本航空・全日空 B787 バッテリー火災事故
*事故、対策、等の一連の過程
1) 1月7日、(JAL)ボストン空港に着陸した機体の補助電源系統のバッテリーに火災発生
2) 1月16日、(ANA)飛行中に電気室のメインバッテリーが火災を起こし、高松空港に緊急着陸
3) 1月16日、FAA(連邦航空局)は787の運航停止命令を発動(34年ぶり)、国土交通省も同様の命令を発動
4) 1月20日、日本の運輸安全委員会が米国の調査チームと連携して事故調査開始
5) 1月20日、ボーイング社、新規製造機体の引渡し停止
6) 1月21日、航空法に基づき国交省はFAAと合同で、バッテリーを製造している“GSユアサコーポレーション”に立入検査実施
7) 1月25日、ボーイング社は本件に関する数百人規模の特別チームを結成
8) 1月25日、FAAの能力に疑問を抱き、米国上院が公聴会を開催しFAA幹部を追及する方針を決定。調査には、リチウムイオン電池の研究で知られているアルゴンヌ国立研究所とNASAに協力を求めた
9) 1月28日、航空法に基づき国交省はFAA(連邦航空局)と合同で、バッテリーの制御装置を製造している“関東航空計器”に立入検査を実施
10) 2月7日、ボーイング社、バッテリーの設計変更検討開始
11)  3月1日、ボーイング社、国交省に以下を説明:
*火災発生の原因の特定はできなかった(調査は継続)
考えられる火災発生の原因の全て(100項目)に対して対策を立てる(設計変更)。主なものは; バッテリー・セル対策:最大電圧引下/最小電圧引上、結露の排水溝設置、セル周囲の絶縁 バッテリー・セル間の熱暴走対策として絶縁材の追加、耐熱素材による配線、気化した電解液の排出口を設置 ケース全体の対策として、バッテリー全体を新たなステンレスのケースで覆い、気化した電解液を機外に排出する配管を設置
12)  4月6日、ボーイング社、バッテリーの設計変更についてFAAの認可を得るために試験飛行を開始
13)  4月19日、FAA、設計変更を認可
14)  4月26日、FAA・AD(Airworthiness Directives)発行15)  4月26日、国交省・耐空性改善通報発行(上記ADを呼び出している)
16)  JAL、ANAは上記ADに加え以下の追加処置を行った: 改修実施後の確認飛行 飛行中のバッテリー監視装置の設置及びバッテリーのサンプリング検査の実施 パイロットの慣熟飛行の実施 利用者に対する情報開示、
16)  4月22日、JAL、ANA共に改修作業開始
17)  6月1日、JAL、ANA定期便復帰(運航停止期間:136日)
18)  2014年1月14日、JAL787バッテリーから発煙 ⇒ボーイング社JALと協力して原因調査開始 ⇒国交省、メーカーであるGSユアサと原因調査開始 ⇒国交省、安全運航に支障なしとの見解表明
19)  2014年9月25日 運輸安全委員会が最終報告書発表:「事故原因は特定できなかった

-この歴史から学ぶこと-

敗戦前までの日本では、多くの尊い犠牲を伴う“想定外事象”を乗り越えて航空技術の先進国として多くの優れた航空機を生み出してきましたが、戦後はGHQによる7年間の研究・開発、製造の禁止命令によりジェット機の技術開発では決定的な遅れをとってしまいました。しかし、米国製軍用機の製造分担などを通じて技術力を培ってきた結果、70年の歳月を経て現在は、MRJ(三菱リージョナル・ジェット)、C-2(次期自衛隊大型輸送機)、X-2(先進技術実証機)などの先進的な航空機の設計・製造を行える実力を持つに至りました。

MRJ
MRJ

しかし航空機では、開発段階は勿論、耐空証明取得後の運用段階でも“想定外事象”が発生し、場合によっては悲惨な事故となることも稀ではありません。これまでの70年間、日本人はこうしたリスクを負わないで航空機を利用することに慣れてきました。

航空機の歴史を振りかえってみると、“新しい技術の開発⇒想定外の事故の発生⇒事故の徹底分析⇒再発防止策の実施”のサイクルを繰り返してきたことが分かります。また、別の見方をすると、航空機とは“安全性と経済性のギリギリの妥協”の産物であると言うこともできます。従って、不幸にも想定外の事故が発生しても、これを進歩の為の糧としてチャレンジする気概が、開発する会社にも、またこれをバックアップする国にも必要になると思います。少なくとも敗戦前の日本はこの気概にあふれていました。70年間他国の開発した航空機を利用してきた今の日本に、果たしてこうした気概が残っているかどうかちょっと心配になります。

また、事故調査を徹底的に行って事故原因を究明することが、事故の再発防止の為に決定的に重要であることは論を待ちません。昨今の事故を分析すると、事故が発生するまでの一連のプロセスの中で、ヒューマンエラーが決定的な要因になっていることが少なくありません。米国では、1974年の法改正で“事故調査はあらゆる政府機関の権限に優先する。また事故に係わる犯罪捜査や民事訴訟に対しても優先する”ことが謳われており、事故関係者から正直な証言を得ることが容易になっています。
一方、日本に於いては航空事故が発生すると、警察や検察の事情聴取、取り調べが最優先され、過失の有無が厳しく追及されます。確かに多くの人命が失われた大事故の場合、国民感情がこれを求めるということも理解できないわけではありません。しかし航空事故の場合、事故原因の追究は専門家にしかできないことは明白です。また多数の同型式機が引き続きお客様を乗せて飛行していることを勘案すると、可能な限り早期に事故原因を究明し再発防止策を実行する必要があります。将来、日本製の航空機がどんどん世界に売られていくようになった時、日本の法制度によってヒューマンエラーに関わる事故原因の究明が遅れるような事態はどうしても避けなければならないと思うのですが、、、

以上

0_航空機の安全運航を守る仕組み

はじめに

大学に入って少年時代の夢であった航空学科を選択してから、40年以上に亘って航空に関わってきました。その間、航空に関わる理論的な勉強、エアラインにおける航空機整備の現場経験、航空機整備計画に関わる実務経験、航空会社の経営に関わる実務経験、また、悲劇的な航空機事故に関わる当事者としての体験を積み重ねてきました。

航空機は、人間だけの力では絶対不可能な“鳥の様に空を飛ぶ”という夢を実現する為の“極めて高度な機械装置”です。従って“墜落しない様に”飛ばすために、その百年余の歴史の中で実に数多くの知恵を積み重ねてきました。航空機事故が起こる度に、航空評論家と称する人たちを交えてマスコミでは不確かな情報を基に報道合戦が繰り広げらますが、この嵐の様な数日~数週間が過ぎればまた元の静寂に戻り、報道機関も視聴者も大きな関心を払わなくなります。実は、事故が起こる度に事故調査に多くの専門家が関わり、事故原因の究明と同種事故のリスクを減らす(事故をゼロにすることはできない!)為の数々の対策が立てられ実行に移されています。しかしこの作業は極めて膨大な作業を伴い信頼できる“結果”が出るまでに数年を要することも珍しくありません。一方、この大切な“結果”については、残念ながら詳しく報道されることは殆どありません。

航空輸送は既に鉄道、バスと並び公共的な大量輸送を担っており、安全のレベルについても、寧ろ他の輸送手段と比べて統計的には優っている状況になっています。これは正に上記“結果”の積み重ねによって作り込まれてきた極めて先進的な仕組み(システム)によって実現しています。この仕組みを体系的に理解することができれば、すこしは安心して航空機を利用して頂けるのではないか、また鉄道、バスの事故対策にも活用できるのではないかと考え、このテーマを取り上げることに致しました。かなり精緻な仕組みなので、以下の様に8つのセクションに分けて、できるだけ分かり易い説明を試みてみたいと思います

1.航空機の発達と規制の歴史
*ライト兄弟による初飛行から現代の航空機に至る発達の歴史
*想定外事象による事故の発生と原因究明、これらを踏まえた規制高度化の歩み

2.航空機の安全運航を守る仕組み_全体像
* 航空機の安全を守るStakeholder(責任を持っている組織・人)は
* 航空機の安全はいかにして守られるか
* 航空機の設計、製造、運用等の各段階でのStakeholder間の責任の分担
* 航空機、エンジン、その他の装備品の設計、製造、整備、改造に係る人の技量の管理
* 規制当局による審査、認可等の合理化

3.耐空証明制度・型式証明制度の概要
* 耐空証明制度
* 型式証明制度
* 航空機部品・材料等で使われる規格
* 設計検査
* 製造過程検査
* 完成後の現状検査
* 輸出・入航空機の型式証明

4.整備プログラム
* 用語の定義
* 整備要目の分類
* 整備マニュアル
* 整備パッケージ

5.航空整備に係る人の技量の管理
* 整備士のキャリアパスと教育・訓練
* 一般整備士の養成
* 作業リーダーの養成
* 国家が直接管理している資格者
* 技術以外の教育

6.認定事業場制度
* 技術上の基準に係る具体的審査内容
* 確認主任者の確認の方法

7.Hardwareに係る信頼性管理
* メーカーが行う信頼性管理
* 航空会社が行う信頼性管理

8.Humanwareに係る信頼性管理
* Humanwareに係る品質管理システムの歴史;
* Humanwareに係る品質管理システムの標準化
* ヒューマンエラーを抑止するための規制
以上