イプシロン6号機の打上げ失敗の原因分析結果について

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はじめに

見出しの写真は、昨年(2022年)10月12日に鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所の発射装置から打ち上げ直後のイプシロン6号機の雄姿です。しかし、1段目、2段目は順調に飛行したものの、2段目モータ(ロケットの噴射装置)の燃焼が終了した後の姿勢制御がうまくいっていないことが分かり、飛行途中で爆破されました;

この6号機には、福岡市の宇宙ベンチャー企業「QPS研究所」が開発した観測衛星や、大学・研究機関などに打ち上げ機会を提供する「革新的衛星技術実証プログラム」の第3弾となる衛星「RAISE-3」を搭載していましたが、残念ながらこれらはロケットと共に太平洋の藻屑となってしまいました

日本のロケット開発の歴史については、私のブログ「ロケットに関わる基礎知識と日本のロケット開発の歴史」の中で詳しく説明しておりますが、軍事技術とは無縁の学術的な研究の為に開発され、これまで極めて順調に開発が進められてきました。今回の失敗は残念な事ではありますが、宇宙開発先進国が経験している様に、この失敗の原因分析を緻密に行い、次の開発計画に生かしていくことが大切だと思います。以下は、「JAXAのホームページ」からの情報をベースに私が理解できる範囲で出来る限り分かりやすく解説したものです。尚、以下の説明の際に度々登場する基本的な用語については、私のブログ「ロケットに関わる基礎知識と日本のロケット開発の歴史」の中で詳しく説明しておりますので適宜ご覧になって下さい

イプシロン計画の概要

衛星打上を始めとするこれまでの日本の宇宙開発については、液体燃料ロケットであるH-ⅡA、H-ⅡBによる大型実用衛星の打上やISS(国際宇宙ステーション)への物資輸送と、固体燃料ロケットである Μ-Ⅴロケット(読み方:ュー5ロケット)による中・小型衛星の打上や惑星探査などを行ってきました。その後、宇宙開発が商業的な競争を行う時代に突入し、打ち上げ費用の抜本的な削減が必要となり、H-ⅡA、H-ⅡBの後継機としてのH3の開発と並行して、2013年度以降、固体燃料ロケットの後継機としてイプシロンロケットの開発が始まりました。開発の道程及び開発の目標については以下の図をご覧ください;

つまりイプシロン6号機は、こうした開発フェイズの最終段階に位置付けられ、この発射の成功は、最終目標である「イプシロンS 」という国際競争力のある打ち上げサービスの開始に引き継がれることになっていました。イプシロンロケット開発計画の詳細は JAXA のサイト「イプシロン」をご覧ください
尚、上表にあるイプシロン2号機~6号機までの「イプシロン強化型」と「イプシロンS 」との仕様の違いについては下図をご覧ください;

2023年7月14日、秋田県・能代にあるロケット実験場でイプシロンSロケットの2段モーターの真空燃焼試験を行った所、爆発事故を起こしてしまいました。この事故の原因分析は現在進行中です
尚、「イプシロン強化型」と「イプシロンS 」の2段モーターの仕様の違いについては下図をご覧ください;

Follow_Up:2023年12月12日・日経_ロケットのエンジン爆発、装置溶融が原因 JAXA報告

イプシロン6号機・失敗の原因分析

イプシロン6号機の事故については、異常が認められた段階で爆破されているため落下した本体の回収は不可能です。しかし、最近のロケットは正常に飛んでいるかどうかや、搭載機器の状態を、電波で地上に知らせる装置(以下「テレメータ」と表記します)が装備されており、地上でもその情報を受信し正常に飛行しているかどうかReal Timeで確認できる設備が稼働しています

残念ながらイプシロンロケットについてのテレメータの仕組みは現段階で入手できませんでしたが、M-Vロケットの場合は5台のテレメータ(1段目に1台、2段目にカメラを含めて3台、3段目に1台)が搭載されており、それぞれの段の飛翔中の状態を時々刻々知らせて来るようになっています。またロケットが決められた軌道を飛行しているか、ロケットモータの状態は正常か、ロケットの切り離しは正常に行われたか、といった150種類もの情報を時々刻々送ってくるようになっていました。また、搭載カメラでは、1、2段目のロケットの燃焼炎の状態や切り離し、そして3段目ロケットの切り離し・点火の画像を送り、目で直接その状態を確認できるようになっていま

  ペンレコーダー

ロケットから送られてくるテレメータの電波は、打上げ場のある鹿児島宇宙センター内之浦宇宙空間観測所で受信され、「テレメータセンター」と呼ばれる場所でコンピュータ画面やペンレコーダ(電気信号の変化を長時間にわたって紙に記録するための計測器)にデータが表示されて、ロケットの飛翔中の状況が確認できるようになっています。このテレメータセンターで集められたデータは飛翔保安の部署へ送られ、ロケットが安全に飛んでいるかどうかが監視されます。もし、ロケットが異常な飛行をしたときには、ここからロケットの破壊コマンド(指令)が発信され、ロケットの落下による地上、海上での事故を未然に防ぐことになっています。イプシロンロケット6号機の破壊指令はここから発せられたものと思われます
尚、テレメータの電波は、ロケットの真後ろ方向では燃焼ガスの影響により弱められ、受信できなくなることがあります。また、地球が丸いことから水平線の向こうにロケットが飛翔すると受信ができなくなります。その為ロケットの飛行する途中何個所(外国を含む)かに受信局(これをダウンレンジ局といいます)を設けて、そこからテレメータセンターにデータを転送することになっています。こうして得られた情報から、事故原因のかなりの部分は解明できることになります

1.イプシロン6号機の制御の仕組みと故障個所
イプシロン6号機の構造と推進システムと制御システムを図示すると以下の様になっています;
上図に於ける略語の意味は以下の様になります;
* TVC(Thrust Vector Control):ロケットの噴射方向を変えることによってロケットの推力の方向を変える機構(⇒ロケットの進路を変えることが出来ます)
スピンモータ:ロケット外周の接線方向に小型のガス噴射装置を設置し、ロケットの軸を中心として回転させ、軸の方向(⇔ ロケットの進行方向)を安定させるもので、大砲や小銃の砲身の内部に施条(ライフリング)を施し、砲弾を回転させて方向を安定させることと同じ原理です
* RCS(Reaction Control System):噴出ガスの反動でロケットの方向、姿勢をコントロールするシステム)

この制御装置が打ち上げ時に予定された軌道に沿ってどの様な制御を行うかについては、以下の図をご覧ください;

このブログの「はじめに」の項のイプシロン6号機の事故に至る軌跡と、上図の姿勢制御上の役割分担を比べてみると、第2段 RCS の機能が故障したらしいことは推測可能であると思います

2.第2段 RCS の構造、及びその機能
第2段 RCS の構造と機能については下図をご覧ください;


上図の名称ロール(Roll)ピッチ(Pitch)、ヨー(Yaw)という用語は分かりにくいと思いますが、この用語は恐らく航空機の三軸周りの回転を意味する用語(右図参照)を転用している様です。RCSの場合は、ロールはロケットの軸周りの回転を意味し、ピッチとヨーは、ロケットの軸を傾けることを意味することになります。上図左のラッパの様な三角形のシンボル(#1~#8)はスラスタ(Thruster/ガス噴射装置)を意味しますが、これらの噴射装置を上図左に書かれている組み合わせで噴射させるとロケット本体の ロールピッチ、ヨー をコントロールすることが出来ます(例えば#1と#4のスラスタを同時に噴射させるとロケットは後ろ側から見て時計回りにロール(Roll)することになります

3.RCS のガス噴射装置(スラスタ)を駆動する仕組み
8個(#1~#8)あるガス噴射装置(スラスタ)を駆動する仕組みは複雑な構造をしていますので、簡単な系統図で表すと以下の図の様になります;

尚、今回の故障分析に関わる上図のタンクとパイロ弁の詳細な構造は以下の様になっています;タンクはダイヤフラム(伸縮性のある薄膜)で仕切られており、上部に窒素ガスが入ってくるとダイヤフラムの下部に入っているスラスタ(ガス噴射装置)に推進薬(ヒドラジン)を押し込む仕組みになっています。またパイロ弁(推進薬遮断弁)は、この推進薬の流路を途中で遮断しているものですが、搭載されている誘導制御計算機(OBC)の指令で流路を開通させる役割を担っています
尚、上図でPSDB2(Power & Sequence Distribution Box2/パイロ弁に電力供給を行う機能)は、AシステムとBシステムがあり、1秒の時間差でパイロ弁に電力を供給する様になっており、更にパイロ弁も Aシステム、Bシステムで独立して起動できる様な構造になっており(冗長設計/Redundancy)、パイロ弁の構造がシンプルであることと併せ、機能不全により起動できなくなる確率は極めて低くなるように設計されています

4.テレメーターから得られた故障の情報
テレメーターからは、タンクの圧力、パイロ弁下流配管の推進薬(ヒドラジン)の圧力、パイロ弁への電力供給の有無、などの情報が送られてきており、イプシロン6号機では、その情報は以下の様になっていました;

上図によれば、マイナス・ヨー軸(₋Y)には Aシステムに電力が供給されて直ぐパイロ弁下流の圧力がタンク圧力(タンク内の推進剤の圧力)に達した(⇔ マイナス・ヨー側のスラスターが機能できる)ものの、プラス・ヨー軸(+Y)には、Aシステム、及びBシステムに電力が供給されて電力が供給されてもパイロ弁下流の圧力はゼロのまま(⇔ プラス・ヨー側のスラスターは推進剤の供給が無いので機能できないになっていました
上記分析から、タンク側とパイロ弁上流配管に何らかの異常が発生したものと推定され、各種のテストが行われました

5.故障個所の特定
関連する部品類に対する各種のテストと、FTA(Fault Tree Analysis )分析を行った(故障の可能性をしらみつぶしに調査すること)結果、上記現象はRCSのダイアフラム式タンクにおける、「ダイアフラムシール部からの推進薬(ヒドラジン)の漏洩」と特定されました
このダイアフラム式タンクは、イプシロンロケット2号機以降の強化型から採用された推進薬タンクで、ダイアフラムを組み込む際にダイアフラムが、リング間隙(赤道リングとダイアフラム固定リングの隙間)に噛み込み、その後の溶接工程のミスでその噛み込んだ部分が破断・損傷した結果であると特定されました;

こういう状態になると、推進薬(ヒドラジン)がタンク内のダイヤフラムの下側から窒素ガス側に漏洩します。こうなると、ダイアフラムが液ポートに覆い被さり、パイロ弁開動作時にダイアフラムにより推進薬出口を閉塞する可能性があることが地上での実験で確認されました

6.その後の対応(水平展開)
A.今回の失敗の直接の原因が、構成部品一つの作業ミスが大きな失敗に繋がったことと、過去に同一部品が使われて問題が無かった部品について綿密な領収検査が省かれる傾向があったことから、イプシロンS計画だけでなく、H3計画においても構成部品の納入に際し着実な検査の徹底図ることとしました
また、
B.同種のRCSを使用している以下の計画については、改めて詳細な検討を行っております;
① イプシロンSロケットへの水平展開
現在開発の最終段階にあるイプシロンSロケットに関しては、今後以下の2案を検討し必要な改善を行っています;
A案:現タンクの設計変更
* ダイアフラム組込時にシール部の噛み込みが発生しない設計・製造工程、シール部からの漏洩を確実に検知する方法等を検討するとともに、充填する推進薬の増量などに伴うダイアフラムによる閉塞リスクを排除する対策を検討した上で、タンクを再開発する
B案:H-ⅡAタンク活用
* H-ⅡAロケットのダイアフラム式タンクは、ダイアフラム組込時にシール部の噛み込みが発生しない設計・製造工程となっており、タンク液ポートに閉塞防止用の機構を有している

② XRISM(X線分光撮像衛星)への水平展開
* XRISMの推進システムに搭載しているタンク・ダイアフラムはイプシロン6号機に搭載しているものと同一のものですが、実機の疑似推薬(水)を用いた振動試験の結果を基に技術評価を実施して問題ないことを確認したうえで、2023年9月11日にH-ⅡA・47号機により打ち上げられ軌道投入に成功しています
③ 宇宙船・SLIM(Smart Lander for Investigating Moon/無人月面探査機・着陸機)への水平展開
* SLIMの推進システムに搭載しているタンク・ダイアフラムはイプシロン6号機に搭載しているものとサイズ、形状が異なりますが、シール部やダイアフラム材料等の一部の設計が類似しています。従って実機のダイアフラム組込後の漏洩試験などを基に技術評価を実施し、問題ないことを確認した上で、2023年9月11日にH-ⅡA・47号機により打ち上げられ、現在月への軌道を順調に飛行しています

④ H3ロケットへの水平展開
* H3ロケットのダイアフラムについては、液ポート閉塞の可能性はなく、推進薬の漏洩やダイアフラムの破損、脱落が発生しないよう管理し、製造異常も確実にスクリーニングできるプロセスとなっていること確認していることから、懸念は排除されると評価しています

おわりに

イプシロンロケットの発射場は鹿児島県の内之浦にあり、数十年前!航空学科の4回生の時の卒業旅行で訪ねた所です。あの頃は私共の先輩達がミューロケットの打上げに参加していましたが、当時日本が現在の様な宇宙先進国になるとは思ってもいませんでした

その後、大型衛星打上用の液体燃料ロケットであるH-Ⅱシリーズの開発成功、世界唯一(ミサイルは別!)の固体燃料ロケット・イプシロンによる中・小型衛星の打上、惑星探査の成功が続き、日本の衛星打上や月探査など商業利用に関わるロケット技術の優位性が高まってきた矢先に、昨年のイプシロン6号機の打ち上げ失敗、今年に入ってH3の打上失敗、イプシロンSロケットの二段モータ地上試験中の爆発、などの一連の失敗が続きました
宇宙マニアの一人として、事故後は今後の日本の宇宙開発の進展を心配しておりましたが、今回イプシロン6号機失敗の原因分析をジックリ調べてみた結果、やはり事故分析及び其の水平展開に関しても日本の技術レベルは相当高いと確信するに至りました。ただ、第2段モータの地上試験での爆発事故の原因究明は未だ途上にありますで、失敗にめげることなく頑張って欲しい思います

今回の調査は、2023年5月19日発行の「イプシロンロケット6号機打上げ失敗の原因究明に係る報告書(JAXAイプシロンロケット6号機原因究明チーム)」と、2023年5月24日発行の「イプシロンロケット6号機打上げ失敗の原因究明に係る調査・安全小委員会 報告書(案)」をベースに勉強した結果を基に、私なりに推敲重ねた上で、素人でも興味のある方には理解可能な様に表現を工夫して書いたつもりです。ただ、関連する部品類に対する各種のテストやFTA(Fault Tree Analysis )分析については、設計者や部品製作者のような専門化でなければその真偽を判断できませんので、その結果に対する評価は全くしていません。その辺りに興味のある方は上記の報告書をじっくり読んでみることをお薦めします

尚、H3ロケット打上失敗事例については、未だ調査中なので、いずれ結果が出た段階でブログを書こうと思っています
Follow_Up:2023年11月20日発行のブログ「H3試験機1号機の打上げ失敗の原因分析結果について

以上