ただ、日本が世界で唯一の被爆国であり、多くの放射線被ばく者が亡くなった歴史があり、いわゆる「放射能怖い」と思っている日本人(マスコミも含め)が多い事も事実であり、これが原子炉立地自治体による再稼働の承認が滞る原因にもなっています。所謂「放射能怖い」の問題については、2016年8月に発行した「原子力の安全_放射能の恐怖?」というタイトルの私のブログで基礎的な問題について説明しております。できればこれを読み返して頂きたいのですが、お時間の無い方の為に放射線の人体への影響と、安全の基準についてのみ以下にポイントを列挙しておくこととします;
① 我々は地球に住んでいる以上、誰でも放射線に晒されています。日常生活の中で、何もしなくても、誰でも浴びている自然放射線の実効線量は、全国平均では1.1ミリシーベルト/年です。これは、宇宙線、土石類、食物などから受けている放射線なので、当然のことながら住んでいる場所によって異なります
② 医療検査で被曝する時の実効線量(1回当り);
*胃のX線集団検診で被曝する時の実効線量:3.3ミリシーベルト
*胸部CTスキャンで被曝する時の実効線量:4.6~10.8ミリシーベルト
③ 放射線治療で受ける時の実効線量(一連の放射線治療期間当り)
*ガンの放射線治療で受ける時の実効線量:1,000~10,000ミリシーベルト
④ 福島原子力事故における「避難指示解除」の基準:20ミリシーベルト/年以下
この表の赤い矢印より上は「化石燃料に由来する火力発電」、下は「脱炭素発電」を表します。この表から読み取れることは; ① フランスは、原子力発電の貢献が大きく脱炭素目標の達成は容易であると思われます * フランスは2023年、50.1TWh(テラワットアワー ⇔ 50万1千キロワットアワー)の電力を輸出しており、欧州最大の電力輸出国となっています。主な輸出先はスペイン、イタリア、ドイツ、ベルギー、イギリスなどの近隣諸国です ② ドイツは、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故を受け、メルケル政権が脱原発政策を加速。2023年4月15日に最後に残っていた3基の原子炉を停止しました
*最近、このエネルギー政策はエネルギーコストの面から岐路に立っている様です(参考:戦略なき脱炭素、経済圧迫_失速ドイツ、原発決別の誤算) ③ 英国、ドイツは再生エルギー(太陽光発電、風力発電)の比率が高い。特に風力発電は、西岸海洋性気候により安定した西風が得られるためであると考えらえます
④ 日本は、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の過酷事故により多くの原子力発電が廃炉、乃至休止となり、石炭・石油・天然ガス発電に頼っている現状が見て取れます。代わりのエネルギー源として政府・電力会社は、欧州に倣って再生エネルギー発電を目指しましましたが、最近以下の様な逆風を受けており国際公約である脱炭素目標の達成は危機に瀕しています
*洋上風力発電:三菱商事、洋上風力撤退を発表
*大型太陽光発電:立地場所の選定、補助金の面で難しい状況が生まれています
生成AI 関連企業誘致と原子力発電の再稼働
電力コストの比較(2025年12月11日日経新聞);
この表から分かる事は;
① 火力発電はコスト面で不利となる
② 原子力発電はコスト面で有利となる
尚、上表にある「市場調達」とは、他の電力会社や自前の発電設備を持っている企業からの電力購入と考えられますが、この場合配電網の整備が必要になればコスト的に不利になると考えられます
生成AI関連企業が 大量の電力を必要とする理由;
生成AIの基本的な知識については、2023年6月に作成した私のブログ“「生成AI」をちょっと勉強してみました”をご覧になって頂ければお分かりいただけると思いますが、この中で「膨大な電力需要」が必要な理由を以下に簡潔に引用します; ① 生成AIは数千億〜数兆のパラメータを持つモデルを使います。これらを動かすには、高性能のGPUや専用チップが大量に並んだサーバーが必要で、常に高負荷(⇔大電力)で且つ24時間連続で動作させる必要があります(⇔ 太陽光発電は夜間は発電が出来ない) ② 生成AIを動かすサーバーはデータセンターに集約されており、ここではGPU、CPUなどのユニットの冷却設備(GPU、CPUなどは膨大な熱を出します。パソコン内でも必ず冷却ファンがついていますね)、ネットワーク機器、電源管理システム、空調、などにより大量の電力が必要になります
*GPUとは:Graphics Processing Unit/画像の認識、分析に必要
*CPUとは:Central Processing Unit/データの演算やコンピュータ内の装置の制御などを行うコンピュータにおける中心的な処理装置
この図から分かる事は;
① 既に14基が稼働している
② 今後稼働予定の原子炉を含め、高浜2号機(建設・稼働開始時期:1975年11月14日)が稼働開始後50年で最も古く、これより稼働開始時期の早い原子炉は、既に廃炉となっています
③ 建設中とある「大間原子力発電所」、「東通(ひがしどおり)原子力発電所」、島根原発3号機」は、2011年の福島原子力発電所事故の前に建設を始めていました
1.東日本大震災によって起きた福島原子力発電所事故のシナリオ 私(荒井)は、偶々この事故の時、原子力安全基盤機構(現在の規制庁)の監事を務めていましたので以下の事故のシナリオは生々しく思い出すことが出来ます
① 三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東130km付近で、深さ約24kmを震源とするマグニチュード9.0の巨大地震発生
② 巨大津波(14~15メートル)が福島原子力発電所に襲来
③ 福島原子力発電所の堤防が破壊され発電所全体が浸水 ⇒ 予備電源用のディーゼル発電機も浸水により機能停止
④ 地震動によりバックアップ発電所も機能喪失
⑤ 炉心の冷却が出来なくなる
⑥ 炉心(原子燃料)が高温で溶融
⑦ 溶融燃料が冷却水と反応し水素発生
⑧ 水素が原子炉建屋に充満し爆発
⑨ 原子炉建屋の屋根が吹き飛び放射性物質が空中に四散
2.東日本大震災以降、規制庁が再稼働の際に重点を置いている審査ポイント 原子力規制委員会(NRA)が、東日本大震災(およびそれに伴う福島第一原子力発電所事故)以降、原子力発電所の再稼働(および設置変更・運転継続)を許可する際に特に重視する「審査ポイント」は、次のようなものです; ① 災害対策の強化(地震・津波・自然災害など想定の拡大)
*再稼働審査では、設置場所や構造が、「想定されうる最大の地震(設計基準地震動)・津波」に耐えられるかがまず問われます
*地震や津波だけでなく、火山噴火・竜巻・森林火災など「原子炉敷地および周辺で起こりうる自然現象」も設計で想定対象となっています
② 重大事故(シビアアクシデント)への備え ― 炉心損傷防止・冷却機能確保 *万一、炉心停止に失敗したり冷却系が破損・喪失した場合に備え、緊急炉心冷却、減圧、最終的な「ヒートシンク(放熱、排熱の為の熱交換器)喪失」まで想定した多重バックアップ系の整備が求められます 参考:ヒートシンク性能に関する基本検査運用ガイド
*外部電源喪失や給水/除熱機能喪失といった最悪ケースに備える「物理的防護」や設備の信頼性強化も必須となっています
③ 格納容器・建屋の強化および放射性物質拡散防止対策
*炉心溶融や炉心落下といった最悪シナリオに備え、格納容器の加圧破損防止、格納容器内部の冷却・減圧、水素爆発防止、溶融炉心の冷却などの対策が義務づけられています
*使用済燃料プールの冷却維持、放射性物質が外部へ広がる事態に備えた屋外放水設備なども含まれます
2.夏野菜の作柄
① ナスについては、これまで使っていた中ナス、小茄子、水ナスのタネを使い育てましたが、晩秋に至るまで多くの収穫が出来ました
② トマト、キュウリについては、新しく高温に強い品種を試しましたが、やはりキューリは7月前半、トマトは8月前半で収穫を終わってしまいました。収穫を終わる直前から苗を育てて育成しましたが、酷暑の中では如何に光の遮蔽などを行ってもうまく育ちませんでした ⇒ 2026年は、できるだけ前半に収穫し、キュウリは漬物で保存、トマトは冷凍で保存することを考えています ③ 唐辛子類の作柄
2025年には、これまで栽培していた「鷹の爪」の他、新しく「ハラペーニョ」、「蓼科唐辛子」、「水上唐辛子」を栽培しました。唐辛子は流石に酷暑にも強く、豊作となりました
④ その他の夏野菜の作柄作柄については、ほぼ例年通りの品種を栽培し、ほぼ例年通りの収穫がありました
1949年12月25日~30日 ハバロフスクに於いて戦犯裁判が行われました *被告(合計12名):関東軍司令官・山田乙三、関東軍軍医部長・梶塚隆二、関東軍獣医部長・高橋隆篤、他
*被告全員が有罪、強制労働収容所で刑期2年~25年。大半が刑期満了以前に帰国しました
*元軍医少佐・柄沢十三夫は、帰国を許された後自白したことを悔いて自殺しました *公判書類から分かった事; ① 中国人を731部隊で人体実験の対象を「得移扱」と称していました
② 「得移扱」とする対象;スパイ(死刑又は無期の重罪対象)、謀略・諜報活動を行なっていて逆利用できない者、不起訴又は軽い刑であるが更生の見込みのない者 ③ 「得移扱」を送り出す側であった大連憲兵隊では「大東亜戦争に協力せよ」との日系新聞の社説に対し反論を投稿した中国人を「反満抗日者」として731部隊に送っていました
④ 1940年7月に細菌をハルビンから上海に輸送する「関東軍野戦司令部命令書」も公判書類に含まれていました
5.人体実験を直接実施した軍医「湯浅謙」の証言;
① かれの経歴については、Wikipediaの「湯浅謙」をご覧ください
② 常石敬一氏の著作「七三一部隊(生物兵器犯罪の真実)」に書かれている証言;
*湯浅は、軍医として中国に居た3年半の間に、14人の中国人を生きたまま解剖し、また手術の練習台として殺した * 1942年12月、湯浅は、太源監獄で次のような手術演習を経験している
証言内容; 「山西省を占領していた陸軍第一軍の軍医約40名を集めたある日の講習会でのことだった。軍医たちはいつもの防疫給水部の講堂でなく太源監獄に集合するよう命令された。集まった軍医たちの前に陸軍省法務部の白い肩章をつけた男が二人出てきた。その後、引き出されて来た中国人の男を坐らせた。白い肩章の男たちは、やにわに拳銃でパパーンと4、5発中国人の腹を撃った。後手にゆわかれていた男たちは、前方に身をくずした。これは、身体に入った弾丸をどれだけ手早く取り去ることが出来るかを競うゲームと言うべきものの始まりだった。出血して悶えている中国人を5~10人の軍医が別室に運び、弾丸を手早く抜き取る手術を始めた。湯浅は手術中に更に拳銃の発射音聞いているので、さらに2人の中国人が撃たれ、「手術演習」の犠牲になったことを知った。弾丸を取り出す手術にあぶれた軍医たちは、中国人の四肢の切断や気管切開をした。参加した軍医の何人かが、“別に珍しいことでもなく、しょっちゅうのことだ”とささやき合うのを聞いて、この種の“手術”は自分の陸軍病院だけでなく、あちこちの部隊でもやっていることを知った」
③ 湯浅謙の戦後の経歴; *1945年8月、日本への帰国ではなく、国民党軍の軍医となる道を選び、1945年の中国革命による新中国の成立後は、共産党政権の医師として働いた
*敗戦後も中国に残ったことについて湯浅謙は、「私は3人の中国人を、自身の手術演習で殺していた。そこで、医者として残った」と回想している
*湯浅謙が関わった人体実験で殺された人は全部で14人
*1951年に中国軍の捕虜となり、翌年末に山西省太源の戦犯管理所(終戦までは日本軍の捕虜収容所・太源監獄)に収監されました
以上から、私(荒井)の判断としては、以下の要因が重なった為に海上保安庁機が滑走路に入って待機してしまったと思います; ① 海上保安庁機・機長が、管制官の指示「No.1, taxi to holding point C5」「滑走路上で離陸許可を出すまで待て」と判断してしまった ②「 出発順位が1番、、、」という管制官の指示 ③ 滑走路停止位置表示の運用が停止されていた
④ 同滑走路を使用する着陸機(JAL機)の存在を知らなかった(←滑走路に侵入する前に着陸機を視認できなかった←「空は徐々に暗くなりつつある状態」だった為、及び「無線によるJAL機と管制官の交信を傍受していなかった」為
⑤ 管制塔の中にある「滑走路占有表示」の注意喚起のサインを管制官が見逃していた可能性
<独立王朝時代(10世紀〜19世紀)> * 938年、呉権(ゴー・クエン)が中国の南漢軍を破り、ベトナムは約1000年ぶりの独立を果たしました。その後、以下のような王朝が興亡を繰り返しながら、ベトナム独自の国家を築き上げました ① 李朝(1009~1225)
*ベトナムで最初の本格的な統一王朝で、都をハノイに定め、中央集権的な統治を目指す一方、儒教が導入され、国が安定
② 陳朝(1225~1400)
この写真はホーチミン市一区メリン広場にあるチャン・フン・ダオ(陳国峻)の像です。彼は安生王陳柳の子として生まれ、陳朝の初代皇帝・太宗の甥にあたる人物で智勇に優れ、将軍として重用されていました。因みに、 1257年、モンゴル軍が侵攻してきた時、大越軍を率いてモンゴル軍を大いに破り、逆に追撃するまでの大勝を収めました @1274年の元寇:文永の役(日本への攻撃) @1281年の元寇:弘安の役(日本への攻撃) 1282年、クビライが建国した元による侵攻を受けると、元の圧迫に恐れをなした皇帝仁宗が降伏しようと言い出しましたが、チャン・フン・ダオは「戦わずして降伏するくらいなら、私の首を差し出せ」と言って、断固として反対したといいいます。これに勇気付けられた仁宗は徹底抗戦の構えを固め、チャン・フン・ダオは大越軍の総司令官に任じられ、巧みなゲリラ戦を繰り広げて元軍に大勝しました @ベトナムへの侵攻が失敗したことで、元による日本への3度目の侵攻が行われなかったともいわれています
③ 胡朝・明の支配(1400~1427)
*一時的に明の支配を受ける(1400~1428年)
③ 後黎朝(1428~1789) ⇔ 日本の足利時代、戦国時代、安土桃山時代、江戸時代
*黎利が明の支配から再び独立を勝ち取り、最盛期には南部チャンパ王国を吸収し、南北統一をほぼ達成しました。しかし、内部では阮(グエン)氏と鄭(チン)氏による実質的な分裂状態が続きました。明を追い出し独立回復。長期王朝となる
1954年4月26日:インドシナ和平会談@スイス・ジュネーヴ
*参加国:フランス、アメリカ合衆国、イギリス、ベトナム国、カンボジア、ラオス王国、ベトナム民主共和国(べトミン)、ソビエト連邦、中華人民共和国 合意内容;
① ベトナム、カンボジア、ラオスの独立
② 停戦と停戦監視団の派遣
③ ベトミン軍の南ベトナムからの撤退とフランス軍の北ベトナム、カンボジア、ラオスからの撤退
④ ベトナムを17度線で南北に分離し、撤退したベトミン軍とフランス軍の勢力を再編成した上で、1956年7月に自由選挙を行い統一を図る
* 合意はベトナム民主共和国、中華人民共和国、ソ連、フランス、イギリスが署名するも、アメリカとベトナム国(ゴジンジエム政権)は署名しなかった
1968年、学生によるベトナム反戦運動の高揚; アメリカの学生運動も、ベトナム反戦とともに大学の官僚的な統制に反発し、大学改革を求める運動として1964のカリフォルニア大学バークレー校に始まり、1968年にはコロンビア大学やハーヴァード大学でも学生が校舎を占拠するなどの過激な運動が展開されました。この学生運動はたちまち全世界に広がり日本でも東大紛争を始め全国の大学にベトナム反戦の嵐が吹き荒れました
* 世界でヒットしたベトナム反戦歌:Peter Paul & Maryの「Where have all the flowers gone」、Bob Dylanの「Blowin’ in the wind」 1968年12月、ベトナム駐留米軍の兵力は約54万人に達しています
* 戦跡や博物館の記録、ベトナムの歴史を調べて実感した「ベトナム人の強さ」
ベトナム人は、理不尽な敵に対しては以下の歴史が教える通り、多くの犠牲を出しながら勇敢に戦い勝利を収める強さを持っています;
① 陳朝時代((1225~1400))の将軍・チャン・フン・ダオ(陳国峻)に率いられたベトナム人は、アジア・ヨーロッパを征服したモンゴル軍を二度に亘って撃退しました
② 第二次大戦後、日本の降伏の機会を捉えて再びベトナムの植民地化を推し進めようとしたフランスに対して戦いを挑み、1954年、ディエンビエンフーの戦いでフランスに勝利しました。この長い戦争で、フランス軍とフランスの支援をしたベトナム人の死者は併せて16万人であったのに対し、ベトミンとその支援者の死者も16万人に達したと言われています
③ 1960年以降のベトナム戦争では、米軍は約5万8千人の死者を出したのに対し、ベトナム人は併せて(北ベトナム軍、ベトコン、南ベトナム政府軍、一般民衆)200万人の死者を出したと言われています
<ジャガイモ・タマネギ>
見出しの写真は、5月末から6月初めにかけて収穫したジャガイモとタマネギの写真です。ジャガイモは大・中・小併せて13.7キログラム、タマネギは生食用の赤いタマネギは6.3キログラム、白いタマネギは11.2キログラム収穫できました。この収穫量は例年並みと思います *ジャガイモに関する実験; ① 後述するキャベツの収穫がかなり遅れた為、またジャガイモの植付に使っていたコンテナが使えなかった為、ナスの栽培に使っていた丸い縦長のコンテナに2株づつ植えてみました。ジャガイモがナス科に属することによる生育上の問題が発生しないか心配しましたが、特に問題は起こりませんでした ② ジャガイモ栽培の初期段階で沢山出てくる芽を「芽掻き」と言って1~2本の芽を残して掻きとってしまう事が常識となっていますが、いつも「勿体ないな!」と思っていました。今回、掻きとった芽に根が付いているものがあったので2本だけ植えてみた所、この芽からも少量ながらジャガイモが収穫できました *タマネギに関する実験; ③ タマネギを寒さと乾燥から守るために、株間に黒色のゴミ袋を使ったマルチ(まがい?)と藁を敷いてみましたが、霜が防げたことと大きなタマネギを収穫できたことから、多少は効果があったような気がします
「はじめに」で述べた通り、大型コンテナを使う夏野菜は「種から育てるというマイルール」を貫徹するには、「プラスティック・ポッドへの種蒔き⇒大型コンテナの土の再生⇒植付」のプロセスを、以下の様に労働が集中しない様に数段階に分ける必要がありました; ① 2月下旬から和室の窓際に設置した「発芽装置(熱帯魚用ヒーターを使い、温めた水に苗のセルを入れたトレーを浮かべて温度管理を行う)」で発芽させる ② 発芽した苗を屋上の「育成装置(上記と同じ仕組み)」で苗を成長させる
③ ある程度成長した苗を、より大きなプラステイック・ポッドに植え替え(苗をより大きくするため)、コンテナの土の中に植え込む(水の管理を容易にするため) ④ 大きく育てた苗を大型コンテナに植え替える(5月下旬~6月上旬)
<ネギ類> 昨年、9月末に種まきしたネギは、以下の写真の様に育っていますが、未だに収穫するに至っていません。やはりもう少し勉強が必要です
*ネギに関する実験; ① 今年育てているネギについては、深いコンテナを使うことをせず「肥料の袋」を巻き、成長する毎に間に土を補充して育てる方法を採っています。扨て、立派な長ネギができるかどうか? ② 昨年冬に購入した長ネギは、乾燥した根が付いているものが多く、勿体なので根の上1センチくらいで切り落とし、これを土に植えてみました。一週間もしないうちチャンと茎が伸びてきました。現在半年近く経って以下の写真の様に成長しています。まだ食べていませんが、なんか行けそうな気がします!
【ピョートル1世(在位:1682年~1725年)】の時代 ① 北方戦争(1700年~1721年) バルト海への進出を目的にスウェーデンと長期に亙って戦って勝利し、エストニア、ラトビア、リトアニアの一部とカレリア(ロシア・フィンランド北部国境地帯)などを獲得しました
【女帝エカテリーナ2世(在位:1762年~96年)】の時代 ② ポーランド分割
ロシアは西方への領土拡大を企図し、プロイセン、オーストリアと共に弱体化したポーランド・リトアニア共和国を3度に亘り(1772年、1793年、1795年)攻撃した結果、ロシアは現在のベラルーシ、ウクライナ西部、リトアニアの一部を獲得しました。3ヶ国の分割支配の状況は下図参照;
【アレクサンドル1世(在位:1801年~25年)⇒ ニコライ1世(在位:1825年~55年)⇒アレクサンドル2世(在位:1855年~81年)】の時代
③ コーカサス戦争(1817年~1864年) コーカサス地方の制圧を企図してチェチェン、ダゲスタン、ジョージアなどと戦争を行った結果、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンを併合しました
3.その他の対ロシア防衛体制の強化 ① フィンランド;
* 地雷禁止条約(オタワ条約)脱退
* フィンランド軍、幹線道路で離着陸訓練 ② バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア); 三国共同で「バルト防衛線」を計画し、ロシアおよびベラルーシとの国境沿いに防衛施設を構築しています。この計画には、各国境に600以上のバンカー(掩体壕:左の写真参照)や対戦車壕の建設が含まれています
③ ポーランド; ポーランドは2024年末までにロシアおよびベラルーシとの国境沿いに防衛線を構築する計画を進めています ④ ドイツ・リトアニア;
ドイツは第二次世界大戦以降初めて、約 5,000人規模の装甲旅団をリトアニアに恒久的に駐留させることを決定しました。これはロシアのウクライナ侵攻を受けた対応で、NATOの東側防衛を強化する目的があります
*Follow_Up:2025年5月28日_日経新聞/欧州安保「強いドイツ」許容 戦後初の国外常駐、徴兵制復活も
3.スウェーデンの防衛 スウェーデンの総合防衛システムは、軍事防衛と民間防衛で構成されています。スウェーデンは NATO の集団防衛にも参加しています。 軍事防衛
スウェーデンの軍事防衛は、スウェーデンとその NATO 同盟国を武力攻撃から守り、国境を守り、紛争解決を支援します。軍事防衛は、スウェーデン軍と、スウェーデンの軍事防衛を支援することを主な任務とする政府機関で構成されています 民間防衛 民間防衛には、政府機関、地方自治体、自治体、民間部門、非営利団体とともに、スウェーデンに住むすべての人が関与しています。民間防衛の最も重要な任務の 1 つは、軍事防衛を支援することです。もう 1 つの主な任務は、国民を保護し、戦時中であっても、可能な限り重要な公共サービスが中断されないようにすることです。重要な公共サービスには、エネルギー、医療、輸送が含まれます。 NATO におけるスウェーデン;
スウェーデンは軍事同盟 NATO に加盟しています;
同盟の目的は、加盟国が団結して強力になり、他国による攻撃を抑止することです。それでも NATO 加盟国が攻撃された場合、同盟の他の国がその国の防衛を支援します。つまり、全員が 1 人のために、1 人が全員のためになるのです
7.空襲時に避難する 空襲があった場合は、すぐに避難所または他の保護場所に避難する必要があります。最寄りの避難所を選択してください。また、軍事攻撃の可能性がある場合は、その地域から避難する必要があるかもしれません
警報は、空襲警報やスウェーデンの公共放送局 Sveriges Radio のチャンネル P4 など、さまざまなチャンネルを通じて放送されます
アルテミス計画は、2017年12月、一期目のアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプが承認・署名した月探査計画を内容とする宇宙政策指令第1号(Key Elements of SPD)に端を発しています。この計画では、新たに開発されるオリオン宇宙船と月軌道プラットフォーム・ゲートウェイ、それを利用する商業月面輸送サービスや、月面に建設する基地から発進するする火星探査計画までを視野に入れた壮大な宇宙開発計画となっています。因みに、日本も2019年10月にこの計画に参画することを決定しています。こうしたことから、アルテミス計画の目的を一言でいえば「人類が宇宙で持続的に活動できる基盤を築くことを目指しており、これによって未来の宇宙探査の道が大きく開かれる」計画と言えるのではないかと思われます
今回、これまでアルテミス計画についてシコシコ?と貯めてきた新聞やネットの情報を精査し、この計画の進捗状況と、その後の展望について勉強することにしました。結果は以下の通りです
3.アルテミス計画のキーとなる技術開発 A. 輸送用巨大ロケットシステムの構築
Space Launch System(SLS)はアルテミス計画に使われる巨大ロケットシステムです。以下の写真でその巨大さが分かると思います;
このロケットシステムの元請け(Prime Contructor)企業はボーイング社です。各シリーズの搭載重量などの性能は以下の様な計画になっています;
上表の黒い帯に書かれている数字が月面に送りこめる搭載物の重量を表しています
尚、SLSに関する詳しい情報はNASAのSLSサイトをご覧ください