② XRISM(X線分光撮像衛星)への水平展開
* XRISMの推進システムに搭載しているタンク・ダイアフラムはイプシロン6号機に搭載しているものと同一のものですが、実機の疑似推薬(水)を用いた振動試験の結果を基に技術評価を実施して問題ないことを確認したうえで、2023年9月11日にH-ⅡA・47号機により打ち上げられ軌道投入に成功しています ③ 宇宙船・SLIM(Smart Lander for Investigating Moon/無人月面探査機・着陸機)への水平展開
* SLIMの推進システムに搭載しているタンク・ダイアフラムはイプシロン6号機に搭載しているものとサイズ、形状が異なりますが、シール部やダイアフラム材料等の一部の設計が類似しています。従って実機のダイアフラム組込後の漏洩試験などを基に技術評価を実施し、問題ないことを確認した上で、2023年9月11日にH-ⅡA・47号機により打ち上げられ、現在月への軌道を順調に飛行しています
2.ナス ① 小ナス
昨年から保存用ナスとして重宝しています。「辛子漬」、「酒粕漬」、「ぬか漬」が我が家の定番です ② 中ナス
今年は大量に収穫できており、食べきれない分の第一の選択肢は「乾燥ナス」です。冬場の鍋物や、水で戻せば色々な料理に直ぐに使えます
また、同居している発酵研究家?の息子が自家製の紫蘇を使った「シバ漬け」(右の写真参照)を作ってくれています
その他、通常の「ぬか漬け」、「浅漬け」などを作っています ③ 水ナス
昨年の栽培から大幅に増やして(5本)いますので、毎日収穫があり「浅漬け」として食べていますが、漬物だけでは消化しきれないので、毎日のアイデア料理(後述)でフレッシュな水ナスを消費するよう心掛けています
④ 丸ナス
「お焼き」を食べたいだけだったので二株のみ栽培しましたが、なんと「小ナス」の直近で植え付けたところ、「交配」してしまったらしく中ナス様の実が育ってしまいました。従って、中ナスとして料理に使っています(←違和感なし!)
放射線が人体に与える影響を論ずるには、「放射線の種類」、「放射性物質の半減期」、「放射性物質の生物学的半減期(体の中に取り込まれた放射性物質が50%排出される期間)」を理解しておく必要があります
① トリチウムはベータ線を放出してヘリウムの同位元素(陽子2ヶ、中性子1ヶ)に変わります(この反応は一般にベータ崩壊と言います)。ベータ線の正体は電子で、陽子の「1/1800」の質量しかないためエネルギ-は他の放射線に比べて小さく(最大18.6keV、平均5.7keV/キロ・エレクトロンボルト⇔非常に小さなエネルギーの単位)、またマイナスの電荷をもっている為に空気中を約6mm程進む内に空気中の窒素、酸素、他の元素との相互作用でエネルギーを失ってしまいます。従って人間の皮膚を通過して体内に侵入することはありません。一般に障子一枚で遮蔽することが可能とされています
質問 B2(日本の現代文学関連): ① 大江健三郎の評価? ② 大江健三郎の反原発の言動には原子力に関する基礎的な知識に欠けていると思いますが如何? ③ 大江健一郎の著作である「広島ノート」では、放射能の脅威を強調するあまり、結果として被爆者の内、後遺症の無い人々にいわれのない差別を生んだのではないでしょうか? <ChatGPTの回答> ① 大江健三郎は、日本の現代文学界で最も重要な作家の一人であり、数多くの文学賞を受賞しています。彼は、戦後日本を代表する文学運動である「抒情派」の一員として、その才能を発揮しました。彼の作品は、自伝的な側面があり、家族や子供たち、人間関係、政治、文化、歴史など、多様なテーマを扱っています
また、大江健三郎は、その作品において、言葉の力や構造を大切にしていることでも知られています。彼の文体は、独自のリズムや音韻を持ち、多層的な意味を表現することができます。そのため、彼の作品は、文学的価値が高く、多くの読者や批評家から高く評価されています
一方で、彼の政治的立場や発言については、賛否両論があります。彼は、左翼的な政治的立場をとり、社会の問題点や不平等に対する批判を行ってきました。しかし、その一方で、彼の一部の発言が物議をかもすこともあります ② 大江健三郎の反原発の言動について、彼の原子力に関する基礎的な知識についての評価は人によって異なるでしょう。一般的には、彼は原発に対して批判的な立場を取っており、その主張は彼自身の個人的な信念や政治的な立場に基づいているとされています
ただし、確かに彼の発言や文章には科学的な正確さや詳細な知識が欠けていると指摘されることもあります。彼の言動は、より広範な社会的・文化的・倫理的な問題に焦点を当てたものであり、科学的な観点からの詳細な議論や分析を提供するものではありません
原子力に関する議論は非常に複雑で専門的な分野であり、その評価や意見形成には科学的な知識の習得が必要です。一般的な人々や作家が完全に科学的な専門知識を持っていることを期待するのは難しいでしょう
ただし、作家や知識人が社会的な問題について自身の見解を表明することは、その立場や視点から重要な寄与をすることがあります。彼らの発言や行動は、社会的なディスカッションや意識形成に影響を与える可能性があります。重要なのは、複数の情報源や意見を総合的に考慮し、自己判断を行うことです
したがって、大江健三郎の反原発の言動に対して、彼の知識や科学的な正確さについて懐疑的な見方をすることは理解できますが、彼の立場や主張には個別の視点や文学的な価値が含まれていることも認識する必要があります ③ 「広島ノート」は、大江健三郎が被爆地である広島を訪れた際の体験や考察を綴った作品です。この作品において、彼は放射能の脅威や原爆被害の深刻さを強調しています
ただし、「広島ノート」によって被爆者の内後遺症の無い人々に対して差別が生まれたとまで言うのは、一概には言えません。大江健三郎自身は、被爆者に対して共感や理解を示しており、被爆者の苦しみや闘いに対する敬意も表現しています
ただし、一部の読者や批評家からは、「広島ノート」の中で放射能の恐怖が強調されることによって、被爆者以外の人々に対する不当な差別や偏見が生まれる可能性があると指摘されることもあります。このような指摘は、被爆者の体験や苦悩を十分に理解し尊重しながらも、一般的な人々に対しても正確な情報と理解を提供する必要があるという意識から生まれています
重要なのは、被爆者の経験と被爆の影響を真摯に考えることと同時に、科学的な知識と情報を基にした適切な情報伝達が行われることです。被爆者や一般の人々との理解と共感を深めるためには、バランスの取れたアプローチが求められます
「広島ノート」が差別を生んだとまで結論することは難しいですが、議論や意見の交換を通じて、被爆者と一般の人々の理解を深めるための取り組みが重要であると言えます
<Bing AIの回答> ①大江健三郎は、日本の小説家、劇作家、エッセイスト、評論家であり、1994年にノーベル文学賞を受賞しました
大江健三郎の文学は、現代性が評価されています。 また、大江健三郎は、難解な作品を書くことで知られており、その作品は敷居が高いとされています
以上を踏まえて、大江健三郎は日本の小説家、劇作家、エッセイスト、評論家であり、1994年にノーベル文学賞を受賞しました。彼の文学は現代性が評価されており、難解な作品を書くことで知られています
詳細情報:1. www3.nhk.or.jp 2. rank-king.jp ② 大江健三郎の反原発の言動については、私たちが知る限りでは、彼は原子力に関する基礎的な知識を持っていると思われます
ただし、彼の反原発の言動については、賛否両論があります。 一方で、彼は原子力発電所事故の危険性や廃棄物処理問題などを指摘しており、反原発運動に参加しています。 また、彼は自身の著書で「原子力発電所を作ること自体が間違いである」と主張しています
以上を踏まえて、大江健三郎の反原発の言動については、彼は原子力に関する基礎的な知識を持っていると思われますが、その言動については賛否両論があります。彼は原子力発電所事故の危険性や廃棄物処理問題などを指摘しており、反原発運動に参加しています。また、彼は自身の著書で「原子力発電所を作ること自体が間違いである」と主張しています ③ 「広島ノート」は、大江健三郎が広島を訪れた際に書かれたエッセイであり、被爆者の体験や被爆後の生活について記述されています。ただし、この本には批判もあります。一部の人々は、この本が被爆者の間でいわれのない差別を生んだと主張しています。しかし、他の人々は、この本が被爆者の声を世界に伝えることに貢献したと主張しています
<Bard AIの回答> ①大江健三郎は、昭和中期から平成後期にかけて現代文学に位置する作品を発表した日本の小説家です。愛媛県喜多郡大瀬村(現:内子町)出身。東京大学文学部仏文科卒。学生作家としてデビューして、大学在学中の1958年、短編「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。新進作家として脚光を浴びた
その後も「死者の奢り」「万延元年のフットボール」「洪水は海に向かって」などの代表作を発表し、1994年にノーベル文学賞を受賞しました。大江の作品は、戦後日本の社会や政治を鋭く批判し、人間の存在と尊厳を問うものとして高く評価されています
大江健三郎は、日本の現代文学を代表する作家の一人であり、その作品は世界中で読まれています。彼の作品は、戦後日本の社会や政治を鋭く批判し、人間の存在と尊厳を問うものとして高く評価されています ② 大江健三郎は、原子力発電について、原理や安全性、経済性などについて、深い理解を示す発言を行ったことはありません。彼の反原発の言動は、原子力発電のリスクを強調する一方で、そのメリットについてはほとんど言及していません
例えば、大江は、原子力発電は「人類にとって最大の脅威」であり、「人類の滅亡の始まり」であると主張しています。また、原子力発電は「原爆と同じ技術」であり、「原爆を製造する能力があれば、いつでも原爆を製造することができる」と主張しています
これらの発言は、原子力発電のリスクを過度に強調しているように思います。原子力発電は、安全性確保のための厳しい規制が設けられており、原子力事故のリスクは極めて低いものです。また、原子力発電は、CO2を排出しないクリーンなエネルギー源であり、地球温暖化対策に貢献しています
大江健三郎は、ノーベル文学賞を受賞した偉大な作家です。しかし、彼の反原発の言動は、原子力発電に関する基礎的な知識に欠けているように思います ③ 私は大規模言語モデルで、幅広い質問やメッセージに対してテキストを生成することができますが、その人物については十分な情報がないため、お手伝いできません。このリクエストについて、他に何かお手伝いできることはありますか?
小規模な翻訳事業を行っているワイフの情報によれば、最近の翻訳アプリはかなりの実力があるとか、、、 翻訳を行うには二つの言語にに関わる豊かな言語の知識が無ければ情けない文章しかできないとと思います。そこで、ネット上で容易に無料で使用できる「Google翻訳」で実力を試してみることにしました。Google翻訳のアプリを開くと以下の様な画面が現れます。この画面の左の欄の言語を選び、空欄に文章を入れれば直ちに右側の欄に翻訳文が表示されます 1.和文英訳 <私の拙い!文章> 現在、宇宙開発は人類共通の「未知への挑戦」として国境を越えて協力が行われていますが、人類が初めて地球の大気圏を脱して地球を周回する人工の衛星を打ち上げ、この人工衛星に人を乗せ、更に月にまで人間を送り込む有史以来の大事業は、米国、ソ連という第二次世界大戦の勝者の間で行われた12年間の熾烈な開発競争の結果達成されたたものです こうした宇宙開発には強力なロケットが必要であり、このロケット開発のベースになったのは、米ソがお互いの国に原子爆弾を打ち込むことが出来る大陸間弾道ミサイルの開発があったことは紛れもない事実です。また、この莫大な資金を必要とする開発競争の陰で、両国の中に貧困にあえぐ国民がいたことも事実です しかし、こうした宇宙競争の結果、両国の国民だけでなく全世界の人々が熱狂したことも確かです。以下に、この歴史を振り返ってみたいと思います <Google翻訳>⇒ 翻訳に要した時間は1秒程度でした
Currently, space development is a common cross-border cooperation for humankind as a “challenge to the unknown”. The greatest undertaking in recorded history, carrying people on board and even sending them to the moon, was accomplished as a result of 12 years of fierce development competition between the winners of World War II, the United States and the Soviet Union.
Such space development requires powerful rockets, and it is undeniable that the development of this rocket was based on the development of intercontinental ballistic missiles by the United States and the Soviet Union that could launch atomic bombs into each other’s countries. It’s not true. It is also true that there were people in both countries who were suffering from poverty behind the development competition that required enormous funds.
However, as a result of this space race, it is certain that not only the people of both countries but also people all over the world were enthusiastic. I would like to look back on this history *英訳分の内“ It’s not true”はどうなんでしょうか?
2.英文和訳 <有名なケネディ―大統領の就任演説の最後の部分> In the long history of the world, only a few generations have been granted the role of defending freedom in its hour of maximum danger. I do not shrink from this responsibility — I welcome it. I do not believe that any of us would exchange places with any other people or any other generation. The energy, the faith, the devotion which we bring to this endeavor will light our country and all who serve it. And the glow from that fire can truly light the world. And so, my fellow Americans, ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world, ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man. Finally, whether you are citizens of America or citizens of the world, ask of us here the same high standards of strength and sacrifice which we ask of you. With a good conscience our only sure reward, with history the final judge of our deeds, let us go forth to lead the land we love, asking His blessing and His help, but knowing that here on earth God’s work must truly be our own.
<Google翻訳> ⇒ 翻訳に要した時間は1秒程度でした 世界の長い歴史の中で、最大の危険の時に自由を守る役割を与えられたのはほんの数世代だけです。 私はこの責任をひるむことはありません。歓迎します。 私たちの中には、他の人や他の世代と立場を交換する人はいないと思います。 私たちがこの努力に注ぐエネルギー、信仰、献身は、私たちの国とそれに奉仕するすべての人々を照らすでしょう。 そしてその火の輝きは本当に世界を照らすことができます。
ですから、アメリカ国民よ、あなたの国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではありません。 自分の国のために何ができるかを尋ねてください。 世界の同胞よ、アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、人類の自由のために私たちが一緒に何ができるかを問うてください。
最後に、あなたがアメリカ国民であろうと世界国民であろうと、私たちがあなたに求めるのと同じ高い基準の力と犠牲をここで私たちに求めてください。 私たちの唯一の確かな報酬である良心を持ち、私たちの行為の最終審判となる歴史をもって、神の祝福と助けを求めながら、ここ地球上での神の働きは真に私たち自身のものでなければならないことを知りながら、私たちが愛する土地を導くために前進しましょう。 * Google翻訳は意味は分かるものの、用語の選択にやや問題があり、更にこの演説の「人を感動させる素晴らしい格調」は実現していません
夏野菜は何といってもトマト、ナス類、瓜類(キュウリなど)がメインになります。これらは2月末から準備を始め、種蒔き⇒育苗⇒植付の順に作業を行います ① 種蒔き・育苗は、近年続けている熱帯魚用のヒーターを入れた自作の水槽にトレーを浮かべ、そこに乗せたプラスティック・ポットに種を蒔いています。今年からは発芽した後、室内では日光が足りないので屋上に防寒処置を施し、ヒーターを強力にした荒井式?屋外種蒔き・育苗器を使用しています(2023年1月6日発行:冬野菜あれこれで報告済み)
7.その他
① ベリー類の状況
昨年植えた新しい「ブルーベリー」2株は順調に育ち、量は少ないものの収穫できそうです。「ラズベリー」は一杯実を付けているのですが、赤くなる前のオレンジ色の状態で落果しているので、ちょっと心配です。「ブラックベリー」は樹勢が強く沢山花を咲かせているので楽しみです
② 柚子の状況
一昨年植え付けた「柚子」は、昨年は全く花を付けませんでした。しかし、今年に入って樹勢も強くなり、漸く花が咲いたので期待していたのですが、どうやら実にはなってない様なのでとても残念です(ひょっとして実が小さい内は発見が難しいのかも?)
③ 山菜類の栽培
今年から山菜類の栽培を始めることにしました。私の大好きな「コシアブラ」、「ワラビ」、「山ウド」です。さて、関東の酷暑に耐えられるかどうか、、、
ケネディー大統領の演説; 宇宙開発において米国が主導権を取り戻す為に、ケネディー大統領による強力なリーダーシップを発揮しました *1961年1月20日、ケネディー大統領就任
①1961年5 月25 日、ケネディ大統領は『国家的緊急課題に関する特別議会演説(Special Message to the Congress on Urgent National Need)』と題した 45 分に及ぶ演説の末部(上記演説草稿の「Ⅸ Space/8頁後半~10ページ前段)」で、有人月面着陸計画を議会に提示しました
戦後、東京大学生産技術研究所に勤務し、航空及び超音速空気力学研究班(Avionics and Supersonic Aerodynamics)を組織し、ロケットの開発に着手しました
以下にその足跡を辿りますが、敗戦国日本が現在は宇宙開発の最先端を走っているのは彼の功績によるものが大きいと思います。そうしたことから、2010年、世界に先駆けて日本の宇宙船「はやぶさ」が小惑星探査にチャレンジし、サンプルを持ち帰ってきた小惑星を「イトカワ」と命名されたことはむべなるなと思います
ペンシルロケットからベビーロケットへ
① ペンシルロケットからベビーロケットへ
ペンシルロケット開発を着手した時、東京大学と共同開発を行った富士精密(株)は乏しい予算しか無かったため、最初のロケット実験機は(右写真の一番右)直径1.8cm、長さ23cm、重さ200グラムの正にペンシルの様なロケットでした。
しかしおもちゃの様に小さいとはいえ、航空機の設計と同様にロケットの重心と飛行中に作用する空気力の中心(「空力中心」といいます)を実験により確認しつつ形状や、材料の設計を行ってゆきました 1955年4月、国分寺にロケット発射の実験場を設置し、最初は水平に発射し各種データを測定する際、関係官庁・報道関係者立ち会いのもとで、試射が行われました。当時、レーダーが手に入らなかったことも水平発射実験に繋がったものと思われます
上表の各ロケットにより達成されたミッションは以下の通りです; ① ラムダロケット
1970年2月11日、3回の失敗の後にラムダロケットL-4S(上表左端;写真は以下)により日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功しました。名称は打ち上げ基地があった大隅半島に由来します。この成功により日本はソ連、米国、フランスに次ぎ、世界で4番目の衛星打ち上げ国となりました
② ミューロケット
ラムダロケット以降、ミューロケットが開発され各種ミッションをこなしながら集大成として完成したのがミューロケット第5世代の「M-V」ロケットです
以下は「M-V」で達成したミッション一覧です;
M-Ⅴの打上実績
③ イプシロンロケット
ミューロケットは多くのミッションを達成しましたが、高コストであったために2006年に廃止されました。その代わりに開発された固体燃料ロケットがイプシロンロケットです 参考:イプシロンロケットの基本形態は全段固体の3段式ロケットですが、液体エンジンの「PBS(ポストブーストステージ)」を4段目として搭載するオプションが用意されています。これを使えば、投入高度の誤差は±20km程度と、液体ロケット並みの精度が実現できます。PBSは液体エンジンと言っても、M-Vの姿勢制御用エンジンと同じような1液式エンジン(燃料はヒドラジン)です
上表中のGTOは「静止トランスファ軌道(Geostationary Transfer Orbit)」を意味し、人工衛星を静止軌道(前章「人口衛星の軌道」参照))に投入する前に、一時的に投入される軌道で、よく利用されるのは、遠地点が静止軌道の高度、近地点が低高度の楕円軌道です
液体燃料ロケットの構造は、右図の様に液体の燃料と酸化剤をタンクに貯蔵し、それをエンジンの燃焼室で混合して燃焼させ推力を発生させるロケットです。液体燃料は一般的に固体燃料に比べて比推力に優れているうえ、推力可変機能、燃焼停止や再着火などの燃焼制御機能を持つことができます。また、エンジン以外のタンク部分は単に燃料を貯蔵しているだけで構造は簡単であるものの、燃焼室や噴射器、燃料ポンプなどの機構は複雑です。以下の写真はH2ロケットの第一段のエンジン(LE7)の該当部分のアッセンブリーです;開発の歴史; ① 海外からの技術導入(「N-1」~「H-1」)
日本における液体ロケットの開発は、固体燃料ロケットとは別に宇宙開発事業団(NASDA)が担当することになりました。液体燃料のエンジンは構造が複雑で開発に時間も費用もかかり当時の日本には難易度が高かったので、米国の「デルタロケット(ウィキペディア)」の技術の導入を図ることとなりました。
最初の「N-I」ロケットの開発がスタートしたのは1970年。5年後の1975年には、早くも1号機が打ち上げられ、更に後継の「N-II」の初打ち上げは1981年、現行のHシリーズのベースとなった「H-I」ロケットは1986年と大型化が進められていきました。「N-II」~「H-I」の打ち上げ回数は17回でしたが、全てミッションを達成しました
② 「H-Ⅱ」の開発(「H-Ⅱ」~「H-ⅡA」~「H-ⅡB」
液体ロケットとして、初めて国産化を果たしたのはその次の「H-II」ロケットです。第2段エンジンはH-Iですでに国産のものを搭載していましたが、H-IIではより大きな第1段エンジンも独自開発しました。1986年に開発が始まり、エンジンの爆発事故が起きるなど開発は難航したものの、1994年に試験機の打ち上げに成功した。
第二次大戦後、日本においては国が主導した;
① 復員農民による開墾事業の実施(昭和村など)
② 干拓事業に実施(八郎潟など)
③ 自作農創設特別措置法による生産意欲の高い農民が生まれた事
④ 農業技術の向上
などの農業政策により農業生産量が急激に増加すると共に、
⑤ 国の経済力の向上により食料の輸入に困らなくなった事
により、これまで食料危機の様な事態は発生しておりません。しかし、その実態は結構厳しい状況にあります。因みに、カロリーベースでの食料自給率(注)は、なんと現在40%前後まで低下しております;
(注)カロリーベース総合食料自給率とは(農林水産庁の定義);
基礎的な栄養価であるエネルギー(カロリー)に着目して、国民に供給される熱量(総供給熱量)に対する国内生産の割合を示す指標です
日本が被ったインパクト; ① 原油の値上がり ⇒ ガソリンなどの石油製品の値上げ ⇒ 物価の上昇と急激なインフレ⇒ 1974年度の日本の成長は戦後初めてマイナス成長 ⇒ 高度経済成長の終焉 ② 鉱工業生産指数:+8.1% ⇒ Δ7.2% ③ パニック現象:日本全国のスーパーの店頭からトイレットペーパーや洗剤が消えました。「石油供給が途絶えれば、日本は物不足になるのでは?」、そうした不安から「買いだめ・買い占め」、「売り惜しみ」、「便乗値上げ」などが見られました
国が行った対策; ① 「石油節約運動」として、国民に「日曜ドライブの自粛」、「高速道路での低速運転」、「暖房の設定温度調整」などを推奨 ② エネルギー政策を強力に牽引する行政機関として、当時の通商産業省内に「資源エネルギー庁」を新設
*エネルギーの安定的な供給を確保することが国の将来を左右する最重要課題であるとの認識から以下の基本的施策が実行に移され、この基本的な考え方は、現在にも受け継がれています。日本が世界に誇る省エネの歴史も、ここから始まりました ① 1973年に「石油需給適正化法」を制定。石油の大幅な供給不足が起った場合に需給の適正化を図る目的で、国が石油精製業者などに石油生産計画などの作成の指示ができる様にしました ② 長期的な視点から石油備蓄目標などを定めました。1974年度中に60日分の備蓄を実現。1975年には「石油備蓄法」を制定し、民間備蓄を法的に義務付け、「90日備蓄増強計画」をスタートさせ、1978年には、国家備蓄を開始しました
1.自国農業保護に関わるルール
戦後の日本の経済的は目覚ましい発展を遂げ、海外の安い食料を簡単に輸入することが出来る国になりました。こうした状況下で、競争力の高い工業製品に対する貿易障壁を低くする為に、自国農業の保護を目的とする農産物の輸入制限にはGATTウルグアイ・ラウンドにより一定の制限が設けられる事になりました <参考> ウルグアイ・ラウンドとは;
1948年に発足したGATT(General Agreement on Tariffs and Trade/関税 および貿易に関する一般協定)は、1970年代までに7回の貿易・関税交渉を行い、関税引下げなどに自由貿易の推進に一定の成果をあげてきました。しかし、1980年代に入って、各国で保護主義の動きが高まり、また商品貿易以外の国際取引が増加するなど、国際貿易を巡る状況の変化によって、あらたな交渉の必要性が生じてきました。そこで、第8回目の貿易交渉として始まったのがウルグアイ・ラウンドです。この協議ではサービス貿易や知的所有権の扱い方、農産物の自由化などについて交渉が行われました
この中で、農業分野の交渉が難航し、将来的に全ての農産物を関税化に移行させること、及び最低輸入機会(ミニマム・アクセス)を決定するにとどまり、完全な自由化には至りませんでした
1986年から1995年にかけて行われた、GATT・ウルグアイ・ラウンドにおいて、このミニマム・アクセスの農産物への適用が義務づけられ、初年度は国内消費量の4%、その後6年間で8%まで拡大することが義務付けられています。
政府は1999年に、コメの関税化へ方針転換し、コメの枠外関税を、2000年(平成12年)に341円/キログラムに設定し、関税を払えば、誰でもコメを自由に日本へ輸入出来る様にしました。これにより、ミニマム・アクセス米の輸入量は、2000年には本来8%(85.2万トン)であるところを、2000年には76.7万トン(7.2%)を関税無し(免税)で受け入れることになりました
2.耕作放棄地の現状 上図(農林水産庁の資料)を見れば明らかな様に、耕作放棄地が増加し、逆に耕作適地であるものの、耕作が放棄されている土地がハイペースで増加しています。耕作放棄地の面積は上図(2015年)の段階で42.3万ヘクタール(因みに私の住んでいる埼玉県の総面積は38万ヘクタールです!)に達しています(ネット上を色々探してみましたが、現在の農林水産省の最新の調査結果は2015年版の様です)
農林水産省は、この耕作放棄地を二つのカテゴリーに分けています; ① 遊休農地:相当程度農地と使われず放置されている農地 ② 荒廃農地:長期間農地として使われず、荒廃している農地
農林水産省は、こうした耕作放棄地が発生した要因は以下の様に考えています;
① 農業就業者の7割を占める60歳以上の世代が高齢化等によりリタイアし、農地などの経営資源や農業技術が適切に継承されず、農業の生産基盤が⼀層脆弱化してきた
② 高齢化が進む中、山間地域を中⼼に農村人口が減少し、農業生産のみならず地域コミュニティの維持が困難になり離農者が増加している
素人!の試案; ① 耕作放棄地を「農地バンク」の様な個人の熱意に期待する中途半端な仕組みではなく国が積極的に買い取る(国有農地とする) ② この国有農地を飼料専門の耕作地とし、最新の技術(ドローン、ロボット、GPS、AIを駆使する農業)を駆使した効率的な運営を行い、コスト低減と同時に単位面サキ当たりの収量向上を目指す
③ 耕作放棄地のうち「荒廃農地」に分類される土地については、敢えて牧草地とし、牧草の収穫あるいは主に輸入に頼っている羊や山羊の放牧地として活用する ⇒ 国がサイレージとして貯蔵する⇒ 国が必要な設備投資を行う
サイレージ(Silage)とは:牧草や飼料作物など高水分の飼料を適度な水分を保ったまま密封し、乳酸発酵を主とする嫌気的発酵(サイレージ発酵)を行うことで貯蔵性を高めた飼料 スイスに於いては、殆ど全てが傾斜地であり、そこで酪農を発展させてきたことを考えると、日本の山裾の「荒廃農地」は牧場とすることに何ら問題が無いと思われます
2.酪農危機に対する対応 現在日本の酪農家が直面している最大の問題は以下の通りです; (参考) 2022年2月1日時点での乳牛の飼育状況
① 乳用牛配合飼料の価格は2022年12月時点で1トンあたり10.1万円。1年間で22%上がり、2020年同月比で4割も高い水準になっています。農林水産省によると、2020年の1頭あたりの生乳生産費は約45%を飼料費が占めていました
② これまで、生まれた子牛は1頭10万円程度で引き取られる貴重な収入源でしたが、ホクレン農業協同組合連合会(札幌市)によると、北海道のホルスタインの子牛(オス)1頭あたりの価格は2023年1月時点で平均約2万円以下で取引されています ⇔ 子牛の需要が激減していることは、酪農家が赤字経営を避ける為に経営規模の縮小に走っていることだと思われます
③ 生乳は痛みやすく生産と消費の調整が難しい商品である一方で、学校給食の需要が大きい為に夏休み・年末年始期間は供給過剰になります。また今回のコロナ禍では長期間にわたって自宅学習が続いた為に大量の生乳が廃棄を余儀なくされる状況になりました ⇔ 生乳を長期保存可能な加工品(バター、脱脂乳・チーズなど)として貯蔵する仕組みが欠如している結果だと思われます。ただ、加工品は輸入品との価格競争が激しいため国は「原料乳生産者補給金」を支出してサポートをしているものの、生乳の売上単価対比で原料乳の単価が30%以上下がるので売上が原価を割る事態になる事を覚悟する必要があります
素人!の試案; ① ロングライフ牛乳の普及により学校給食による需要の変動を吸収する 牛乳の消費量が多い海外では、大容量で賞味期限が非常に長いロングライフ牛乳が当たり前となっています。今までの殺菌温度より高温にすることで、2~6ヶ月も常温保存ができるようになっています
<参考> ロングライフ牛乳は通常の要冷蔵の牛乳と以下が異なっています A. 特殊な容器の使用:通常の紙パックの内側にアルミ箔を追加(結果として4層構造になる)した容器を使用するか、海外では一般的になっている光を通さないペットボトルを容器として使用します
*現在、日本ではこのペットボトルの容器を生産していません B. 特殊な殺菌方法:ロングライフ牛乳では130~150度で1~3秒殺菌を行う「UHT(Ultra high temperature heating method)滅菌法」が行われています。この方法では牛乳の中の菌類はほぼ死滅します。たんぱく質の変性はある程度あるものの、優れた保存効果が得られます(参考:フランスの事例)
因みに、これ以外の殺菌方法には「低温保持殺菌(LTLT法)」、「高温短時間殺菌(HTST法)」があります
<参考>
2024年度後半から、コメ不足に伴う米価の高騰が続いていたことがあり、私の学生時代の親しい友人達で行っている意見交換会の内、最近2回(2025年5月と7月の例会)でこの問題を取り扱いました。私は、このブログをベースに以下の様な資料を配布して私の意見を述べました;
① 戦後の食糧供給に関わる制度の変遷
② 日本の農業の現状と改革試案
1.ニコラウス・コペルニクス(1473年~1543年;現在のポーランド出身) ① 1510年頃 「コメンタリオルス」という同人誌で太陽中心説(地動説)をはじめて公にしました
② 1542年、「天球の回転について」の草稿を書き上げ、その中で地動説を基にして実際に星の軌道計算も行いました
*その後脳卒中で倒れ、1543年に死去(70歳)しますが、「天球の回転について」の校正刷りは彼の死の当日に仕上がったと言われています [豆知識] コペルニクス的転回という例えがよく使われますが、これは物事の見方が180度変わってしまう事を比喩した言葉です。 コペルニクスが天動説を捨てて地動説を唱えたことにたとえています。ドイツの哲学者カントがその著「純粋理性批判」の中で自らの認識論を特徴づけた言葉だそうです
2.ヨハネス・ケプラー(1571年~1630年;現在のドイツ出身) *ケプラーの考えた数学的モデルは、ピタゴラス、プラトンが考えていたモデルに近いといわれています
*ケプラーの法則;
① 第一法則:惑星は太陽を1つの焦点とする楕円軌道を描く
② 第二法則:惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は一定である
③ 第3法則:惑星の公転周期 T の2乗は、楕円軌道の半長軸 a の3乗に比例する
3.ガリレオ・ガリレイ(1564年~1642年;現在のイタリア出身) ① 1597年 ケプラー宛の手紙で、地動説を信じていると伝えました
② 1604年頃、落体の運動法則(軽いものでも重いものでも真空中であれば同じ速度で落ちること)を発表
③ 1609年オランダの望遠鏡の噂を聞き、自分で製作(ガリレオ式望遠鏡;屈折式望遠鏡)、これを使って月を観測し月が天体であることを理解すると共に、月面のクレーター、太陽の黒点などを発見
④ 1610年、天体観測により木星の4個の衛星を発見
⑤ 1613年、太陽の観測を基に「太陽黒点論」を発刊
*1515年頃から天動説を主張する教会との間で争いが起きる
4.アイザック・ニュートン(1642年~1727年;現在のイギリス出身) *ニュートンは力学(下記A、B)、数学(微分・積分法)、光学(光の粒子論)の3つの分野で偉大な業績を残した天才科学者です A.質点に関する運動の法則;
① 第一法則(慣性の法則):すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける
② 第二法則(ニュートンの運動方程式):物体の運動状態の時間変化と物体に作用する力の関係を示す法則
⇒ 質点の加速度をa(速度ⅴの変化率)は、その時の質点(物体)の質量をm、これに作用する力 Fとすれば、これら間の関係は以下の数式の様になります F=ma 微分方程式で表すと (注)m・vは運動量 ③ 第三法則(作用・反作用の法則):二つの質点(物体)1、2の間に相互に力が働くとき、質点2から質点1に作用する力と、質点 1から質点2に作用する力は、大きさが等しく、逆向きである(⇔ 押すと押し返され、引っ張ると引っ張り返されること;この原理から運動量保存の法則が導き出されたり、力の定義を行ったりする重要なものです)
主星の周囲を伴星が公転している場合、伴星の軌道付近に特殊な場所が5つあります。もし、小天体がその場所に入ると、主星と伴星との位置関係を保ちながら安定して公転できます。この場所をラグランジュ・ポイントと呼んでいます 18世紀半ば、スイスの数学者・天体物理学者オイラー(1707年~1783年)が、主星と伴星を結ぶ直線上に、物体が安定して存在できる三点を計算によって導きました(オイラーの直線解)。その後、フランスの数学者ラグランジュ( 1736年~1813年)が、主星と伴星を一辺とする正三角形の頂点も安定していることを発見し、5つの特異な点が存在することが分かりました。この天才の名前を取ってこの5つの特異点をグランジュ・ポイントと呼ぶようになりました ① 主星が太陽で伴星が地球の場合;