② FCV(Fuel Cell Vehicle):水素と空気中の酸素を反応させて直接電気を作る燃料電池(Fuel Cell)をエネルギー源とする電動自動車のことで、既にトヨタとホンダから市販されています(私のブログ「電動航空機の夜明け」でも簡単な説明を行っています)が、現時点では高価なので普及には時間がかかりそうです
③ メタネーション、合成ガス:メタネーションとは、CO2と水素から「メタン」を合成する技術です。これによりエネルギー源として現在天然ガス(約90%がメタン)を使っている民生用のガスを含めカーボンニュートラル(排出される炭酸ガスと吸収する炭酸ガスを同じ量にする)が実現できます。その他の合成燃料を含め、詳しくは資源エネルギー庁のサイトをご覧ください
Follow_Up:2022年4月・排ガス・下水からエコ燃料
Follow_Up:2022年4月・東京ガス、合成メタンを製造
③ 高速増殖炉
高速増殖炉(FBR:Fast Breeder Reactor)とは、発電しながら消費した以上の燃料を生成できる原子炉です。高速増殖炉の炉心の周辺は劣化ウランなどで囲み、この劣化ウラン中のウラン238が中性子を取り込み、プルトニウム239に変わり燃料となります。高速増殖炉は、高速中性子をそのまま利用するもので減速材は使用しません。冷却材には中性子を減速・吸収しにくいナトリウムを使用し、原子炉で発生した熱で水を蒸気に変えタービンを回して発電します(電気事業連合会のサイトより)
④ 核融合炉
核融合反応とは、太陽のエネルギーの源であり水素爆弾のエネルギーの源です。これまでの原子炉や原子爆弾のエネルギーがウラニウムやプルトニウムという原子量の大きな原子核が分裂する時の質量欠損がエネルギーに変る(発生エネルギー=質量欠損 x 光の速度の2乗)のに対し、核融合反応は水素やヘリウムといった原子量の小さな原子核が融合する時の質量欠損がエネルギーに変る反応です取り出せるエネルギーが膨大であることと併せ、核融合反応は核分裂反応と違って燃料不足になると核反応が止まるため比較的制御しやすいと言われています。また、反応により設備の一部が低レベルの放射性物質に変わるものの、敷地内などで数十年保管すれば放射能レベルが低下し原子炉材料として再利用できなど、有害な核廃棄物が非常に少ないという事が「夢のエネルギー」と言われる所以です核融合反応を起こさせるには、1億度以上の高温で原子核同士がぶつかり合うプラズマ状態にしなければなりません。このプラズマを炉の中に閉じ込めるには極めて強力な磁場が必要です。従って、核融合炉の開発には膨大な費用と長期間の取り組み、人類の英知の結集が必要なため国際協調のもとで開発が進められています。この炉の大きさをイメージするには、下の画像右下の「人の大きさ」と比較してみて下さい
今後、日本は前述の通り急速に水素社会に移行することは間違いないと思いますが、再生エネルギーによる自前のグリーン水素を我が国で製造することには限界があり、海外からのブルー水素、グリーン水素を調達することになり、福島原子力事故以降続いているエネルギーの海外依存状態からは抜け出せません。悲惨な先の大戦が、米国による石油禁輸がきっかけの一つとなったことを考えれば、子供や孫の時代までこのエネルギーの過度な海外依存は続けるべきではなく、出来る限り早期にエネルギー自給に向けて政策の舵を切らなければならないと私は考えています 参考;
① JERA・火力発電9基廃止_老朽化で採算合わず
② 三菱重工・原発を十数分で出力制御
原発反対している方々の顰蹙を買うことを承知の上で、近い将来の水素化社会に向けて、原発に関わる政策は以下のシナリオで進むことが現実的であると思います; ① 新規制基準に合格している原発の運転再開 ② 建設中の原発の工事再開、及び新規制基準による検査が終了していない原発の検査を急ぎ、合格した原発から順次運転を再開する ③ 新しい「小型原発」の導入 ⇒ 古い原発から順に廃炉させる ④ 高温ガス炉の建設 ⇒ グリーン水素の大量生産 ⑤ 高速増殖炉の建設 ⇒ 使用済み燃料からのプルトニウム製造 ⇒ 自前のMOX燃料の生産拡大(⇔原発燃料の国産化;核廃棄物の削減) ⑥ 核融合炉の建設(恐らく従来の核分裂型の原子炉は核融合炉に切り替わっていくと思われますが、早くて孫の存命中に実現するかどうか、、、)
燃料電池の可能性は、重量(体積)当たりのエネルギー効率が高いことにあります。以下の図表はネット上で見つけたもので数値の正確さについては確認していませんが、バッテリーに比べると燃料電池の重量当たりのエネルギー密度が非常に高いことは間違いないようです。また、消費することで重量が減っていくことなど長距離の電動航空機にはうってつけであると思われますFollow_Up:軽量の液体水素タンクの開発により、化石燃料を凌ぐエネルギー密度を実現できる見通し⇒ 電動航空機の方が航続距離が長くなる
① (米国)2022年5月1日のAviation Weekの記事:Lighter Hydrogen Tanks Promise Longer Range
② (フランス):2022年5月29日のAviation Weekの記事:France Advances Hydrogen Tank Manufactureing
Follow_UP;以下の記事に最新の動向が記載されていましたので、増補・修正(増補・修正部分は青字で表示しています)しました:「Playing to Win_A&W_2022年1月10日~23日 この記事の中で、現時点での開発状況をランク付けしております。以下のランキングはこの記事からコピーしたものですが、2020年に比べ2021年末までの開発状況が一変していることが分かります。また開発の進展に従って、資金調達の為に相当努力している事が窺えます;
英国のロールス・ロイス社が、電動航空機による飛行速度記録の樹立を目的として開発されました。英国主催のCOP26開催前に初飛行に成功しています。航空機名は「Spirit of Innovation」 因みに、プロペラ機での最速速度記録は第二次大戦中ドイツで開発された戦闘機メッサーシュミット(ME109)です。時速755.13km/hを記録しています
業務内容;
① 旅客、貨物定期輸送、郵便輸送
② 軍事定期輸送
③ チャーター便の運航
④ 航空機整備
⑤ 測量・調査(空中写真、測図、資源調査)
⑥ 航空機製造(航空工廠)
*1938年6月、⑥の製造部門は、日本政府の監督下にあった「満洲重工業開発株式会社」の命令により、「満州飛行機製造株式会社」として独立しました。主力工場はハルビン(哈尔滨)にありました。この会社は1941年~1945年にかけて、2196機の機体の生産(うち798機は戦闘機)と、2,168基の航空機用エンジンも生産しました。また、満洲国軍飛行隊や日本帝国陸軍飛行戦隊の様々な航空機の修理事業も行っていました
① アメリカの様に金鉱発見の様な華々しいきっかけはありませんでしたが、渡満を決心する際にお金に纏わる動機はあったと思います。 1929年米国に始まった世界恐慌で、日本の産業は大打撃を受け、日本国内には当時経済的に困窮する人々が多かったことは間違いありません
一方、満州には埋蔵豊富な資源(石炭、鉄鋼)があり、日本政府が満鉄を通じて満州にインフラ整備のための莫大な投資を継続的に行っていました( ← 「鉄道敷設、鉄道関連土木工事」、「炭鉱開発」、「鉄鉱石採掘、製鉄業」、「多くの拠点都市の街づくり」、「病院建設」、「学校建設」、他。この結果、満州には大きな雇用の機会が存在していました
② 満州は日本人の力で「五族協和」を実現し「王道楽土」にするんだという理想が当時確かに存在していました 馬賊や匪賊が跋扈する未開の地に、法の秩序を齎し(警察官)、無学の人々に教育を施し(教員)、疫病の蔓延する地に近代医療の恩恵を与え(医師)、鉄道や航空機による人流、物流の革命を起こす(満鉄職員、満航職員)、荒蕪地を豊かな農地に変える(開拓農民)、などを志し理想に燃えて渡満した人も少なからず居たことは確かだと思います *母の長兄は訓導(現在の教諭)として1931年に満州に赴任し、引揚まで各地(奉天、遼陽、連山関、本渓湖)の学校で教鞭を取っていました *当時の満州は衛生状態が非常に悪く疫病に罹る人が多かったと言われています。私の姉も赤痢に罹って4歳で亡くなりました
2.苦難の引揚げ経験を経て、なお満州への愛が変わらないのは何故か? なかにし礼氏に限らず、私の周りにも満州時代を懐かしむ人が多く存在します。そうした人々との思い出話や、写真、などから判断すると満州への愛を育んだものは以下の様なものと考えられます;
① 満州の新しい国づくり、街づくりに参加した人々にとって、欧米先進国に引けを取らない立派なインフラを作り上げたという誇り
② 新しい理想の国造りをする必要があった為、日本に居ては経験する機会の少ない「挑戦的な仕事」に恵まれたこと。また、あの広大な満州に行った日本人はたった2百万人程度だったので、多くの中国人を使って「大きな仕事をする機会」に恵まれたこと
また、真珠湾攻撃をする前に米国への宣戦布告をしなかった事は、極めて大きな判断の誤りだったと言わざるを得ません。ワシントンの日本大使館員の怠慢により宣戦布告が遅れたと言われていますが、真実はどうやら日本海軍が米国太平洋艦隊を極度に恐れていた為に、宣戦布告のタイミングを攻撃開始直前に設定したことが真の原因であると私は思います。でなければ、南雲忠一司令官が、米海軍空母軍の索敵を行って攻撃を行うべきだったにも拘らず、真珠湾攻撃が成功裏に終わると直ぐに反転して帰路についたことでも想像がつきます。正に半年後のミッドウェイ海戦では、この南雲忠一司令官率いる日本海軍の相手がこの米海軍空母軍だったのですから、、、
「宣戦布告」前の奇襲攻撃により、「Remember Pearl Harbor」という合言葉が生まれ、米軍の士気を大いに鼓舞したことは疑いなく、米軍にとっても苛烈な西太平洋の上陸作戦を実行することができたのだと思います
*1939年3月、ドイツは当時ヨーロッパ随一の工業国だったチェコを併合した
*1939年8月、独ソ不可侵条約締結。同年9月1日、ドイツ軍はポーランド侵攻開始(ソ連も9月17日にポーランドへの侵攻を開始した)
*チェンバレン首相は議会で、「9月13日までにポーランド侵略を停止しなければ、英仏両国はドイツに宣戦布告する」と演説。宣戦布告はしたものの、ドイツと英仏間の戦闘はこの後7ヶ月間発生しなかった *1940年4月、ノルウェーを巡って英独間に壮絶な海戦(北岬沖海戦/Battle of North Cape)が発生し、双方に相当の被害が出たものの勝敗の決着はつかなかった *1940年5月11日、ドイツ軍は突如としてオランダ、ベルギーの国境を突破して電撃的な攻撃を開始。二日後にチェンバレン首相は辞任し、チャーチルが首相に就任した。彼はヒトラーとの戦いを貫徹する決意を述べ、最後に「私が国民に提供できるのは血と苦しみと涙と汗だけである」と述べると、万雷の拍手が沸き起こり、議場は大歓声に包まれた 重光と共に加瀬も議場内の外交団席でこの演説を聞き、二人とも国難に際しても怯むことなく雄々しく立ち向かうイギリス国民の民族性の真髄に触れた思いがしたそうである
IMD(International Institute for Management Development)とは:スイスにある国際経営開発研究所のことで、63カ国・地域を対象にデジタル技術の利・活用能力を、以下の3点から評価しています(今回は4回目の評価) (1)知識:デジタル技術の習得やそれを支えるインフラ整備状況 (2)技術:デジタル技術の進展 (3)将来への準備度合い:デジタル変革に対する社会の受容性
6月に発行した私のブログ(COVID-19と日本の近未来)の中のパラダイムシフト_IT化の加速の項でその概略を述べましたが、どうやら今回こそは政府も本気で取り組むようで、数年以内に先進国?日本にも所謂 “Digital Transformation(以下”DX”と表現)” が起こりそうな気配です Digital Transformationとは:情報技術の普及・浸透による「社会のデジタル化」がもたらす組織や社会の変革を指す言葉
②行政部門におけるIT人材の決定的な不足;
巨額の国家予算、地方自治体の予算を使って行政のデジタル化を進めるに当っては、実際のシステム開発は IT を専門とする会社に委託することは当然としても、システムの基本コンセプトを構築し、国全体としてのシステムの連携を視野に置いた開発を行うには、中央省庁や地方自治体内のシステム開発担当部門に IT のエキスパートの存在が不可欠です
因みに内閣府の2020年経済財政白書によれば「国内の IT人材のうち官庁や学校など公的部門の従事者は1%未満と推計」しており、欧米先進国にはかなり見劣りします(詳しくは官のIT人材、1%に届かず、投資も民に見劣り参照)
<参考:デンマークの事例>
冒頭の表で国連電子政府ランキング1位となっているデンマークの国民にとって「役所」とはほぼデジタル空間上の存在を指します。約580万人の全国民の8割がデジタルIDを持ち、給付金や税金など役所からの通知は全てネット上の「電子私書箱」に届きます。住所変更、入学手続き、年金、、、生活に関わるほぼ全ての手続きがオンライン上で完結しています
デンマークが取り組みを本格化したのは2001年で日本が取り組みを始めた時期と変わりませんが、その後デジタル署名制度の開始を皮切りに急速にこの政策を推し進め、2007年には公共機関に統一の IT 基盤の使用を義務化。2014年には15歳以上に電子私書箱の使用を原則として義務付けるなど、行政のあり方を変えてきました(2020年10月7日の日経新聞記事より)
2. 企業のIT化
今回のコロナ禍によって、企業は働き方の大変革を迫られました。出社することによる感染リスクの増大に対処するため、多くの企業が「在宅勤務」を余儀なくされました。今まで海外とのビジネストークで使われる程度であった所謂「テレワーク」がごく普通に行われるようになりました。社員は原則自宅で仕事を行い、会議は「リモート会議」と称して関係者がネット上で会議を行い、顧客との対応も全てネットを通じて行うことが珍しくなくなりました。恐らく顧客自身も他人との接触を避けたいと思うことが背景にあるからだと思われます。最初は戸惑う人もあったようですが、何と2ヶ月ほどでこうした仕事のやり方が抵抗なく受け入れられつつあります
<参考>
内閣府が5月25日から6月5日の間インターネットでアンケートを実施し、得られた回答は以下の通りです;
① 全国で34.6%、東京23区で55.5%がテレワークを経験
② 東京23区の経験者のうち9割が継続して利用したいと回答
③ 東京23区の経験者のうち通勤時間が減少した人が56%で、その内72.7%が今の通勤時間を保ちたいと回答
今回の経験をもとに「在宅勤務」が比較的うまく行った企業の経営者は、今回のコロナ禍が一過性のものではないことを勘案し、上記問題点を解決した上で以下の様な対応を検討し始めています;
① 都心に構えるオフイス・スペースを減らす(⇒賃料の削減)
② オフイスの分散化を図る(⇒賃料の削減、通勤時間の削減)
③ これまで日本の企業は労働基準法を基に勤務管理(労働時間管理、など)を行っていましたが、今後は欧米先進国では普通に行われている「JOB評価(個人別に職務を明示し、その達成度で成績評価を行う)」に切り替えていくことが必要
④ 製造業の現場ではリモート勤務は難しいものの、VR(Virtual Reality/仮想現実) 機器の導入、ロボットの導入などにより、人と人との接触を減らすことが可能
一方、自宅で業務を行う家族の側からの意見として; プラス面;
① 通勤時間がゼロとなることから、ゆとりの時間が持てるようになる(特に遠距離通勤者)
② 家族内のコミュニケーションの機会が飛躍的に増えること(特に夫婦共働きの場合)
③ 夫婦間の家事・育児の分担がスムースに行える(⇔妻の家事・育児負担が減る)
④ 食費の減など家計費負担が減る マイナス面;
① 独立した部屋が確保できない場合、あるいは子供が小さい場合、業務に集中できない場合がある
ただ、これだけ落ち込んだ航空需要が復活するには2~3年の期間が必要というのが多くの航空関係者の意見であり、これを乗り切るには既に行われている支援の他に以下の対策が必要だと思われます; ① 航空会社の責任で、経年機の退役(767、777-200、など))を行う(売却、リース機の返却) しかし、今の時期航空機の売却やリース機返却交渉は非常に難しいと思われるので、以下の対策も併せ行う; ② 国の責任で、稼働していない航空機に課せられる巨額の減価償却費を2~3年猶予する(日本でも過去にストレージ/Storageを行って減価償却を猶予して貰った例がある)
因みに大手航空会社の航空機は、1機当たり200~300億円もする上にこれを購入した後10年間で償却しなければならない為に航空機を保有するコストは非常に高額になります
上記対策を行った上で、航空会社は必要に応じ: ③ 人事・労務対応(早期退職、賃金カット、など)を行う。但し感染症の蔓延が終息した後で迅速に対応できる要員は確保する また、現在密着を避けるために、搭乗するお客様の数を制限して運航していますが、航空機は、飛行中に機外から新鮮な空気を取り入れ客室内の与圧を行っており、客室内の空気は常に数分で床下(貨物室)から機外に放出しています。従って、客船、列車、バス、などと違って空気感染するリスクは相当少ないはずです。そこで、 ④ 航空機メーカーと協力して、隣同士の席に座っても室内などと比べて感染リスクがかなり低いことを立証し、搭乗率を向上させる努力を行う必要があると考えます
一方、中国はコロナ禍という国難に対応し、欧米先進国からの非難をかわし、国民の団結心を高めるために、以下の様に軍事的な攻勢を強めつつあります(先進諸国がコロナ対策に忙殺されている隙に軍事的な攻勢を企てたという識者もいます);
① 南シナ海に於けるフィリピン、インドネシア、ベトナムとの国境紛争と軍事演習の強行
② 東シナ海の日本が実効支配している尖閣諸島・接続海域に於ける示威行動のレベルアップ(日本の海上保安庁に対応する中国の海警局が最近人民軍に統合され、搭載している火器なども強化されています)
③ 中国とインドの係争地域(カシミール地方)に於ける小規模の衝突(双方に死者が出ています)。一食触発という状況ではありませんが、何か大きな状況の変化があれば突拍子のない事態に発展するリスクあるのではないかと一人心配しています
ウィルスの正体;
① 非細胞性で細胞質などは持たない。基本的にはタンパク質と核酸からなる粒子
② ほかの生物は細胞内部にDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)の両方の核酸が存在すますが、ウイルスは基本的にどちらか片方だけ
③ ほかのほとんどの生物の細胞は2n(2倍体)で、指数関数的に増殖するのに対し、ウイルスは一段階増殖(コピーされたものが次のコピーを作る)です
④ 単独では増殖できず、ほかの細胞に寄生したときのみ増殖でます
⑤ 自分自身でエネルギーを産生せず、宿主細胞の作るエネルギーを利用します
ウィルスの形状;
① ウィルスは、核酸(DNAまたは RNA)がタンパク質の甲殻をまとっており、同種のウイルスでは核酸もタンパク質も同一です
② 個体差がなく、幾何学的な模様をしています
③ ウイルス粒子が規則正しく集合すると結晶化します。結晶化しても「死なない!」 ただ、生物かどうか判然としないので、「死ぬ」という表現が適切かどうかわかりません
ウィルスの活動;
① 全く代謝活動をしません。つまり栄養を摂らず、排泄もせず、呼吸もしないものの、自己複製能力を備えており、繁殖します
② 宿主の体内に入ったウイルスは、甲殻のタンパク質が宿主の細胞表面のタンパク質と鍵と鍵穴の関係を持っていますので細胞に付着出来ます
③ ウイルスは自らの核酸を宿主の細胞内に送り込みます(⇒その核酸には、そのウイルスの遺伝情報が書き込まれている)
④ 宿主の細胞は、これを自分の核酸だと勘違いして複製してしまいます
⑤ そして核酸に記された情報を元に、ウイルスを構築する部材(タンパク質)まで用意してしまいます
⑥ ウイルスは宿主の細胞内で増殖し、細胞膜を破って出てきます
⑦ 細胞膜を破って出てきたウィルスは、また次の細胞に取り付くことになります
ワクチンに対するウイルスの対抗策; ① ワクチンは、無毒化したウイルス(又はその一部)を事前に体内に注射して抗体を用意させ、ウイルスに侵入されてもすぐに反撃できるようにすることですが、インフルエンザのワクチンを、毎年晩秋から初冬に予防注射を受けているのは、毎年、新手のインフルエンザ・ウイルスが次々と登場してくるからです
② 通常病原体は「種の壁」を超えないのが原則ですが、ウィルスは種の壁を越えてヒトにもうつってくる可能性があります。最近ニュースに度々登場する強毒性の「鳥インフルエンザ」は本来ヒトにうつらないはずのものが、以下の仕掛けで変異を行う可能性があるので恐れられています
③ ウィルスは細胞に付着するのに必要な鍵を作り変えることが出来ます。ウィルスは常に鍵をあれこれかえてみる実験を繰り返し、新たな鍵によって、今まで入り込めなかった宿主に取り付けるようになります
④ 鍵だけでなく、ウイルスの核酸を包んでいるタンパク質の殻も少しずつかえています。ワクチンは、ウイルスの殻に結合して、これを無毒化する抗体なので、殻が変わるとワクチンが効かなくなります
ウィルスがパンデミックを引き起こす環境;
① インフルエンザやコロナウイルスは増殖するスピードがとても速いので、増殖するたびに少しずつ、鍵やタンパク質の殻の形を変えることができます
② それがうまく働くには、近くにそれを試すための新しい宿主がより多く存在することが好都合であり、大量のニワトリを一ヵ所で閉鎖的に飼うような近代畜産のあり方は、インフルエンザ・ウイルスに進化のための格好の実験場を提供していることになります
③ まったく同じことは、好んで大都市に住む私たちヒトについても言えます。都市化と人口集中が進めば進むほど、ウイルスにとっては好都合です。都会はウイルスにとって天国のようなところで、ウィルスは少しずつ姿かたちをかえて、宿主と「共存共栄」していることになります
抗生物質が効かないウィルスに対する対抗策(新しく登場したウィルス薬の仕組);
* 細菌感染を防ぐために作り出した抗生物質は、増殖の仕組みも感染の構造もまったく違うのでウイルスには効きません
① ウイルスの鍵に先回りして、鍵穴をブロックする薬のタイプ
② 偽の鍵穴を作って、ウイルスを罠にかけてとらえてしまう薬のタイプ
③ ウイルスが宿主の細胞から飛び出すところを邪魔するタイプの薬(インフルエンザ用に開発されたタミフル)
③ 儒教的死生観・風水学: 土葬の風俗は、朝鮮王朝時代の15世紀から始まりました。それ以前は仏教の時代であり火葬が一般的でした。朝鮮王朝から始まった儒教の考え方では、人の生命は魂(こん)と魄(はく)の結合であり、人が死ぬと魂は空中に散らばり、魄は地に沁み込んでいきます。これが土葬に変わった原因です 死んでからある期間は、魂と魄は生気を維持します。子孫が祭祀を行って呼ぶと、空中の魂と地中の魄が結合して子孫を訪ね、祭祀のもてなしを受け子孫に福を授けます。長い歳月を経ると魂と魄は生気を失い消滅します。魂と魄が生気を維持する期間は死んだ人の地位によって変わります。天子は5代、諸侯は4代、大夫は3代、それ以下の地位の人は2代です。それが過ぎると死んだ人に対する祭祀は終了し、その位牌さえも地に埋めます ②で述べた土地気脈論は遅くとも三国時代(4世紀~7世紀)に成立したと考えられていますが、朝鮮王朝以降上記の儒教の生命論の影響を受け、魄が地に沁み込むと考えられるようになって、18世紀以降、吉相のある墓地を探す風水地理が勢いを振るうようになりました。19世紀に入ると全国各地で墓地をめぐる訴訟が広範囲に起こるようになります。また、朝鮮王朝後代になると全国の地図が山脈の地図に変わってきますが、これは、白頭山に源を発する気運が、山脈に沿って広がっていく様子を描いているのだそうです
公娼制の大衆化過程は、同時に日本から移植された公娼制が朝鮮風に変わる過程でもありました。公娼制下で売春業に従事した女性たちは大きく三つの部類に分けられます; ① 娼妓:これまで述べてきた売春を専業とする女性たち ② 芸妓:芸妓屋や料理屋で舞と歌を披露する芸能の所持者です。芸妓の売春は許可されていませんが、客の要求がれば売春を行うことが普通でした。朝鮮王朝時代の伝統妓生もこの範疇に入ると思われます ③ 酌婦:料理屋や飲食店の客席に座り客を接待します。酌婦の売春は許可されていませんが、客の要求がれば売春を行うのが普通でした
4. 韓国挺身隊問題対策協議会(以下”挺対協”)の活動史 1990年から、慰安婦問題がどの様に展開していったか分析するには以下の3者のプレーヤーの活動に注目するひつようがあります:挺対協、 韓国政府、 日本政府 ① 1990年11月に挺対協が結成されました。メインメンバーは、1970年以来妓生観光を告発、批判してきた韓国協会女性連合会と、慰安婦問題を研究してきた梨花女子大学(韓国ソウル)の尹貞玉教授です。二者は1988年から一緒に慰安婦問題を扱ってきました。彼らは、慰安婦の足跡を探す目的で、沖縄、九州、北海道、東京、埼玉、タイ、パプアニューギニアなどを踏査したあと、1990年1月、「ハンギョレ新聞」は「挺身隊、怨魂の足跡の取材記」を4回に亘って連載しました。「怨魂」とは、「朝鮮人女性たちが日本軍によって戦争中に慰安婦として使役され、敗戦の時に虐殺された」という意味です。彼らは、慰安婦を挺身隊と間違えるほど事実関係を知らないにもかかわらず、日本による慰安婦虐殺という先入観をもって活動を開始しました 挺対協を組織する前から日本政府に、慰安婦の強硬連行の事実認定と謝罪を要求する書簡を出していました。日本政府が慰安婦の強制連行を否認すると、大々的に世論化する必要性を感じ、原爆被害者を中心に慰安婦被害生存者を探し「金学順」と出会いました。1991年8月14日、金学順証言を発表することに成功します 次いで12月には文玉珠、金福善の証言を発表することに成功し、済州島での慰安婦狩りを書いた吉田清治の書いた本がこれに油を注いだ結果となり、連日のように新聞の紙面を覆いました
② 1992年1月11日、日本の中央大学の吉見義明教授(当時)が防衛研究所の図書館から得た資料(「陸支密大日記・軍慰安所従業婦等募集に関する件」;昭和13年3月4日、陸軍省兵務局兵務課起案、北支那方面軍及び中支那派遣軍参謀長宛)から日本政府が慰安婦の募集と慰安所の運営に関与したと発表しました。これは、それまでの日本政府の公式な立場を否定するものでした。挺対協は、日本政府の責任が明らかになった以上、謝罪と補償、それから徹底した真相解明を要求しました。1992年1月17日に訪韓した宮沢喜一首相は、韓国の国会で慰安婦問題に対して謝罪を行いました。
③ 1992年7月、日本政府は「慰安婦第一次調査報告書」を発表しました。軍慰安婦募集に日本政府が関与したことを認めながら、強制連行の証拠は発見されていないという内容でした。これを受け、加藤紘一官房長官は謝罪を行なうとともに、何らかの措置を取ることを明らかにしました。同年12月から第二次調査を実施し、1993年8月に報告書を発行しました。日本政府は、軍部が慰安所の設置、経営、管理、慰安婦の移送に直接・間接的に関与したことを認めました 1993年8月4日、慰安婦関係関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(通称”河野談話“)を発表。しかし、挺対協は、この謝罪を拒否
① 白村江の戦い(663年)
660年、唐・新羅の連合軍との戦いによって百済は滅亡しましたが、百済の遺臣鬼室副信(きひつふくしん)は百済再興を目ざして挙兵するとともに使者を日本に派遣して救援を求めました
大和朝廷は直ちにそれに応じ、661年斉明天皇みずから西征し筑紫に到着しました。しかし、同年7月天皇が崩御したため渡海は延期されました。その後、斉明天皇の後を引き継いだ中大兄皇子(大化の改新の主役、後の天智天皇)は、翌年正月、阿曇比邏夫連(あずみひらぶむらに)らを船師(船頭)170艘を使って渡海させ、鬼室副信らを救援しました。
さらに663年には、2万7千人の増援軍を派遣しました。これに対して新羅は唐に増援軍を求めた結果、唐から7千人が派遣されました
③ 倭寇の跋扈(13~16世紀)
倭寇は、朝鮮、中国の海岸で活動した海賊で、主として九州沿岸の日本人であったといわれています。倭寇の活動期は、13~14世紀の前期と、15世紀後半から16世紀の後期に分けられます。倭寇は海賊行為だけではなく、明の海禁政策(海上貿易の禁止)の中で貿易の利益をあげようという、中国商人と日本商人の私貿易、密貿易の側面もありました。前期と後期の間の期間は足利幕府と明との間で勘合貿易(両政府の交易許可証を使った正式な貿易)が行われた為、倭寇の活動は抑止されていました
1965年の日韓基本条約・經濟協力協定締結後も、歴代首相、天皇・皇太子は以下の様に韓国への「お詫び」を繰り返しています(中国、その他の東南アジア諸国への“お詫び”を除く);
① 1984年9月、全斗煥大統領が国賓として初訪日した際の歓迎の宮中晩餐会に於ける昭和天皇の発言 「、、今世紀の一時期において、両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾であり、再び繰り返されてはならないと思います」
② 1984年9月、全斗煥大統領歓迎の首相主催の晩餐会における曽根康弘首相の発言「、、貴国および貴国民に多大な困難をもたらした、、、深い遺憾の念を覚える、、、」
③ 1990年5月、盧泰愚大統領が国賓として初訪日した際の歓迎の宮中晩餐会で、平成天皇は、①の昭和天皇の言葉を引用しつつ「我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」と発言しています
④ 1990年5月、盧泰愚大統領歓迎の首相主催の晩餐会で、海部俊樹首相の発言「私は、大統領閣下をお迎えしたこの機会に、過去の一時期,朝鮮半島の方々が我が国の行為により耐え難い苦しみと悲しみを体験されたことについて謙虚に反省し、率直にお詫びの気持を申し述べたいと存じます」
大韓民国憲法; 第6条 ① この憲法に基づいて締結、公布された条約及び一般的に承認された国際法規は、国内法と同等の効力を有する。
② 外国人は、国際法及び条約が定めるところにより、その地位が保障される 第73条大統領は、条約を締結し、批准し、外交使節を信任し、接受し、又は派遣し、宣戦布告及び講和を行う
<EEZに係る重要なポイント>
A. EEZ内の沿岸国の権利;
①EEZ内の天然資源(海産物、海底資源、海流・風力エネルギー)の探査・開発・保存・管理に係る権利
②人工島、施設・構築物の設置利用、海洋の科学的調査、海洋環境の保護・保全に係る権利(第56条)
B. EEZに於ける沿岸国の義務:他の国の権利及び義務に妥当な考慮を払う必要があります(第56条)
C. 全ての国は、EEZ内に於ける船舶及び航空機の航行の自由、海底ケーブル・海底パイプライン敷設の自由、その他これらに係る海洋利用の自由が認められています(第60条)
D. 沿岸国は、EEZ内の生物資源の漁獲可能量を決定することができます。一方、生物資源の維持が脅かされない様、科学的証拠を考慮して、適当な保存措置・管理措置を講ずる義務があります(第61条)
E. 沿岸国が、漁獲可能量のすべてを漁獲する能力を持っていない場合、協定その他の取極(注)に従い、漁獲可能量の余剰分を他の国による漁獲に委ねることができます
(注)協定・取り決めの内容:漁獲枠・魚種(含む大きさ)・漁期・漁場・漁具・漁船の種類の指定、手数料その他の報酬に係る許可証の発給、沿岸国の監視員の乗船、漁獲量の全部または一部の沿岸国への陸揚げ、などを指定できることになっています(第62条)
F. 高度回避性の種を漁獲する国は、EEZの内外を問わず種の保存を確保しかつ最適利用の目的を促進するため、直接、又は適当な国際機関を通じて協力する必要があります。また、適当な国際機関が存在しない地域においては、沿岸国、その他当該地域でその種を漁獲する国は、適切な機関を設立し、その活動に参加する必要があります
G. 溯河魚の漁獲に関するルール(第66条);
①母川国は、EEZ内の漁獲量、漁業規制を定め資源の保存の為の措置を講ずること、及び自国の河川に由来する資源の総漁獲可能量を定めることができます。
②溯河魚の漁獲は、原則としてEEZ内及び陸地側の水域に於いてのみ行うことができます。但し、これにより母川国以外の国に経済的混乱がもたらされる場合はこの限りではありませんが、EEZ外の漁獲に関しては、関係国は、当該漁獲の条件に関する協議を行う必要があります
③母川国は、上記の原則を実施するに当たって、他の国の経済的混乱を最小のものにとどめるために協力する必要があります
④母川国は、他の国との合意により溯河魚の人工孵化・放流を行い、かつその経費を負担している場合には、自国の河川に発生する資源の漁獲について特別の考慮が払われることになっています
⑤EEZ外の溯河魚の規制は、母川国と他の関係国との間の合意によって決められます
⑥溯河魚が母川国以外の国のEEZ内に入ったり、通過して回遊する場合、当該国は、溯河魚の保存及び管理について母川国と協力する必要があります
H. 降河魚の漁獲に関するルール(第67条);
①降河魚がその一生の大部分を過ごす水域を持つ沿岸国は、種の管理の責任を持ち、回遊する魚が出入りすることができるようにする義務があります(ダムなど作る場合は、魚道を整備する義務があります)
②降河魚の漁獲は、EEZ内及び陸地側の水域においてのみ行うことができます
③降河魚が、稚魚又は成魚として他の国のEEZを通過して回遊する場合、その魚の管理、漁獲は、①の沿岸国と当該他の国との間の合意によって行われます
I. いずれの国も、海産哺乳動物の保存のために協力するものとし、特に鯨類については、その保存、管理及び研究のために適当な国際機関(国際捕鯨委員会)を通じて活動する(第65条)
J. 沿岸国の主権的権利の行使についてのルール(第73条);
①この条約に従って制定する法令を遵守させる為に必要な措置(乗船、検査、拿捕及び司法上の手続を含む。)をとることができます
②拿捕した船舶・乗組員は、合理的な保証金の支払又は合理的な他の保証の提供の後に速やかに釈放しなければなりません。また、拿捕、抑留した場合は、とられた措置及び罰について、船籍のある国に速やかに通報する必要があります
③漁業に関する法令違反について沿岸国が課する罰には、拘禁、身体刑を含めてはならないことになっています
5.大陸棚 A. 大陸棚とは:領海から先の海面下であってその領土の自然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁に至るまでのもの、又は大陸縁辺部の外縁が基線から200海里の距離まで延びていない場合、原則として200海里の距離までのものを言います
尚、200海里を越える大陸棚については、第76条に詳しく定義されていますが、その確定作業は、沿岸国が調査した情報を「付属書Ⅱ」に定める「大陸棚の限界に関する委員会」(通称大陸棚限界委員会;詳しくは大陸棚限界委員会参照)に提出し、得られた裁定が最終的なものとなり、拘束力があります