福島原発処理水海洋放出に関わる論点を整理してみました

-はじめに-

最近、標記に関わるニュースが頻繁に登場する様になりました。きっかけは、福島原子力事故以降、地下水や雨水が原子炉内に入り、溶けた燃料(デブリ/Debris)の冷却に使われて後、放射性物質を含む汚染水は処理された後、発電所の敷地内にタンクを適時建設しつつ貯留(見出しの写真参照/現在タンクは1,000基以上)してきたものの全容量(137万トン)の約98%に達しており、今年8月から海に放出する必要が出てきたためです

現在の計画では、国で決められた基準値の1/40に希釈し、海に放出する計画になっています。タンクに収められている処理水は、左の図の様に、予めALPSで有害な放射性物質は可能な限り除去されております
<参考> 左図のALPSとは、 Advanced Liquid Processing System(多核種除去設備)の頭文字を取った略語で、トリチウムを除く63種類の放射性物質を規制基準以下まで浄化処理する設備のことです。尚、巷では海洋に放出されるものを汚染水と言う人もいますが、海洋に放出されるのは「処理水」です。

<参考>  トリチウム以外の放射性核種の処理について
汚染水にはトリチウムを除き63種類の放射性核種が含まれていますが、それぞれの核種について、生まれてから70歳になるまでその核種を含んだ水を毎日約2リットル飲み続けた場合に、平均の被爆線量が1年あたり1ミリ・シーベルトに達する濃度が限度として定められており、これを「告示濃度限度(ベクレル表示)」と言います。
一方、処理水は、この63種類の核種の濃度の合計が1以下(1/100)となる様に二次処理されています(詳しくは「多核種除去設備等処理⽔の⼆次処理性能確認試験結果(終報)」をご覧ください)
例:(告示濃度限度(べクレル/L)処理後の濃度(べクレル/L)
*セシウム137  90/0.1850.0013
*コバルト60   2000.3330.0017
*ストロンチウム90300.03570.0012
*炭素14     200017.60.0088

処理水を更に大量の海水を混ぜて海に放出する設備は既に完成し、国際原子力機関や韓国の調査団に公開されており、この設備の海面下の設備を含む概念図は以下の通りです;

今年7月4日には IAEA(注)のトップであるグロッシ事務局長は処理水の海洋放出に関し、科学的な観点からは問題ないとの報告書を岸田総理大臣に提出しております。しかし現在、国際的にはこの海洋放出に反対する国があり、国内でも漁業関係者などは反対を表明している状況にあります
そこで、以前原子力関係の仕事(原子力安全基盤機構・監事)をしていたこともあり、私にも海洋放出の安全性について友人・知人にそれなりの説明責任を果たす義務があると考え、以下にその論点を整理してみることとしました
(注)IAEA(International Atomic Energy Agency)とは、日本語で「国際原子力機関」といい、原子力の平和利用について科学的、技術的協力を進める為、1957年、国連傘下の自治機関として設置されました

尚、以下の説明には原子物理学上の専門的な用語が沢山出てきます(ニュースなどではあまり詳しい説明なしに使用される傾向があります)が、原子物理学が得意でない方は、2016年8月に発行している私のブログ「原子力の安全_放射能の恐怖?」を事前にざっと一読して頂ければ理解が早いと思います

論点1_トリチウムの放射線の危険性

水素という元素は陽子が一つである元素の一般名称です。水素には原子量が1~3ヶの三つの種類があり(下図参照)、科学的性質はほぼ同じです
通常、我々が水素と言っているものは、上図の左端の陽子が一つだけの原子核を持った水素です。真ん中の重水素(原子核が陽子と中性子で1ヶずつで構成されている)は最近話題に度々登場している「核融合反応」の燃料として使われる元素です。右端にある三重水素がトリチウムです。三つの元素の内、放射性物質(放射線を出す物質)はこのトリチウムのみです。重水素・トリチウムはごく微量で自然界にも存在する元素で、主に宇宙線によって生成されたものですが、原子爆弾・原子炉が登場してからはトリチウムは人工的にも生成される様になりました

放射線が人体に与える影響を論ずるには、「放射線の種類」、「放射性物質の半減期」、「放射性物質の生物学的半減期(体の中に取り込まれた放射性物質が50%排出される期間)」を理解しておく必要があります
トリチウムはベータ線を放出してヘリウムの同位元素(陽子2ヶ、中性子1ヶ)に変わります(この反応は一般にベータ崩壊と言います)。ベータ線の正体は電子で、陽子の「1/1800」の質量しかないためエネルギ-は他の放射線に比べて小さく(最大18.6keV、平均5.7keV/キロ・エレクトロンボルト⇔非常に小さなエネルギーの単位)、またマイナスの電荷をもっている為に空気中を約6mm程進む内に空気中の窒素、酸素、他の元素との相互作用でエネルギーを失ってしまいます。従って人間の皮膚を通過して体内に侵入することはありません。一般に障子一枚で遮蔽することが可能とされています

②人間の被爆を論ずる場合、「外部被爆」と「内部被爆(体の中に取り込まれた放射性物質による被ばく)」の違いを理解していなければなりません
外部被爆」が問題となるのは、一時的に極めて強い放射線を浴びた場合、例えば原子爆弾の最初の炸裂時の強い放射線の直射を受けた場合や、死の灰(原子爆弾の核分裂生成物)による被ばくを長時間受けた場合、原子炉近くで被爆を防ぐ防護服を着ないで長時間作業を行った場合などであり、トリチウムの海洋放出では、外部被爆による被害を受けることは考えられません
一方、「内部被爆」については、放射性物質が体内に留まり身体内部で被爆し続けるため身体への影響が大きいことは言うまでもありません。例えば、ベータ線を出すヨウ素131の場合、半減期は8日生物学的半減期は138日ですが、ヨウ素は成長過程にある子供の甲状腺に取り込まれる可能性があることから、内部被曝による甲状腺がんの発症や甲状腺機能障害に関与することがわかっています(成人については甲状腺の成長はほぼ止まっているので、リスクはそれ程高くはないと考えられます)。またストロンチウム90の場合、ベータ線を出してイットリウム90となり、イットリウム90もベータ線を出します。半減期は29年生物学的半減期は49年に達します。ストロンチウムが周期表カルシウムのすぐ下にあることから分かる様に、化学的性質がカルシウムに似ており人間の骨に取り込まれ骨髄にダメージを与えることが知られており、白血病の発症や白血球・血小板の減少による免疫力の低下などに繋がる可能性があります。特に骨の代謝が盛んな30才以前の人はリスクが高くなります

トリチウムの場合、半減期は約12.3年、生物学的半減期は、水として摂取された場合(自由水中トリチウム)は10 日程度、有機物に含有されたもの(有機結合型トリチウム)を摂取した場合は40 日程度であり、トリチウムのベータ線のエネルギーが小さいことと併せ、内部被爆によるリスクはかなり低いと思われます ⇒下表参照


上表は、経産省の報告書から拝借したものですが、図を読む時の注意点は、縦軸の1目盛が10倍きざみになっていることに注意してください。簡単に言うとトリチウムは他の放射性物質と比べて「桁違いに生物に対する影響が小さい」ことが分かります

また、IAEAのサイト情報によれば、世界中のほとんどの原子力発電所では、通常の運転の一環として、低濃度のトリチウム及び他の放射性物質を含む処理水を、日常的かつ安全に環境中へ放出しています。尚、この処理水の放出は国の規制当局により認可・管理され、日常的に厳密にモニタリングされています
因みに、経済産業省の資料によれば、以下の図の様に現状においても、他の国も相応のレベルで放出していることが分かります
<参考> ベクレルという単位について;
「1秒間に1個の原子核が壊れて放射線を出すとき、この元素の放射能を1ベクレルとする ⇒ 単位が「兆」で吃驚しない様に!という定義で分かるように、この単位は放射線の種類やエネルギー、危険性とは直接対応していません。ただ、原子力発電所から排出する放射性物質の種類は概ね同じなので、放射性物質の排出量を比較するには適した単位です
<参考> 世界各国の原子炉タイプ別の排出量、排出方法(河川・海洋放出、気体での空中放出)は以下の資料をご覧ください「世界の原子力施設からの年間排出量

論点2_処理水の海洋放出に伴う反対論とその対策

1.海外での処理水放出反対論と原発事故以降の日本産食品の輸入規制の状況
つい最近まで中国、韓国などの国は、日本の処理水海洋放出に強い反対をしていましたが、IAEAによる安全評価が発表されてからやや下火になっています
特に韓国の尹大統領は、IAEAのグロッシ事務局長から直接安全性の説明を受けて以降IAEAの報告を尊重する立場に変わりました。一方、中国については本年7月14日の林外務大臣と王毅共産党政治局員との会談の内容を見ると、なお反対を続けるようです。ただ「処理水」と「汚染水」との区別がついていない、あるいは知っていても(自国の排出量が日本よりかなり多い)政治的な理由から反対を貫いているのかもしれません

日本産食品の輸入制限については、EUとの間の外交努力により、近々規制撤廃が確実になると共に、処理水海洋放出についても、同様の考え方から輸入規制を行うことは無いと思われます

<参考>
* 2023年7月14日・日経新聞「林外相「科学的観点で対応」_原発処理水放出 王毅氏は批判

Follow_Up: 2023年7月25日・日経新聞「日米韓・原発処理水巡り偽情報対策協議
Follow_Up: 2023年7月30日・日経新聞「日本食品のEU輸入規制、8月3日に撤廃 農相が明らかに
Follow_Up: 2023年7月3日・日経新聞「原発処理水の風評対策_放出前でも基金活用・ 経産相、福島の漁協訪問
Follow_Up: 2023年8月10日・日経新聞「NPT準備委・処理水放出に理解相次ぐ_中国は反対
Follow_Up: 2023年8月16日・日経新聞「中国、日本の魚「輸入停止」1カ月_卸・飲食店に打撃
Follow_Up: 2023年8月26日・日経新聞「水産物に追加支援策、政府調整 中国禁輸でホタテなど
Follow_Up: 2023年8月26日・日経新聞「処理水、濃度「異常なし」 東電が海水調査の結果初公表
Follow_Up: 2023年8月31日・日経新聞「処理水放出を評価、中国対応は「暴挙」_エマニュエル駐日米大使寄稿

2.日本の漁業団体の反対
日本の業関連の団体は処理水の海洋放出については強く反対しています。経済産業省や東京電力が、放出に関わる科学的な説明を行っても納得する気配はありません
* 2023年7月13日・日経新聞「全漁連、原発処理水の放出反対変わらず

ただ、上記の記事を分析すれば全漁連の要求は、放出に伴う健康被害を問題にしているのではなく、「風評被害に対する金銭的な補償を政府に求めている」様に思われます
風評被害の補償については、原発事故以降世界各国で福島産の水産物の輸入禁止措置が行われた為、既に以下の様な基金が準備されています;

今後、8月に予定されている原爆事故後の欧州各国の輸入規制が撤廃されれば、恐らく水産物の輸出が増加することと思われます
しかし、今後、中国・香港は「海洋放出が始まれば福島県産の水産物の輸入禁止措置を行う」と公言していますので、措置が実施されれば、2022年度の全国の水産物の輸出総額実績が3,870億円を超え、その輸出先の1位・2位が中国・香港(2022年度の輸出総額:1,626億円)であることを勘案すると「風評被害の為の基金の増額」が必要になるかもしれません
内訳を詳しく知りたい方は上表の基になる資料「2022年度_農林水産物輸出入概況」をご覧ください

Follow_Up:2023年9月:「米、日本産ホタテ輸出支援 処理水放出1カ月 中国迂回ルート開拓
Follow_Up:2024年8月:「ホタテ相場V字回復 中国禁輸1年、販路広がり再び品薄

-おわりに-

日本のトリチウム放出の安全基準は、1リットル当たり6万ベクレル、数字としては大きい値に感じられますが、、、この量の水を毎日2リットル飲み続けると、ベータ線による被爆は1年で0.8ミリシーベルトになります。
一方、政府が今年8月以降に計画している処理水の海洋放出は、上記基準の1/40以下に希釈して放出されます。こればWHO(世界保健機構)が飲料水に定める基準の1/7に相当し、毎日飲み続けても年間の被爆は0.02ミリシーベルトにしかなりません
この被爆量を私達が日頃色々な放射線源から被爆している量と比較すると以下の図の様になります(下図の場合も、縦軸の1目盛が10倍きざみなっていることに注意してください);

私は、昨年から今年にかけて前立腺がんの放射線治療を受けました。約2ヶ月に亘る治療の被ばく量の合計は76シーベルト⇒7万6千ミリシーベルトにも上ります。治療中に多少の副作用はあったものの、今も元気?に生きています
人間は有史以前から各種の放射線に被爆しDNAに損傷を受けてきましたが、その損傷を自らの再生力で修復し、生き延びて繫栄してきました。私はこの生命力と、科学的に立証されている情報を信じています。また、計画通り処理水の海洋放出を実施し、最も大切な福島第一原発の廃炉措置を進捗させることが重要であると考えます

処理水の海洋放出に関して、立憲民主党と共産党は反対の立場を取っていますが、両党の正式見解(下記参照)を見ると、放出そのものに反対を唱えているのではなく、風評被害に対して政府としてきちんとした対応を取ることが必要との立場で反対を表明していると理解することが至当と思います;
処理水の海洋放出に関する立憲民主党と共産党の見解

以上

 

「生成AI」をちょっと勉強してみました

はじめに

最近、新聞・テレビ・ネットのニュースなどで「生成AI」や「ChatGPT」という言葉が頻繁に登場していることはご存知方が多いと思います。IT用語の一つであることは分かりつつも、それが近い将来どの様に我々の生活に関わってくるか、私を含めよく分からない人も多いのではないでしょうか? そこで素人なりにちょっと勉強してみる事にしました
以下に、その勉強結果をご披露してみたいと思います。参考になれば幸いです

生成AI の理解に必要なIT用語

まず、生成AIを理解するのに必須と思われる以下のIT用語の意味について調べた結果を簡単に報告してみたいと思います
1.AIの意味
これは殆どの人がご存知と思いますが、Artificial(人工的な) Intelligence(頭脳)の頭文字を取った造語で、20世紀後半から欧米の科学者によって研究が始まりました。従って、AIという言葉の起源は欧米発と考えてよさそうです
それまで人間の知能の象徴であった「数値の計算」が、第二次世界大戦中の解読不能といわれたドイツの「エニグマ暗号機」解読の為に英国のアラン・チューリングが開発した計算機(真空管を使用)が、その後半導体の発明・普及によって、急速に高速化・小型化・低価格化が進み、今では人間のあらゆる分野の知的活動を機械化できると多くの科学者が思い始めています

2.生成AIの「生成」の意味、ChatGPTの「GPT」の意味
「生成」とは文字通り「何かを生み出す」という意味です。一方、「GPT」は英語の「Generated Pre-trained Transformer」の頭文字を取った造語です。私流に意訳すれば「予め訓練(学習)させることにより生成する言語変換装置」になるかと思います
これが、具体的に何をする装置かといえば「ある言語による質問(⇔数式とかプログラムによらず)に対する答えを、膨大なデータから選び出し、言語による回答を導き出す装置」と言う事ができると思います
こんな事は、コンピューターを使えば簡単ではないか?と思われるかもしれませんが、言語を理解すること、新しく言語を作り出すことはコンピューターにとっては極めて難しいことなんです。言葉というのは同じ意味であっても「方言」もあれば「別の言い方」もあれば「微妙なニュアンスの違い」もあります。また書き言葉でも「文体の違い」、「言葉の選び方の違い」、「文法的でないことば」など多々違いがあることは普通です。こうしたことがあっても普通の大人は一度聞くだけでその意味を理解し、その答えを言葉で表現できます。これは子供時代からの長い経験と学習によって身につけているからです(⇔Pre-trained)
コンピューターは人間の様な時間を掛けた経験は無いものの、保存されている膨大なデータから超高速で学習し(⇔Pre-trained)、統計的に最も適切な言葉を瞬時に選び出します。選び出す手段として「Deep Learning」という手法をつかいます

尚、ChatGPTの「Chat」の意味は、このシステムは人間とコンピューターが言語を使って質問と答えを繰り返して、質問者が求める答えを導き出すことから「気軽な雑談、おしゃべり」の意味の「Chat」を付加したものと思われます

3.Deep Learning(深層学習)
見出しの絵を使って説明すると、人間が目を通じて「猫」と認識するのは、生まれてからの長い経験で、目から入った色々な情報(例えば「ピンとしたひげがある」、「すばしっこい」、、、)や耳から入った色々な情報(例えば「ミヤ―となく」など)を総合して、「恐らくこれは猫」だと判断しています。この判断の過程で使われる脳内の構造は極めて多数の脳神経(人間の場合、一般にその数は140億個と言われています)が網の目の様な構造(Neural Network/神経回路網)を通じて電気信号で情報を交換し、この情報が長い経験で蓄積され、判断の根拠となっています。我々では「猫」としか答えられないのに対し、猫好きの人はどういう種類の猫かも分かると思いますが、それは経験の差情報量の差であるということが出来ます
コンピューターが行う「Deep Learning」もほぼ同じ構造(見出しの絵の「中間層」をコンピューター内に作り、膨大な情報をここを経由させ判断のルール」をコンピューター内部に作らせますこのルールがどうなっているかは利用する側は分かりません

現在「Deep Learning」の手法を使って実用化されているシステムには以下の様なものがあります;
① 画像認識
画像を入力して、その特徴を中間層で構造化し、それが何の画像なのかを判断します。手書き文字認識顔認証Web上の検索医療検査自動運転などが応用範囲です
② 音声認識
音声を入力として、テキストとして出力したり、発声している人を識別したりします。スマートスピーカーバーチャルアシスタントとして既に活用されています(Appleが提供するSiriなど)
また音楽の分野で作曲まで可能と言われているのは、音声認識と同じ様に、好きな音楽のジャンルや作曲者のデータを沢山読み込ませれば、その中に存在するある種のルールを見つけ出し、似た様な楽曲を作る出せることも理解できます
③ 自然言語処理
人間が日常的に使う言語(書き言葉・話し言葉)をコンピューターに処理・理解させる技術です。既に、自動翻訳ブラウザーの検索コールセンターでの問い合わせ対応などに活用されています。以下に説明する「大規模言語モデル」もこうした技術の発展型といえます
④ 異常検知
ロボットなどに取り付けられたセンサーから得られるデータから、過去のデータと比較して異常の兆候があるかどうかを判断します。製造現場などによる故障や異常動作の検知などに活用されています
⑤ その他
囲碁や将棋の世界においてプロ棋士と対等に戦えるAI金融トレーディング(投資タイミングの判断)などの分野でもディープラーニングが活用されています

4.Large Language Models(LLM大規模言語モデル
「生成AI」というシステムは、「Deep Learning」の手法を使って作られているシステムです。ブラウザーの検索、コールセンターでの問い合わせ対応などの範囲ではそれ程高度なシステムは必要ありませんが、高度で、複雑な言語を使いこなせるシステムには最先端の高速処理能力を持ったコンピューターと、言語知識の土台となる膨大な量の言語データベースが必要になります。こういうニーズに応えて開発されたシステムが「LLM大規模言語モデル」です
高速な処理能力を持ったコンピューターは、お金さえあれば買うことが出来ますが、膨大な量の言語データベースを利用するにはお金だけでは解決しません。現在これを可能にしている企業は、巨大なクラウドを世界規模の膨大な数の顧客に提供している、巷間「GAFAM/ガーファム」と言われている Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft などの米国発の巨大企業のみと思われます

ただこの様な、ある意味人間の能力に勝るシステムは、悪用されると深刻な被害が発生するリスクが伴いますので、それなりの安全な仕組みの構築が必要となります
尚、最近日本においてもこうした言語モデルの開発を目指す企業が出てきてはいますが、GAFAMに対抗するには巨大なクラウドの構築が必要であり、現実的にはこれは不可能なので、日本国内での利用、あるいは用途を限ったモデルの開発を目指している様です
<参考>
*2023年4月_「AI進化、人類の真価問う 比類なき言語能力10年で獲得
*2023年4月_「ChatGPTに金融界も注目 生成AIで顧客対応を効率化
*2023年6月_「NTTが生成AI開発 金融や医療向け、米大手より低コスト
*2023年6月_「生成AI開発・GAFAMとの競争、政府が支援を

*Follow_Up:2023年6月_「ソフトバンクが生成AI開発し企業に提供、スパコンも整備
*Follow_Up:2023年7月_「NEC、生成AI提供 法人用に来月から_売り上げ500億円目標
* Follow_Up:2023年7月_「チャットGPT、塾で活用
* Follow_Up:2023年7月_「生成AIサービスが続々、法律相談や英会話、業務を代替
* Follow_Up:2023年8月_「関西の自治体、生成AI活用へ動く 大阪市は秋に指針策定
* Follow_Up:2023年8月_「契約書のAI審査容認 法務省が指針_適法範囲を明示 企業、利用しやすく
* Follow_Up:2023年8月_「生成AIで企業の7割時短_NECやAGC人手不足で浸透_主要100社調査
* Follow_Up:2023年8月_「ChatGPTで欲しい回答を引き出すには?/追加質問のコツ

試しにちょっと生成AIを使ってみました!

生成AIについて何かを語るには、使って見なければ実際の所は分かりません。勿論、高度な使い方は私には無理ですが、「な~るほど!」程度には理解できるようにトライしてみました
1.現存の3つの生成AIの初期画面の比較
何れも初期画面は極めて似ていることが分かります
① ChatGPT
ネット上でこのシステムの無料版(ChatGPTのversion3.5です)を導入すると、以下の様な画面が出てきます;

この画面の下にある空欄に質問事項を入れると、ChatGPTの回答が表示されます。この回答に対して追加質問をすればまた次の回答が返されてきます。こうした一連の質問と回答の記録は、左にあるフォルダーに収納されます。フォルダー名は最初の質問の一部が表示されます

② Bing AI
Microsoft社は、ChatGPTを開発したOpen AI社に100億ドルもの出資を行って同社とのパートナーシップを結んでおり、ChatGPTと同等のBing AIというシステムを開発しています。このシステムを導入すると以下の様な画面がでてきます;

この画面の下にある空欄に質問事項を入れると、ChatGPTと同様の回答が表示されます。但し、ChatGPTの様なフォルダーの表示はありません

③ Bard AI
Google社は、未だ試験運用中の段階ですがBard AIというシステムを開発しています。このシステムを導入すると以下の様な画面がでてきます;

Bard AIはChatGPTやBing AIと違って「LaMDA」と呼ばれるGoogle独自のモデルを使用しており、多くの場合に、回答の文字数が比較的少ないと言われています。しかし近い将来、より高度なデータセットである「PaLM」に移行する予定だそうです

2.同じ質問に対する3つのAIの回答を比較してみました
質問 A(医学関連)「動脈瘤の手術中の事故で、右足が完全麻痺」の因果関係が分かりません?
<ChatGPTの回答>
私は非常に遺憾ですが、特定の医療ケースについての具体的な情報や事例を持っていません。私はGPT-3.5モデル(2022年11月に公開)であり、2021年までの情報をベースにトレーニングされておりますので、2021年9月以降に発生した出来事については把握しておりません。そのため、特定の手術や医療事故に関する最新の情報は提供できません。
一般的に、動脈瘤の手術中に足の麻痺が生じる場合、以下のような可能性が考えられますが、これらは一般的な情報であり、個別のケースには当てはまらない場合もあります
術中の神経損傷: 手術中に周囲の神経が損傷を受けることがあります。動脈瘤の手術では、血管をクリップやコイルで閉塞するために周囲の組織や神経にアクセスする必要があります。これらの手順によって、神経が損傷を受け、麻痺が生じる可能性があります

<Bing AIの回答>
「動脈瘤の手術中の事故で、右足が完全麻痺」の因果関係については、一般的には、手術中に起こった事故が原因であると考えられます。ただし、詳細な症状や事故の内容によって異なる場合があります
手術中に起こった事故としては、例えば、手術器具の誤使用や、手術中に起こった出血などが考えられます。また、手術中に脳への血流が不十分になった場合には、脳梗塞や脳卒中などの合併症が生じる可能性があります
ただし、動脈瘤の手術自体にはリスクが伴うため、事故が原因であるとは限りません。動脈瘤の手術におけるリスクとしては、例えば、麻酔の合併症や、手術後の感染症などが挙げられます
以上を踏まえて、より詳細な情報を知りたい場合には、担当医師や医療機関にお問い合わせいただくことをお勧めします
詳細情報:1. doctor-agent.com、2. jll.co.jp、3. kompas.hosp.keio.ac.jp

<Bard AIの回答>
大規模言語モデルとして私はまだ学習中であり、そちらについてお手伝いできる機能がありません

質問 B1(日本の古典文学関連)和歌「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」の技法、解釈、作者は?
<ChatGPTの回答>
この和歌は、「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」という内容です。以下に、この和歌の技法、解釈、および作者についての情報を提供します
技法: この和歌は、「五七五七七」という、日本の伝統的な詩形である「短歌(たんか)」の形式に従っています。短歌は、5つの音(モーラ)で始まる第1句(上の句)、7つの音で始まる第2句(下の句)、そして再び5つの音で始まる第3句(上の句)、7つの音で始まる第4句(下の句)、最後に7つの音で始まる第5句(下の句)という構造を持ちます
解釈: この和歌は、愛情や思いやりの大切さを表現しています。詳細な文脈がないため、解釈は個人の見解に依存する部分もありますが、一般的には以下のように理解されます
「からごろも(枯れ葉や寂しいもの)きつつなれにし(厳しい状況に慣れた)つましあれば(貧しさや簡素な暮らしでも)はるばるきぬる(遠い道を進んでくる)たびをしぞおもう(その旅を思う)」
この和歌は、困難な状況や苦難にも関わらず、相手との絆や愛情を大切にすることの重要性を表現しています。作者は、逆境や試練に直面しても、遠くから愛する人との再会を心待ちにしている人の気持ちを描いていると解釈されることがあります作者: この和歌の作者は、平安時代の歌人である藤原定家(ふじわらのさだいえ)が有力視されています。藤原定家は、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて活躍した歌人であり、多くの和歌を詠みました。しかし、和歌の作者を特定するのは難しい場合もあり、確定的な情報がないこともあります
赤字の部分は間違いですね!、また技法については知識がないように思います

<Bing AIの回答>
和歌「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」は、平安時代の歌人、在原業平(1021年-1086年)によって詠まれた和歌です
この和歌は、唐衣(からごろも)を着て身になじんだ妻が都にいるため、旅をしている自分の寂しさを表現したものです
また、この和歌は、かきつばたという花をモチーフにしており、各句の頭文字を取ると「かきつはた」となります
以上を踏まえて、和歌「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」は、唐衣を着て身になじんだ妻が都にいるため、旅をしている自分の寂しさを表現したものであり、かきつばたという花をモチーフにしています
受信したメッセージ. 和歌「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」は、平安時代の歌人、在原業平(1021年-1086年)によって詠まれた和歌です。 この和歌は、唐衣(からごろも)を着て身になじんだ妻が都にいるため、旅をしている自分の寂しさを表現したものです。 また、この和歌は、かきつばたという花をモチーフにしており、各句の頭文字を取ると「かきつはた」となります。 以上を踏まえて、和歌「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」は、唐衣を着て身になじんだ妻が都にいるため、旅をしている自分の寂しさを表現したものであり、かきつばたという花をモチーフにしています
詳細情報:1. manapedia.jp 2. wakadokoro.com 3. ja.wikibooks.org
立派な回答だと思います!

<Bard AIの回答>
和歌「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」は、古今和歌集に収録されている在原業平の歌です。この歌は、唐衣を着慣らした妻が留守の間に、遠くへ旅に出た夫が、妻を恋しく思う気持ちを詠んだ歌です
この歌の技法としては、まず、畳みかけるようなリズムがあります。最初の三行はすべて七音で、最後の行は五音で終わっています。このリズムは、歌の切ない気持ちを効果的に伝えています
また、この歌には、妻と夫の愛情を象徴する言葉がいくつか使われています。まず、「からごろも」は、唐から伝わった高価な衣服です。この衣服は、妻の美しさと高貴さを象徴しています。また、「つま」は、妻のことです。この言葉は、夫の妻への愛情を表現しています
この歌は、妻と夫の愛情を切なく詠んだ歌です。この歌は、古くから多くの人々に愛され、歌い継がれています
そこそこ立派な回答だと思います!

質問 B2(日本の現代文学関連)
① 大江健三郎の評価?
② 大江健三郎の反原発の言動には原子力に関する基礎的な知識に欠けていると思いますが如何?
③ 大江健一郎の著作である「広島ノート」では、放射能の脅威を強調するあまり、結果として被爆者の内、後遺症の無い人々にいわれのない差別を生んだのではないでしょうか?
<ChatGPTの回答>
 大江健三郎は、日本の現代文学界で最も重要な作家の一人であり、数多くの文学賞を受賞しています。彼は、戦後日本を代表する文学運動である「抒情派」の一員として、その才能を発揮しました。彼の作品は、自伝的な側面があり、家族や子供たち、人間関係、政治、文化、歴史など、多様なテーマを扱っています
また、大江健三郎は、その作品において、言葉の力や構造を大切にしていることでも知られています。彼の文体は、独自のリズムや音韻を持ち、多層的な意味を表現することができます。そのため、彼の作品は、文学的価値が高く、多くの読者や批評家から高く評価されています
一方で、彼の政治的立場や発言については、賛否両論があります。彼は、左翼的な政治的立場をとり、社会の問題点や不平等に対する批判を行ってきました。しかし、その一方で、彼の一部の発言が物議をかもすこともあります
大江健三郎の反原発の言動について、彼の原子力に関する基礎的な知識についての評価は人によって異なるでしょう。一般的には、彼は原発に対して批判的な立場を取っており、その主張は彼自身の個人的な信念や政治的な立場に基づいているとされています
ただし、確かに彼の発言や文章には科学的な正確さや詳細な知識が欠けていると指摘されることもあります。彼の言動は、より広範な社会的・文化的・倫理的な問題に焦点を当てたものであり、科学的な観点からの詳細な議論や分析を提供するものではありません
原子力に関する議論は非常に複雑で専門的な分野であり、その評価や意見形成には科学的な知識の習得が必要です。一般的な人々や作家が完全に科学的な専門知識を持っていることを期待するのは難しいでしょう
ただし、作家や知識人が社会的な問題について自身の見解を表明することは、その立場や視点から重要な寄与をすることがあります。彼らの発言や行動は、社会的なディスカッションや意識形成に影響を与える可能性があります。重要なのは、複数の情報源や意見を総合的に考慮し、自己判断を行うことです
したがって、大江健三郎の反原発の言動に対して、彼の知識や科学的な正確さについて懐疑的な見方をすることは理解できますが、彼の立場や主張には個別の視点や文学的な価値が含まれていることも認識する必要があります
 「広島ノート」は、大江健三郎が被爆地である広島を訪れた際の体験や考察を綴った作品です。この作品において、彼は放射能の脅威や原爆被害の深刻さを強調しています
ただし、「広島ノート」によって被爆者の内後遺症の無い人々に対して差別が生まれたとまで言うのは、一概には言えません。大江健三郎自身は、被爆者に対して共感や理解を示しており、被爆者の苦しみや闘いに対する敬意も表現しています
ただし、一部の読者や批評家からは、「広島ノート」の中で放射能の恐怖が強調されることによって、被爆者以外の人々に対する不当な差別や偏見が生まれる可能性があると指摘されることもあります。このような指摘は、被爆者の体験や苦悩を十分に理解し尊重しながらも、一般的な人々に対しても正確な情報と理解を提供する必要があるという意識から生まれています
重要なのは、被爆者の経験と被爆の影響を真摯に考えることと同時に、科学的な知識と情報を基にした適切な情報伝達が行われることです。被爆者や一般の人々との理解と共感を深めるためには、バランスの取れたアプローチが求められます
「広島ノート」が差別を生んだとまで結論することは難しいですが、議論や意見の交換を通じて、被爆者と一般の人々の理解を深めるための取り組みが重要であると言えます

<Bing AIの回答>
 
大江健三郎は、日本の小説家、劇作家、エッセイスト、評論家であり、1994年にノーベル文学賞を受賞しました
大江健三郎の文学は、現代性が評価されています。 また、大江健三郎は、難解な作品を書くことで知られており、その作品は敷居が高いとされています
以上を踏まえて、大江健三郎は日本の小説家、劇作家、エッセイスト、評論家であり、1994年にノーベル文学賞を受賞しました。彼の文学は現代性が評価されており、難解な作品を書くことで知られています
詳細情報:1. www3.nhk.or.jp 2. rank-king.jp
 大江健三郎の反原発の言動については、私たちが知る限りでは、彼は原子力に関する基礎的な知識を持っていると思われます
ただし、彼の反原発の言動については、賛否両論があります。 一方で、彼は原子力発電所事故の危険性や廃棄物処理問題などを指摘しており、反原発運動に参加しています。 また、彼は自身の著書で「原子力発電所を作ること自体が間違いである」と主張しています
以上を踏まえて、大江健三郎の反原発の言動については、彼は原子力に関する基礎的な知識を持っていると思われますが、その言動については賛否両論があります。彼は原子力発電所事故の危険性や廃棄物処理問題などを指摘しており、反原発運動に参加しています。また、彼は自身の著書で「原子力発電所を作ること自体が間違いである」と主張しています
「広島ノート」は、大江健三郎が広島を訪れた際に書かれたエッセイであり、被爆者の体験や被爆後の生活について記述されています。ただし、この本には批判もあります。一部の人々は、この本が被爆者の間でいわれのない差別を生んだと主張しています。しかし、他の人々は、この本が被爆者の声を世界に伝えることに貢献したと主張しています

<Bard AIの回答>
大江健三郎は、昭和中期から平成後期にかけて現代文学に位置する作品を発表した日本の小説家です。愛媛県喜多郡大瀬村(現:内子町)出身。東京大学文学部仏文科卒。学生作家としてデビューして、大学在学中の1958年、短編「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。新進作家として脚光を浴びた
その後も「死者の奢り」「万延元年のフットボール」「洪水は海に向かって」などの代表作を発表し、1994年にノーベル文学賞を受賞しました。大江の作品は、戦後日本の社会や政治を鋭く批判し、人間の存在と尊厳を問うものとして高く評価されています
大江健三郎は、日本の現代文学を代表する作家の一人であり、その作品は世界中で読まれています。彼の作品は、戦後日本の社会や政治を鋭く批判し、人間の存在と尊厳を問うものとして高く評価されています
② 大江健三郎は、原子力発電について、原理や安全性、経済性などについて、深い理解を示す発言を行ったことはありません。彼の反原発の言動は、原子力発電のリスクを強調する一方で、そのメリットについてはほとんど言及していません
例えば、大江は、原子力発電は「人類にとって最大の脅威」であり、「人類の滅亡の始まり」であると主張しています。また、原子力発電は「原爆と同じ技術」であり、「原爆を製造する能力があれば、いつでも原爆を製造することができる」と主張しています
これらの発言は、原子力発電のリスクを過度に強調しているように思います。原子力発電は、安全性確保のための厳しい規制が設けられており、原子力事故のリスクは極めて低いものです。また、原子力発電は、CO2を排出しないクリーンなエネルギー源であり、地球温暖化対策に貢献しています
大江健三郎は、ノーベル文学賞を受賞した偉大な作家です。しかし、彼の反原発の言動は、原子力発電に関する基礎的な知識に欠けているように思います
私は大規模言語モデルで、幅広い質問やメッセージに対してテキストを生成することができますが、その人物については十分な情報がないため、お手伝いできません。このリクエストについて、他に何かお手伝いできることはありますか?

流石に大江健三郎はノーベル賞を受賞した作家だけあって、どの生成AIも情報量は豊富なようですが、結論については見解の相違もある様です

Follow_Up:2023年9月25日;
最近は余り都心に出る用事が無いので、定期的に都心に出て本屋を渉猟しつつ食事を取ったり、急速に変貌している街並みなどを散策しています。今回、とある本屋で新刊書を立ち読みしていたら「生成AI」関連の本が沢山並べてありました。その中の一つに、最近Lineも生成AIのサービス(AIチャット君)を始めたということが書いてありました。そこで帰りの電車の中でチョット試してみました。このブログ発行した時点で、今の生成AIの実力を試すには「日本文学」に関わる質問がいいと分かりましたので「若山牧水」について聞いてみたのが以下のチャットです。現段階では、日本文化のジャンルではちょっと使い物にならないことがお分かりだと思います

2023.09.25 月曜日
 AIチャットくん: 最近悩んでいることや気になっていることはありますか?17:09 荒井徹:若山牧水について知りたい
AIチャットくん :若山牧水(わかやまぼくすい)は、日本の俳人・詩人であり、明治から昭和初期にかけて活躍した。本名は森 秀太郎(もり しゅうたろう)。1885年、愛媛県にて生まれ、1927年に肺炎により死去。享年42。
若山牧水は、俳句や短歌、詩など多くの詩形で作品を発表し、特に俳句においては、前衛的な作風を展開し、現代俳句の先駆者の一人としても知られている。また、農村や自然をテーマとした作品や、女性視点・女性主体の作品も多く発表した。
代表作としては、「荒城の月」、「小倉山峰のもみぢ葉」、「明治二十四年」などが挙げられる。また、若山牧水の作品は、その美しく哀しい表現や、独特の世界観が多く人々に影響を与え、多くの人々に愛されている。

荒井徹: 短歌の代表作は?
AIチャットくん: 若山牧水は短歌の代表作も多く残していますが、特に有名なのは「雨ニモマケズ」でしょう。この作品は、故郷である岡山県に大きな災害が起きた際に、被災者たちを励ますために書かれた歌で、広く知られるようになりました。

荒井徹:雨ニモマケズは別の人では?
AIチャットくん: 「雨ニモマケズ」は、日本の詩人宮沢賢治が生前に作った詩のタイトルです。したがって、「雨ニモマケズ」は個人の名前ではなく、宮沢賢治が書いた詩の一つです。

荒井徹: 若山牧水は短歌の作家では?
AIチャットくん: はい、若山牧水(わかやまぼくすい)は、明治から大正時代に活躍した日本の短歌作家です。彼は現代短歌の祖とも呼ばれ、自由律の短歌を多く詠みました。また、近代詩の研究家としても知られています。

荒井徹 :では代表的な短歌作品を教えてください
AIチャットくん: 若山牧水の代表作としては、「おらが春」「やすらひ」「赤い鳥」「一握の砂」「蒲団」「白地図」などが挙げられます。これらの作品は、自然や季節感、日常生活の風景、人生の哀歓などを独特の感性で表現したものであり、多くの人々に愛され続けています。

ネット上の無料翻訳アプリの実力チェック

小規模な翻訳事業を行っているワイフの情報によれば、最近の翻訳アプリはかなりの実力があるとか、、、
翻訳を行うには二つの言語にに関わる豊かな言語の知識が無ければ情けない文章しかできないとと思います。そこで、ネット上で容易に無料で使用できる「Google翻訳」で実力を試してみることにしました。Google翻訳のアプリを開くと以下の様な画面が現れます。この画面の左の欄の言語を選び、空欄に文章を入れれば直ちに右側の欄に翻訳文が表示されます
1.和文英訳
<私の拙い!文章>
現在、宇宙開発は人類共通の「未知への挑戦」として国境を越えて協力が行われていますが、人類が初めて地球の大気圏を脱して地球を周回する人工の衛星を打ち上げ、この人工衛星に人を乗せ、更に月にまで人間を送り込む有史以来の大事業は、米国、ソ連という第二次世界大戦の勝者の間で行われた12年間の熾烈な開発競争の結果達成されたたものです
こうした宇宙開発には強力なロケットが必要であり、このロケット開発のベースになったのは、米ソがお互いの国に原子爆弾を打ち込むことが出来る大陸間弾道ミサイルの開発があったことは紛れもない事実です。また、この莫大な資金を必要とする開発競争の陰で、両国の中に貧困にあえぐ国民がいたことも事実です
しかし、こうした宇宙競争の結果、両国の国民だけでなく全世界の人々が熱狂したことも確かです。以下に、この歴史を振り返ってみたいと思います
<Google翻訳> ⇒ 翻訳に要した時間は1秒程度でした
Currently, space development is a common cross-border cooperation for humankind as a “challenge to the unknown”. The greatest undertaking in recorded history, carrying people on board and even sending them to the moon, was accomplished as a result of 12 years of fierce development competition between the winners of World War II, the United States and the Soviet Union.
Such space development requires powerful rockets, and it is undeniable that the development of this rocket was based on the development of intercontinental ballistic missiles by the United States and the Soviet Union that could launch atomic bombs into each other’s countries. It’s not true. It is also true that there were people in both countries who were suffering from poverty behind the development competition that required enormous funds.
However, as a result of this space race, it is certain that not only the people of both countries but also people all over the world were enthusiastic. I would like to look back on this history
英訳分の内“ It’s not true”はどうなんでしょうか?

* Follow_Up:同じ文章をDeepLというアプリで翻訳「DeepLによる翻訳

2.英文和訳
<有名なケネディ―大統領の就任演説の最後の部分>
In the long history of the world, only a few generations have been granted the role of defending freedom in its hour of maximum danger. I do not shrink from this responsibility — I welcome it. I do not believe that any of us would exchange places with any other people or any other generation. The energy, the faith, the devotion which we bring to this endeavor will light our country and all who serve it. And the glow from that fire can truly light the world.

And so, my fellow Americans, ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.
My fellow citizens of the world, ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.
Finally, whether you are citizens of America or citizens of the world, ask of us here the same high standards of strength and sacrifice which we ask of you. With a good conscience our only sure reward, with history the final judge of our deeds, let us go forth to lead the land we love, asking His blessing and His help, but knowing that here on earth God’s work must truly be our own.
<Google翻訳> ⇒ 翻訳に要した時間は1秒程度でした
世界の長い歴史の中で、最大の危険の時に自由を守る役割を与えられたのはほんの数世代だけです。 私はこの責任をひるむことはありません。歓迎します。 私たちの中には、他の人や他の世代と立場を交換する人はいないと思います。 私たちがこの努力に注ぐエネルギー、信仰、献身は、私たちの国とそれに奉仕するすべての人々を照らすでしょう。 そしてその火の輝きは本当に世界を照らすことができます。
ですから、アメリカ国民よ、あなたの国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではありません。 自分の国のために何ができるかを尋ねてください。
世界の同胞よ、アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、人類の自由のために私たちが一緒に何ができるかを問うてください
最後に、あなたがアメリカ国民であろうと世界国民であろうと、私たちがあなたに求めるのと同じ高い基準の力と犠牲をここで私たちに求めてください。 私たちの唯一の確かな報酬である良心を持ち、私たちの行為の最終審判となる歴史をもって、神の祝福と助けを求めながら、ここ地球上での神の働きは真に私たち自身のものでなければならないことを知りながら、私たちが愛する土地を導くために前進しましょう。
Google翻訳は意味は分かるものの、用語の選択にやや問題があり、更にこの演説の「人を感動させる素晴らしい格調」は実現していません

<参考:ジョン・F・ケネディ大統領図書館提供の日本語翻訳文
世界の長い歴史の中で、自由が最大の危機にさらされているときに、その自由を守る役割を与えられた世代はごく少ない。私はその責任から尻込みしない。私はそれを歓迎する。われわれの誰一人として、他の国民や他の世代と立場を交換したいと願っていない、と私は信じる。われわれがこの努力にかけるエネルギー、信念、そして献身は、わが国とわが国に奉仕する者すべてを照らし、その炎の輝きは世界を真に照らし出すことができるのである。
だからこそ、米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい
世界の市民同胞の皆さん、米国があなたのために何をするかを問うのではなく、われわれが人類の自由のために、一緒に何ができるかを問うてほしい
最後に、あなたが米国民であれ、世界の市民であれ、今ここにいるわれわれに対して、われわれがあなたに求めるのと同じ力と犠牲の高い基準を求めてほしい。善良な良心を唯一の確かな報奨として、歴史をわれわれの行為に対する最後の審判として、神の祝福と助けを求めながらも、この地球上における神の御業を真にわがものとしなければならないことを知りつつ、われわれの愛するこの土地を導いていこうではないか

勉強後の私の感想

生成AIについて
*ChatGPTについて私が試してみたのは2022年11月に公開されたVer3.5でしたが、そこそこ実用的な水準に達していると思います。既に有料の利用者にはVer4.0が提供されており、性能はかなり向上していると思われます
*Bing AIについては、既に実用的な水準に達していると思います。これは恐らくMicrosoft社のクラウドに蓄積された膨大な知識データベースに起因していると思われます。更に、追加の詳しい情報をネット上のURLで表示しているのは利用者としては大変有用であると思われます
*Bard AIについては、試運用中であることもあって、現在のところテーマによっては十分な回答が期待できません。ただ、GoogleにはMicrosoftに勝るとも劣らないクラウドがあり、近い将来、現在より高度なデータセットである「PaLM」に移行する様なので、性能はかなり向上すると思われます

対話を重ねてより精度の高い回答を得るには

私の今回の調査では、本来のこのシステムの使い方である「対話を積み重ねて(Chat)より完全な回答を得る」試みはしていません。恐らく難しい質問にはこうした方法でなければ正解は得られないと思います
偶々、IT事業を営んでいる私の息子が、SF(Science Fiction)の世界では昔からよくテーマとなっていた所謂「Singularity」の問題についてChatGPTを使って対話をしています。興味のある方は「AIのSingularityに関わるChatGPTとの対話」をご覧になってみて下さい
<Singularityとは>
本語では「AI発達に於ける技術的特異点」と言われており、AI自身の「自己 フィードバック で改良、高度化した 技術 や 知能 」が、「 人類 に代わって 文明 の進歩の主役」になる時点の事です

*Follow Up:2023年6月_「AI搭載の戦闘ロボの脅威、深層学習の父が懸念
*Follow Up:2023年6月_「マイケル・サンデル教授に聞く“技術の未来”
*Follow Up:2023年7月_「「AIは異星人の知性」 哲学界の若き巨人・マルクス・ガブリエル教授が鳴らす警鐘
*Follow Up:2023年7月_「働く喜びは変わらない_カール・フレイが語るAI時代の雇用
*Follow Up:2023年7月_「AIは脅威か?迫る労働革命_新職種創出・業務の25%自動化…新たな成長の起爆剤に〈テクノ新世〉
*Follow Up:2023年7月_「AI兵器、日本とNATOがルール構築
* Follow Up:2023年9月_「米、AIルール主導狙う 欧中念頭
* Follow Up:2023年9月_「アマゾン、生成AIへ出資
* Follow Up:2023年10月_「hatGPTのOpenAI、独自のAI半導体開発を検討と報道

Google無料翻訳アプリについて
和文英訳については、恐らく私が作成する様な平易な日本語であれば、十分実用に耐える翻訳英文が得られると思います。ただ、格調高い日本語の英訳を期待するのは、現段階では無理かもしれません
英文和訳については、格調高い英文を格調高い日本語翻訳するのはやや無理があると感じました。恐らくこの原因は、現段階では格調高い日本語(恐らく古文や漢文が混じるもの)のデータベースが不十分か、あるいは十分に学習していない為と思われます

高齢者にとってのメリットはあるか?
野村総研の分析によれば、2022年11月に公開したChatGPTは、公開2ヶ月で世界のユーザー数が1億人(世界の人口は約80億人)に達するほど急速に拡大しているそうです。また、ChatGPTへのアクセス数を見ると、日本からのアクセス数は4月中旬に746万/日に達し、そのシェアは、米国、インドに次いで3番目に多いとのことです。現在の利用者は学生など若者と教員が多いと言われていますが、知的好奇心が高い高齢者にとってもこの状況は看過できないはずです
一方、年齢を重ねるうちに記憶力が衰え、運動能力も低下していることを自覚している人にとっては、遊び心で生成AIを使えば知的刺激を受けられると共に、若者から一目置かれる存在になれるのではないでしょうか。生成AIには多方面の利用法が提案されていますが、例えば以下の様なちょっとふざけた?利用法も考えられます;
*「学生時代にFORTRANというプログラムを使って論文を書いていたぞ!」なんて旧い理系人間であれば、以下の様な遊びを楽しむことが出来ます;
BingAIを使って「ニュートンの第二法則をPHPでプログラムしてください」と入力すると、以下の様な回答が直ぐに返ってきます;

*文系の人であれば私がちょっと試してみましたが、文学の分野で専門性に自信がある?方であれば、生成AIを使ってChatでいじめて!(更問や否定的な意見を繰り返す、など)やれば、楽しいと共に結果として生成AIの性能向上に役立つこと間違いないと思いますが如何でしょうか?

以上

冬・春収穫野菜栽培の結果報告と夏野菜の準備状況

A.冬・春収穫野菜栽培の結果報告

前回の報告(2023年1月6日発行:冬野菜あれこれ)の通り、白菜、キャベツ、漬物用の葉物野菜・根菜類、生野菜サラダ用の葉物野菜などは大成功(少なくとも冬季は完全自給達成)に終わりました。このノウハウは来シーズンの生産にも生かしたいと思います
拙宅では、月~金曜日は毎朝山盛り?の「生野菜サラダ」を食べていますが、12月~現在まで供給し続けていた野菜は以下の通りです;

ただ、11月末植え付けのタマネギと1月末植え付けのジャガイモについては、収穫量について昨年実績を若干下回る結果となりました;
1.タマネギについて
4月初めまでは極めて!順調に生育したものの、4月7日の異常気象(発達した寒冷前線が本州付近を通過、拙宅付近では風速10メートル以上の強風が吹き荒れた )により、50㎝以上に成長した葉の部分が大部分根本からなぎ倒され、成長がそこで止まってしまいました。ただ栽培数を増やしていたため小さい玉は多いものの、量的には秋までの消費分十分確保できたと思います

2.ジャガイモ
ジャガイモについては、1月下旬、「キタアカリ」の種芋10ヶを夫々半分に切って植え付けました。また、コンテナが2ヶ余ったので、食用に買った「インカの目覚め」を2ヶのみ2月下旬に植え付けました。極めて順調に生育していたものの、5月に入って突如ヨトウムシ(夜盗虫)の襲撃を受けて無残な状態になってしまいました
ヨトウムシは夜にならないと葉の方に出てきませんので、5月24日から2夜に亘ってワイフの助けを借りてヨトウムシ駆除(30匹以上を捕殺)を行いましたが、既に葉がかなり食害を受けており、相当量の収穫減を覚悟しました。しかし5月28日、収穫を行ったところキタアカリは、小粒が多かったもののある程度の量を収穫出来ました(約10キログラム)
ただ、インカの目覚めは僅かな少量のみの収穫にとどまりました(写真上の段ボール箱の中)

B.夏野菜の準備状況

夏野菜は何といってもトマト、ナス類、瓜類(キュウリなど)がメインになります。これらは2月末から準備を始め、種蒔き⇒育苗⇒植付の順に作業を行います
① 種蒔き・育苗は、近年続けている熱帯魚用のヒーターを入れた自作の水槽にトレーを浮かべ、そこに乗せたプラスティック・ポットに種を蒔いています。今年からは発芽した後、室内では日光が足りないので屋上に防寒処置を施し、ヒーターを強力にした荒井式?屋外種蒔き・育苗器を使用しています(2023年1月6日発行:冬野菜あれこれで報告済み)

②植付は、今年から初めて保温の為のカバーをテスト使用してみました。1ヶ175円はちょっと高いとは思いましたが、かなりの効果を立証することが出来ました。
テストの為に、ほぼ成長状態が同じナスの苗をカバー無しと保温カバー付きとで、3月末一週間ほど経過した状態で成長を比べると、成長の違いが歴然としていることが分かります
因みに連休明けに訪れた長野県飯山市で見た家庭菜園では、ビニールや、米袋を使った夏野菜の保護を行っているのを見ることが出来ました

1.トマト
トマトは毎日の生野菜サラダの材料として重宝な「プチトマト」、昔懐かしい「大型のトマト」、最近人気の甘い「中型トマト」の3種類を植え付けました。収穫した「プチトマト」を湯通して皮をむいたものが私の大好物なので、かなり多めに栽培しています。余ったら冷凍して秋・冬まで食べ続けたいと思っていますが、ワイフが対応してくれるかどうか、、、

2.ナス
ナスは一番用途が広い「中型ナス」に加え、「小型ナス、「水ナス」、「丸ナスの4種類を植え付けました。「小型ナス」は辛子漬(那須与一漬)や粕漬に、丸ナスは長野県の味「オヤキ」に、水ナスは大阪駐在時に味を占めた「浅漬け」を想定しておりますが、ワイフが対応してくれるかどうか、、、

3.ウリ類
ウリ類は生食・漬物用の「キュウリ」及び「小型キュウリ、それに長野県人としては各種漬物材料として外せない「縞ウリ」を植え付けました。今年は後述する病気対策を施して例年よりも多く植え付けて、子供達にも漬物を配れるようにしたいと思っていますが病気対策の効果は如何、、、
<病気対策>
ウリ類は露地栽培の場合、雨や水遣りの時に地面からはねた土に含まれている細菌・カビ類が葉に感染し収量が落ちてしまうケースが多いことが知られています。通常、露地栽培の場合には干藁、籾殻 (もみがら)、ヤシの繊維、黒マルチなどで根元を覆うのですが、黒マルチはコンテナ栽培では難しいこと、その他の方法は最近非常に高価になっており、貧乏人の農民?には手が出ません。今回ネットで調べた結果、新聞紙(透水性がある)でも同じ機能が期待できると出ていましたので、新聞紙を根の周辺に敷き、上に堆肥を蒔いて風に飛ばない様にしています。この実験、上手くいくかどうか、、、

4.トウガラシ類
トウガラシは2年前から完全自給しています。栽培品種は、最も一般的な「鷹の」に加え、「辛長キング」という大型の品種、「剣先なんば」という細長い品種、「立八房(たちやつふさ)」という鷹の爪に似ている品種、「沖縄トウガラシ」という小型ながら極めて辛味が強い品種の5種類を栽培する計画です。現在、種蒔きをして芽が出た所ですが、沖縄トウガラシのみは例年通り発芽に時間が掛かっています

5.ハーブ類
ハーブについては、料理でよく使うハーブは完全自給を目指しています。「ローズマリー」は常緑のハーブであり屋外で十分すぎる?程成長するので玄関わきに地植えをしています。その他のハーブは基本的に冬場に屋内に持ち込める小さなコンテナで栽培しています。現在屋上で栽培しているハーブは、下の写真の通り「カモミール(花を乾燥させて使用)」、「チャイブ(今年から始めました)」、「オーデコロンミント」、「ペパーミント」、「パクチー」、「タイム」、「スペアミント」、「ディル」、「レモンバーム」ですが、最も消費量の多い「バジル」は、居間の出窓で栽培している他、トマトのコンパニオン・プラント(近くに植えるとお互いに助けあう!)として一緒に栽培しています
上記以外で居間の出窓で栽培しているハーブとして、「セージ」、「パセリ」、「イタリアンパセリ」などがあります

6.長ネギ
毎年自給を目指していますが、消費量が余りに多いので春以降半年位は長ネギを購入しなければならない状況が続いています。昨年導入した底の深い大型のコンテナによる栽培は必ずしもうまくいきませんでした(成長が遅かった)。今年は、この大型コンテナに植え替える時までにできるだけ大きく成長させるよう努力していと思っています
← 春先に種を蒔いたネギは、ホームセンターで売っている苗と比べても遜色の無い程順調に育ちました
5月下旬にこれらの苗を、標準コンテナ7ヶに20本づつ植え替えを完了しました。果たしてうまくいくかどうか、、、

7.その他
① ベリー類の状況
昨年植えた新しい「ブルーベリー」2株は順調に育ち、量は少ないものの収穫できそうです。「ラズベリー」は一杯実を付けているのですが、赤くなる前のオレンジ色の状態で落果しているので、ちょっと心配です。「ブラックベリー」は樹勢が強く沢山花を咲かせているので楽しみです
② 柚子の状況
一昨年植え付けた「柚子」は、昨年は全く花を付けませんでした。しかし、今年に入って樹勢も強くなり、漸く花が咲いたので期待していたのですが、どうやら実にはなってない様なのでとても残念です(ひょっとして実が小さい内は発見が難しいのかも?)

③ 山菜類の栽培
今年から山菜類の栽培を始めることにしました。私の大好きな「コシアブラ」、「ワラビ」、「山ウド」です。さて、関東の酷暑に耐えられるかどうか、、、

④ キャベツ類
@ 冬キャベツを沢山栽培しましたが、収穫後の根を残しておいたところ、春先になって根から元気な葉が沢山生えてきました。勿体ないので、炒め物で食べてみた所、少々固いものの小松菜のような使い方が出来そうだという結果がでました(まあそれ程美味しい野菜とは言えませんが、、、)一方、元気な芽を「差し芽」にしてみた所、ちゃんと根が生えてきました。そこで、これがキャベツになるかどうか実験をしてみることにしました;


その後、結構元気よく成長を始めたので、立派なキャベツに成長するか期待させるものがありました、、、
@ 昨年、頂きもので「コールラビ」を生で食べてみた所、大変美味しかったので春先に種を買って蒔いてみました。それなりに育ってきたので、あと一月ぐらいで食べられる大きさになるかなと思っていたのですが、、、
@ キャベツ類は、世界中に人に愛される野菜で食味も大変いいのですが、5月に入ってモンシロチョウが屋上を訪れる様になると、恐れていたことが起きました、、、
@ ゴールデンウィーク明けに両方のキャベツ類は同時に虫食いが始まり、あっという間に哀れな姿(特にキャベツ)に変わり果てました
無農薬栽培の原則を維持する為に農薬は使えないので、最近の私ども夫婦の日課は意地?の「虫退治」です。役割分担は、ワイフが「見つけ係」、私が「死刑執行人」です! 玄関脇の池で発生したオタマジャクシの死刑執行も私の担当だったので、もうすぐ罰が当たるのは確実と思われます!

以上

米ソ宇宙開発競争の歴史(スプートニク~アポロ計画)

はじめに

現在、宇宙開発は人類共通の「未知への挑戦」として国境を越えて協力が行われていますが、人類が初めて地球の大気圏を脱して地球を周回する人工の衛星を打ち上げ、この人工衛星に人を乗せ、更に月にまで人間を送り込む有史以来の大事業は、米国、ソ連という第二次世界大戦の勝者の間で行われた12年間の熾烈な開発競争の結果達成されたたものです

こうした宇宙開発には強力なロケットが必要であり、このロケット開発のベースになったのは、米ソがお互いの国に原子爆弾を打ち込むことが出来る大陸間弾道ミサイルの開発があったことは紛れもない事実です。また、この莫大な資金を必要とする開発競争の陰で、両国の中に貧困にあえぐ国民がいたことも事実です
しかし、こうした宇宙競争の結果、両国の国民だけでなく全世界の人々が熱狂したことも確かです。以下に、この歴史を振り返ってみたいと思います

(注1)本ブログでは、青字で斜体の文は全て筆者に文責があります
(注2)本ブログでは、専門家の間では推力の単位をニュートン(N)で表しますが、地上での重量に換算した方が分かりやすいと考え、「kg/キログラム」乃至「ton/トン」の表現(正確を期すには「重」を末尾に付けます、例えば「kg重/kgf/kirogram force」など)を使います。推力の単位に関する詳しい説明は私のブログ「ロケットに関わる基礎知識と日本のロケット開発の歴史」の前半の部分をご覧になって下さい
(注3)一般に、人工衛星の近くで宇宙遊泳などを行っている時、公共放送でも「無重力」という表現が使われていますが、宇宙で無重力の状態は殆ど考えられません。例えば太陽系の中の宇宙では、太陽の引力、その他の惑星、衛星の引力の影響下にあります。従って正確には「無重量」という表現をすべきですが、このブログでは混乱を避ける為に敢えて「無重力」という表現を使います。因みに人工衛星は地球の重力場の中で自由落下しています。詳しくは私のブログ「宇宙に関わる基礎的な知識」の中の「1.人工衛星は何故落下しないか?」の項をご覧になってください

注4)本ブログでは、宇宙開発が多くの失敗を積み重ねた上で成功している事実を明確にするため、予想外の事象や失敗の部分は緑色下線付きで“XXX様に表現しています

 

ソ連による世界初の人工衛星打上の衝撃と米国の対応

1957年10月4日、ソ連によって人工衛星スプートニク1号が打ち上げられました(当時のNHKのニュース映像)。スプートニク(Спутник)とはロシア語で衛星を意味します。また、この衛星はロシアの宇宙開発の草分けと言われるコンスタンチン・ツィオルコフスキーの生誕100年と国際地球観測年に合わせて打ち上げられました
この衛星はバイコヌール宇宙基地からR-7ロケットを使って打ち上げられました。衛星の軌道は近地点約230km、遠地点約950kmキロメートル、軌道傾斜角65.0°の楕円軌道であり、96.2分で周回しました。尚、R-7ロケットは、離陸重量は280トン、全長34m直径3mという2段式の大型ロケットです。第1段ロケットは RD-107というロケットを4基束ねた推力381トンもの巨大なロケットで液体酸素とケロシンを推進剤として用いています

スプートニクの打ち上げ成功により、米国はソ連の科学技術力及びそれを背景にした軍事力に大きな脅威を感じることとなりました。当時は東西冷戦の渦中であり、米国は即座に軍備拡張を加速するとともに、人口衛星の打ち上げに総力を挙げる体制を築く為に、翌1958年にはNASA(連邦航空宇宙局)を設立して宇宙開発を強力に推進することとなりました

米国は、スプートニクの成功に直ちに追従すべく、たった1.36kgの衛星を搭載したヴァンガードロケットを、1957年12月6日ケープカナベラル空軍基地から打ち上げましたが、発射2秒後に爆発し、失敗してしまいました
その後、1958年1月31日、エクスプローラー1号が打ち上げられ、8.32kgの人工衛星打ち上げに成功しました。衛星の軌道は近地点約360km、遠地点約2,530km、軌道傾斜角33.2°の楕円軌道であり、114.8分の長楕円軌道を周回しました
打上に使われたジュノーⅠロケットは、ナチス・ドイツでV2号を開発していたウェルナー・フォン・ブラウンの提案の基にジュピターCロケット(観測用として開発された)の発展型(ジュピターCの3段目の上部に4段目を追加)として開発されました
全長21.2m直径1.78m離陸重量は29トン、第1段ロケットの推力は42トン、液体酸素とヒドラジンを推進剤として用いています

米国は、ソ連から遅れること約3ヶ月で人工衛星の打ち上げに成功しましたが、両国が打ち上げた人工衛星の重量、ロケットの発射重量を見ればわかる通り、ロケットの性能は相当程度劣後している事は明白でした

その後、ソ連はロケットの優位性を生かして、月探査、惑星探査、有人人工衛星の打ち上げに先陣を切っていくことになります

有人人工衛星の開発競争

無人の人工衛星の競争の後に続いて、1961年以降有人人工衛星の米ソの熾烈な競争が始まりました
1.ソ連のボストーク計画(1961年~1963年)
ボストーク(Vostok)とはロシア語の「東」という意味ですボストーク計画では各種ロケットが使われましたが、上の写真の「8K72A」が代表的なロケットです
性能は、全長約40m(シリーズにより若干異なる)直径2.68m離陸重量は287トン、液体酸素とケロシンを推進剤として用いる。離陸重量だけから見ればスプートニク打ち上げロケットと大差がないと思われます

打上実績(打上基地は「バイコヌール宇宙基地」)
①ボストーク1号は1961年4月12日にユーリイ・ガガーリン少佐を乗せて打ち上げられました。その後地球を1周し1時間48分飛行後、大気圏に再突入し、高度7kmでガガーリンは座席ごとカプセルから射出され、パラシュートで降下、無事帰還しました。成功後に人類初の有人宇宙飛行として公表され、世界中を驚愕させました。ガガーリンの帰還後の記者会見で「地球は青かった」と語り有名になりました

②1961年8月6日
ボストーク2号が打ち上げられ、宇宙空間に25時間滞在し、地球や宇宙空間の撮影、無重力状態での実験などを行いました
③1962年8月11日ボストーク3号が打ち上げられました。続いて
④翌日ボストーク4号が打ち上げられ、この両機は互いに5kmまで近づき人類初の宇宙空間同志での交信を行いました

⑤1963年6月14日、ボストーク5号が打ち上げられ、下記ボストーク6号と軌道上でランデブーを行いました
⑥1963年6月16日、ボストーク6号初めての女性宇宙飛士となるワレンチナ・テレシコワを乗せて打ち上げられました。尚、彼女が宇宙で発した最初の言葉である「私はカモメ/ヤー・チャイカ(Я — Чайка)」は有名になりました。因みに「カモメ」は各飛行士につけられるコールサインです

2.米国のマーキュリー計画(1958年~1963年)
マーキュリーという名称は、ローマ神話の旅行の神メルクリウス (英語名:Mercury) からつけられました
マーキュリー計画は、1958年から1963年にかけて実施された米国の有人宇宙飛行計画です。スプートニクで先を越された米国が、有人人工衛星ではソ連よりも先に達成することを目標としていました。この計画は、1958年に設立されたNASA(連邦航空宇宙局)によって実行され、20回の無人飛行及び米国人の宇宙飛行士たちを搭乗させた6回の有人飛行が行われました

<マーキュリー宇宙船の構造>

ケネディー大統領の演説;
宇宙開発において米国が主導権を取り戻す為に、ケネディー大統領による強力なリーダーシップを発揮しました
*1961年1月20日、ケネディー大統領就任
1961年5 月25 日、ケネディ大統領は国家的緊急課題に関する特別議会演説(Special Message to the Congress on Urgent National Need)』と題した 45 分に及ぶ演説の末部(上記演説草稿の「Ⅸ Space/8頁後半~10ページ前段)」で、有人月面着陸計画を議会に提示しました

<参考>適当な日本語訳が見つからなかったので、故ケネディ大統領の格調高い演説は再現できませんが、第Ⅸ章のみ私の拙い日本語訳を添付します:国家的緊急課題に関する特別議会演説_第Ⅸ章の日本語訳

アポロ計画始動後の 1962 年9 月12 日、ケネディ大統領はライス大学のフットボール競技場でアポロ計画についての一般向け演説行い、聴衆からの熱狂的ともいえる反応を得ました
*1963年11月22日、ケネディー大統領暗殺

 

打上実績(打上基地はケープカナベラル空軍基地);
①1961年5月5日(ボストーク1号に遅れること23日)、マーキュリー・レッドストーン3号は、アメリカ初の宇宙飛行アラン・シェパードが搭乗する宇宙船で弾道飛行(飛行時間15分22秒)を行いました
<参考>弾道飛行とは
地球を周回しないで地上に落下する軌道(弾丸が放物線を描いて地上に落下する軌道)ですが、大気圏外の宇宙を飛行したことは事実です。レッドストーンというロケットは、無人の人工衛星の打上ロケットであるジュノーⅠロケットと基本的に同じ仕様です


②1961年7月21日、マーキュリー・レッドストーン4号はレッドストーン・ロケットによって打ち上げられ弾道飛行(飛行時間15分37秒)を行いました

③1962年2月20日マーキュリー・アトラス6号が打ち上げられ近地点161km、遠地点261kmの楕円軌道を3回周回し(飛行時間4時間55分)し着水しました
この飛行で使用されたアトラスロケットの性能は、全長約28.7m直径3.0m離陸重量は120トン、第1段ロケットの LV-3Bの推力は356トン液体酸素とケロシンを推進剤として用いており、このロケットでソ連の打上ロケットの性能に追いついたことになります

④1962年5月24日、マーキュリー・アトラス7号が打ち上げられ、近地点161km、遠地点269kmの楕円軌道を3回周回し(飛行時間4時間56分)し着水しました
⑤1962年10月3日、マーキュリー・アトラス8号が打ち上げられ、近地点161km、遠地点283kmの楕円軌道を6回周回し(飛行時間9時間13分)し着水しました
⑥1963年5月15日、マーキュリー・アトラス9号が打ち上げられ、近地点161km、遠地点267km、の楕円軌道を22回周回し(飛行時間10時間20分)し着水しました

マーキュリー計画遂行に当たって注目すべきポイントは、上記6回の有人飛行の前に弾道飛行と軌道飛行を合わせて20回もの無人の試験飛行(内6回失敗、3回一部失敗)を行い万全を期して有人飛行に移行したことです

3.米国のジェミニ計画(1961年~1966年)
ジェミニ(Gemini)とは「ふたご座」を意味しますが、恐らく2人乗りの宇宙船を打ち上げることから命名されたものと思われます
ジェミニ計画は、連邦航空宇宙局(NASA)によるマーキュリー計画に続く有人宇宙飛行計画です。計画は1961年から始まり1966年までに2名の宇宙飛行士を宇宙に送り、船外活動、及び宇宙船同士のランデブーとドッキングを行う事が目的でしたが、これは月面着陸を目指すアポロ計画に必要となる技術を確立する為に必要な事でした。1965年から1966年までの間に10名の宇宙飛行士が地球周回低軌道を飛行し計画を達成しました。この成功により、米ソの宇宙開発競争において米国が優位に立つこととなりました
使用されたロケットは、米国空軍向けの大陸間弾道ミサイル(ICBM)であるタイタンIIを転用した「タイタンII GLV」というロケットです。このロケットの性能は、全長31.4m、直径3.1m、離陸重量は154トン、第1 段ロケットエンジンはLR-87 2基で1,862トンの推力推進剤はエアロジン-50(ヒドラジンと非対称ジメチルヒドラジンを半々で混合したもの)と四酸化二窒素(N2O4)とを用いています

打上実績(打上基地はケープカナベラル空軍基地);
①1964年4月8日、ジェミニ1号(無人)が打ち上げられました。発射後4時間50分で所期の任務を果たした後、宇宙船は3日と23時間周回飛行を行った後に大気圏に再突入し意図的に破壊されました
②ジェミニ2号(無人は、当初1964年12月月9日に予定されていましたが、エンジン点火1秒後に機体の異常検知システムがエンジン圧力に問題を発見したためロケットエンジンを停止させ、飛行は延期となりました
再打上げは、1965年1月19日に行なわれ、最高高度171.2kmの弾道飛行を行いました。ジェミニ2号はロケットから切り離された後、自動操縦により打上げ6分54秒後に逆噴射を実施して大気圏再突入を行い大西洋上に着水(予定地点からは26kmの誤差があった)しました。アメリカ海軍の航空母艦により回収されています。飛行時間は18分16秒。燃料電池や冷却装置などが改良すべき点が判明したしたものの、逆噴射装置や耐熱遮蔽板の性能は確認されました

③1965年3月23日、ジェミニ3号が打ち上げられました周回軌道を3周し4時間52分後に西大西洋に着水しました。着水地点は予定より約110km離れており、また着水時の姿勢はやや不安定であり回収作業には時間が掛かりましたが、宇宙飛行士は米海軍の航空母艦イントレピッド搭載のヘリコプターによって回収されました

④1965年6月3日、ジェミニ4号が打ち上げられました。飛行は順調に行き近地点162.3km、遠地点282.1kmの軌道に投入されました
軌道上でのランデブー試験は、「タイタンII GLV」ロケット第2段を標的に行なわれましたが、宇宙空間では、目視による距離が掴みづらく
軌道姿勢制御システム(以下OAMS/Orbit Attitude and Maneuvering Systemと記述)を用いた接近操作は難渋し、結局ランデブーは中止されました
その後3周目にキャビンを減圧させた後、
命綱を付け宇宙銃を持ったエドワード・ホワイト飛行士が船外に出て宇宙船より約5m離れて、宇宙遊泳を行い15分40秒後には船内に戻りましたが、ハッチの開閉に難があったため、2度目の宇宙遊泳は中止されました
軌道周回48回目にIBM製のコンピュータが故障したために、大気圏再突入時の揚力を用いた制御性の高い再突入は放棄され、ローリングを行いつつ再突入を実施しています。高度3,230mで主パラシュートが開傘、フロリダ半島沖の大西洋上に着水しました。飛行時間は4日を越え、米国の宇宙飛行では最も長いものとなりました。乗員はヘリコプターにより米海軍の強制揚陸艦ワスプへ回収されました

⑤1965年8月21日、ジェミニ5号が打ち上げられました。この飛行のミッションは、同時に打ち上げられた34.5kgの小型衛星とのランデブー試験でした。小型衛星は打上げ2時間後にジェミニ宇宙船から切り離されましたが、燃料電池が不調であったため、電力が不足し、ランデブーは中止されました。飛行3日目にランデブーではないものの、ランデブーのための軌道制御飛行試験を行っています。5日目にはOAMSのスラスターのうちの1基が故障し、いくつかの試験が中止されています。このほか、予定されていた地球観測や医学的実験は実施されています
大気圏再突入に際しては、本来の姿勢制御方式である「宇宙船を傾け、その揚力を利用した制御方式」で再突入が行われました。コンピューターの不調により、予定地よりも約130kmずれた大西洋上に着水しています

*ジェミニ6号は、に打ち上げを予定していましたが、ランデブー試験を行なう対象であったアジェナ標的衛星が1965年10月25日に打上げに失敗したために、7号の打上げが先となりました。
⑤1965年12月4日ジェミニ7号
が打ち上げられました。この飛行目的は、月飛行計画のための長期宇宙滞在を実施することにありました。宇宙船が軌道投入された後、搭乗員は長時間の宇宙服着用が不快であったために、地上と交渉した上で宇宙服を脱ぐことになりました。打上げ後5日目には高度300kmの安定した円軌道に軌道変更を行っています。12月15日にはジェミニ6-A号も打ち上げられ軌道上でランデブー(下記⑥参照)を行なっています。以降、予定されていた実験もほとんど完了したために宇宙飛行士は読書などをして過ごしました。一方、この頃からスラスターの不調燃料電池の出力低下が報告されています。ジェミニ7号は12月18日に大気圏再突入し、フロリダ半島沖の大西洋上の予定地点から11.8km離れたところに着水しています。宇宙滞在時間は13日18時間35分となり、ジェミニ5号の7日22時間を超え宇宙滞在記録を更新しました

⑥1965年12月15日予定変更されたジェミニ6-A号が打ち上げられ、近地点161km、遠地点259kmの軌道に投入されました。打上げ94分後に、ジェミニ6-A号は軌道変更のための5km/secの加速を開始し、軌道高度を上げ、ジェミニ7号に追い付くコースをとりました

ジェミニ6-A号から見たジェミニ7号

3回の軌道修正により6-A号は遠地点274km、近地点270kmの軌道に入りました後、微修正を繰り返してジェミニ7号とのランデブーを行いました。最接近時は距離30cmで近づいており、ランデブー状態を約270分継続しています。ジェミニ6-A号はランデブー試験の成功の後、ジェミニ7号よりも先に12月16日に帰還しています

⑦1966年3月16日、ジェミニ8号が打ち上げられました。この飛行では史上初となる2機の宇宙機の軌道上でのドッキングが行われました

ドッキングの対象となるアジェナ標的衛星(GATV-5003)は、1966年3月16日に打ち上げられ高度298キロメートルの円軌道に乗り、自動制御でドッキングのための正確な高度に軌道修正していました

ドッキングの為の手順は以下の通りです;
@第1回目の軌道修正は発射から1時間34分後に行われました。二人の宇宙飛行士は、 OAMS を5秒間作動させ遠地点をわずかに下げました
@第2回目の軌道修正は遠地点の近くで行われ、速度を毎秒15メートル増加させました
@第3回目の軌道修正は太平洋上空で行われ、横方向への噴射で毎秒18m加速し、軌道平面を南側に傾けました
@メキシコ上空にさしかかったとき、ヒューストンの通信担当官は、さらに毎秒0.79メートル加速する最後の軌道修正が必要であると伝えました
@ランデブー用レーダーは、距離322キロメートルの地点でアジェナの姿をとらえ、発射から3時間48分10秒後、宇宙飛行士らはさらにロケットを噴射し、アジェナよりも高度が28キロ低い円軌道に進入しました
@最初にアジェナを目視したのは距離141キロの地点で、102キロまで接近したときコンピューターによる自動操縦に移行しました
@その後の数度にわたる微調整で距離46メートルまで接近し、相対速度はゼロになりました
@宇宙飛行士らは30分間にわたってアジェナを目視で点検し、発射の衝撃による損傷は何も見られないことが確認できたため、管制室はドッキングを遂行するよう指令を出しました
@アームストロング飛行士は毎秒8センチメートルでアジェナへの接近を開始し、数分間のうちにアジェナのドッキング装置の留め金がかかり、緑色のランプが点灯してドッキングが完了しました。「管制室、ドッキングが完了! 実にスムーズなものだった」と、スコット飛行士が無線で地上に報告しました

緊急事態発生!;
@アジェナが内蔵プログラムにより、ジェミニと結合した船体を90度右に傾ける操作を開始した後、スコット飛行士は船体が右回転していることに気づきました。アームストロング飛行士はェミニのOAMSを使用して回転を止めましたが、一旦停止した後、すぐにまたローリングが始まりましたが、この時点で8号は地上との通信圏外にいましたた。
@アームストロング飛行士は、OAMSの燃料が30%にまで落ちていると報告しました(これは問題がジェミニの方にあることを示しています
@回転があまりに速くなりすぎると宇宙船の一方または双方が損傷し、さらには燃料を大量に積んだアジェナは分解あるいは爆発するおそれがあるため、飛行士らは状況を分析できるようアジェナを切り離すことを決断しました
@アームストロング飛行士が切り離しのた機体を安定させようと奮闘している一方で、スコット飛行士はアジェナの制御を地上からの指令に切り替えました
@スコット飛行士が分離のボタンを押すと、アームストロング飛行士はケットを長時間噴射してアジェナから遠ざかりました
@しかし、アジェナが切り離されたことによりジェミニの回転数は急激に上昇(1秒間に1回転)し、この状態では飛行士は視界がぼやけ、意識を失ったり回転性めまいに陥ってしまう危険がありました
@アームストロング飛行士は回転を止めるためにOAMSを停止し、大気圏再突入システム (以下RCS/Re-entry Control Systemと記述) の推進装置を使用することを決断しました


@宇宙船の状態を安定させることに成功した後、両宇宙飛行士はOAMSを順番に点検し8番の推進器に異常があることを発見しました
再突入用の燃料は回転停止に使用したためほぼ75%が失われており、規定では何らかの理由でRCSを一度でも噴射した場合は飛行を中止しなければならないとされていました。従って、ジェミニ8号はただちに緊急着陸の準備を始めました

着水、生還まで;
@その後、軌道を1周した後に大気圏に再突入することが決定されました。当初は大西洋に着水することが予定されていましたが、ここに到達するのは3日後のことでした。そのため新たに太平洋上の着水地点(沖縄東方800km、横須賀南方1,000km)が設定されました
再突入を開始したのは中国上空で、NASAの通信ステーションの範囲外でした
@着水想定地点に航空機が派遣され、パイロットは宇宙船の着水地点を目をこらして観測しました。ジェミニ8号を発見すると、この航空機からアメリカ空軍パラレスキュー部隊に連絡され、3名のレスキュー隊員が海面に飛びおりて宇宙船に浮き輪を取りつけました。着水から3時間後、ジェミニ宇宙船は艦上に引き上げられました。飛行士らは疲労困憊していましたが、無事に生還することが出来ました

⑧ジェミニ9-A号
ジェミニ9号の目的は、軌道上においてドッキングを成功させることにありましたが、ドッキング対象となるはずだったアジェナ標的機は、1966年5月17日に打ち上げられたものの、軌道投入に失敗し、ジェミニ9号の打ち上げも中止されました。その後、別の標的衛星が打ち上げられ、同年6月1日にジェミニ9-A号と名前を変えて打ち上げようとしましたが、発射3分前に機器の不調により打上げ中止となってしまいました。結局、1966年6月3日に打ち上げられました
軌道投入後の活動;
打ち上げ49分後、標的衛星に接近するための軌道修正を開始し、3時間20分後に93kmの地点にまで接近しました。しかし、標的衛星のペイロード・フェアリングが開ききっていないことが確認され、ドッキングは中止されました
飛行3日目に船外活動試験を実施することとなりユージン・サーナン飛行士が船外に出て、推進・機械部に搭載された宇宙飛行士推進ユニット(AMU/Astronaut Maneuvering Unit)を装着し船外活動を開始したものの、無重力下の宇宙空間での移動は困難を極めました。また宇宙服が動きづらかったのみならず、汗によりバイザーが曇り視界が確保できなくなったため、AMU の所まで移動するのに1時間を費やしました。飛行士の疲労や視界不良のため、AMUによる船外活動は中止となり、ユージン・サーナン飛行士は再び1時間をかけて船内に戻りました。
周回45週目に逆噴射を行い、大気圏再突入を開始しました。再突入動作は非常に順調に行われました

⑩1966年7月18日、ジェミニ10号が打ち上げられました。これに先立ち、ドッキング対象となるアジェナ標的機(GATV-5005)も打ち上げられて、打上げ6時間後にはアジェナ標的機(GATV-5005)とのドッキングに成功しました。ドッキング状態のまま、アジェナ標的機のエンジンを用いて近地点294km、遠地点763kmの軌道に変更することに成功しています。7月19日20時58分より78秒間の噴射を行い、近地点294km、遠地点382kmの軌道に再修正を行い、更に軌道修正を行って遠地点を378kmに変更しています
その後、アジェナ標的機(GATV-5005)を分離し、ジェミニ8号とドッキングしたことのあるアジェナ標的機(GATV-5003)とのランデブーを試み、3kmまで接近しています

打上げ48時間41分後から、マイケル・コリンズ飛行士は船外に出てアジェナ標的機(GATV-5003)へと移動しました。命綱を装着し宇宙銃を用いても移動は困難だったものの、アジェナ標的機(GATV-5003)に装着されていた微小隕石収集装置を回収し、ジェミニ宇宙船に戻ってきました
<参考> 微小隕石収集装置とは
色々な呼び方があると思いますが、宇宙空間に浮遊している、あるいは飛び交っている微小な粒子を補足する装置です
因みにISS(国際宇宙ステーション)に装備されている微小粒子捕獲装置は右の写真の様な装置です。JAXAはこの装置で世界的な発見を行っています(ISSで新種の地球外物質を回収

打上げ70時間10分後(48周回実施)に逆噴射を行い大気圏再突入を開始し、フロリダ半島沖の大西洋上で待機していた強襲揚陸艦ガダルカナルから5.6kmの地点に着水、無事回収されています

⑪1966年9月12日、ジェミニ11号が打ち上げられました。
これに先立ち、アジェナ標的機(GATV-5006)が1966年9月12日13時5分に打ち上げられており、ジェミニ11号は打上げ約1時間半後にはこのアジェナ標的機(GATV-5006)とのドッキングに成功しています
打上げ24時間後から搭乗員のリチャード・ゴードンは船外活動で各種の実験などを行っていましたが、疲労が激しく33分間で打ち切られ、全ての実験を消化することはできませんでした
打上げ40時間30分後に、アジェナ標的機(GATV-5006)のエンジンを用い軌道変更を実施、遠地点1,374kmの軌道に変更しましたが、これは当時有人で到達した最高高度でもありました。3時間23分後の再軌道修正により遠地点304kmの軌道に戻っています。また、打上げ後47時間7分後からゴードン飛行士が2時間に渡って、2度目の船外活動を行っています。

船外活動終了後、ジェミニ11号はアジェナ標的機(GATV-5006)とのドッキングを解除し、テザー試験を開始しています。これはジェミニ宇宙船とアジェナ標的機の間を約30mの紐で結び、軌道上の微小重力を用いたテザー推進により、姿勢制御を行なう試験でした。この試験は打上げ53時間後に終了しています
大気圏再突入は、米国の宇宙計画で初めて、完全コンピューター制御によって行われ、バハマ沖の大西洋上、強襲揚陸艦グアムから4.5kmの地点に着水、無事回収されています

⑫1966年11月11日、ジェミニ12号が打ち上げられました。これに先立ち、ドッキング対象となるアジェナ標的機(GATV-5001A)も打ち上げられています。
ジェミニ12号は打上げ4時間14分後にアジェナ標的機とのドッキングに成功しましたが、ジェナ標的機のエンジンに不調が見られたため、より遠軌道への軌道変更試験は中止されました

船外活動中のオルトリン飛行士

打上げ19時間29分後から1回目の船外活動が開始されました。これまでの船外活動の難しさを克服する為に、事前の訓練や作業道具の見直し・追加を行なっており、船外活動は以前より容易なものとなりました
オルドリン飛行士は2時間29分に渡って船外活動を行い、船外より微小隕石収集機の回収を行なっています。また2回目の船外活動は42時間48分後から開始され、2時間6分に渡って継続し、アジェナ標的機(GATV-5001A)とジェミニ宇宙船との間にテザー(綱)を設置し、これに携帯用手すりを用いて、船外活動をよりやり易くしています
47時間23分後にアジェナ標的機とのドッキングを解除し、テザーによる姿勢制御試験を行いました。テザーの長さは30mで、両端にジェミニ宇宙船とアジェナ標的機がある形になり、51時間51分まで続けられました。オルドリンによる3回目の船外活動が66時間6分後から行われました
94時間後に逆噴射を実施し、大気圏再突入を開始しました。全自動モードでの突入であり、目標より4.8km離れたバハマ沖の大西洋上に着水し、航空母艦ワスプにより無事回収されています

*ジェミニ計画で予想外の事象や失敗を多く経験することにより、アポロ計画は慎重に進められ、結果として比較的順調に成功への道を辿れたと思われます(私見)

アポロ計画

ケネディ大統領が国家事業として開始したアポロ計画は、NASAによるマーキュリー計画、ジェミニ計画に続く三度目の有人宇宙飛行計画です。この計画は、1961年~1972年にかけて実施され、全6回の有人月面着陸に成功しました

計画を具体化するに当たってまず必要になった事は、月飛行方式を決めることでした。具体的には以下の方式が検討されました;
A.直接降下方式
単体の宇宙船で月に向かい、着陸して帰還するとい方式。この方式では、非常に強力なロケットが必要とされる為不採用となりまhした。
B.地球周回ランデブー方式(Earth Orbit Rendezvous, EOR);
複数のロケットで部品を打ち上げ、月に直接降下する宇宙船、地球周回軌道を脱出するための宇宙船を組み立てる方式。軌道上で各部分をドッキングさせた後は、宇宙船は単体として月面に着陸する。
C.月面ランデブー方式
2機の宇宙船を続けて打ち上げる方式。燃料を搭載した無人の宇宙船が先に月面に着陸し、その後人間を乗せた宇宙船が着陸する。地球に帰還する前に、必要な燃料は無人船から供給される。
D.月周回ランデブー方式(Lunar Orbit Rendezvous, LOR);
いくつかの単位から構成される宇宙船を、1基のサターン・ロケットで打ち上げるという方式着陸船が月面で活動している間、司令船は月周回軌道上に残りその後活動を終えて離昇してきた着陸船と再びドッキングする

他の方式と比較すると、Dの方式はそれほど大きな着陸船を必要とせず、そのため月面から帰還する宇宙船の重量(すなわち地球からの発射総重量を最小限に抑えることができることから、この方式が選択されました

1.巨大なサターンロケットの開発
Dの方式でも有人月面着陸を行うには、米国が保有しているロケットでは対応不可能で、新しい強力なロケットの開発が必要になりました。サターンロケットは、ナチスドイツでV2ロケットの開発を行ったウェルナー・フォン・ブラウンが中心となって開発しました。サターン(Saturn)という名は、土星の英語名です

A.サターンIの開発;
サターン・シリーズの最初の型。日本のH-IIAとほぼ同等の低軌道打ち上げ能力を持ち、米国が地球周回軌道に衛星を乗せることを目的に開発した初めてのロケット(宇宙専用機)です。第一段は、新規に大きなエンジンを開発するのではなく、すでに完成されている小さいロケットエンジンを組み合わせる (clustered) ことによって大推力を発生させていることが特徴です。このクラスター方式は、手堅くて融通のきくものであることを実証してみせました。元々は1960年代において全世界を射程圏内に収める軍用ミサイルとなるべきはずのものでしたが、実際には1961年~1965年、10機のみが、アメリカ航空宇宙局 (NASA) によって使用されただけでした
このロケットの性能は、離陸重量は509.7トンで、地球低軌道には9トン、月軌道には2.2トンの打上能力があります

<構造・性能詳細>
①第1段目の構造・性能
全長:24.5m、直径:6.52m、エンジン:H-1/8基、推力:774トン、推進剤:ケロシンと液体酸素

②第2段目の構造・性能
全長:12.2m直径:5.49m、
エンジン:RL-10/6基、推力:41トン、推進薬:液体水素、液体酸素

③第3段目の性能
全長:9.1m、直径:3.1m、エンジン:RL-10/2基、推力:14トン、推進薬:液体水素と液体酸素

サターンⅠによる打上実績;
①1961年10月27日、1段目の飛行テスト(弾道飛行
②1962年4月25日、高度105kmに到達した時点で自爆装置を作動させてロケットを爆破し、模擬の2段目ロケットに搭載した109,000リットルの水を宇宙空間に散布して通信や気象への影響を調査(ハイウォーター計画)
③1962年11月16日、二度目のハイウォーター計画実施

④1963年3月28日
1段目ロケットの最後の試験飛行(2段目はダミーを搭載)。今回の目的は、エンジンの一基を発射から約100秒後に停止するというもので、停止したエンジンが使用するはずだった燃料を残りのエンジンに振り分け、燃焼時間を長くすることによってロケットは正しい軌道を維持できるかテストを行い正しい軌道が維持できるか確認するテスト。この技術はトラブルが発生した場合の冗長性確保(トラブルが発生しても深刻な事故に発展させない設計)が目的であり、後のアポロ6号やアポロ13号の大きなトラブルの際に大いに役立てられました

⑤1964年1月29日
、初めて二段目のロケットが搭載されて発射されました。1段目の切り離しは完璧に成功、2段目も順調に飛行し、近地点262km、遠地点785kmの楕円軌道に投入されました。この人工衛星になった2段目の重量は約17トンになり、その時点で世界最大の人工衛星となりました(⇔ソ連を越えた!
⑥1964年5月28日、形態・重量・重心などすべてが人間を搭乗させた場合と同等に作られた司令船と緊急脱出用ロケットのダミーが搭載し、司令船には116ヶの計測機器が搭載され、圧力・応力・加速などのデータを計測し地上に送信されました。発射から76.9秒が経過した時、1段目の第8エンジンが予定よりも早く燃焼を停止してしまった。しかし、冗長性確保の設計が完璧に機能し、残りのエンジンが予定よりも2.7秒長く燃焼し、ロケットは予定通りの軌道を飛行しました。第1段ロケットを切り離し、第2段が点火され、数秒後には緊急脱出用ロケットも切り離されました。第1段切り離しの様子は機体に搭載された8台のカメラで撮影され、フィルムは大西洋上で回収されました。2段目ロケットと司令船の模型は近地点182km、遠地点227kmの楕円軌道上に投入されました。司令船は地球を4周してバッテリーが途絶えるまでデータを送信し続け、6月1日に地球を54周した後大気圏に突入し、太平洋に落下しました

⑦1964年9月18日
、第1段ロケットは発射から147.7秒後に燃焼を停止し、その0.8秒後に切り離されました。さらに1.7秒後には第2段ロケットが燃焼を開始し、発射から160.2秒後に緊急脱出用ロケットが投棄されました。第2段ロケットは発射後621.1秒で燃焼を停止し、司令・機械船の模型が近地点213km、遠地点227kmの楕円軌道に投入されました。宇宙船は他の衛星を介してデータを送信し続け、地球を59周した後大気圏に再突入し、インド洋上に落下しました
⑧1965年2月16日、飛行は正常に行われ、2段目の先端に取り付けられた人工衛星ペガサスAは、およそ10分半後に近地点495km、遠地点743kmの楕円軌道上に投入されました。この飛行の目的は、緊急脱出用ロケット、及び司令船の切り離しに関わるテスト、またペガサスAには、機体の構造や電気的システムの機能に関するテスト、及び 低軌道に於ける宇宙塵が機体に及ぼす影響の調査という目的がありました

⑨1965年5月25日の夜間(現地時間午前2時35分)に発射されましたが、サターンIではこれが最初でした。10.6分後、2段目の先端に取り付けられた人工衛星ペガサスBは正常に軌道に投入されました。宇宙船、ペガサスB、使用済の第二段ロケットなど、軌道に乗ったものの総重量は約15.5トンでした。ペガサスBはその後1968年8月29日に通信が途絶えるまで、データを送信し続け、大気圏に再突入したのは、14年後の1979年11月3日でした。計画全体はほぼ完全に達成されました
⑩1965年7月30日に打ち上げられ、約11分後に司令船、ペガサスC、二段目ロケットが軌道に乗りました。ペガサスCは切り離され後872秒後に宇宙塵探査のためのパネルが展開しました。ペガサスCは当初の予想よりも長く1968年8月29日まで信号を送り続け、大気圏再突入は1969年8月4日で、計画のすべての目的は達成されました。司令船の大気圏に再突入は1975年11月22日でした(打上語10年以上経過!)

B.サターンIBの開発;
サターンIの改良型であり、第二段により強力なS-IVBを搭載しており、2段式ロケットです。以下、カッコ内の数値はサターンⅠとの比較です。尚、このロケットは、宇宙ステーション「スカイラブ計画」、「アポロ計画」にも一部使用されました
①第1段目の構造・性能
全長:25.5m(+1.0m)、直径:6.60(ほぼ同じ)、エンジン:H-1/8基(同じ)、推力:929トン(+155トン)、推進剤:ケロシンと液体酸素(同じ)

②第2段目の構造・性能
全長:17.8m(+5.6m)、直径:6.6m(+1.2m)、
エンジン:J-2/1基、推力:91トン(+49トン)、推進薬:液体水素、液体酸素(同じ)

サターンⅠBによる打上実績;
①1966年2月26日、サターンⅠBの初飛行(弾道飛行)及びアポロ司令・機械船の無人弾道試験飛行
②1966年7月5日、第2段性能試験。地球を4周
③1966年8月25日、司令・機械船の無人弾道試験飛行
④1968年1月22日(アポロ5号)、本来はアポロ1号で使用されるはずだった機体。アポロ月着陸船無人試験飛行。地球を36周
⑤1968年10月11日(アポロ7号)、アポロ宇宙船初の有人飛行。地球を163周
⑥1973年5月25日(スカイラブ2号)、宇宙ステーションスカイラブ第一次滞在クルーの飛行。地球を404周
⑦1973年7月28日(スカイラブ3号)、スカイラブ第二次滞在クルーの飛行。地球を838周
⑧1973年11月16日(スカイラブ4号)、スカイラブ第三次(最終)滞在クルーの飛行。地球を1,214周
⑨1975年7月15日、ソ連のソユーズ宇宙船とのランデブーとドッキングサターンIB 最後の飛行

<参考> スカイラブ計画とは;
スカイラブ計画は、1973年~1979年まで地球を周回する飛行を行いました。米国が初めて挑んだ宇宙ステーションです。主として、宇宙開発(アポロ計画を含め)の基礎となる実験や地球観測や長時間の無重力環境を必要とするような科学の実験に使われました。因みにスカイは「空⇒宇宙空間」、ラブは「laboratory」(実験室)の略です

C.司令・機械船、月着陸船の開発;
月周回ランデブー方式(Lunar Orbit Rendezvous, LOR)で月着陸、地球への帰還を目指す為の具体的手順は以下の様になります;
①地上からの打ち上げロケットにより司令・機械船と月着陸船を接続したまま地球周回軌道に入ります。その後、サターンⅤの第3段エンジンを噴射し司令・機械船と月着陸船月を月への軌道に乗せます。月周辺に到着後、
②月の衛星となる為に月着陸船を接続したまま司令・機械船のエンジンを噴射して月周回軌道に入ります。そこから、
③2人の飛行士を乗せて月着陸船を切り離し、月着陸船のエンジンを逆噴射をして軟着陸を行います。帰還する時は、
④月着陸船・下降段を切り離し、月着陸船・上昇段のエンジンを噴射して月周回軌道に入り、司令・機械船とランデブーを行い2人の飛行士を指令・機械船に収容します、その後、
司令・機械船はエンジンを噴射して地球周回軌道に入ります。その後、
指令・機械船エンジンを噴射して大気圏に突入し、機械船を切り離し指令船のみを着水させる

以上より、司令・機械船と月着陸船は以下の様な機能を持たせなければなりません

司令・機械船の開発
司令船・機械船は二つの部分から構成されています。司令船は3人の飛行士乗船し、宇宙船を操縦し地球に帰還させるために必要なすべての制御装置が搭載されています
機械船は推進用の大きなロケットエンジン1基と姿勢制御用の小ロケットエンジン16基およびその燃料、さらに宇宙滞在中に必要な酸素、水、バッテリーなどの消耗品などを搭載しています。最終的に地球に帰還するのは司令船のみで、機械船は大気圏再突入時に高温・高圧力で消滅します

司令船は直径3.9m、高さ3.2mの円錐形で、頂上部には二基の姿勢制御用小型ロケット、月着陸船とのドッキング装置および乗り換え用のトンネル、地球帰還時に使用するパラシュートなどが搭載されています。底辺部には10基の姿勢制御用小型ロケットとその燃料タンク水タンク機械船との集合接続ケーブルなどがあります。外壁は主にアルミニウムのハニカム構造(蜂の巣の様な構造)になっています。底面には4層のハニカムパネルを貼り合わせた耐熱シールドとなっており、大気圏再突入時にはこのシールドが断熱圧縮で高温となり徐々に融解することによって熱を吸収し、船体が熱破壊されることを防いでいます

テスト中の司令船の事故:
アポロ1号は、1967年2月21日に最初の有人宇宙飛行となる予定で準備が進められていましたが、同年1月27日、発射台上で発射の予行演習を行っていた際に火災が発生し、ガス・グリソム 、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーが3名の宇宙飛行士が犠牲になりました


機械船
は与圧されていない直径3.9m、高さ7.5mの円筒形の構造物です。内部は中央部とそれを放射状に取り巻く6つの外郭部によって構成されており、推進用ロケット・姿勢制御ロケットおよびその燃料、酸素、燃料電池、通信用のアンテナなどが配置されています

前部カバーは高さが86.4cmで、機械船コンピューター、司令船との結合装置などが収納されています

推進用エンジンは高さ約3.9m、直径約2.5mで、燃料にはエアロジン-50、酸化剤には四酸化二窒素を使用する。推力は894kgで、月周回軌道への投入および離脱、途中での軌道修正などを行ないます。 姿勢制御用ロケットは1基が推力4.4kgで、四基ずつ集合したものがそれぞれ90度の角度をおいて外周に配置され、宇宙船の姿勢制御や速度の微調整などを行ないます。姿勢制御用ロケットの燃料はモノメチルヒドラジン、酸化剤は四酸化二窒素です

月着陸船(Apollo Lunar Module)の開発
アポロ計画において、2名の宇宙飛行士を月面に着陸させ、かつ帰還させるために開発された宇宙船です。下降段と上昇段による構成で、着陸する際は下降段のロケット噴射をブレーキに用い月面に降り、帰還する際は下降段を発射台として、上昇段のロケットを噴射して軌道上の司令船とドッキングします。総重量は14.7トンで、そのうち下降段の重量は10.1トンを占めます

開発は困難を極めました。まず問題となったのは重量でした。当初ロケットの打ち上げ能力から要求された重量は9トン以内だったのですが、開発初期でさえ予定重量は10トンを超えていたため、徹底した軽量化が図られました。中でも一回きりの使用となる着陸時の緩衝機構はアルミ製ハニカムが潰れる事で着陸時の衝撃を吸収する方式が新たに採用されました。こうした努力にも関わらず最終的に重量は15トン近くに達し、見かねたウェルナー・フォン・ブラウンがサターンVの推力を増やすことでようやく解決することになりました。次に問題となったのは着陸用エンジンで、従来のロケットエンジンに比べ繊細な出力制御が要求されましたが、燃料と酸化剤の比を一定に保ちつつ流量制御する特殊な供給機構の開発により解決されました

D.サターンⅤの開発;
連邦航空宇宙局(NASA)が開発した世界最大のロケット(全長・総重量・搭載量)で、6年間で計13機のサターンVを発射し、その間大きな事故は一度も起こしませんでした
サターンVは、サターン・シリーズの旗艦ロケットです。ウェルナー・フォン・ブラウンの指揮の下、ボーイングノース・アメリカンダグラスIBM等、米国が誇る航空、ITに関わる巨大企業が開発作業を分担しました。アラバマ州ハンツビルのマーシャル宇宙飛行センターにおいて開発が進められましたが、最終的にそれらを引き取り、組み立てる作業はボーイングが行いました

以下、カッコ内の数値はサターンⅠBとの比較です
第1段の構造・性能;
全長:全長は42.0m(+16.5m)、直径:10.0(+3.4m)、エンジン:F-1/5基(Δ3基)、推力:3,460トン+2,531トン)、推進剤:ケロシンと液体酸素(同じ)
*エンジン5基のうち中央の1基は固定されており、ジンバル(首振り)機構が設けられた周囲の4基がロケットの飛行を制御する構造になっています。また加速度を制限する(⇔推力が変わらずに燃料を消費していくとロケットの重量が減少し、結果として加速度が増加して乗員の負担が大きくなるから)ために、中央の1基は発射後2分で燃焼を停止することになっています。更に、周囲の4基のエンジンがトラブルを起こした場合の冗長性/Redundancyの役割も担っているものと考えられます

第2段の構造・性能;
全長:24.9(+7.1m)、直径:10.0m(第1段と同じ;+3.4m)、
エンジン:J-2(4基;+3)推力:453トン+362トン)、推進薬:液体水素、液体酸素(同じ)
第3段の構造・性能;
全長:17.9m、直径:6.6m、エンジン:J-2/1基(サターンⅠBの2段目と同じ)、推力:91トン、推進薬:液体水素、液体酸素
*第3段目のロケットは、第2段ロケットの燃焼終了後から2分半にわたって噴射を行って機体を地球周回軌道に投入します。その後6分の噴射を行って月への軌道に乗せることになっています

サターンVによる打上実績;
*以下の実績で、アポロの発射番号で欠番になっている部分は、文末にある参考の図表をご覧ください
①1967年11月9日(アポロ4号)、サターンⅤの  初飛行。すべての実験が成功
② 1968年4月4日(アポロ6号 ) 、第2段と第3段のJ-2 エンジンに問題が発生
1968年12月21日(アポロ8号)  初の有人飛行。月を周回
④1969年3月4日( アポロ9号)、  地球周回軌道上で月着陸船の有人飛行試験
⑤1969年5月18日(アポロ10号) 月面着陸の予行演習
⑥1969年7月16日(アポロ11号)、  史上初の月面着陸
⑦ 1969年11月14日(アポロ12号)、 無人月面探査機サーベイヤー3号の近くに着陸。発射時に2回雷の直撃を受けましたが、ダメージはありませんでした

⑧1970年4月11日(アポロ13号)、月に向かう途中で機械船の酸素タンクが爆発する事故が発生しましたが、飛行士は月着陸船をあたかも救命ボートとして用い、使用不能になった機械船のエンジンの代わりに月着陸船の降下用エンジンを使って地球に帰還するための加速を行いました。月着陸船は、本来は2人の飛行士を45時間生存させるよう設計されていましたが、あらゆる部分を切り詰めて使用した結果、3人の飛行士を90時間生存させることに成功し、飛行士は無事に帰還しました
⑨1971年1月31日(アポロ14号)  フラ・マウロ高地の近くに着陸
⑩1971年7月26日(アポロ15号)  月面車を初めて使用
⑪1972年4月16日(アポロ16号)  デカルト高原に着陸
⑫1972年12月7日(アポロ17号)  初の夜間打ち上げ。アポロ計画最後のミッション
⑬1973年5月14日(スカイラブ1号)  宇宙ステーション・スカイラブを打ち上げに使用

おわりに

ソ連に先行された宇宙開発競争は、ジェミニ計画からは米国が完全に追い越し、アポロ計画に至って人類が夢見ていた月着陸、地球への帰還という快挙を成し遂げました。この契機となったのは、ネディー大統領の壮大な計画と大胆な財政支援であり、またこの計画をバックアップしたのは失敗を恐れず前に進むという米国民の開拓者精神であったと私は思います
考えてみれば、人類が鳥の様に空を飛ぶという夢を実現した航空機の歴史も似た様な経過を辿りました(ref:航空機の発達と規制の歴史)。幾多の事故に怯むことなく、原因を追究し飽くなき挑戦を続けていくこと以外に進歩はあり得ないという事であろうとおもいます

ネット情報を丹念調べていくと、失敗についての記事は、ソ連、ロシアからは余り見つからない(←多分隠している)のに対し、米国の宇宙開発途上での失敗(緑字の下線付きの部分参照)は数多く見つけることが出来ます。米国はこうしたチャレンジの結果としての失敗に実に寛容な国であると思います
翻って日本の宇宙開発はどうか、昨年から今年にかけて良型イプシロンロケット、H3ロケットの打上失敗がありました。強く非難する論調は無かったものの、開発担当者の落胆ぶりを見ると悲しい気持ちになります。これに対して宇宙開発用の大型宇宙ロケット「スカイシップ」打上の失敗では、スペースX社の開発担当者やオーナーであるイーロンマスクの表情は明るすぎるほど明るいものでした。恐らく未知の領域へのチャレンジとは、こういう心構えと財政的な余裕が必要なのかと気づかされました

革新的な設計を行っているイプシロンロケット、H3ロケットの開発
も、米国流でやるのであれば、地上でのテストとは別にペイロードを載せる前にまずロケットシステムのみの実射テストを行うべきではなかったか(まあ予算による制約も大きかったんでしょうね)? でも、ペーロードを載せての失敗はもっと失うものが大きかったような気がします

Follow_Up:2023年5月25日日経新聞記事_「H3」2号機、衛星載せず打ち上げへ リスク抑え性能確認

宙開発競争の歴史

以下のデータはネット上で検索を行って纏めたものであり、全てをカバーしている訳ではありません。また、軍事目的に関わる打上実績は敢えてピックアップしてません;

 

 

ロケットに関わる基礎知識と日本のロケット開発の歴史

はじめに

Follow_Up:準天頂衛星に関わる最新情報
(注)上記をクリックすることによりにジャンプできます

見出しの写真は、現代のロケットの原点とも言えるV2ロケットの実際の発射時の写真と、その構造です。このロケットは第二次大戦終盤に、劣勢に陥りつつあったナチスドイツが起死回生のミサイルとして開発しました。ヨーロッパにおける主要な敵国であるイギリスの首都ロンドンに対しては1,252機も発射されたものの着弾は517機に止まりましたが、極めて高速での垂直に近い着弾だったため迎撃はほぼ不可能であり、ロンドン市民の恐怖感は尋常ではなかったと言われています
参考:V2の前にドイツは V1を開発しイギリス攻撃に使っていました

ただ、この V1というミサイルはロケット推進ではなくパルスジェットエンジン(楽器のハーモニカの様な構造のジェットエンジンです;原理は右図参照)で推進しており、速度、高度は航空機と変わりないので、戦闘機や対空砲で容易に撃墜することが可能でした

V2は。制御がしやすい液体式(燃料:アルコール、酸化剤:液体酸素)であり、ジャイロを使った自動制御機構で弾道飛行を行うなど、現代の長距離ミサイルと基本のシステムはそう変わりない程の先進的なロケットでした。従って、1945年5月のドイツ降伏後、米国とソ連はこのロケットを鹵獲すると共に、開発に携わったドイツ人の技術者を本国に連れ帰り、両国のミサイル開発に従事させました。この中には米国のアポロ計画を主導したウェルナー・フォン・ブラウン(過去、ナチス党員であったことが知られています)が含まれています

一方、日本も第二次大戦末期に、日本近海に迫った米国機動部隊の艦船を攻撃する為の兵器として特攻を前提とした「桜花」が開発されています。この機体は一式陸上攻撃機に吊るされて攻撃目標近くになって発射される固体燃料のロケットで、終戦まで755機製造され55名の特攻隊員が命を落としています

以下に第二次世界大戦後の日本のロケットの開発状況を辿ってみたいと思います。ただ、ロケットの開発がミサイルの開発のベースになっていることは明らかですが、可能な限り宇宙開発用のロケットを対象にすることとします

ロケットの性能について

1.各種の人工衛星、宇宙船のミッションに関わる性能
人工衛星にはその目的によって投入する軌道(各種の人工衛星軌道については次章参照)や重量が異なります。また宇宙船も目指す目的地までの距離(例えば月、火星、小惑星、など)や重量がが異なります。従ってこれらの目的に沿ったロケットの開発が行われており、その性能に関わる重要なパラメーターは以下の様になります;
① 推力及びその継続時間
<参考> 推力を表す単位
通常、推力を表す単位にはニュートン(標記「N」:物理学者アイザック・ニュートンから名称が付けられました)が使われますが、定義は以下の様になります;
 @質量1kgの物体に1m/s2の加速度を与えるのに必要な力が1N(ニュートン)
一方、地上で「質量1kg」の物体を手に持った時に感じる下向きの力を通常1kgと表現しますが、物理学ではこれを「1キログラム重(1kgf/Kirogram・Force」と表現しています。例えば、地上で3,000トンの船を持ち上げるには地上では重力加速度9.8m/s2が働いていますので、
 @3,000トンx 9.8m/s2 = 3x 103x1000kg/トンx9.8m/s2
  = 3x 106kg x 9.8m/s2 = 29.4x106ニュートン  
となります。しかし、私のブログでは見慣れないお単位を使うよりは、慣れた単位の方が直感的に理解しやすいと考え、上記の例の場合推力3,000トンと表現することにしています

② ミッション達成に必要な最終段の速度(第一宇宙速度、第二宇宙速度,第三宇宙速度;「宇宙に関わる基礎的な知識」参照)
③ 一段のみか、二段式か、三段式か
④ 軌道制御能力
⑤ 経済性

2.推進剤に関わる性能(比推力
ロケットやジェットのエンジンは、プロペラとは違って、大量・高速の流体を噴射することにより推進力を得ています。何故これで推進力を得られるかはニュートンの第二法則で説明できます(詳しくは私のブログ「宇宙に関わる基礎的な知識」をご覧になって下さい)
ジェットエンジンが大気中で作動する(⇔燃焼に必要な酸素を空気から得る)のに対し、ロケットエンジンは、真空中でも作動させねばならないので燃料の他に酸素を供給する酸化剤が必要になります。ただ、小型の宇宙船などで使われるイオンエンジンは、帯電させた粒子を電気(⇔太陽電池や原子力を使って得る)で加速して噴射させますので酸化剤は不要になります

ロケットやジェットのエンジン性能(燃費効率と言い換えることもできます)とは、いかに少ない推進剤(燃料+酸化剤)で所要の推力を持続できるかと言う事ができます(推力の大きさそのものとは別です)。
現在、この性能の指標として一般に使われているは比推力( specific impulse)と言います

比推力の定義

① 推力 = 単位時間当たり噴射される燃焼ガスの運動量(kg m/S2)
ニュートンの第二法則(⇔力は単位時間当たりの運動量の変化変化率に等しい)
② 推進剤の重量流量 = 質量流量(kg/S)x 重力加速度(9.8m/S2
*9.8m/S2の意味は:地球の重力のもとで物を落下させると毎秒9.8mづつ速度が増加します。つまり自由に落下させると1秒後には秒速 9.8m、2秒後には 9.8x2=秒速19.6mの速度、3秒後には、、、、
 比推力 = ① ÷ ② (単位:秒)
⇔ 単位質量の推進剤で単位推力を発生させ続けられる時間(単位:秒)

例えば;
1,000kg/Sの質量流量の推進剤が秒速2,000m/Sで噴射されたとすれば

① 推力 = 1,000kg/S x 2,000m/S =2 x 106 kg・
m/S2
② 推進剤の重量 流量= 1,000kg /S x 9.8m/S2
③ 比推力 = (1,000kg/S x 2,000m/s) ÷ (1,000kg/S x 9.8m/S2) = 204秒

推進剤による比推力の比較
ロケットエンジン;
固体燃料ロケット:200–300秒
液体燃料ロケット:300–460秒
参考:「H-ⅡA」の先進的な第一段ロケット(LE7Aは液体水素・酸素を燃料にしています)の比推力は445秒です

ジェットエンジン、レシプロエンジン
(酸化剤は空気中の酸素);
ターボジェットエンジン2300–2900秒
レシプロエンジン3500–5500秒

イオンエンジン
::数千秒~1万秒
*燃焼ではなく電気で噴射する粒子を加速するので酸化剤は不要であり、噴射速度を早くできますので効率は非常に良い。しかし大きな推力は出せないので惑星間飛行など長時間推力を出し続けられる場合などに使われます。特に「はやぶさ」など惑星間飛行を行う時の軌道修正時などに適しています

人工衛星の軌道に関わる基礎知識

静止軌道(Geostationary Orbit)とは
地球の自転の周期(24時間)と同じ周期で公転していることから、地上からは、空のある一点に静止しているかのように見えます。ただ実際には、地球の重力場が一様ではない事と、太陽輻射圧や月の引力の影響があるため、静止衛星の位置は少しずつずれてゆきます。これを補正するために静止衛星は定期的に軌道制御を行っています。従って静止衛星の寿命は、概ね軌道制御用燃料の搭載量で決まり、寿命末期には静止軌道から、さらに高度が高い軌道に上昇させて廃棄し、静止軌道を空けることが国際条約により定められています
静止軌道は、放送衛星通信衛星気象衛星などに用いられています

極軌道(Polar Orbit)とは
極軌道とは、北極・南極の上空を通過する軌道です。地球表面上の全範囲を観測できるので、地図作成地球観測衛星気象衛星、偵察衛星などでよく用いられています

尚、偵察衛星は高い解像度の可視光カメラ、夜間でも撮影可能な赤外線カメラ、レーダーなども装備しており、しかも解像度を上げる為に低高度を周回する様になっているため一般に希薄な空気の影響を受けて寿命は短いのが普通です

太陽同期軌道(Sun-synchronous Orbit)とは

極軌道の一種で、地球の場合、平均すると地球の公転と同期するように軌道面が変化するため、太陽光線と軌道面とのなす角がほぼ一定となります

 

 

GPS(Global Positioning System)の軌道とは
各衛星は、高度20,200km、軌道傾斜角55度、周期12時間の準同期軌道上にあり、各衛星は60度おきで、6種類の軌道面毎に4個が配置され、合計24基で地球全域、24時間カバーできるようなっています。これらの軌道配置によって、遮蔽されない限り地上のどこからでも6ヶ以上の衛星が同時に視界に入る様になっています

準天頂衛星の軌道とは
GPS衛星を使って利用者が位置の測定するには、常に4機以上のGPS衛星から信号を受信することが必要です。また、高精度な測位には8機以上からの受信が必要になります。しかし、日本では山間部や、高層建築物が立ち並ぶ都市部が多く、利用者位置から見た可視衛星数が少なくなり、測位精度が落ちたり、不可能となる場合があります。これを補う為に、日本の上空を常時1機以上は見通せることができるようにする為に地球の自転と同期した24時間で一周する楕円軌道に3機の衛星を配置し、常に1機の衛星は日本の天頂付近を通過する様にしています。この様な軌道を準天頂軌道と言います

Topics:2025年2月2日:H3ロケット5号機で準天頂衛星「みちびき6号」の打ち上げ成功


筆者(荒井)は、打上当日 JAXAの提供する実況中継を観る機会があり、以下の様な追加の知見を得ました;
① 打ち上げ後、1段目及びSRB(固体補助ロケット)は燃焼が終わった後切り離し、2段目に点火。その後秒速 約8kmに加速した後2段目のエンジンを一旦停止して、慣性飛行に移行。その後再び2段目を点火しました。そのまま秒速 9km以上まで加速した後衛星(みちびき6号)を切り離しました ⇒ オーストラリア南方海上上空を近地点(衛星の速度が9km以上)、日本上空を遠地点(衛星の速度が遅い)とする楕円軌道を周回することとなりました
② この結果として、適正な間隔で準天頂衛星を打ち上げると(最終的に7機を予定)、日本上空付近に常に4機が集まり、残りの3機が日本からは見通せない軌道上に居る状態を維持することが出来ることになります
③ この時の赤道面に対する軌道傾斜角は約43度、飛行高度はオーストラリア南方海上で約3万2千km、
日本上空で約4万 km、軌道周期約24時間となります
④ 衛星が日本上空を通過する時、地上から見える衛星の軌跡が8の字になる理由は、地上にある日本は24時間で一周する一定の自転速度で動きますが、衛星が地球に向かう軌道上にある時は地球の自転とは無関係に地球に対してやや東側に飛行しますが、近地点に戻る時は地球に対してやや西側に向かって飛行しますので、地上から衛星を見ると軌道が日本上空で左右にズレ、8の字のような軌道をたどる様に見えることになります

準天頂衛星「みちびき」の今後の利用計画;

現行のGPSの精度は10メートルの誤差がありますが、準天頂衛星「みちびき」を利用すると、この誤差が1メートルと一気に精度が上がります。また、天頂付近に衛星が集まっていますので、山間部やビルに囲まれた都市部での受信が改善されます。今後の利用方法については「内閣府・宇宙開発推進事務局」の情報をご覧になってください
最新情報は以上

Follow_UP:2023年4月_「極超音速」ミサイル対処へ衛星実験_政府が宇宙基本計画の改定案

日本のロケット開発の歴史

国産ロケット開発の歴史については、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 / Japan Aerospace Exploration Agency)のネット上の資料(「国産ロケットの系譜」)から多くを引用しております。

1.糸川英雄による日本のロケット開発の曙
戦後日本のロケットの開発は糸川英雄博士によるペンシルロケットから始まりました
糸川英夫は1912年7月20日、西麻布で生まれました。東京帝国大学に入学後、工学部航空学科に進み。1935年卒業後は中島飛行機(株)に入社しました。ここで、名機と言われる「97式艦上攻撃機」、「一式戦闘機・隼」、「二式戦闘機・鍾馗の開発に携わりました

戦後、東京大学生産技術研究所に勤務し、航空及び超音速空気力学研究班(Avionics and Supersonic Aerodynamics)を組織し、ロケットの開発に着手しました
以下にその足跡を辿りますが、敗戦国日本が現在は宇宙開発の最先端を走っているのは彼の功績によるものが大きいと思います。そうしたことから、2010年、世界に先駆けて日本の宇宙船「はやぶさ」が小惑星探査にチャレンジし、サンプルを持ち帰ってきた小惑星を「イトカワ」命名されたことはむべなるなと思います

ペンシルロケットからベビーロケットへ

① ペンシルロケットからベビーロケットへ
ペンシルロケット開発を着手した時、東京大学と共同開発を行った富士精密(株)は乏しい予算しか無かったため、最初のロケット実験機は(右写真の一番右)直径1.8cm、長さ23cm、重さ200グラムの正にペンシルの様なロケットでした。
しかしおもちゃの様に小さいとはいえ、航空機の設計と同様にロケットの重心と飛行中に作用する空気力の中心(「空力中心」といいます)を実験により確認しつつ形状や、材料の設計を行ってゆきました
1955年4月、国分寺にロケット発射の実験場を設置し、最初は水平に発射し各種データを測定する際、関係官庁・報道関係者立ち会いのもとで、試射が行われました。当時、レーダーが手に入らなかったことも水平発射実験に繋がったものと思われます

試射で撮影された飛行状況;

この実験により得られたデータを基に、より大型のペンシル300ロケットとベビーロケットの開発に着手し、その実験場を日本海に面した秋田県・道川としました

秋田県・道川の発射場の全景

この発射場(秋田ロケット実験場)では、ペンシル300ロケットとベビーロケットの発射実験を行いました
ペンシル300ロケットの到達高度600m、水平距離700m。飛翔時間は16.8秒でした
1955年8月末から9月にかけてベビーロケット(直径80mm、長さ約1,200mm、重さ約10kg)も沢山打ち上げられました

② カッパロケットの開発
*カッパロケット以降は、アルファベットの頭文字が名前につけられているものの、読み方はギリシャ語の発音です(カッコ内はギリシャ文字) ⇒ K:カッパ(κ)、L:ラムダ(λ)、M:ミュー(μ)、イプシロン(ε;イプシロンだけは何故か「 E」を使いません?) 

日本における糸川英雄のロケット開発は、1957年~1958年にかけて計画された国際地球観測年(IGY/International Geophysical Year)の日本における宇宙観測を担う役割を負うことになっていました
IGYでは、当時未だよく分かっていなかったオーロラ大気光(夜光)宇宙線地磁気氷河重力電離層経度・緯度決定気象学海洋学地震学太陽活動など12項目について世界各国で協力して観測を行う事になっていました。ソ連邦と米国も、IGYのために初期の人工衛星・スプートニク1号と米国のエクスプローラー1号を打ち上げて観測に協力しています。IGYの主な成果は、バン・アレン帯の発見、中央海嶺、プレート・テクトニクス説の確認などがあります

バンアレン帯とは
地球の磁場にとらえられた、陽子(陽子線)、電子(ベータ線)からなる放射線帯

 

IGYの観測を行う為にに1955年の10月からこれまでより高い高度への飛行と観測機器の搭載の為にこれまでより大きなロケットが必要となることからカッパロケットの開発が始まり、実験場も新たに近くに建設されました。1956年9月、K-1ロケットの初飛行が行われ高度10kmを達成しました

K-1ロケットからK-6 ロケットへ

しかし、この高度ではIGYのミッションを達成できないことから、燃料の改良(圧縮成型⇒コンポジット推薬)及び機体の軽量化を行い、二段ロケットのK-6が完成し、1957年9月の打ち上げで目標の高度60kmを達成しました。この成功から日本は世界の宇宙開発の仲間入りを果たしたのです。カッパ6は21機打ち上げられました

2. その後の日本の固体燃料ロケット開発概観
ペンシルロケット以降、現在までの日本が開発した固体燃料ロケットは以下の通りです;
(注)上表中のLEOは「低軌道 (Low Earth Orbit;地球表面からの高度2,000km以下)」、SSOは「太陽同期軌道(Sun-Synchronous Orbit;前章「人口衛星の軌道に関わる基礎的な知識」参照) 」を意味します

固体燃料ロケットの構造

固体燃料ロケットの構造は、右図の様に固体の燃料と酸化剤を混ぜてロケット本体に充填したロケットであり、発射する時はロケット内部の燃料へそのまま点火します。ロケット本体が燃焼室を兼ねており部品点数が少なく、構造が簡単で安価に製造できる利点があります。また、固体である燃料・酸化剤は化学的に比較的安定した性質の物質からなり、製造後の点検がほとんど必要ないまま長期間保管でき、即応性に優れています(⇔ミサイルに適している)。一方、燃焼の制御が難しく、点火後に燃焼の中断や再点火、推力の調整を行うことは原理的に非常に難しく、またロケット本体は燃焼室となることから燃焼圧力と温度に耐える様強い強度が必要になります

上表の各ロケットにより達成されたミッションは以下の通りです;
① ラムダロケット
1970年2月11日、3回の失敗の後にラムダロケットL-4S(上表左端;写真は以下)により日本初の人工衛星「おおすみの打ち上げに成功しました。名称は打ち上げ基地があった大隅半島に由来します。この成功により日本はソ連、米国、フランスに次ぎ、世界で4番目の衛星打ち上げ国となりました

② ミューロケット
ラムダロケット以降、ミューロケットが開発され各種ミッションをこなしながら集大成として完成したのがミューロケット第5世代の「M-V」ロケットです
以下は「M-V」で達成したミッション一覧です;

                                         M-Ⅴの打上実績

③ イプシロンロケット
ミューロケットは多くのミッションを達成しましたが、高コストであったために2006年に廃止されました。その代わりに開発された固体燃料ロケットがイプシロンロケットです
参考:イプシロンロケットの基本形態は全段固体の3段式ロケットですが、液体エンジンの「PBS(ポストブーストステージ)」を4段目として搭載するオプションが用意されています。これを使えば、投入高度の誤差は±20km程度と、液体ロケット並みの精度が実現できます。PBSは液体エンジンと言っても、M-Vの姿勢制御用エンジンと同じような1液式エンジン(燃料はヒドラジン)です

イプシロンロケットは2010年から開発を始め、2013年9月に試験1号機が打ち上げられました。その後の打ち上げ実績は以下の通りです

*2021年11月・日経記事イプシロン5号機打ち上げ・衛星9基搭載

2022年10月日経記事イプシロン6号機・初の打ち上げ失敗
2022年10月18日、開発を統括している宇宙航空研究開発機構から「イプシロンロケット6号機打上げ失敗原因調査状況」が発行されています
今後失敗原因が特定され、イプシロンロケットの打ち上げが再開されるまでフォローします

3.日本の液体ロケット開発概観
実用の大型衛星を望み通りの軌道に打ち上げるには、正確なコントロールが行える液体燃料ロケットが必要であることから、米国からの技術導入をスタートとして開発が薦められました;


上表中のGTOは「静止トランスファ軌道(Geostationary Transfer Orbit)」を意味し、人工衛星を静止軌道(前章「人口衛星の軌道」参照))に投入する前に、一時的に投入される軌道で、よく利用されるのは、遠地点が静止軌道の高度、近地点が低高度の楕円軌道です

液体燃料ロケットの構造は、右図の様に液体の燃料と酸化剤をタンクに貯蔵し、それをエンジンの燃焼室で混合して燃焼させ推力を発生させるロケットです。液体燃料は一般的に固体燃料に比べて比推力に優れているうえ、推力可変機能燃焼停止や再着火などの燃焼制御機能を持つことができます。また、エンジン以外のタンク部分は単に燃料を貯蔵しているだけで構造は簡単であるものの、燃焼室や噴射器、燃料ポンプなどの機構は複雑です。以下の写真はH2ロケットの第一段のエンジン(LE7)の該当部分のアッセンブリーです;開発の歴史
① 海外からの技術導入(「N-1」~「H-1」)
日本における液体ロケットの開発は、固体燃料ロケットとは別に宇宙開発事業団(NASDA)が担当することになりました。液体燃料のエンジンは構造が複雑で開発に時間も費用もかかり当時の日本には難易度が高かったので、米国の「デルタロケット(ウィキペディア)」の技術の導入を図ることとなりました。
最初の「N-I」ロケットの開発がスタートしたのは1970年。5年後の1975年には、早くも1号機が打ち上げられ、更に後継の「N-II」の初打ち上げは1981年、現行のHシリーズのベースとなった「H-I」ロケットは1986年と大型化が進められていきました。「N-II」~「H-I」の打ち上げ回数は17回でしたが、全てミッションを達成しました

② 「H-Ⅱ」の開発(「H-Ⅱ」~「H-ⅡA」~「H-ⅡB」
液体ロケットとして、初めて国産化を果たしたのはその次の「H-II」ロケットです。第2段エンジンはH-Iですでに国産のものを搭載していましたが、H-IIではより大きな第1段エンジンも独自開発しました。1986年に開発が始まり、エンジンの爆発事故が起きるなど開発は難航したものの、1994年に試験機の打ち上げに成功した。

しかし、1998年、5号機において、第2段エンジンに不具合が発生。燃焼時間が短かったため、予定した軌道への衛星の投入に失敗してしまいました。その後、必用な改修を行った上で1999年、8号機を打ち上げましたが、今度は第1段エンジンが飛行中に異常停止。衛星を投入できる見込みがなくなったため、ロケットは地上からの指令で爆破されました。純国産ロケットは2機連続失敗という窮地に立たされました。H-IIは8号機の成功を前提に7号機の打ち上げを予定していましたがこれをキャンセル、既に1996年より開発が始まっていたH-II改良型の「H-IIA」ロケットの開発に注力することになりました
参考:2000年5月18日に出された「H-Ⅱロケット8号機打上げ失敗の 原因究明及び今後の対策について

海底で発見された8号機のLE7エンジンと、破損したターボポンプのブレード

その後「H-IIA」、「HⅡ-B」は高い信頼性を確立し、各種の重要ミッションを遂行しました(下表参照)が、コストの高さが問題になりました。多少の違いはあるもののH-IIAの打ち上げ費用は、1機あたり約100億円であり、他のロケット先進国の商用衛星打上競争で顧客を獲得するには、次世代の「H3」の開発を待たねばなりませんでした

③ H3ロケットの開発
H3ロケット(コンセプトを根本から見直したロケットであることを示すため、「H-Ⅲ」ではなく敢えて「H3」としたそうです!)は、日本の次世代の大型ロケットとして2014年から開発がスタートし、開発目標は打ち上げ価格を「H-Ⅱ」の半額となる約50億円を目標にしています

また、幅広い打ち上げ能力要求にシームレスに対応するため、固体ロケットブースター「SRB-3」の基数や、第1段メインエンジン「LE-9」の基数、衛星フェアリングを各種選択できる仕様となっています;おり機体形態は「H3-a、b、c」で表します;
H3-a:第1段メインエンジンの機数(2基、3基)
H3-b:固体ロケットブースターの基数(0、2基、4基)
H3-c:フェアリングのサイズ(W:Wide/L:Long/S:Short)

日本中の大きな期待を乗せて2023年3月7日、種子島宇宙センターから打ち上げられましたが、第1段目は順調に飛行したものの、第2段目が着火せず失敗に終わりました。事故原因の究明はこれから始まりますが、失敗に至る経緯については事故翌日に発行された「H3ロケット試験機1号機の打上げ失敗について」をご覧ください
H-Ⅱ 8号機の失敗と異なり、今回は電気系統の故障が原因と言われていますので、原因究明が済めば再挑戦の機会は意外に早く来るのではないかと私は期待しています

参考:現在世界各国で運用されている宇宙開発用ロケットとの能力比較
JAXAのサイトで、現在運用されている宇宙開発用ロケットとの能力比較に掲載されている宇宙先進国の大型ロケットの性能比較は下図の通りです(海外ロケットの性能については2018年の米国連邦航空局/FAAの資料によります)。尚、表中に無い現在開現発中のH3ロケットの場合、「アリアンⅤ」並みの打ち上げ能力を確保できることになっています(詳しくは「JAXA H3 ロケット」をご覧ください)

おわりに

日本のロケット開発は戦後の苦しい経済事情の中で始まったものの、関係者の努力で世界の5強に連なっていることは日本人として、一宇宙ファンとして大変誇りに思っています。偶々、昨年末のイプシロン6号機の失敗、今年3月のH3ロケットの失敗と続きましたが、日本の技術の力をもってすれば間違いなく近い将来日本の主力ロケットとして活躍を始めると思っています
ただ少し心配なのは、2月末のH3ロケット打上の時に、メインエンジンは着火したもののブースターが着火せず打ち上げを延期した時の開発責任者が、記者会見で涙声になっていた(私も不覚にも貰い泣きをしてしまった!)のはちょっと心配です。イプシロンロケットの4段目、H3メインエンジンの先進性は、世界の最先端だと思っており、今回の失敗位でめげてはいけないと思います。両ロケットとも近い内に再打ち上げが行われ成功することを信じています

以上

日本農業の未来

はじめに

2022年2月に始まったウクライナ戦争で、小麦粉やトウモロコシなどの穀物の流通が妨げられた為に、これらの輸入穀物に頼っているアフリカの貧しい国々で食糧危機が起こりました。穀物の大生産地が戦争に巻き込まれた時、あるいは気候変動や害虫(主にバッタ)などにより著しく穀物生産量が低下した時には、必ずどこかの国(多くは人口が多い貧困な国)で食糧危機が発生します。日本においても戦後の一時期、荒廃した国土と併せ、海外に居た軍人・軍属、海外に居留していた日本人の約660万人が帰国し深刻な食糧危機に見舞われました。この時、米国のガリオアエロア基金による食糧援助が無ければ、多くの餓死者が発生した可能性がありました

そんな訳で、日本を取り巻く政治・軍事情勢が緊迫の度を増している状況下(日中関係特に台湾海峡危機、日ロ関係、北朝鮮の核・ミサイルによる挑発)、日本の農業の現状とその改革の方向性について、少し意見を述べてみたいと思います

以下の文章で青色の斜体で書かれている内容は私自身の見解です

日本の農業の現状

第二次大戦後、日本においては国が主導した
① 復員農民による開墾事業の実施(昭和村など)
干拓事業に実施(八郎潟など)
自作農創設特別措置法による生産意欲の高い農民が生まれた事
農業技術の向上
などの農業政策により農業生産量が急激に増加すると共に、
⑤ 国の経済力の向上により食料の輸入に困らなくなった事
により、これまで食料危機の様な事態は発生しておりません。しかし、その実態は結構厳しい状況にあります。因みに、カロリーベースでの食料自給率(注)は、なんと現在40%前後まで低下しております;
(注)カロリーベース総合食料自給率とは(農林水産庁の定義);
基礎的な栄養価であるエネルギー(カロリー)に着目して、国民に供給される熱量(総供給熱量)に対する国内生産の割合を示す指標です

この原因は、日本が豊かになるにつれ国民の嗜好が洋風化し、肉類・乳製品の需要が高まった結果、日本の畜産・酪農、養豚、養鶏の生産量は増加したものの、その飼料の大部分を輸入に頼った事、またパン食、パスタなどの洋風麺類などの需要拡大によって国産可能な主食穀物である米の需要が減って、小麦の需要が増加しこれを輸入に頼っていること、などが考えられます

一人当たり年間消費量_農林水産省

尚、日本の農業の生産性・自給率などについて詳しい説明は、2018年1月発行の私のブログ「年の初めのためしとて~」の農業、林業、水産業の未来という項目の「1.農業の分野」にも調査結果を記載してありますのでご覧になって下さい

また、農地の有効活用の面では農民の高齢化に伴う耕作放棄地の増加人口減少に伴い過疎地も全国に分布する様になりましたが、特に山間地区を中心とする過疎化が顕著になって来ています。こうした状況下で日本の食をどう守るかについて、ネット上の情報に加え、恥ずかしながら私自身の知見、アイデアなども開示してみる事にしました

こうした状況が農業政策の失敗から生まれたことは、2008年に発行された東京財団上席研究員・山下一仁氏の寄稿「日本の食料自給率はなぜ低下したのか」をご覧になるとよく分かると思います

世界規模の不作や戦争による基幹食糧のサプライチェーンの混乱に伴う食糧危機にどう対応するか — 石油危機の歴史に学ぶ

回のウクライナ危機で食糧危機に見舞われている開発途上国は、食糧自給が出来ない為に起こっていると考えられます
戦後の日本においては幸いなことに危機的な食糧危機は戦後の混乱期のみですが、戦後主要なエネルギーを石炭から石油に急速に変えていったことから、エネルギーの自給率が極端に低下(20%前後)した時期に所謂「オイルショック」が起き、大混乱を招きました。日本がこの危機から脱出する過程から学ぶことがあると思いますので、この歴史を振り返ってみることにします

*以下は資源エネルギー庁のホームページから情報を得ています
第一次オイルショック(1973年10月~1974年8月)
原因
*第一次オイルショックは、1973年10月に第4次中東戦争が勃発し、アラブ諸国を支援するOPEC(石油輸出国機構)が原油の供給制限輸出価格の大幅な引き上げを行った結果発生しました。国際原油価格は3カ月で約4倍に高騰しました。これにより、石油消費国である先進国を中心に世界経済は大きく混乱。石炭から石油へと舵を切り、エネルギーの8割近くを輸入原油に頼っていた日本も大きな影響を受けました

日本が被ったインパクト;
原油の値上がり ⇒ ガソリンなどの石油製品の値上げ物価の上昇と急激なインフレ⇒ 1974年度の日本の成長は戦後初めてマイナス成長高度経済成長の終焉
鉱工業生産指数:+8.1% ⇒ Δ7.2%
パニック現象:日本全国のスーパーの店頭からトイレットペーパーや洗剤が消えました。「石油供給が途絶えれば、日本は物不足になるのでは?」、そうした不安から「買いだめ・買い占め」、「売り惜しみ」、「便乗値上げ」などが見られました

国が行った対策;

① 「石油節約運動」として、国民に「日曜ドライブの自粛」、「高速道路での低速運転」、「暖房の設定温度調整」などを推奨
② エネルギー政策を強力に牽引する行政機関として、当時の通商産業省内に「資源エネルギー庁」を新設

*エネルギーの安定的な供給を確保することが国の将来を左右する最重要課題であるとの認識から以下の基本的施策が実行に移され、この基本的な考え方は、現在にも受け継がれています。日本が世界に誇る省エネの歴史も、ここから始まりました
① 1973年に「石油需給適正化法」を制定。石油の大幅な供給不足が起った場合に需給の適正化を図る目的で、国が石油精製業者などに石油生産計画などの作成の指示ができる様にしました
② 長期的な視点から石油備蓄目標などを定めました。1974年度中に60日分の備蓄を実現。1975年には「石油備蓄法を制定し、民間備蓄を法的に義務付け、「90日備蓄増強計画」をスタートさせ、1978年には、国家備蓄を開始しました

<参考> 2023年1月における石油備蓄の現況については資源エネルギー庁資料「石油備蓄の現況」をご覧ください

③ 1979年に「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」を制定。工場や輸送、建築物や機械などについて、効率的なエネルギーの利用に努めるよう求めました
④ エネルギー源の多様化を進め、石油依存率を下げる目的で、1980年には「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律(代エネ法)」を制定。石油に代わるエネルギーの開発・導入を打ち出しました

こうしたことから、石油代替エネルギーとして注目を集めたのが原子力発電です。自国にエネルギー資源を持たないフランス、日本、韓国は「準国産エネルギー」(原発の燃料となるウランは一度輸入すれば燃料リサイクルにより長く使用できるため、国産に準じるエネルギーとして位置づけられるの比率を高める必要性を認識していたため、原発の導入が進展しました。1974年には、原発の建設を促進するため、発電所の立地地域への交付金を定める法律なども整備されました

尚、先進各国のエネルギー自給の状況については私のブログ「地球温暖化と日本のエネルギー政策」を参照してください

第二次オイルショック(1978年10月~1982年4月)
1970年代末から1980年代初頭にかけて、原油価格は再び高騰しました。OPECが1978年末以降段階的に大幅値上げを実施、これに1979年2月のイラン革命や1980年9に勃発したイラン・イラク戦争(1980年9月~1988年8月)の影響が重なり、国際原油価格は約3年間で約2.7倍にも跳ね上がりました。これに伴い日本でもまた物価上昇が起こり経済成長率も減速しましたが、第一次オイルショックの反省と、その後に行った国の施策により国民も冷静な対応をとり、社会的な混乱は生じませんでした

日本の農業政策に、上記のエネルギー危機対策の参考にすべきポイントは以下ではないか、と私は考えます;
国家による食料・家畜飼料の生産と備蓄を国家主導により行う

農業に適した日本を見直そう!

日本は中緯度のモンスーン地帯にあります。従って農業に欠かせない雨量については申し分ない状況にあります。因みに日本全国平均の年間降水量は、1850mmですこれに対して世界の著名な穀倉地帯;
では雨量は意外に少なく、ウクライナの年間平均降水雨量は565mm、米国の穀倉地帯(Great Plains)では年間平均降水雨量は約890mmから250mm程度と、乾燥した地域で、時折旱魃に見舞われることがあります。つまり、日本の農業は何処にあっても、ほぼ水の心配がいらない(干ばつによる飢饉が起こりにくい)農地で行われています
ただ、夏になっても日本付近に太平洋の高気圧の張り出しが弱く、そのため気温が低く、日照時間も少ないことから北日本の稲をはじめとする夏作物が実らない災害が発生することがあります。また、北海道にあっては、オホーツク海高気圧に覆われ日照はあるが、気温が上らず、冷害となることもあります。ただ近年では、冷害に強い品種改良が進むと共に、気象の長期予測の精度の向上、地球温暖化の進行などにより冷害の頻度は低くなっています

こうしたことから、日本は食料自給率を向上させる努力は必要であるし、また戦争直後の様な国民一丸となった叡智を結集すれば「外的要因による食糧危機」を防げると私は思います

耕作放棄地の活用について素人の考えを展開してみました!

1.自国農業保護に関わるルール
戦後の日本の経済的は目覚ましい発展を遂げ、海外の安い食料を簡単に輸入することが出来る国になりました。こうした状況下で、競争力の高い工業製品に対する貿易障壁を低くする為に、自国農業の保護を目的とする農産物の輸入制限にはGATTウルグアイ・ラウンドにより一定の制限が設けられる事になりました
<参考> ウルグアイ・ラウンドとは
1948年に発足したGATT(General Agreement on Tariffs and Trade/関税 および貿易に関する一般協定)は、1970年代までに7回の貿易・関税交渉を行い、関税引下げなどに自由貿易の推進に一定の成果をあげてきました。しかし、1980年代に入って、各国で保護主義の動きが高まり、また商品貿易以外の国際取引が増加するなど、国際貿易を巡る状況の変化によって、あらたな交渉の必要性が生じてきました。そこで、第8回目の貿易交渉として始まったのがウルグアイ・ラウンドです。この協議ではサービス貿易や知的所有権の扱い方、農産物の自由化などについて交渉が行われました
この中で、農業分野の交渉が難航し、将来的に全ての農産物を関税化に移行させること、及び最低輸入機会(ミニマム・アクセスを決定するにとどまり、完全な自由化には至りませんでした
1986年から1995年にかけて行われた、GATT・ウルグアイ・ラウンドにおいて、このミニマム・アクセスの農産物への適用が義務づけられ、初年度は国内消費量の4%、その後6年間で8%まで拡大することが義務付けられています。
政府は1999年に、コメの関税化へ方針転換し、コメの枠外関税を、2000年(平成12年)に341円/キログラムに設定し、関税を払えば、誰でもコメを自由に日本へ輸入出来る様にしました。これにより、ミニマム・アクセス米の輸入量は、2000年には本来8%(85.2万トン)であるところを、2000年には76.7万トン(7.2%)を関税無し(免税)で受け入れることになりました

2.耕作放棄地の現状
上図(農林水産庁の資料)を見れば明らかな様に、耕作放棄地が増加し、逆に耕作適地であるものの、耕作が放棄されている土地がハイペースで増加しています。耕作放棄地の面積は上図(2015年)の段階で42.3万ヘクタール(因みに私の住んでいる埼玉県の総面積は38万ヘクタールです!)に達しています(ネット上を色々探してみましたが、現在の農林水産省の最新の調査結果は2015年版の様です)
農林水産省は、この耕作放棄地を二つのカテゴリーに分けています;
① 遊休農地:相当程度農地と使われず放置されている農地

② 荒廃農地:長期間農地として使われず、荒廃している農地

農林水産省は、こうした耕作放棄地が発生した要因は以下の様に考えています;
①  農業就業者の7割を占める60歳以上の世代が高齢化等によりリタイアし、農地などの経営資源や農業技術が適切に継承されず、農業の生産基盤が⼀層脆弱化してきた
②  高齢化が進む中、山間地域を中⼼に農村人口が減少し、農業生産のみならず地域コミュニティの維持が困難になり離農者が増加している

こうした状況を改善する為に国では幾つかの取組を行っています;
A.農地バンク;
2014年農林水産省は、全都道府県に農地中間管理機構(通称「農地バンク」)を設立し、中立な立場で農地の貸し・借りを円滑に進める役割をさせています。耕作放棄地の所有者や高齢などの理由によりリタイアしたい人など、「農地を貸したい」という人から農地バンクが土地を借り受けます。そして、新規就農希望者や農業参入を希望する希望などに貸し付けを行っていますB.国及び地方自治体の交付金
国が行う「耕作放棄地再生利用緊急対策交付金」は、重機を使った再生作業費用の半分(沖縄県は2/3)を支給。また耕作を行った初年度には10アールにつき2.5万円の助成が受けられます。また、地方自治体を含め土地の再生や耕作の再開にかかるさまざまな費用が助成の対象になっています
現在、こうした制度によって幾つかの成功例も報告されています:耕作放棄地の再生例_農林水産省

C.飼料用米の増産
2019年3月に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画の概要全体網羅型であり構造的な変革についてはあまり具体的な目標は掲げていない印象/私見!」において、主食用の米からの作付転換が比較的容易であり、日本の畜産業にとっても安定的な経営にも寄与することから、「飼料用米の生産拡大」を目標として掲げ、2030年度の飼料用のコメの生産努力目標を70万トンに設定しています

発想の転換!

ただ、こうした従来までの行政の延長では、広大、且つ増え続ける耕作放棄地と低下しつつある食料自給率の矛盾は解消しそうにもないと私は思います。そこで、オイルショック後の経産省が行った大胆な取り組みを参考にして、敢えて国家が全面的に介入して耕作放棄地の再利用と食糧増産を結びつけることを考えてみました

1.耕作放棄地を使って、穀物の増産がどれだけ期待できるかの試算
概算を行う為に、主要穀物(コメ、小麦、トウモロコシ、大豆)の単位面積当たりの統計資料を調べてみました;
上表をみてまず吃驚するのは、農作物の生産性の最も重要な指標である単位面積当たりの収量が、農業先進国と比べて意外に低いことです。恐らくこの原因は、二期作が行える気候か否か、農薬の使用量の多寡、遺伝子組み換え品種を利用するか否か、化学肥料の多寡、などの違いが大きいと思いますが、日本人が食味に拘る傾向が強く、生産性は高いものの味の悪い穀物は栽培していないことも大きいと思います
しかし喫緊の課題は、日本人が小麦と同じほどに摂取する様になった肉類の生産に必要な飼料となる穀物の生産です。従って、単位面積当たりの収量だけにフォーカスしてもいいはずです

そこで、平均的な国の単位面積当たりの収量をグラフから読み取り、これに日本の耕作放棄地の面積(42万ヘクタール)をかけて、どれほどの穀物が生産可能か概算値(日本の飼料用穀物の輸入量と比較する為の概算値)を出してみました;

一方、最近の飼料用穀物の輸入量は1300万トン程度を推移しており(詳細は「近年の飼料穀物の輸入状況」をご覧ください)、為替動向や流通の混乱に大きな影響を受けるようになっています。特に最近の飼料価格の高騰は、ウクライナ戦争による流通の混乱と円安による二重のインパクトよるものであり、飼料の国産化は急務であると私は考えています。その意味で、耕作放棄地の飼料用作物への転用、備蓄の推進は、オイルショック時と同様に国策として進めるべきであると考えています

素人!の試案;
①  耕作放棄地を「農地バンク」の様な個人の熱意に期待する中途半端な仕組みではなく国が積極的に買い取る(国有農地とする)
②  この国有農地を飼料専門の耕作地とし、最新の技術(ドローン、ロボット、GPS、AIを駆使する農業)を駆使した効率的な運営を行い、コスト低減と同時に単位面サキ当たりの収量向上を目指す

③  耕作放棄地のうち「荒廃農地」に分類される土地については、敢えて牧草地とし、牧草の収穫あるいは主に輸入に頼っている羊や山羊の放牧地として活用する
⇒  国がサイレージとして貯蔵する⇒  国が必要な設備投資を行う
サイレージ(Silage)とは:牧草や飼料作物など高水分の飼料を適度な水分を保ったまま密封し、乳酸発酵を主とする嫌気的発酵(サイレージ発酵)を行うことで貯蔵性を高めた飼料
スイスに於いては、殆ど全てが傾斜地であり、そこで酪農を発展させてきたことを考えると、日本の山裾の「荒廃農地」は牧場とすることに何ら問題が無いと思われます

④  飼料の国際価格が下がったり、為替相場が円高になったタイミングを狙い積極的な飼料備蓄を行う
⇒  国がカントリーエレベーター、備蓄用サイロなどの設備投資を行う

カントリーエレベーターとは : 穀物の貯蔵施設の一種のことです。巨大なサイロと穀物搬入用エレベーター、穀物の乾燥施設及び調製施設などからなります

⑤  国際飼料相場が高騰したタイミングで備蓄飼料を放出し、国内の飼料価格の安定と結果としての畜産業の経営安定化を図る

2.酪農危機に対する対応
現在日本の酪農家が直面している最大の問題は以下の通りです;
(参考)  2022年2月1日時点での乳牛の飼育状況

①  乳用牛配合飼料の価格は2022年12月時点で1トンあたり10.1万円。1年間で22%上がり、2020年同月比で4割も高い水準になっています。農林水産省によると、2020年の1頭あたりの生乳生産費は約45%を飼料費が占めていました

②  これまで、生まれた子牛は1頭10万円程度で引き取られる貴重な収入源でしたが、ホクレン農業協同組合連合会(札幌市)によると、北海道のホルスタインの子牛(オス)1頭あたりの価格は2023年1月時点で平均約2万円以下で取引されています
⇔  子牛の需要が激減していることは、酪農家が赤字経営を避ける為に経営規模の縮小に走っていることだと思われます

③  生乳は痛みやすく生産と消費の調整が難しい商品である一方で、学校給食の需要が大きい為に夏休み・年末年始期間は供給過剰になります。また今回のコロナ禍では長期間にわたって自宅学習が続いた為に大量の生乳が廃棄を余儀なくされる状況になりました
⇔  生乳を長期保存可能な加工品(バター、脱脂乳・チーズなど)として貯蔵する仕組みが欠如している結果だと思われます。ただ、加工品は輸入品との価格競争が激しいため国は「原料乳生産者補給金」を支出してサポートをしているものの、生乳の売上単価対比で原料乳の単価が30%以上下がるので売上が原価を割る事態になる事を覚悟する必要があります

素人!の試案;
①   ロングライフ牛乳の普及により学校給食による需要の変動を吸収する
牛乳の消費量が多い海外では、大容量で賞味期限が非常に長いロングライフ牛乳が当たり前となっています。今までの殺菌温度より高温にすることで、2~6ヶ月も常温保存ができるようになっています

<参考> ロングライフ牛乳は通常の要冷蔵の牛乳と以下が異なっています

A.  特殊な容器の使用通常の紙パックの内側にアルミ箔を追加(結果として4層構造になる)した容器を使用するか、海外では一般的になっている光を通さないペットボトルを容器として使用します
*現在、日本ではこのペットボトルの容器を生産していません
B.  特殊な殺菌方法:ロングライフ牛乳では130~150度で1~3秒殺菌を行う「UHT(Ultra high temperature heating method)滅菌法」が行われています。この方法では牛乳の中の菌類はほぼ死滅します。たんぱく質の変性はある程度あるものの、優れた保存効果が得られます(参考:フランスの事例
因みに、これ以外の殺菌方法には「低温保持殺菌(LTLT法)」、「高温短時間殺菌(HTST法)」があります

私自身で、味に違いがあるかどうかを確かめてみました!       ⇒

私の鈍感な味覚ではいつも飲んでいる成分無調整の牛乳と区別がつきませんでした。また日本でも九州ではよく呑まれている様です
(ref:レタスクラブ

②  乳製品製造に特化した中小企業を国が支援して育成する
この企業のイメージとしては、日本に多数存在する酒造メーカー群です。酒と言っても日本酒、焼酎、ウィスキー、ワイン、ビール、等々、沢山種類があると共に、大企業に混じって頑張る中小メーカーも日本全国に沢山あり、夫々に特徴ある企業運営をしています
元々、酪農発祥の地(欧州が中心)では、昔から続く小企業が独特の製法、味でブランドイメージを作り上げ頑張っています。最近は日本でもチーズを中心とする結構高価な様々な乳製品が輸入されて売られています
<参考> 乳製品の種類
下表(農畜産振興機構より)をご覧になると、主な乳製品の輸入量が年々増加していることが分かります

これまで日本では、大きな乳業メーカーにほぼ独占されていた乳製品の製造を、国のサポートを基に生まれる中小企業が実施することとなれば、上表の輸入分が置き換わることとなり、酪農家の生乳生産量も増やせることになると私は考えます

また上表の輸入飲用乳には、濃厚なジャージ種の生乳も含まれていると思われますが、こうした付加価値の高い乳牛は、前節で触れた「荒廃農地」での羊や山羊の飼育と同時に行えば、日本の過疎化した山間地にスイスの様な景観を作り出す事が可能と思われます。日本においても阿蘇の広大な草地での放牧風景が日本の各地に生まれるかもしれません(夢の観過ぎか!)

おわりに

毎日朝食時にコップ一杯の牛乳を楽しんでいる私は、昨年末の「5千リットルの生乳廃棄か?」、「高く売れない子牛を餌が勿体ないので屠殺している」というニュースに驚くと同時に、憤慨いたしました。その後、色々酪農関係の資料を読むうちに、煩雑な農政の仕組みに驚くと同時に乳価の決まる仕組みなど、日本は本当に資本主義国か?と思いました

過去、米価が農協と行政の間で、選挙絡みで決まっていくことに疑問を感じていました。また、最後の国主導の干拓事業である八郎潟干拓が終わって意欲ある農民が入植した直後に、減反を迫られ、憤慨した農民達は農協のくびきから逃れ、美味しいコメを自由販売する道を選んだことに拍手喝采したことを思いだしました

憤慨する気持ちを整理する為にこのブログを書きましたが、我ながら「全く素人臭いアイデアであるな!」と思います。読者の方々の中には、もっといいアイデアがをお持ちの方もいらっしゃると思います。出来たらそうしたアイデアを私に内緒で?教えて頂けたら嬉しいなと思う次第です、、、、、

Follow_Up:農林水産省は2018年にコメの生産量を調整する「減反政策」を廃止したものの、現在も主食用のコメから飼料米や麦、大豆などへの転作に補助金を出す事実上の生産抑制策が残っています
Follow_Up:2023年1月27日・President Onlineに以下の様な記事が出ていました。着眼点がやや異なるものの結論は同じです:牛乳は捨てるほど余っているのに

<参考>
2024年度後半から、コメ不足に伴う米価の高騰が続いていたことがあり、私の学生時代の親しい友人達で行っている意見交換会の内、最近2回(2025年5月と7月の例会)でこの問題を取り扱いました。私は、このブログをベースに以下の様な資料を配布して私の意見を述べました;
戦後の食糧供給に関わる制度の変遷
日本の農業の現状と改革試案

以上

宇宙に関わる基礎的な知識

宇宙とは

 宇宙について概論を語るには私は知識及び理解力の面で無理があります。何故なら凡そ100年前にアインシュタインが発表した「一般相対性理論」を理解できなければ本当の意味で宇宙を理解するのは不可能だからです因みに、アインシュタインがこの理論を発表した時、これを直ちに理解できる人は「当時天才と言われたフェルミなど数人しかいないだろう」と言っていた事を聞いたことがあります
その後、この理論で予言したことが実際の観測結果で証明されるようになるまでには相当の時間がかかりました。因みに、アインシュタインが予言した空間のゆがみが光の速さで宇宙空間に伝播するという「重力波」の存在を実際に直接検出することは、2015年9月14日まで待たなければなりませんでした(アメリカの重力波望遠鏡 LIGOとヨーロッパの重力波望遠鏡 Virgoの研究チームによる観測結果)


てな訳で、以下の説明や画像は大半書籍や新聞、ネット情報の受け売りという事になりますが、お許しいただければ幸いです

1.宇宙の成り立ち
どうしてそんな事になるか分かりませんが、およそ137億年前、何もないところに宇宙のタネが生まれ、すぐに急激に膨張し、引き続き大爆発しました。これを「ビッグバン」と言います

               ビッグバン後の宇宙の姿

今から46億年前(ビックバンから約90億年後)に宇宙の様々なガスが集合して太陽が誕生しました。太陽誕生をきっかけとして太陽系ができ、その後太陽を中心とする沢山の惑星が誕生しました。誕生の順序は以下の通りです;
① 水星、金星、地球、火星の誕生
② 木星、土星の誕生
③ 天王星、海王星の誕生

<参考1>
宇宙マイクロ波背景放射(CMB:Cosmic Microwave Background)とは;
天球上の全方向から観測されるマイクロ波であり、そのスペクトルは2.725K(ケルビンという温度単位;-270.425℃に相当)の物体の発するスペクトルに極めてよく一致しています。このCMBの放射は、ビッグバン理論について現在までに得られている最も確かな証拠と考えられています。CMBが1960年代中頃に発見されたことで、定常宇宙論はじめとするビッグバン理論と対立する説への興味は失われていきました
<参考2>
ブラックホール(Black Hole)とは;
 最も速い光(秒速約30万km)でさえも脱出できないほど重力が強いとされる天体を意味します。従って、光では観測することができず、宇宙に空いた黒い穴のように見えることから名づけられました。すべての質量が「特異点」と呼ばれるきわめて狭い領域に押し込められ、周囲の時空間が大きく歪んでいると考えられているブラックホールの場合、脱出速度が光速を上回ります。ブラックホールの外からやってきた光も強い重力で進む向きが曲げられてしまい、ある距離まで近づくとブラックホールから脱出することができなくなるとされています。

光さえも出ては来られないブラックホールそのものを直接見ることはできませんが間接的に観測することは可能です。ブラックホールの強い重力に引き寄せられたガスなどの物質は、吸い込まれつつもブラックホールの周囲を高速で周回する「降着円盤」を形成します。円盤とはいいますが、その中心にはブラックホールが存在するはずなので、実際には幅の広い輪のような構造をしていると考えられています(右上の写真は理論的に考えられた想像図)。この降着円盤は光(電磁波)を放つので、その様子を詳しく観測することで、ブラックホールの性質を調べることができるのです。また、物質の一部をブラックホールから「ジェット」として放出しています。ジェットも光(電磁波)を放つので、観測することが可能です

2019年4月、国際協力プロジェクト・Event Horizon Telescope(EHT)は、楕円銀河「M87」の中心にある超大質量ブラックホール周辺の撮影に成功したことを発表しました。EHTから公開された画像を見ると、オレンジ色で示されたリングのなかにぽっかりと黒い穴が空いているように見えます

ブラックホールが生まれる原因の一つに、巨大な質量の恒星(太陽の質量の8倍以上)が寿命の最後に超新星爆発を起こして外層が吹き飛ばされ、残された中心部分の質量が太陽の約3倍以上だった場合、自身の重力で収縮する重力崩壊が止まらなくなった結果、ブラックホールが誕生すると言われています

 

 

 

恒星の一生とブラックホール

Follow_Up:2023年4月日経「ガス噴出を伴うブラックホール 国際チームが撮影

2.宇宙の果ては?
宇宙はその誕生以降も膨張し続けていると言われていますが、宇宙は広大であり、現代人の科学技術をもってしても観測可能な宇宙は宇宙全体のほんの一部に過ぎません。宇宙の全体像が分からないということについては、科学者の間ではさまざまな意見があり議論が交わされているようですが、「宇宙が無限なのか有限なのかも分からない」ということにもなります
2016年3月、米国のハッブル望遠鏡による分光分析により「GN-z11」という銀河系宇宙(gakaxy)を発見しました;

ハッブル望遠鏡によって発見された一番遠い銀河系

この銀河系の見かけの距離は134億光年(注1)でしたが、膨張し続けている宇宙(地球から遠ざかっている)の正確な距離を計算するための「赤方偏移(注2)」で補正すると実際の距離は320億光年ということになります

(注1)光年とは
 秒速30万キロメートルの速さの光が1年間に到達する距離を言います(宇宙の距離はこの尺度で比較されることが多い;太陽から地球迄の距離は凡そ1億5千万km、従って太陽から発せられた光が地球に届くのは8.3秒後という事になります)。134億光年の距離ということは、ビッグバン直後に生まれた天体を今見ていることにもなります
参考:太陽系の中での距離の単位で天文単位( Astronomical Unit )というものがあります。これは太陽から地球迄の距離(凡そ1億5千万km)を一単位とするものです
(注2)赤方偏移(Red Shift)とは
主に天文学において、遠ざかりつつある遠方の天体から到来する光の波長が、ドップラー効果遠ざかるパトカーのサイレンが音が低く聞こえる現象と同じ)によって長くなる(つまり波長の長い赤色に偏移する)現象を言っています。 赤方偏移による波長のずれは、天体の光を分光し、フラウンホーファー線(下図の黒い縦線)を比較することによって調べることができます

太陽光のスペクトルのFraunhofer_lines

フラウンホーファー線:
太陽光等の連続した光のスペクトルにおいて、ところどころに生じている暗線のこと。光源から観測地点までの間に存在する様々な物質が、特定の波長の光を強く吸収するために生じると言われています。
観測した遠方の銀河系の光のスペクトルと太陽光のスペクトルのフラウンホーファー線を比べ波長が長い方にシフトしていることは、高速で遠ざかっていることを意味します

ところが、昨年(2022年4月)GN-z11よりもさらに遠い約135億光年(実際の距離は約334億光年)離れている可能性のある銀河候補の天体「 HD1 」が発見されました。また、この年の7月、ハッブル望遠鏡の後継となる巨大な宇宙望遠鏡「James Webb」が稼働を始めましたので、今後更に遠い宇宙が観測できるものと期待しています
参考:2022年7月・日経記事_「宇宙最初の星」に迫れ

宇宙の研究に功績のあった人々とその成果

宇宙」という言葉は一般にコスモス(cosmos/ギリシャ語)、ユニバース(universe/ラテン語)、スペース(space/英語)などに対する共通の日本語訳です。夜空に輝く星座や恒星、惑星にギリシャ神話に登場する神々の名前が付けられ、それが現在も尚継承されている事を考えると、現在の天文学の起源は、天空の精密な観測を基に科学的に解き明かそうとした(古代ギリシャでは天文学は数学の一分野として扱われていた)ギリシャの哲人(ピタゴラス、プラトン、他)であると考えてよさそうです
その後キリスト教がヨーロッパ全土に広がっていった結果、天文学は神学の世界に取り込まれ科学的な研究が行われなくなってしまいました。この状況が一変するのは14世紀から16世紀に亘るルネサンス時代でした。ルネサンス(Renaissance/「再生」「復活」などを意味するフランス語)とは、ギリシア・ローマ時代の文化を復興しようとする運動の事ですが、この時代に以下の様な天才が登場し、現代の天文学の基礎を確立しました

1.ニコラウス・コペルニクス(1473年~1543年;現在のポーランド出身)
① 1510年頃 「コメンタリオルス」という同人誌で太陽中心説(地動説)をはじめて公にしました
② 1542年、「天球の回転について」の草稿を書き上げ、その中で地動説を基にして実際に星の軌道計算も行いました
*その後脳卒中で倒れ、1543年に死去(70歳)しますが、「天球の回転について」の校正刷りは彼の死の当日に仕上がったと言われています
[豆知識] コペルニクス的転回という例えがよく使われますが、これは物事の見方が180度変わってしまう事を比喩した言葉です。 コペルニクスが天動説を捨てて地動説を唱えたことにたとえています。ドイツの哲学者カントがその著「純粋理性批判」の中で自らの認識論を特徴づけた言葉だそうです

2.ヨハネス・ケプラー(1571年~1630年;現在のドイツ出身)
*ケプラーの考えた数学的モデルは、ピタゴラス、プラトンが考えていたモデルに近いといわれています
ケプラーの法則
第一法則:惑星は太陽を1つの焦点とする楕円軌道を描く
第二法則:惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は一定である
第3法則:惑星の公転周期 T の2乗は、楕円軌道の半長軸 a の3乗に比例する

3.ガリレオ・ガリレイ(1564年~1642年;現在のイタリア出身)
① 1597年 ケプラー宛の手紙で、地動説を信じていると伝えました
② 1604年頃、落体の運動法則(軽いものでも重いものでも真空中であれば同じ速度で落ちること)を発表

③ 1609年オランダの望遠鏡の噂を聞き、自分で製作(ガリレオ式望遠鏡;屈折式望遠鏡)、これを使って月を観測し月が天体であることを理解すると共に、月面のクレーター、太陽の黒点などを発見
④ 1610年、天体観測により木星の4個の衛星を発見
⑤ 1613年、太陽の観測を基に「太陽黒点論」を発刊

*1515年頃から天動説を主張する教会との間で争いが起きる

4.アイザック・ニュートン(1642年~1727年;現在のイギリス出身)
*ニュートンは力学(下記A、B)、数学(微分・積分法)、光学(光の粒子論)の3つの分野で偉大な業績を残した天才科学者です
A.質点に関する運動の法則;
第一法則(慣性の法則:すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける
②  第二法則(ニュートンの運動方程式:物体の運動状態の時間変化と物体に作用する力の関係を示す法則
⇒ 質点の加速度を(速度の変化率)は、その時の質点(物体)の質量を、これに作用する力 Fとすれば、これら間の関係は以下の数式の様になります
F = ma 微分方程式で表すと  (注)m・vは運動量
第三法則(作用・反作用の法則:二つの質点(物体)1、2の間に相互に力が働くとき、質点2から質点1に作用する力と、質点 1から質点2に作用する力は、大きさが等しく、逆向きである(押すと押し返され、引っ張ると引っ張り返されること;この原理から運動量保存の法則が導き出されたり、力の定義を行ったりする重要なものです)

B.万有引力の法則;
 地球上において質点(物体)が地球に引き寄せられるだけではなく、この宇宙においてはどこでも全ての質点(物体)は、互いに 引き寄せる作用(引力、重力)を及ぼしあっています。この引力は両質点の質量の積に比例し、両質点の距離に反比例します。式に表すと以下の通り;

m1、m2 :質量(kg)、
r:距離(m)、F引力(ニュートン)とすると
万有引力係数:G=6.67×10-11実測値

Episode 1
 私が航空学科の大学院に進学し、「飛行力学」の勉強を始めた時、担当教授に最初に言われた事は「飛行力学を研究する上で相対性理論や量子力学は不要、必要なのはニュートン力学と熱力学の完全な理解である」でした。後で理解したのですが、確かに相対性理論は、物体の速さが光速よりも十分遅く、重力が十分に小さい(地球レベル)条件下ではニュートン力学で十分近似されます。また、量子力学の結果は、対象物体の質量を大きくした極限では、ニュートン力学の運動方程式の解と一致します。従って、人工衛星や惑星探査までを含む宇宙航行の運動の予測を行う際には、ニュートン力学を用いて十分な精度で計算できる場合が多いと思われます

ニュートン力学で説明できる事あれこれ

ニュートン力学を理解していれば、以下の様な様々な事がうまく説明できます

1.人工衛星は何故落下しないか?
実は、人工衛星は落下し続けているんです! 人工衛星を打ち上げる時は、大気圏外まで打ち上げ、その後重力の方向に対して直角に秒速7.9km以上(第一宇宙速度:下記参照)まで加速すると、その速度は大氣の抵抗が無いので「慣性の法則」で減速すること無く飛び続けます。しかし進む方向は重力によって下向きに変えられますが、地球は丸いので落下せずに元の位置に戻り、回り続けることが出来る訳です

同じ理屈は、「ISS(国際宇宙ステーション)に乗っている宇宙飛行士が何故地上に落下しないで宇宙遊泳が出来るか」という説明にも使えます。宇宙飛行士はISSから出た段階では「慣性の法則」によりISSと同じ速度と方向で運動を続けますのでISSと宇宙飛行士の相対位置は維持されます。ただ船外作業中に宇宙飛行士がISSに何らかの力(作用)を加えると「作用・反作用の法則」で宇宙飛行士はISSから遠ざかっていき、ISSに戻れなくなる可能性がありますので、命綱などが必要になります(ref:ISSの船外活動

尚、上記の人工衛星にする為に必要な速度(第一宇宙速度)の他に、地球の引力圏を脱出して太陽の周りを廻る惑星にする為の速度(第二宇宙速度)、太陽系から脱出して宇宙の彼方まで飛行する為の速度(第三宇宙速度)があります。夫々の速度は範囲は以下の通りです;
第一宇宙速度約 7.9 km/s (= 28,400 km/h)以上第二宇宙速度未満
第二宇宙速度約 11.2 km/s(40,300 km/h)以上第三宇宙速度未満
第三宇宙速度約16.7 km/s (60,100 km/h) 以上

2.ゴルフ(野球)でボールを遠くに飛ばすには遠心力使う事が必要?
こんな事を言うコーチや解説者がいますが、これは全くの間違いです。遠心力の「心」は回転の中心、「遠」は遠ざかるを意味します。つまり中心から遠ざかろうとする「力」を意味します。つまりこの遠心力は、仮にゴルフのヘッド(野球のバット)に人が乗っているとしたら(おかしな設定ですね!)その人が回転の中心から遠ざかろうとする様に感じる「架空の力」なのです
この架空の力はゴルフのヘッド(野球のバット)が回転することによって回転の接線方向に進もうとする運動(この運動方向に当ったボールが飛ぶ)を、無理やり回転の内側に引張っている(シャフトを通じて人の力で引っ張っている⇔「求心力」といいます)ことの反作用なのです

Episode 2
 私の経験ですが、台湾駐在のときに買ったゴルフ道具がいい加減で、練習場に行ってドライバーを渾身の力?で打っていたら、ヘッドがすっぽ抜け、ボールと同じ方向(回転円弧の接線方向)に飛んで行ってしまいました。もし、遠心力が架空の力でなく本当にヘッドに働いていればヘッドは回転の外側に飛んでいくはずですね
野球でも同じことが確認できます。打者がバットを強く振りボテボテの内野ゴロを打った時、偶にバットが手から離れることがありますが、この時バットも内野ゴロ?で投手を襲う光景が見られます!

3.月や惑星への飛行は極めて長距離なのに、宇宙船には多くの燃料が積まれていないよう思われるが、大丈夫なのか?
前述の通り、人口衛星を打ち上げた時と同様、真空中を飛行している時は地上の様に空気抵抗は無いので「慣性の法則」により飛び続けることが出来ます(⇒燃料は不要)。ただ、何もしなければ他の天体に引き寄せられて激突する可能性があります

一方、意図的に他の天体に近づき、その公転速度を利用して加速する技!があります。これをSwingby(立ち寄るという意味)といいます。但し、正確に他の天体に近づく必要がありますので、その軌道に入るまでの進路の調整に多少の燃料が必要になります。最近の事例では、日本が誇る?「はやぶさ2は目標の小惑星・リュウグウ(火星と木星の間にある)に接近する時にこのSwingbyの技術を使っています
月の公転速度を利用したSwing By;

 

 

 

 

火星飛行の際の月と地球の引力を利用したSwing By;

 

 

 

 

 

 

Episode 3 漫画「機動戦士ガンダム」にも登場するラグランジュ・ポイント
以下は、ラグランジュ・ポイントについて図を使って分かり易い説明を行っている「ホーキング織野のサラリーマン宇宙を語る」から抜粋しました

 ホーキングという名称は、恐らく2018年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)で亡くなった天才物理学者のスティーブン・ホーキング博士のことを指しており、内容も彼の著作(左の写真)から借りた?ものと想像しています

 主星の周囲を伴星が公転している場合、伴星の軌道付近に特殊な場所が5つあります。もし、小天体がその場所に入ると、主星と伴星との位置関係を保ちながら安定して公転できますこの場所をラグランジュ・ポイントと呼んでいます
 18世紀半ば、スイスの数学者・天体物理学者オイラー(1707年~1783年が、主星と伴星を結ぶ直線上に、物体が安定して存在できる三点を計算によって導きました(オイラーの直線解)。その後、フランスの数学者ラグランジュ( 1736年~1813年)が、主星と伴星を一辺とする正三角形の頂点も安定していることを発見し、5つの特異な点が存在することが分かりました。この天才の名前を取ってこの5つの特異点をグランジュ・ポイントと呼ぶようになりました
主星が太陽で伴星が地球の場合;

 L1は、地球から太陽に向かって150万キロメートルの空間にあります。
月の軌道半径は38万キロメートルなので、L1は、月よりも約4倍遠い位置になります。常に太陽の手前にあるので、L1は太陽観測衛星の設置に適しており、観測衛星SOHO、ACE、WINDが置かれています
L2は、地球から太陽の反対方向へ150万キロメートルの空間にあります。
常に地球の影になるため、太陽光はあたりません。太陽光の影響を避けたい観測衛星に適します。ここには観測衛星WMAP、及びジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡もここに置かれています
 L3は、地球から見て太陽の裏側にあります。。このため、L3を地球から直接見ることはできません。昔から、このL3に未知の惑星が存在するという主張がありましたが、探査機による調査の結果、L3に惑星サイズの天体は存在しないことが判明しています
 L4、L5は、地球軌道上の60度前方がL4、後方がL5です。ここでは、惑星間塵が集まった雲状の天体が確認されています

主星が地球で伴星が月の場合;

 以前、L4 、L5に雲状天体が確認されコーディレフスキー雲と命名されましたが、現在では、コーディレフスキー雲の存在は疑問視されています
 また、L1、L2には、地球と月との位置関係を保ちながら安定して公転できるので惑星旅行の際に携行すべき資材の仮置き場所としての利用も考えられます(知人からの情報)。因みに日本も参加しているアルテミス計画(月基地建設)の最初のミッション(目的:月周回軌道への到達・6日間の月周回・地球帰還の間の安全性の検証;2022年11月16日打ち上げ、12月1日地球帰還)では日本の超小型宇宙船2個が搭載され、所定の軌道に打ち出されました。内 OMOTENASHIについては打ち出された直後から地上と通信できず、11月22日に月着陸を断念しました。一方、EQUULEUSについては今の所順調にL2のラグランジュポイントに向かっています

以上

 

冬野菜あれこれ

はじめに

3年間も続くコロナ禍の中で、家に籠る生活が続きました。こうした状況での一番の楽しみは家庭菜園の農作業です。種を蒔き、育て、収穫して、食べる、この一連の作業に植物とは言え、命との触れ合いがあり、食の楽しみがあり、しかもコロナ罹患のリスクはほぼゼロ! また私の場合、農場は屋上という極めて狭いエリアではあるものの、片道30段の階段の上り下り土の再生、草取り、水遣り、害虫殺害!、エトセトラ、そこそこの運動量も確保できるとあって一石二鳥以上のメリットのある趣味です

ところが昨年5月以降、老人には珍しくもないものの、中々しぶとい病に罹り、検査、治療に明け暮れる日々が続いて農作業も手抜きが目立つ様になりました。しかし、「何とか(ここに慣用語句を入れると拙宅では差別撲滅警察に逮捕される?ので使えません!)とハサミは使いよう」で、あれこれの工夫を積み重ねて、何とか例年通りの作柄を維持できています。以下はそのご報告です

現在収穫中の野菜

1.白菜
種を蒔いて苗を育てる8月下旬以降9月一杯は、手術、入院、禁酒(関係無いか!)で全く作業が出来ず、やむを得ず白菜とキャベツは苗を購入して植え付けました。また、夏野菜収穫後のコンテナの土は手抜き再生で済ませましたが、下記の写真の様にそこそこの出来となりました
① 白菜

1月4日に収穫した白菜は1ヶ2キロ以上ありました(上出来!)
今シーズンから、試しに余った苗を密植して育ててみましたが、これが大成功!
12月初めから収穫し、柔らかい葉はお浸しなどにすると絶品の味でした。また、生野菜サラダにしてもレタスとはちょっと違った食感で中々の味でした。特に芯の部分の歯ごたえも中々いい感じです

2.キャベツ
病の為か?青虫の捕獲・殺害が思う様にできず、一部の株は虫食いになりました。しかし、12月の寒波襲来のお陰で結果として収穫時のキャベツは十分に成長出来ていました

1月4日に収穫したキャベツの虫食いの葉を取り除いて見ればそこそこ立派に育っていることが分かります

 

3.レタス
レタスの種蒔きは8月中旬に終えていたため、自作の苗で必要量を確保できました。12月以降、生野菜サラダの他、中国流に鍋の野菜としても重宝しています

4.ケール
昨シーズン試しに育ててみたら、大成功!沢山食べると共に、潤沢に種が取れました。今年はこの種で育てています。冬の生野菜サラダの材料として欠かせない野菜になりました

5.セロリ
これも昨シーズンの成功から4株に増やして栽培中です。種は勿論自身で採種したものです。冬の生野菜サラダの材料として欠かせない野菜になりました

6.水菜
拙宅の冬野菜の定番です。今シーズンも生野菜サラダ、鍋の具材として常に活躍しています。この野菜は根こそぎ収穫しなければ、後から後から生えて来るので冬野菜の優等生です(ネギの葉っぱが一部存在を主張しています!)

7.各種ハーブ
例年通り、11月以降室内の日当たりの良い出窓で栽培し、必要に応じ料理に使っています
<種類>
セージ、ディル、バジル、パセリ、イタリアン・パセリ、フレンチ・パセリ、ペパー・ミント、オーデコロン・ミント、レモンバーム

尚、冬場は日照時間が足りないので、自作のLEDライトで補っています(赤色が主体の光)」

これから収穫する野菜

1.根菜類
昨年は、底の深い大きなコンテナで栽培していたナスを秋ナス収穫を期待して10月一杯迄栽培していたため、これまで栽培していた青首大根は栽培できませんでした。従って、根菜類は以下の3種類になりました;

ねずみ辛味大根」は大根おろしにして天ぷらの友とするのがベスト。「はつか大根しらうお」と「日野菜カブ」は漬物として利用する予定。「日野菜カブ」については、ネット上のレシピを見ると生食もお薦めの様です

2.野沢菜
今年も漬物用に中型コンテナ2ヶを使って栽培しています;
野沢菜は長野県下高井郡野沢温泉村の名刹薬王山健命寺の八代住職昇天園端大和尚が京都に遊学の際、浪速の天王寺蕪の種子を持ち帰り広めたものと言われています。大きな葉としっかりした茎は有名な「野沢菜漬け」で食べられるのが一般的です。カブの部分は葉に比べると小さいのですが、長野県出身の先輩からの薦めで「粕漬」にした所、大変美味しくいただけることが分かりました

3.ネギ類
長ネギについては、昨年度から自作のネギ用コンテナを止め、最近ホームセンターに出回っている深底のコンテナを使用することにしました。1ヶ約700円と高価ですが、一つのコンテナに2列に植えれば20本栽培できそうなので使用することにしました(6コンテナx20本 ⇒ 120本)。しかし、思惑通りにいきませんでした。原因は恐らく「密植になり過ぎ」となることと、「苗が小さい時に日当たりが悪くなる」為だろうと思われます
細ネギについては12月まで繰り返し収穫(根元からカットすると再び生えて来る)したので、一旦全て掘り上げ、新しい土で植え直しています。春から収穫可能になるはずです

4.タマネギ(二種;生食用と長期保存用)、ペコロス仏語/小さなタマネギ
昨年大成功だったので、今年も同じように植え付け、現在までのところ順調に育っています。ペコロスは恐らく3月下旬からタマネギは5月に入ってからの収穫になると思われます

5.その他
ニラについては、今後一部コンテナを下記のビニールハウスに入れて収穫しようと思っています。残りのコンテナはこのまま冬越しさせて、春からの収穫を目指します
ブルーベリーは昨年枯死したため、二種類(実を多く収穫するには二種類の株を植える必要があるそうです)。ラズベリーブラックベリーは、新しく支柱を建てて枝を誘導する栽培を試みることとしました

発芽・育苗器とビニールハウスを使った葉物野菜の冬季栽培

<発芽・育苗器>
既に6年前から夏野菜の苗を種から発芽・育苗させる為に自作したものを今でも室内で使っています(ref:「夏野菜の発芽・育苗の工夫_①」、「夏野菜の発芽・育苗の工夫_②」。今シーズンは、冬野菜の為の発芽・育苗器を自作してみました。冬場は日照時間が短いので室内のみでは苗を十分に成長させることは無理なので、屋外での使用を前提として制作してみました。基本構造は室内用と同じですが、コンテナの周りを断熱の為に発泡スチロールで覆う事、コンテナの中の水を20~30℃に保つため、熱帯魚用水槽電熱器を大水槽用の200ワットとしました。また、日中の日差しを確保する為に上部を透明のビニール(ゴミ袋を使用)で覆っています。尚、温水にある苗を乗せるトレーは100円ショップで購入できます;
既に運用していますが、上々の結果を得ています。1月1日の朝、拙宅付近の気温はマイナス1℃前後でしたが、コンテナ内の水温を測ってみたところ22℃を保っていました。また日中は天気が良かったこともありトレー上は30℃を越えていました。尚、製作費は約6,600円で収まりました(下記「2022年度の費用内訳」参照)

<ビニール・ハウス>
2020年から始めた冬場のビニールハウス(「秋・冬野菜の現況」)を、今シーズンは規模を拡大して冬野菜を栽培しています。今後、収穫が終わって空いたスペースに上記の発芽・育苗器で育った苗を移植していく予定です;


上の写真2枚は後ろに白壁がある所に設置しましたので壁からの反射で日中は気温が上がり易いのですが、下の写真はテーブルの上に乗せて設置していますので、周囲に迫る寒気を防ぎきれないせいか成長が遅くなっています
左の写真は、中央の写真の中を写したものですが、高菜ホウレン草はもうすぐ収穫できるほど成長しています
尚、ビニールハウスに必要な主な資材は70リットルの透明ビニール(1枚37円)と洗濯ばさみ(100円ショップで格安で大量に?手に入ります)です

2022年度の費用内訳

2022年度の全費用は以下の通りです。赤字となっている項目が、例年と比べて費用増になっています;

以上

ウクライナ戦争が変えた日本の防衛政策

はじめに

以下、「青色の斜め字の文章」は私個人の意見です
見出しの写真は、現在進行中のロシアとウクライナの戦争における象徴的な写真です。2022年2月24日、ロシアの大軍が一方的にウクライナに侵攻してから11ヶ月が経過した現在(2022年12月)、戦争は終結する気配はありません
今回、ロシアが2014年2月27日に実施したクリミア半島電撃侵攻・占領の成功体験をもとに実行されたものの、成功していないのは、以下の様な原因があった為と考えられます;
クリミア半島侵攻の屈辱をバネに、ウクライナの歴史に根差す愛国心が高揚(詳しくは、私のブログ「ウクライナの歴史」参照)し、ウクライナ軍が予想外の反撃能力を示していること(ウクライナに戦う意思がなければ以下の②、③の様なサポートは得られなかったとも考えられます)
NATO、とりわけ米国による継続的な最新武器の供与衛星通信インフラの提供、ロシア側の機密軍事情報の提供などが行われていること
多くの先進諸国が、ロシアによる独立国家に対する宣戦布告無き一方的な侵攻を非難していると共に、ウクライナへの経済的、精神的なサポートを行っていること
クリミア侵攻時、ロシアによる政府機関や民間インフラを狙ったサイバー攻撃が行われましたが、今回の侵攻ではこの試みが成功しなかったこと(←ウクライナ側の防御態勢が構築されていた
ロシアの核兵器による恫喝が、米国及びNATOの核攻撃の潜在力と通常兵力による反撃能力によって、これまでの所抑止できていること
ロシアが保有している兵器が、一部の最新兵器を除き旧式で、米国を中心とするNATOが提供する最新兵器に対抗しきれていないこと

一方、ウクライナにとっても、如何にロシアの苦し紛れの戦術とは言え、無人機による攻撃や砲撃・ミサイルによる病院や民間人の密集居住地域に対する攻撃、ミサイルによる発電所などのインフラ施設への大規模な攻撃占領地域における人道被害は予想外であったと思われます

こうした戦争の実態が世界中に知れ渡った結果、日本を含む多くの国々が、自国の防衛政策を大幅に見直す必要に迫られてきました
特に日本は、軍備拡張と南シナ海・東シナ海への国際法を踏みにじる軍事進出を行い、台湾の武力併合を排除しない姿勢を明確にしている中国と、核兵器開発・ミサイル開発を積極化している北朝鮮、ウクライナ侵攻で明らかとなった国際法を無視するロシア隣国として対峙しており、今回のロシアのウクライナ侵攻の様なことが、現実の脅威として国民に認識され始めていることは間違いのないことだと思われます
こうした事から、現政権はこれまでの防衛大綱の見直しを行う事を明言しており、日米安保条約と、専守防衛を基本とした日本の防衛政策が大幅に変更になる可能性が出てきました
参考:現政権の基本的なスタンスは、2022年11月21日に出された「防衛力に関する有識者会議・報告書」をご覧になると大要が掴めると思います

以下は、専守防衛が国策の基本であり、戦争の当事者には決してならないと信じて来た多くの国民にとって、昨今の報道は吃驚することばかりであり、国民一人一人が投票行動を行うに当たって、防衛政策に関わるこれまでの経緯と、これをどう変えていくのかについてできるだけ正確な情報が必要と考え纏めてみたものです

参考:2022年12月・国際政治学者イアン・ブレマー氏のウクライナ戦争に関する見解

防衛政策の変遷

1.自衛隊の誕生
1945年8月15日に終戦を迎えたあと、1947年5月3日に旧大日本帝国憲法を修正する形で新憲法が誕生しました。この憲法の戦争に関わる重要な部分は;
(1) 前文で(抜粋)
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した、、、
⇔公正と信義の無い国が攻めてくる可能性があることを考慮していない!

(2)憲法9条で、
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

しかし、1950年6月25日、ソ連の支援で誕生した北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が事実上の南北の国境となっていた北緯38度線を越えて侵攻し、既に米国の支援で誕生していた韓国(大韓民国)との間で朝鮮戦争が始まりました。ソ連・中国が支援する北朝鮮軍と、韓国軍及び米国が中心となった国連軍とは、1953年7月27日に朝鮮戦争休戦協定に署名するまで3年間、熾烈な戦いが行われました

この間日本は、戦争を放棄し、戦力を持たないと憲法に定めながら戦争の当事者であるGHQ(General Headquarters/連合国総司令部)の命令により1950年8月10日には準軍事組織である警察予備隊(約7万5千人)が誕生しました。その後、1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約が調印されて日本は独立を果たし、1952年7月には警察予備隊は保安隊に改組されました。
その後、1954年3月8日に日米相互防衛援助協定が結ばれ、日本は「自国の防衛力の増強」という義務を負うことになりました。これを受けて同年6月に自衛隊法と防衛庁設置法が成立し、7月に陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊の管理・運営を行う防衛庁が発足し、保安庁は発展的に廃止されて業務は防衛庁に引き継がれました
国内では、こうした流れは憲法違反となる実質的な「再軍備」であるとして、その後の革新政党や急進的左翼諸派がリードする形で一般市民も加わった国論を二分する論争や騒乱事件が続きましたが、1970年の日米安保条約改定を機にこうした論争、騒乱は概ね収束してゆきました。一方、裁判においても自衛隊は憲法違反であるとの判決は得られず、自衛隊は現在まで存続し(注)、結果として自衛隊の軍事力は、世界の軍事力ランキングで世界第5位となるまで増強されてきました。
(注)こうした経緯について詳しく知りたい方は私の以下ブログをご覧ください:「憲法についての私の見解」、「各党の憲法改正草案をチェックする」、「憲法について考える

2.自衛隊に関わる歴代内閣の発言の変遷
1)吉田内閣時代(1946年~1947年;1948年~1954年)の自衛隊の任務
① 吉田首相は、1946年6月26日の新憲法に関わる国会答弁で「戦争放棄に関する本案の規定は、直接に自衛権を否定はして居りませんが、第9条第2項に於いて一切の軍備と交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄したものであります」と発言しています

② 吉田首相は、1950年1月28日の国会答弁で「いやしくも国が独立を回復する以上は、自衛権の存在することは明らかであって、その自衛権が、ただ武力によらざる自衛権を日本は持つということは、これは明瞭であります」と発言しています

2)鳩山内閣時代(1954年~1956年)の自衛隊の任務
1954年12月22日の衆議院予算委員会での大村精一防衛庁長官の発言;
憲法は自衛権を否定していない
② 憲法は戦争を放棄しているが、「自衛の為の抗争」は放棄していない
③ 「戦争、武力による威嚇、武力の行使」を放棄しているのは「国際紛争を解決する手段としては」ということ。他国から武力攻撃があった場合、武力攻撃そのものを阻止することは、自己防衛そのものであって、国際紛争を解決することとは本質的に異なる。従って自国に対して武力攻撃が加えられた場合、国土を防衛する手段として武力を行使することは憲法に違反しない。しかし、「国際紛争を解決する為」以外の目的で「他国からの武力攻撃」を受けることは常識的にあり得るでしょうか。これはどう考えても私には詭弁としか思えません。

3)佐藤内閣時代(1964年~1972年)の武器輸出に関する答弁
佐藤首相は、1967年4月21日の衆院決算委員会において、以下の場合は武器輸出を認めないと答弁しました;
共産圏諸国向けの場合
国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合
国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合

4)三木内閣時代(1974年~1976年)の武器輸出に関する意見表明
三木首相は、1976年2月27日の衆院予算委委員会において、以下の武器輸出に関する政府統一見解を表明しました;
三原則対象地域については武器の輸出を認めない
⑤ 三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、武器の輸出を慎む
武器製造関連設備の輸出については、武器に準じて取り扱う

4)海部内閣時代(1989年~1991年)の第一次湾岸戦争に伴う自衛隊の役割の変化
1990年8月2日、サダム・フセインに率いられたイラク軍が突如クウェート侵攻し占領後にイラクへの編入を宣言しました。1991年、米軍を中心とした多国籍軍がイラクを攻撃しクウェートを解放しました
独立国家に対する公然とした侵略であり、現在のウクライナ戦争と同じケース。違いはロシアは核兵器保有国であるのに対し、イラクは核兵器を保有していなかった為、多国籍軍を編成することが出来、クウェートを解放することが出来ました

日本は自衛隊の派遣はせず、130億ドルもの戦費等の負担(国民1人あたり約1万円に相当)を行ったものの、国際社会からは評価されませんでした。「Show the Flag」つまり軍隊の派遣無くして同盟軍とは見做されない現実を味わいました。ただ、1991年4月多国籍軍とイラク軍との間の停戦が発効すると、日本はペルシャ湾での機雷の撤去及び処置(掃海任務)を行うことになりましたが、これはあくまで日本の船舶の安全航行の為の通常業務と位置付けられていました

5)宮沢内閣時代(1991年~1993年)のPKO任務に伴う自衛隊の海外派遣
国連による平和維持活動に参加する為、1992年の国会(通称「PKO国会」)で「国際連合平和維持活動に対する協力に関する法律(通称「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律PKO法を制定しました。以後、南スーダン東チモールハイチゴラン高原等、政情不安が続く(⇔危険の伴う)国々に自衛隊が派遣されており、最早海外に於ける日本の自衛隊のプレゼンスは先進諸国の「軍隊」と何ら変わりがない状態になっています

6)小泉内閣時代の(2001年~2006年)の自衛隊の役割の変化
アフガニスタン侵攻
2001年9月11日、米国でアルカイダによる同時多発テロで3千人以上の死者が出ました。アフガニスタンの90%を実効支配していたタリバン政権にアルカイダのテロ実行犯の引き渡しを求めたものの応じなかった為、同年10月米軍を中心とした有志連合は、アフガニスタンの北部同盟と協調して攻撃しタリバン政権を崩壊させました。この侵攻の前には国連安全保障理事会で「このテロ行為は全国家、全人類への挑戦」という国連決議(1337号)を得ており、有志連合は国際連合憲章51条が認めている「集団的自衛権」の発動という立場をとっていましたが、この安保理事会決議には武力行使を行うとは書いていないので集団的自衛権の発動とは見做せないという意見もありました。
日本は湾岸戦争を教訓(Show the Flag)に、2001年年10月に「テロ対策特別措置法(「テロ特措法」)/2年間の時限立法 ⇒ その後「新テロ措置法」として継続されましたが2007年に失効)を制定し、海上自衛隊の艦船をインド洋に派遣し、給油活動及びイージス艦によるレーダー支援を行いました

イラク戦争(第二次湾岸戦争)
湾岸戦争終結時にイラクに課せられた「大量破壊兵器」廃棄義務違反を理由として2003年3月、米軍を中心とする有志連合がイラクに侵攻しました。正規軍同士の戦闘はこの年に有志連合側の勝利に終わったものの治安維持に向けた作戦に失敗し、その後も泥沼化した戦闘が続きました。米軍の全面撤収は2011年末に一応実現したもののシーア派による政権運営が破綻し、イスラム最過激派であるISIS(又はISIL)による地域の支配を許すことになりました。
日本は2003年12月~2009年2月まで自衛隊を派遣しています。これは「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動実施に関する特別措置法イラク特措法)/4年間の時限立法 ⇒ 2007年に2年間の延長を行った」に基づくもので、自衛隊の人員規模約1,000人に達する大規模な派遣(陸上自衛隊はサマーワを基地として約550人、航空自衛隊は輸送任務に約200人、海上自衛隊は輸送艦1隻、護衛艦1隻の乗組員約330人)となりました。国会での論議では自衛隊の活動が戦闘地域か、非戦闘地域かで紛糾しました

上記の通り国会での議論を経てここ15年以上に亘って実質的に自衛隊の海外派遣が行われてきており、自衛隊の存在に関わる違憲性はともかくとして、その任務を「専守防衛」として最後の歯止めをかけてきたことが、厳しい国際情勢の中でたとえ時限立法とはいえ崩れ去っていったことが分かります

7)第二次安倍内閣時代(2012年~2020年)の自衛隊の役割拡大に関わる法整備
新安保法制
衆議院で絶対多数を得た第二次安倍内閣では、2015年、自衛隊の任務を更に拡大し、恒久法として以下の法律群(新安保法制)を制定しました;
① 国際平和支援法案:自衛隊の海外での他国軍の後方支援
自衛隊法改正在外邦人の救出
武力攻撃事態法改正集団的自衛権行使の要件明記
④ PKO協力法改正:PKO以外の復興支援、及び駆けつけ警護を可能とする
重要影響事態法日本周辺以外での他国軍の後方支援
船舶検査活動法改正:重要影響事態における日本周辺以外での船舶検査の実施
⑦ 米軍等行動円滑化法:団的自衛権を行使する際の他国軍への役務提供追加
特定公共施設利用法改正日本が攻撃された場合、米軍以外の軍にも港湾や飛行場を提供可能にする
海上輸送規制法改正集団的自衛権を行使する際、外国軍用品の海上輸送規制を可能とする
⑩ 捕虜取り扱い法改正:集団的自衛権を行使する際の捕虜の取り扱いを追加
国家安全保障会議(NSC)設置法改正NSCの審議事項に集団的自衛権を行使する事態を追加

第二次安倍内閣では、2014年7月1日に、武力の行使を発動する際には以下の3つの用件を満たす必要があることを閣議決定しています;
① 日本または、密接な関係にある同盟国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が発生し、
② これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合、
国際連合憲章に基づき必要最小限度の実力行使を行うことが出来る

新安保法制全体を俯瞰すると、自衛隊の合憲性の議論は何処へやら、集団的自衛権の枠内(国連憲章の枠内ではなく)であれば、起こりうる国際紛争に立法措置無しで自衛隊を運用できるようになったと考えられます

岸田内閣時代(2021年10月~)による防衛政策の歴史的転換

岸田内閣は発足後間もなくロシアによるウクライナ侵攻があり、防衛政策の歴史的転換が必要との判断に至っています

安倍内閣時代に成立した「新安保法制」に基づけば、同盟国である米国が中国や北朝鮮と戦争を始めれば、自衛隊が全面的に米国を支援することは可能ですが、日本が直接攻撃を受けない限り戦闘に参加することはできません。しかし中国や北朝鮮にとって日本は敵国以外の何物でもありません
従って、戦争が全面戦争に変わったきた段階で、日本が直接攻撃を受ける蓋然性は極めて高いと考えられます。
この時、日本の防空力を遥かに凌駕するミサイルの飽和攻撃核攻撃を受けた場合、日本の被害は相当深刻なものにならざるを得ません。こうした事態に対抗する為に、岸田内閣は一歩踏み出すと判断したと考えられます

2022年12月15日、防衛3文書(「国家安全保障戦略(全文)」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「防衛力整備計画の要旨」)を概略以下の様に改定することを閣議決定しました。
参考:2022年12月16日・日経新聞_反撃能力保有を閣議決定 防衛3文書、戦後安保を転換

今回の政策転換の重要なポイントは;
① 敵基地攻撃能力を保持すること
これまで、専守防衛の原則の下に、敵国からの攻撃を防御する兵器を中心に装備を強化してきたものの、ウクライナ戦争において明白になった事は、敵国の攻撃を抑止できない場合、無防備な市民の多くが敵の攻撃のターゲットになってしまうことでした。そこで、敵ミサイルによる「先制攻撃」を受け、あるいは「攻撃着手」が行われた場合に敵基地を攻撃することを可能にする能力を新たに保持することとしています。
この種のミサイルは所謂「スタンドオフミサイル」と言い、日本に攻撃を仕掛けてくる国に対し、敵の射程圏外から攻撃することができるミサイルを新たに導入することとしました。このミサイルは、陸上又は海上の艦船から発射可能で、射程が1,000キロ~2,000キロ程度と言われています

新兵器に対する防御兵器開発能力を高めること
極超音速ミサイルロフテッド軌道を取るミサイル高速滑空弾極超音速誘導弾、無人機攻撃ロボット兵器、などの最新兵器サイバー攻撃に対抗できる防御体制を構築する為には最新兵器開発能力を高める必要があります
近年防衛産業から撤退する企業が目立っていることから、これらの防衛産業に対する財政的な支援の他、国際共同開発などによる開発負担の軽減、防衛産業が相応の兵器生産規模を確保するために武器輸出三原則(既出)の緩和などのバックアップを行う必要があります
また、軍需産業に協力して悲惨な敗戦を招いた反省から、これまで学問の分野における軍事研究には極めて慎重に対応を行ってきました。しかし、最先端の AI(人工頭脳)や量子技術、ロボット開発、などの分野では既に産・学・軍の境界は極めて曖昧になっており、学問側も最先端分野の研究費に枯渇する事態が顕著になってきています。従って、研究分野毎に官側(経済産業省・文部科学省・防衛相)が主導して少なくとも中国、ロシアの兵器開発能力に劣後しない様にする必要があります
参考_1:2017年2月_安全保障技術研究推進制度の廃止要請_署名呼びかけ
参考_2:2017年3月_軍事的安全保障研究に関する声明_日本学術会議
参考_3:2017年3月_研究機関の軍事研究について_藤原正彦
Follow_Up:2023年1月・日経新聞_民生技術の活用で脱「学術会議」

③ 継戦能力を強化すること
大国同士が戦いを始めると、簡単には戦争は終わりません。従って、平時から武器・弾薬の備蓄量をある程度まで確保しておく必要があります。また、戦闘によって破損した装備類(航空機、艦艇、戦闘車両、など)の予備、及び整備体制の構築が必要になります

④ 敵攻撃から一般市民を守るための防護施設、退避訓練を強化すること
平和日本には、こうしたことは必要無いないとして、これまで全くそうした準備を全くしていませんでしたが、攻撃されることを前提として少なくとも命を守る事が出来る防護施設の確保、そこへの退避訓練は必須と考えられます。今回のウクライナ戦争において、ロシアからあれだけミサイル攻撃を受けながら、死傷者数が意外に少ないのはこうした防護施設(ビルやアパート、工場などの地下施設)を平時にあっても準備していたことが大きいと思われます

(参考)私は、1994年~1996年の間、日本アジア航空社員として台湾に駐在しておりましたが、その間に第三次台湾海峡危機が発生しました。当時、旅行者を含めて2万人以上の日本人が台湾に滞在しており、この日本人をどうやって日本に帰還させるかという事で連日他の台湾進出企業、及び大使館に相当する「日本台湾交流協会」の担当者と議論を重ねていましたが、当時解決策が見い出せませんでした
一方、米国は米軍の軍用大型艦船が台湾の東側の港湾(嘉儀など)に待機し、台湾の各都市から米軍及び米国の調達した陸上移動手段で東側の港湾に移動する手配が完了していました。上表の自衛隊法改正案にある「在外邦人の救出や米艦防護ができる」は、現在多くの日本人が海外に滞在している実態を勘案すると極めて重要な改定であると思います

有事となった場合、まず日本にある米軍基地が攻撃対象となることは避けられません。また集団的自衛権を行使する事態となれば、日本の自衛隊基地も恐らく敵の攻撃対象になると思われます
米軍と中国、北朝鮮との戦争は、台湾、韓国と米国との条約から日本の国家意思に関わりなく起こることが考えられることから、少なくとも日本の一般市民の命だけは敵の攻撃から守られねばなりません。これを実現するには、攻撃の対象となり得る施設を防護する手段を確保すること、防護できない場合、老若男女を問わず退避する仕組みを作ることは喫緊の課題であると私は考えます
核攻撃を受けた場合の退避施設などの考え方については、私のブログ「災害のリスクについて考えてみました」の後段の部分をご覧になって下さい

Follow_Up:2022年10月_先島諸島にシェルター設置検討 政府、台湾有事など想定
Follow_Up:2022年12月_台湾、有事対応でシェルター10万カ所整備・人口の3倍超
Follow_Up:2023年1月:シェルター整備に財政支援検討へ

これらの政策変更には大規模な財政支出が伴う事は必須であることから、今後国民的な議論が必要となります。尚、下図にある「防衛費・GDP比2%は、NATO加盟国の水準です)
参考:2022年11月28日経記事_岸田首相「防衛費GDP2%、27年度に」、財源は年内決着

今後の防衛力強化のイメージ

Follow_Up:2022年12月日経新聞:2023年度防衛費_反撃能力で長射程弾整備、研究開発3倍 
Follow_Up:2022年12月日経新聞:防衛省、装備輸出へ基金新設
Follow_Up:2022年12月日経新聞:友好国へレーダー供与_新枠組み・中国にらみ外交手段に幅

補足情報

1.敵基地攻撃能力の保持について
現在自衛隊はこうした武器を保有していないので、以下の様な対応が考えられています;
① 巡航ミサイル「トマホーク」(開発次期により各種タイプが存在する)」を米国から購入して配備する

巡航ミサイルとは:音速以下で飛行(通常推進機構はジェットエンジンです)し、敵のレーダーに捕捉、撃墜されない(地形の凹凸に隠れる)様に地上近くを飛行するミサイル。第一次湾岸戦争では緒戦で使用され、イラク軍の中枢指令部、レーダー基地などがこのミサイルに攻撃され機能を殆ど失ったと言われています
トマホークは既に開発済みであり、極めて早期に導入することが可能。また、これまで迎撃のみの目的で開発されてきた護衛艦、潜水艦、航空機への装備が可能(但し、改修は必要)

Follow_Up:2022年12月23日、トマホーク四百数十発を配備へ 敵基地攻撃の手段に 政府方針

② 国産(三菱重工が開発)の12式対艦誘導弾の能力向上型の開発

このミサイルは上の写真にある様に地上発射型(主に島嶼防衛の任務)となっていますが、この射程を伸ばす(現在の射程は200キロ程度)と共に、護衛艦、潜水艦、航空機への装備が可能な様に改修する計画があります。防衛省や三菱重工からの正式な性能などは公表されていません

2.イージス・アショア導入の破綻とイージス艦2隻追加艦導入決定
2018年、小野寺防衛相が防衛白書の中で、北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威に対抗するため陸上配備型迎撃ミサイル「イージス・アショア」の導入(予算額:訳4,500億円)を打ち出しました
「イージス・アショア」には極めて高性能な地上レーダーがセットになっており、文在寅大統領時代の韓国に導入しようとしたところ、中国が自国のミサイルシステムが丸裸になることを怖れ、強力な経済制裁を加えて諦めさせた経緯があります
一方、日本でも山口県、秋田県の基地に導入しようとしたものの、基地周辺の住民から「ミサイルの一段目(ブースター)が基地外の陸上に落下する可能性があること」及び「敵ミサイルの攻撃対象になること」などの理由から強い反対運動が起き、結果として2020年6月15日、河野防衛大臣は配備中止の決断を下しました
その代わりに、2020年12月18日、日本政府は「新たなミサイル防衛システムの整備等及びスタンド・オフ防衛能力の強化について」と題する閣議決定を行い、その中で、イージス・アショアの代替案について、「イージス・システム搭載艦」を2隻建造し、それらを海上自衛隊が運用すると決定しました

3.イージス艦搭載の弾道弾迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」
2020年11月16日、ハワイ北東沖で最新型の弾道ミサイルシステム「SM3ブロック2A」が、ハワイから約4,000キロ離れたマーシャル諸島の米軍基地から発射されたICBM(大陸間弾道ミサイル)の模擬弾を大氣圏外で撃墜することに成功しました
この「SM3ブロック2A」は、イージス艦に搭載される日米共同開発のミサイルです。日本は三菱重工などの会社が右図のような分担で開発を行いました

 

現在、海上自衛隊が持つイージス艦の内最新型の「まや」のみ搭載が可能となっています。当然、イージスアショアの代りに導入される2隻のイージス艦にも搭載されると思われます

4.F2後継機の国際開発
F2は、航空自衛隊の支援戦闘機F1の後継となる戦闘機として、アメリカのF-16をベースに改良および各部大型化を加えて開発された機体で、1995年に初飛行し、2000年から部隊配備を開始し、現在90機程保有しています
この機体は2030年以降から順次退役が計画されておりその代替となる最新鋭の戦闘機の開発が始められていました。当初、F2と同じく米国との共同開発を計画していたものの、F2の場合と同様、機密情報の開示が十分でなく日本独自の改修が出来ないことが明らかとなり、今回はそうした自由度が発揮できるという条件で欧米各社と折衝を重ねた結果、今年になってイギリス、イタリアとの3国の共同開発で行うことで合意を得ました。開発に参加する各国の企業は下表の通りとなります;参加した日本の企業にとって、開発が終了して量産体制が整えば、日本独自開発に比べ相当数の機体を生産することになり、生産を担う企業にとって十分な利益を上げられると共に、防衛省としても安価な航空機調達が期待できることになります。
また同時に、武器輸出規制緩和の突破口となると思われまう

実験機 ATD-X

尚、日本はF2後継機開発の基礎研究、特にステルス性能(詳しくは私のブログ「ステルス戦闘機とは」をご覧ください)と高性能な戦闘機用エンジンの開発(IHIが行っていた)を行う為に、ATD-Xという実験機を作りテスト飛行を繰り返していました。この実績が他の2国との交渉で有利になったと思われます

一方、英国側の次期戦闘機(テンペスト)のイメージは左の写真の通りです

 

 

5.海上自衛隊護衛艦「いずも」、「かが」の空母化改修とF35Bの導入
海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」、「かが」(いずれも全長248m、全幅38m、基準排水量1万9500トン)はヘリコプター搭載の護衛艦でしたが、「航空母艦」へ改修されることになっています(「いずも」については既に第一段階の改修を終了しています
搭載するる航空機は、航空自衛隊が導入した最新のステルス戦闘機であるF35Aの系列機であるF35B(現在25機導入の計画があります)で、フル装備で短距離離陸し、着陸時はヘリコプターの様に垂直に着陸できる性能を持っています(「いずも」への着艦試験の動画

むすびに代えて(安保問題に関する私の見解)

以下は、7年ほど前に私のもっとも親しい友人と交わした手紙の内容です;

〇〇〇様、
辺野古移転問題、安保問題、等でいつも情報を頂きながらレスポンスもせず心苦しく思っています。貴兄はこれらの問題に対して明確に反対の立場から意見を発信すると共に、行動も起こされていることに、政治的なスタンスは別として尊敬しております。

私の場合、妻や兄弟、子供たちとこれらの問題で意見を交わすことがしばしば有りますが、戦争を絶対に起こしてはならないという点では意見は一致しているものの、その方法論では相当違いがあります。
私は老後の趣味として歴史を勉強しておりますが、日本人には以下の特質があることを認識していないと再び過去の歴史的な過ちを犯す可能性があると思っています;
① 例外的に理性的な人を除き、極めて熱狂しやすいこと(結果として国全体として理性的な判断が出来なくなる)
尊厳を傷つけられることに我慢できないこと(尊厳を守るためには時として命をも賭す可能性があること)
また周辺の国には、以下の様に過去の恨みを歴史教育を通じて政治的に利用し続けている実態があります;
韓国:倭寇、文禄/慶長の役、安重根(伊藤博文の暗殺者)の英雄視、韓国併合、慰安婦問題、徴用工問題
中国:日中15年戦争、南京事件

私たちは、所謂「戦後の民主教育」の申し子であり、第二次世界大戦に至る歴史的な事象を極めて嗜虐的に捉えることに馴らされてきましたが、結果として明治維新から大正デモクラシーに至る歴史との連続性に無理が生じ、軍部、乃至産官軍一体となった軍国主義者を悪者にして論理性を保とうとしていますが、やはり相当無理があります。自分の親も含め、党派的でない多くの戦争経験者が先の大戦について寡黙であった事、「特攻くずれ」が殆ど何も語らないで生きていた事、等は当時生きていた国民一人ひとりに戦争責任があることを知っていたためと思います。

私もご多聞に漏れず、ベトナム反戦闘争、70年安保闘争に熱狂した者ですが、今思えば正義感では歴史の流れを変えられないということでしょうか。

大分駄文が続きましたが、以上を踏まえた上で、将来の戦争の危険を回避するための私なりの最善の策は以下の通りです;
1.軍拡を強力に進め東アジア、南アジアに脅威を与え続けている中国に対応するためには、日米安保条約を強化し軍事的な均衡を保つことが必要
2.日本は、軍事的にスーパーパワーでなくなった米国を、安保条約の枠の中で補完する役割を担う必要があること
3.これらは本来憲法を改正して実現すべきものと思いますが、当面現在の憲法の範囲内で最善の策を考えること
4.日中の経済関係の強化を図ること
5.首相の靖国神社参拝の様な、外交的に愚かなことは絶対にやめる事。ただ、身内に戦死者を出した国民一人ひとりが靖国神社を参拝することは、多くの国の例を見るまでもなく極く自然なことと思います

以上。勝手に自分の見解を述べましたが、△△△さん同様議論は家族内にとどめておりますのでよろしくお願いします/荒井

以上

老人にもおし寄せる ICT革命

はじめに

見出しの画像は、現在進行中のウクライナ戦争に関わる情報を、今年に入ってから現在(2022年10月10日)まで集め、何時でも取り出せるように整理した情報群を可視化したものです。フォルダーとはデジタル情報を収納しておく記憶媒体上の倉庫の様なものですが、情報の従属関係を考慮してフォルダーを階層化することにより、幹から細い枝まで繋がる「木(Tree)」に例えて私はこれを「Folder Tree」と呼んでおります。こうした整理をすることによって膨大な資料を何時でも取り出すことが出来ます
因みに、第5階層の「ウクライナ問題」のフォルダーだけを取っても、それより下層にあるフォルダーの数は19ヶ、収納されている資料の数は664ヶ(⇔これを紙の資料として保存するには、恐らく数千ページはくだらないと思われます)、データの総量は345MB(メガバイト)になります。
私が数十年前にパソコン(NECの98シリーズ)を購入した時に、清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したハードディスクの値段が20万円以上、容量がたった20MBだったことを想うと隔世の感があります

さて、タイトルの中にある「ICT」ですが、お聞きになった人が多いと思いますが、これは「Information and Communication Technology」の頭文字を取った略語ですが、日本語に直せば「情報通信技術」という事になります
ここ数十年の間のICTの急速な発展を促した背景にはムーアの法則(集積回路上のトランジスタ数は「2年ごとに2倍になる」)として知られる半導体素子製造技術の急速な進歩があります。また、こうしたハードウェアの進歩によってインターネットを通じての情報の流通が同じようなペースで激増し、これまで使われてきた紙による情報の交換(FAXもこの範囲)、電話による情報の交換、CDやDVDなどの媒体を通じての情報の交換は古臭く、効率が悪い為にビジネスの世界は勿論、現在の若者たちに見向きもされなくなってきました

こうした情報革命(DX:Degital Transformation)が急速に進行する現在、子供や孫の世代との交流を図るには、まずは電話やガラケーにおさらばし、パソコンAND/OR 既にパソコンと同等な能力を持っているスマホを駆使して、情報武装することが必要と思います
実は、かく言う私も遠い昔の電気少年の時代に培った古臭い知識と誇りをドブにすて!息子や孫に最新のICTの状況について教えを請いながら勉強を始めたばかりなのです
以下は、取り敢えず若者たちが既に使っているICTのインフラの概略を説明し、皆さまにも是非仲間に加わってもらうべく、浅はかな知識と承知しつつ紹介する次第です

基礎知識あれこれ

1.情報量の単位
最小単位:1ビット(bit);2進法の0か1の値を区別し、それ以上の情報は桁を上げて表記します)。尚、10進法では0~9の区別があり、それ以上は桁を上げて表記します(一桁上は10~99、、、)
1バイト(bite):8ビット分の情報量があります。1バイトの情報量は十進法で標記すれば256ヶ(十進法で標記すれば =2x2x2x2x2x2x2x2の情報を区別できます)の情報量になります
参考:(ネット情報)1980年頃から既に1バイトは 8ビット であることが一般的でしたが、 正式には2008年のIEC(国際電気標準会議)で規格化( IEC 80000-13)されてからです
*1バイトは256ヶの区別が出来ますので、数字、アルファベット、各種の記号などを1バイトで一意的に区別できます。一方、漢字・かなで構成される日本語や、中国語は文字の数が多いので1バイトでは一意的に表現できず2バイトを使って区別します
「ビット」と「バイト」の使い分け:情報の伝達速度を表記する時は「ビット」が使われる(例えば「この回線の伝送速度は秒速100メガビット」など)のに対し、記憶装置の記憶容量を表記する時などは「バイト」が使われます(例えば「このハードディスクは20メガバイト」など)

2.大きい数字の表記の仕方
* 一般に「ビット」、「バイト」は極めて小さな情報量の単位なので、大きな情報量を表すのに以下の様な桁標記が使われます;
① キロビット、キロバイト ⇒ 1000ビット、1000バイト
② メガビット、メガバイト ⇒ キロビット、キロバイトの1000倍
③ ギガビット、ギガバイト ⇒ メガビット、メガバイトの1000倍
④ テラビット、テラバイト ⇒ ギガビット、ギガバイトの1000倍
⑤ 以下、1000倍毎にペタ、エクサ、ゼタ、ヨタが頭につきます
因みに、最近インターネットの通信速度はギガビット/秒が一般化しつつあります。また最近販売されているハードディスクはテラバイト単位が珍しくなくなりました

3.サブスクリプション(Subscription)とは
サブスクリプションとは、辞書を引くと「定期購読」という翻訳が出てきますが、現在使われている意味は自動車のリースの様なサービスの形態と考えるほうが的を得ていると思われます。自動車のリースの場合、高価な自動車を資産として所有せず、自動車を利用することによって得られる便益のみを一定の価格で利用する契約ということが出来ます
ICTに関わるサブスクリプションも、ほぼ同じ意味で使われています。ICTに関わる各種の便益を一定の料金を定期的に支払いつつサービスのみを享受できる仕組みに世界全体が急速に変わりつつあるのが現在です。我々老人も、この変革に乗り遅れるとこれからの人生がバラ色から灰色に変わっていくかもしれません、、、ちょっと大げさですね!

4.プラットフォームビジネス
「platform」が持つ「土台、基礎」という意味から派生して、インターネット上で情報処理を行うための土台(⇔インフラ)を「プラットフォーム」と呼ぶようになりました
ICTに関わるプラットフォームを形成する上で世界的に有名な企業は、MicrosoftとGAFA(ガーファ)と呼ばれる米国発の大企業群です(GAFAは「Google」「Apple」「Facebook」「Amazon」の頭文字をとった呼び方です)。これらの企業は、夫々パソコンという電子機器をプログラム(アプリ)で自在に動かすための「オペレイティング・システム」の提供、インターネットの世界で「検索」を行うインフラの提供、音楽・映像をパソコンで利用するための「オペレーティング・システム及びハードウェア」の提供、SNS(Social Networking System)のインフラの提供、「電子商取引」のインフラの提供、などの分野で現在実質的に世界を制覇しています

5.クラウド
クラウドとは、クラウドコンピューティングの略称です。これまでソフトウェア(アプリ)を利用する場合、パソコンなどにインストールして利用するのが一般的でした。例えば、Word、ExcelなどのMicrosoft Office製品やメールソフト、ウイルス対策ソフトなどを購入し、自身のパソコンにインストールして利用する利用形態一が般的でした。
しかし、MicrosoftやGAFAなどに代表される巨大企業が自身の持つ巨大なシステム・リソースを安価に提供し、ユーザーが高速化したインターネットのネットワークを介して、記憶領域や、ソフトウェア(アプリ)などを利用できるサービス形態のことです
利用形態の種類や定義など、詳しいことを知りたい方は、米国国立標準技術研究所( NIST/ National Institute of Standards and Technology) によるクラウドコンピューティングの定義をご覧ください。

昨今、この傾向は個人的な利用よりも、多くの企業が自身のITインフラの効率化や、セキュリティーの強化を図るために世界的に利用が拡大しています。一方、コツコツとモノづくりを行うことが得意な日本の企業は、自前のコンピューターシステムを構築してきた歴史があり、クラウドの利用が遅れています。以下は企業のクラウド利用に関する最近の記事です;
クラウド小国、日本の限界_投資比率北米の3分の1、自前重視がDX阻む
国産クラウド巻き返せるか Amazon頼みに広がる危機感
米アマゾン・ウェブ・サービス「不況、クラウドには追い風」_設備投資継続に意欲

老人でも簡単に利用可能なICTインフラ

1.クラウドの利用
冒頭の画像は、私のパソコンで頻繁に利用している情報類を格納するための記憶の一部をクラウドに移行した結果を表示したものです。私の場合、クラウド利用の目的は以下の通りです;
①効率化;
私の30歳台前半からの長いパソコン使用の歴史の中で、何度も経験し極めてダメージが大きかった経験は、ハードディスクが突然壊れる事(ハードディスクは回転する円盤を使っているので、長期間使えば壊れる)でした。このダメージを経験する内に必ず行うようになった事は、大切なデータのバックアップを必ず取るということでした。因みに、現在私が使っているメインのパソコンでは、以下の構成になっています

パソコンにとって一番重要な記憶領域はローカルディスク(C)です。この231GB(ギガバイト)の記憶領域はパソコンの演算速度に関連するので、SSD(Solid State Drive)といって半導体を使った壊れにくい高価な記憶媒体を使っています。他のディスクD、W、X、Yのハードディスクは1.81TB(テラバイト)、Zドライブは0.931TDなど大容量のものを使っております
Dドライブは、ソフトウェア(アプリ)を動かすためのプログラムなどのデータの保存でほぼ満タン!まで使われています。Wドライブは、日常頻繁にアクセスするドライブですが、クラウドを使うまでは、ほぼ満タン!になるまで使用していました。残りのX、Y、Zのドライブはバックアップの為だけに使われています
尚、「iCloudフォト」は、無料で使用できる(5ギガバイトまで)クラウドで、スマホと連動させることができ、スマホで撮った写真、動画をパソコンに取り込む時に使っています(非常に便利)

②セキュリティーの強化;
セキュリティ関連で私の一番苦い経験は、2000年代初頭に、私の所属しているクラブの写真や動画をクラブ構成員に無料で閲覧してもらう為に、自作パソコン4台を使って自前のサーバーを構築して運用開始したところ、たった一カ月半で「悪辣な乗っ取り犯」に侵入され、大量のメールをバラまかれたことがありました。当然ですが、サーバー機能をすぐに停止せざるを得ませんでした。素人がプロの真似をすると酷い目に合うことを実感した次第です。
以降、ウィルスの進入を怖れて市販のウィルスソフトを導入してパソコンの防御を図っていますが、ウィルスソフトメーカーからは常に追加料金を払ってバージョンアップを薦めてきます。追加料金を払う余裕もないので、最も大切なデータについてセキュリティの完璧なクラウドへの移行を決断しました
尚、写真や動画をクラブ構成員に無料で閲覧してもらう手段については、現在YouTubeのMy Channelを使っていますが、閲覧する側は隙間に広告が入るので鬱陶しいかもしれませんね!

③複数のパソコン(スマホを含む)間のデータの共有;
最近、同居している息子から結構性能の良いノートパソコンの「お下がり!」を貰いました。これに私のスマホを加えると3台のパソコンを駆使できる状況になります。これらのパソコンでデータを共有することにより、私の趣味であり、生き甲斐でもあるブログ作成の効率化を図ることが出来ます。画面の大きな(27インチ)自作の据え置きパソコンでネット上の情報を採取し、性能の良いノートパソコン(高性能なGPUが装備されている)を使って動画処理や、旅行中での作業を行い、スマホでは取り込んだデータを、隙間時間(移動中、トイレ?など)を使って読み込むなどの作業が行えます

クラウドサービスを提供している会社の料金プランなどは以下の表をご覧ください。因みに私の場合は「Dropbox」の2TBのプランを使っていますが、処理速度が速く、中々快適です

2.音楽の楽しみ方の革命
生演奏を聴いたり放送を聞く以外の音楽の楽しみ方は、私が生まれてから数々の変遷がありました;
① レコード:アナログ録音(SP盤→LP盤・EP盤)
② 磁気テープ:アナログ録音(オープンリール、カセットテープ)
③ コンパクト・ディスク(CD):デジタル録音
④ ミニディスク(MD):デジタル録音
⑤ 電子ファイル:デジタル音源のファイル(パソコンのソフトウェアで再生する)
*③、④については、借りて来た媒体のデジタル音源を、自身のパソコンでデジタルのままコピー(デジタル化された音源なので音質の劣化が無い!ものの、著作権を侵害している)する人が多く、CDの売り上げが年々落ち込んで来ている現状があります。また、ネット上で入手可能な⑤の電子ファイルのままコピーすることも、当然著作権を侵害しています

これに代わって、高速化した通信回線を使って有料でダウンロードさせたり、有料でストリーミング再生(デジタルデータを連続的に受信⇒再生を行う方式)が行える仕組みが出来ました。これにより音源の提供側は相応の売上を確保できるし、利用側も著作権侵害の心配なく多くの音源を楽しむことが可能となりました。
著作権意識が根付いている欧米先進国ではこの方式が既にかなり普及してきていますが、日本においては未だし!の感があります。しかし、日本でも若者達にはかなり普及しつつある様です。これは、ウォークマンに馴染んできた歴史から、寝ている時以外「〜しながら」音楽を聴く習慣が浸透していることと、好みの音楽が多様化し、多くの音源を楽しみたいという欲求にマッチするサービスであることに由来すると思います。以下は、音楽のサブスクリプション・サービスを行っている企業(アプリ)のリストと料金、サービス内容の一覧です;

表からも分かると思いますが、若者達の利用促進(大人になってからも利用継続が期待できる)を図るために学生料金を安く設定しています
尚、表中の右側にある音質(最大ビットレート/bps=bits/Second)は、本来アナログ信号である音源を以下の図の様に細かく区切ってデジタル化しているので、細かく区切れば区切るほどアナログ音源に近い高音質を再現できることになります。因みに「ハイレゾ」とは「High Resolution」の略語で「高精細⇔高音質」という意味になります

図中の右側のCD(44.1kHz/16bit)の意味は、CD音源は、1秒間のアナログ音源を1秒間当り44,100個に区切り、その区切った部分の音の強さを夫々16ビット(=2バイト)で表現(256×256=65,536種類で区別できる)することを意味しています
尚、提供されているサービスの伝送速度(ビット・レート)は、256キロビット/秒~320キロビット/秒と高速です。しかし、現在の無線高速通信回線は;
4G回線(現在の携帯・スマホで主流):最大1ギガビット/秒
5G回線(昨年からサービスが始まった):最大20ギガビット/秒
となっており、「ハイレゾ」音源でも全く問題がありません(ただ、高速移動中だったり、電波の弱い地域では音が乱れることがあります)
私が98パソコンで電話回線をつかってインターネットを始めた時は、ISDN ( Integrated Services Digital Network)という有線電話回線が最速で、最大速度が64キロビット/秒でした。これでも「速ツ!」と感動していたものでした

私自身は、音楽のサブスクリプションの契約はしていませんが、同居している次男は上表の「Spotify」を契約しており日々楽しんでいます。ただ、私が関心を持っているのは室内だけでなく、車の中でもスマホの「Bluetooth」の機能を使って音楽を楽しんでいることです。「Bluetooth」は10メートル以内の距離で無線通信を行える装置で、最近の車やスマホ、テレビ、アンプ、などには標準装備されており、簡単にサブスクリプション契約をしている音源をスマホ経由でコードレスで楽しむことが出来ます

3.映画(動画)の楽しみ方の革命
音楽同様、映画(動画)についても、かなり高速な通信回線が普及してきたことから、サブスクリプション契約が一般化してきました(特に若い年代)。古い名画は勿論、かなり新しい映画についても収録されている様で、大型テレビが普及した上に映画館が激減している現在、映画の好きな方は既に下表の何処かのサービスと契約しているのではないでしょうか?
拙宅の場合、同居している次男が幸いにも早くから「NetFlix」と契約しており、私もその契約のご相伴にあずかることもあります

表中の画質(HD/FHD/4K)の意味は、画面の解像度(画素/ピクセルの数で表記)を表しており、区分は以下の通りです;
① HD(High Definition):ハイビジョンとも呼ばれ、画素数は1280x720=921,600画素
② FHD(Full High Definition):フルハイビジョンとも呼ばれ、画素数は1,920x1080=2,073,600画素
③ 4K(Ultra High Definition):ウルトラハイビジョンとも呼ばれ、画素数は3840x2160=8,294,400画素
尚、②、③を楽しむにはテレビがこの解像度に対応していることが前提になります

4.ゲームの楽しみ方の変化
私のブログの読者で時々パチンコや競馬を楽しむ人は居ても、ゲームを楽しんでいる人はまずいない?(私のゲーム歴は、会社に入って間もない頃スナックなどにあった「インベーダー・ゲームが最初で最後!です)と思いますが、子供や孫はほぼ間違いなく子供時代にパソコンゲームを経験しており、現在も下表の様なサブスクリプションの契約を行って楽しんでいるのではないでしょうか? この分野は私には皆目分かりません

おわりに

実は私も今回調査してみて余りに多くの企業がこれらのサービスを提供していることに驚きました。勿論、このサブスクリプション隆盛を招いたのは、これからの時代を担う若者達であることは間違いありません。結果として、この変革に乗り遅れれば我々の世代の余生の楽しみは少なくなってくるのは間違いないと確信しました。従って私自身は精一杯この変革に追いついて行こうと思っています

以上